事件はいつも突然
それが届いたのは、春も過ぎてゴールデンな日々が始まる頃だった。
やっと大学の授業にも慣れたのに、私の前には見覚えがない郵便物があった。朝に家のポストに入っていて、私宛だったからつい鞄に入れたまま登校したのだ。
大学の講義中に飛び出てたそれを取った時見えた送り主の名前に固まった後・・封を開けるのが恐怖になった。
そこにはとても綺麗な字で須藤駿とあったのだから。
お昼を友人と食べてから、講堂で次の講義までの時間をつぶす間に私はただただその手紙を見つめていた。
これってどうしたら・・・。
あの日から1ヶ月程だ・・いやまさか住所を知られていたなんて。
ちょっと恐怖です。先輩。
ストーカーじゃないよね、と僅かながらに失礼な考えの元に茶封筒の手紙?を開いた。
そこにあったのは、招待状だった。
“Musai festival・・5/24(土)A 11席”
とあった。
うん・・知ってるよ・・・。
日本でも有数の音大生が集まる特別なコンサートだ。しかも学生主催でありながら、出資者が有名なピアニストなのでそれなりに大きな音楽コンサート。
コンサートに出演するのは、日本有数の音大生の中でコンクール出場経験が二桁であり、そのうち優勝が2度以上と妙な基準があるがそれでも有力者日替わりでちょっと珍しいコンサートの一つだった。そしてその最終日がこの日。
流石。
そう思いながら、チケットと一緒に送られてきた便箋を開く。
「なんでかなぁ」
文面はこうだ。
―久しぶり。なんて書いたらいいか分かんないから、悪いけど思うままに書く。
これが届いた頃は、多分俺はまだロンドンだと思う。
出来れば聞いて欲しくてこれを贈った。俺の日本での最後の演奏になると思う。俺これから拠点をウィーンにするから。
4月に逢って、やっぱりお前がピアノを辞めた、いや辞めるなんて知らなかったから、俺はショックを受けたんだと思う。
梨桜、こんな手紙でしか言えなくて悪い。
俺
お前が好きだわ。
多分本気で。
返事が欲しい。だからこのチケットを用意したんだ。
お前が今あいつと付き合ってるって知って、これを贈った。
悪いな、往生際が悪くて・・・。
5/24 に会場で待ってる。
俺をフリに来てくれ。
じゃあな。
ニセモノより
ーーーー
気障だなぁ。そう思った時には、手紙を取り落してた。
周囲にある喧噪が遠くに聞こえた。あれってやっぱり先輩からの告白だったのかとやっと4月を思い起こす。
先輩らしい文面だった。このチケットは一席1万円のそれなりのものだ。
まさか冗談でこんなことをする程あの人も暇じゃない筈だが、まさかこんな事になろうとは思いもよらなかった。
暗黒歴史が再び現在に牙をむいたのだ。
誰だって驚くでしょ。
ちょっとしたモテ期かしらとそう高をくくることも出来ずに静かに文面を読んだ後に静かにそれを仕舞って私はそれを捨てようかと迷った。
だって、そんな余裕ないっての。
だって私、後2ヶ月ちょっとであいつと別れるんです。
だがどうしても捨てられず・・そして何故か私にメールが一件届いた。その相手はタイミングが悪く好敵手様であり彼氏でもある男から。
そこにはゴールデンウィーク中に旅行に行かないかというお誘いだ。
おっと・・・事件です。
誰か助けてー・・・・。
ーーー
その夜私は一本の電話を受けた。
相手・・うん。好敵手様です。
『よう・・・今いいか?』
『あっうん・・・大丈夫。』
『メールみたか?』
『うん・・・旅行ってそんなお金あるの?一人暮らしのためににお金必要なんでしょ』
『お前なぁ・・・、まぁ、バイト三昧だし問題ない。っていうか金の心配かよ』
『まぁね・・・ただ泊まりはちょっと無理よ。親になんて言うのよ』
『あぁ、おばさんにならもう許可もらってんぞ』
あれーーーーー。
ちょっとお母さん知らないんですけどっ!!っていうか私より先に親に言うあんたが怖いっ。
現在家には母はいない。父と一緒に買い物に行っているからだ。
一瞬パニックになりながら、私は一度大きく息を吐いた。そうしないといけない気がしたのだ。
『あの・・・それってマジ?』
『マジ。とにかく1泊2日な。後・・そん時話したい事があるから』
『何?改まって・・今じゃダメなの?』
『ダメだ。俺もちょっと整理したいし・・とにかく俺はお前が・・』
『なに?聞こえない』
続く言葉は聞こえなかった。いきなり電波でも悪くなったのかとちょっと訝しんだが私の耳に届いたのは。
『好きだ』
その一言で。
その数瞬後に電話は切れていた。言い逃げですよ好敵手。
ああああああ。
もう、だから嫌なのだ。少女マンガにかぶれた男はっ!。バクバクと痛いほど胸を打つものがなにか・・知ってる。
ほんと嫌だ。恋なんてしないって思ってたのに、本気だって言われた時に感じるこの痛みは確かで。
自分に嘘がつけない。
でももしも・・もし、このまま付き合って、もし数ヶ月、数年後・・別れる事になった時、私はあいつを嫌いになってるのかといえば、多分無理だと思ってしまう。
こんなに好きだから。
だから・・別れたい。わかってよ、好敵手。




