午前三時の舞踏会
月明かりが差し込むホールにそっと忍び込む。
少しだけドレスの裾を払い、髪を整え、薄暗い中にぼわりと姿を見せる大きな肖像画を見た。
年老いた王と年老いた王妃が、やや離れて立っている。
どう見ても二人は仲睦まじくはないし、何だったら互いを嫌っているような厳しい顔をしていた。
数時間前まで優美なドレスで埋まっていたここに明らかに不似合いなこの肖像画は、二百年前の国王夫妻のものだ。それがまだ、どうしてかここに居座り、見下ろしながらこちらを睨み続けている。
「シャーロット」
呼ばれて振り向けば、軽装の彼がカフスを止めているところだった。艷やかな黒髪が夜に溶ける。
「遅いわよ」
「すまない。会議でな」
彼は目を細めて手を差し出してきた。
「ようやく抜けてこれた」
「ずぅっと待ってたわ」
「……そうか」
嬉しそうに笑うその優しい顔を指先でなぞる私の手を取ると、彼はダンスにつれていった。
昔からそう。
とりあえず踊れば機嫌が良くなると思っているらしいけれど、実際は、まあ……実際は、確かに、怒る気力はなくなってしまう。
それほどに、彼は踊る私を幸せそうに見つめてくるからだ。
そんな顔をされては、何もかも許してしまう。
身体が一つになったように、無音の中でステップを踏む。
ピンと伸びた背筋も、ドレスの裾の広がり方も、髪の揺れも、もうずっと変わらない。彼は余裕そうにリードするし、私は澄ました顔で彼の手を握り、腕にそっと手を添えているけれど、踊っているときはいつも以上に心が通じ合えた気がした。
愛の告白などしたことはない。
でも、踊れば、愛していることも、愛されていることも深く実感できた。
「君と毎日踊っていたい」
彼が疲れたように言う。
私は肖像画をちらりと見た。
「死んでも忙しいのね、あなたは」
「君も。歴代王妃たちのお茶会は大変そうだ」
彼が笑う。
私たちの肖像画のあの顔は、人の目がある所で精一杯近寄って恥ずかしがっている顔なのだが、どうしてか絵になるとやたら厳しい顔になっていた。初めて見たときに笑い出さなかった自分たちを褒めてやりたい。
それでも、二人きりになって踊ったときは「あの顔はすごいわね」といつも笑った。
私の手は痩せ、彼の手も痩せていたけれど、その重みが幸せだった。
「どうかしたか?」
「……死んでからも、こうしてあなたと踊れて幸せよ」
初めて想いを口にしてみようかと彼を見上げる。
けれどそれは、あっさりと彼に先を越されてしまうのだった。




