31.決闘
とうとうこの日がやってきた。
ヘルムート様とヨナス様の決闘の場所は、公平を期して、中立派のサムエリ公爵家が所有する騎士団の、鍛錬場が提供された。
「ライラ様、ソフィア様も。どうぞこちらにお座りになって」
ヴィオラ様がにこやかに言う。
決闘がよく見えるよう、鍛錬場の横にある騎士達の休憩所に、急ごしらえの観覧席を用意していただいたのだ。
休憩所には、ヘルムート様側としてわたし、ヨナス様側としてソフィア様、そして審判をつとめるサムエリ公爵家令嬢ヴィオラ様の席があった。
「ああ、待ちきれないわ! ヨナス様が剣をふるう姿はよく目にしておりますけど、ヘルムート様は初めて! ライラ様はご覧になったことがおありですの?」
ソフィア様がうきうきした様子で声をかけてきた。
……婚約者が決闘(代理だけど)するというのに、このはしゃぎっぷり。
ヨナス様もアレだが、ソフィア様も大概だ。
ヴィオラ様がおっとりと首を傾げて言った。
「……ソフィア様は、婚約者のヨナス様が心配ではありませんの?」
「心配しても仕方ありませんわ」
ソフィア様は肩をすくめて言った。
「ヨナス様は、戦いが生きがいなのですもの。最近、実力の拮抗する相手と戦えず、鬱々とした様子を見ておりましたから、逆に今回の機会をいただいて、ありがたいと思ったくらいです。……その、ライラ様には申し訳ないのですけど」
困ったようにこちらを見るソフィア様に、わたしは引きつった笑みを返した。
「い、いえ、ソフィア様のせいではありませんわ。これはヘルムート様……じゃなくて、ハロルド様がお悪いのですもの」
「結局、レーマン侯爵家からの謝罪はなかったのですか?」
ヴィオラ様の気づかわしげな視線に、わたしは小さく笑った。
「ええ。……わたしは伯爵家の、それも跡継ぎではない、ただの娘ですから。ハロルド様が公的にわたしに謝罪するなど、それこそ決闘で負けでもしない限り、あり得ないでしょう」
「そう聞いてしまうと、ヘルムート様の応援をしたくなってしまいますわ……」
ソフィア様が悩ましい様子で言った。
「ハロルド様のなさりようには、わたしも腹に据えかねるものがありますもの。……そもそも、宮廷でのレーマン侯爵家の専横ぶりをどうにかせねば、今後もこうした騒ぎが続くことでしょう」
ソフィア様の言葉に、わたしはちらりと隣に座るヴィオラ様を見た。
レーマン侯爵家を押さえ、今の混乱する宮廷を統括するには、血筋、人脈、資金、人望がそろった貴族でなければ無理だろう。さらにそこに、騎士団と魔術師団の後押しが必要だ。
サムエリ公爵家ならば、その資格は十分にある。
しかし、現当主は高齢だ。次期当主、ヴィオラ様の兄上は国境紛争で大怪我を負って以来、あまり宮廷に姿を現さないと聞く。サムエリ公爵家の力をもってすれば、ヴィオラ様の兄上を宰相とすることも十分可能だと思うが……。
「ヨナス様!」
ソフィア様の声に、わたしの物思いは打ち切られた。
わたしは慌てて顔を上げ、ヘルムート様の姿を探した。
「ヘルムート様」
いつもの魔術師用のローブではなく、騎士団の制服を着用したヘルムート様と、ヨナス様が鍛錬場に立っていた。
ただ、ヘルムート様は腰に剣を下げていなかった。片手に二本、まとめて短い湾刀を持っている。
「あら、ヘルムート様は変わった武器をお持ちね」
目ざとく気づき、ソフィア様が言った。
「……ええ。今回の決闘のため、用意された武器ですわ」
わたしはハラハラしながらヘルムート様を見つめた。
あの武器で、本当に大丈夫なのだろうか。
ベルチェリ商会の所有する武器すべての中から、ヘルムート様に選んでもらった湾刀だが、この短期間でどれだけ使いこなせるようになっているのか。そもそも、剣の達人であるヨナス様に、それは有効な手段なのか。
考えれば考えるほど胃が痛くなってくる。
どうしよう。
もし、ヘルムート様が怪我でもしたら。
わたしも治癒魔法を使えるが、それほどの力はない。むしろヘルムート様が、自力で治してしまうほうが早いだろう。
わたしは何の役にも立たない。どうしよう。
ヘルムート様とヨナス様が、審判者であるサムエリ公爵家所属の騎士達に、武器とマジックアイテムの確認をされる。所持品に問題ないことを宣言され、ヘルムート様とヨナス様は、鍛錬場の中央で向かい合わせに立った。
サムエリ公爵家の騎士は、ヘルムート様とヨナス様の間に立ち、簡単に告げた。
「それではこれより、マクシリティ侯爵家ヘルムート卿と、レーマン侯爵家代理、ランベール伯爵家ヨナス卿の決闘を行うことを宣言する!」
わたしは思わず目をつぶった。
「始め!」
開始の声とともに、剣が空を斬る風圧を感じた。
目を開けると、ヨナス様が目にも止まらぬ動きで剣をくり出しているのが見えた。
速い! かなり重さのある長剣を使っているのに、ヨナス様は軽々と剣を振り回している。
対するヘルムート様は、防戦一方だ。魔術で自分の周囲にいくつもの炎の盾を展開させ、それを片っ端からヨナス様に粉砕されている。
ただ、壊されるそばから次々に炎の盾を再出させているから、ヨナス様もヘルムート様に近づくことができないでいる。
ど、どうなるの、これ。ヘルムート様の魔力かヨナス様のスタミナ、どちらかが尽きるのを待つつもりか。
「あらあら。これは、長くなるかしら」
ソフィア様がつぶやいた。
「や、やっぱりそう思われますか?」
「ご覧になって、ヨナス様の嬉しそうなこと。……あれは長引きますわ。ヘルムート様には、迷惑な話でしょうけど」
たしかにヨナス様、生き生きとしている。すごく楽しそう。……ああ、やめて下さい、もう吐きそう。
わたしはやきもきしながら戦いを見守った。
今のところ、ヘルムート様は例の湾刀を使っていない。使う隙がない、と言ったほうが正しいだろうか。ヨナス様の勢いはすさまじく、徐々にヘルムート様を守護する炎の作る帯が、小さく狭まっていく。
炎の盾が一つ崩れ、次の盾が現れるわずかな間に、ヨナス様の剣が突き入れられた。その瞬間、不自然な軌道を描きながら、あの湾刀がヨナス様の剣を弾いた。
「……ほう」
ヨナス様がにやりと笑った。
「珍しい使い方をするな。面白い!」
笑いながらヨナス様が再度、踏み込んでくる。ヘルムート様は後ろに飛びすさり、ヨナス様と距離を取った。
「あの変わった剣に、魔法を乗せて使っていらっしゃるのね。炎……、ではないわね、風の魔法かしら。炎の盾を展開しながら同時に風の魔法を剣に乗せるなんて、ヘルムート様しかお出来にならないでしょうね。さすがは宮廷魔術師団長様ですわ」
ソフィア様が感心したように言った。
「……そうですね……」
わたしはキリキリ痛む胃を押さえ、それだけをやっと口にした。
もう無理、無理だ。これ以上見ていたら、心臓が壊れてしまう。
ていうか、わたしが戦うほうがマシだ。もう耐えられない。
その時、ヨナス様の剣が、炎の盾を二つまとめて叩き飛ばした。壊れた盾の炎はヨナス様に襲いかかったが、やはりヨナス様には魔法防御がかかっているらしく、すべて弾かれてしまう。
わたしは、ヨナス様のマントに目を止めた。大きな青い宝石のマント留め。あれだ。あれがレーマン侯爵家のマジックアイテムだ。
炎の盾を突破したヨナス様の剣が、ヘルムート様の首を狙う。その時、ヘルムート様の姿がぶれ、一瞬、目の前から消えた。
「ヘルムート様!?」
次の瞬間、ヨナス様のマントが地面に落ちた。ヘルムート様の右手に握られた湾刀が、ヨナス様の左胸、心臓の辺りに押し当てられている。そしてもう一本の湾刀も、風の魔法を受けて、ヨナス様の喉元に突きつけられていた。
「……えっ?」
何が起こったのかわからず、わたしは思わず声を上げた。
ソフィア様もヴィオラ様も、不思議そうな表情をしている。
「……は」
ヨナス様は、驚いたように喉と胸に突きつけられた湾刀を見、それからヘルムート様を見た。
はあはあと荒い呼吸に肩を上下させながら、ヘルムート様が鋭くヨナス様を見返している。
「……参った」
ぽつりとヨナス様が言い、ついで、大声で笑い出した。
「参った、俺の負けだ! やられたぞ、大したものだ、ヘルムート!」




