失敗は成功の・・。
失敗は成功の母というのが、世の常だ。
そうあるべきである。
「なぁー、りおーもっと」
「うえああああ、放せっ!!」
腕が肩に回り、いつの間にか手が胸に回った。
「うるせぇよ。ほら・・キス」
「キスって・・ちょやっ・・変態っはなせっ!!」
そうたった4回でこんなになった幼馴染をどうしたらいいのか。
うん・・まぁ、一杯200mlだろうからまぁ800mlならそれなりに頑張った方だろう。
でもだ、さっきから腕の隙間をぬって胸のふくらみを僅かに振れてくる指を抓る事20回以上。
いい加減しつこいぞ。
「キス・・・今度は口だ。」
「口・・・」
「デコも頬も鼻も・・もう終わり。さっきからいい加減に」
しろと続くであるだろう、その言葉を一応は口で抑え込んだ。
・・やわらかい。
ほんと・・・そして苦い。
甘くなんてない・・苦くて・・哀しい。
本当はさ、恋したいし好きだよ。
でもさ。
「ご満足?」
「あっ・・・ああ」
「はい・・、もう一杯どうぞ」
さっきまで目の前でぐらぐらと揺れていた体が硬直して再びビールを煽る。
もうそろそろだろう・・・。
「酒ってさ・・・なんでもいいってわけじゃねぇんだよ。」
「えっ」
「なぁ・・俺が好きだろう。お前」
「なっなにを言ってん」
そうだ、そんな真っ赤な顔でアルコールで焦点さえ合ってない癖に。
その眼が真剣過ぎて・・逸らせない。
「・・・俺がさ、もしこのままお前が嫌がっても抱いたら」
「だ・・・」
抱くなんていうな、この変態やろう。
そう内心で罵ったのに言葉にはならない。いつの間にか腕を引かれ・・そのまま熱い体に抱きしめられた。
強く・・強く。
「怖い?」
「・・・」
「俺・・付き合ってから結構頑張ったぞ」
知ってるよ。
でも言わないし、言えない。
別れないって約束はできないじゃん、あんたが私を好きなのも、私があんたを好きなのも・・きっといつか終わりが来るのに。
どうしてこんなに。
「好き・・って」
「えっ」
「好きだっていったら、抱かない?」
「・・ばーか」
耳をうつ声があまりにも・・熱い。
あぁ、こいつ私の事。
“好き”なんだ。
「嫌いっ」
「うそつけっ・・」
そう否定された。あと、いつの間にか重い体が寄り掛かってきた。
重いけどそれでも、愛しい。
大きくなりやがって・・中学までは私の方が5cmは高かったのにいまではもう20cmも差をつけられた。
「ほら、もういい加減離して・・って寝てるし」
グーと間抜け過ぎる寝息を立てて寝始めた男を一瞬迷ったけど膝枕で寝かせてやることにした。
うん。だってまだデザートの抹茶ババロアが残ってるもん。
それを食べ終えて給仕の人が来るまでなら・・。いいかな。高いぞこの貸わ。
月の光が輝く美しい日本庭園を見てそっと思い出す。
「最後の旅になるかなぁ・・・」
明日はもう帰らないといけない。
きっともうこんな風には・・・やっぱり。
「バレてたよね。」
私はもう一回だけ賭けをしようと思う。
大好きだよ。
大好きで大嫌い。
そのために私は決めたんだ。
最後にきっと笑って別れを告げるために・・・。
先輩に逢いに行こう。
「須藤先輩・・何を弾くのかな」
送られてきたのはチケットだけだし、私自身がピアノを辞めてからそう言うコンサートにも行ってない。
Musai festivalはあまり格式ばってないだろうからどちらかと言えばポップスやオリジナルな曲もOKなぐらいだろう。
「どうせならクラシック系が聴きたいなぁ。」
本格的派はなかなか聴く機会も少ないのだ。
コンサート会場の場所も大きさも申し分ないし、なにより本格派のクラッシクを聞くのは久方振りだ。
「あんたのベートベンも結構好きだけど、やっぱり一番は、一番は超絶技巧かな」
そうあの超絶技巧を一音の狂いなく弾くこの男は、とにかくかっこいいの一言につきた。
高校2年の発表会で真っ黒のブラウス真っ黒のスラックスで銀の細タイを結んだこいつが弾いた超絶技巧派もう言葉にできない程だった。
圧倒されたあの空間で私は自身の負けを自覚した。
それでもただ負けるわけにはいかないと必死に弾いた“子犬のワルツ”
でもやっぱりダメだった。
発表会の後にあいつは有名音大の教授から声をかけてもらっていた。
私は・・・もらえなかった。
実力の差は歴然だ。
負けたくなくて負けたくなくて必死になった。気づいたらピアノの前に居てそれでも・・・負けた。
たった一人の奴だ。
「ばーか」
無意味に罵ってやる。もう髭も生えてる年になっていた。
好敵手も卒業するのか。
最初の賭けが間違ったのかな。
でもせめて。
「“愛してる”は言ってやんないから」




