1回戦は、コーヒーの香りに満ちてます。
長ーい腐れ縁の中、一緒にカフェに入ったことがなかったと気づくまでに20分。
キャラメリーゼフラッペを呑んでいる男は、先ほどからチラチラと私を伺っていた。
正直言ってうざい。ので助け舟をだしてやった。
「カフェって一緒に来たの初めて?」
「あっ・・あぁ。」
二言会話再び。おい、よくそれでモテてたな好敵手。
これではらちが明かないので話を続ける。
「コーヒーより紅茶が好きだったよね?」
「そ・・それは、お前だろう?」
「えっ?コーヒーも大好きよ?朝は必ずアメリカンのブラックだし、本当はエスプレッソがいいんだけど・・・専用のマシンがないとダメだから」
「止めておけ。朝から胃に刺激物入れるなよ、」
「わぁ、正統派意見ですね・・先生。でもコーヒー無いと起きれないの」
「お前ねぇ・・じゃあせめてミルク入れておけよ」
流石は医師の卵、こういう時は、しっかり注意する。
「邪道じゃん、コーヒーの香りが消える・・・」
「日本人の胃がん死亡率を上昇させるな」
「っ食塩は、控えめだもん」
結局は、変わらない会話に変わらない関係。お互いにこの柔らかで穏やかな時間を楽しむ。
この関係もあと11か月で終わりだと思うと、とても大切に思えてくるのが不思議だ。
しばらくコーヒーの香りに包まれながら、私たちは、自分達の大学の話をした。
「そっか、流石医大・・・」
「まぁ、なぁ、それよりお前ドイツ語ってできないか?」
小さな文庫サイズの本を取り出した孝之は、私にそれを渡してきた。
中には、びっしりとドイツ語が書かれている辞書。
「無理!韓国語は、それなりだけどドイツ語は無理っ!」
「だよなぁ、お前の英語最悪だったし・・・」
「うるさいわね!」
幼馴染というか、好敵手だからこそ知っている互いの成績に、そう言われてしまえば言い返せない。
「なぁ、Ich liebe sie.っていったらお前どうする?」
「は?」
「いいよ。お前には一生わからないだろうし・・・」
「なんだって?現国で私に一度も勝てた事がない日本人失格者めっ!」
そう言ってやるが、私が毎回95点以上だっただけで何気に80点を超える点数を取っていた好敵手。
けして日本人失格ではない。
「ふんっ!英語で68点の人間になに言われてもねぇ・・・」
そうです。英語は平均点よりちょっと低めです。
「っ!え・・・英語とドイツ語なんて全然違うじゃない。」
「そうですね、ほらあんまり騒ぐなよ。」
いつの間にか周囲の人がこちらを見ていたので慌てて声を潜めた。
「うるさーーーーーーーーい、英語はニュアンスで生きていくからいい。それよりなんでドイツ語?イタリア語ならやってなかった?楽譜にあるからって」
ピアノの奏法に関する用語の中にイタリア語があったからという理由だけでイタリア語をマスターした変人である我が好敵手様だ。
私は、読めればいい派だったから一切気にしなかった。
とにかくイタリア語も出来るこの男を困らせるドイツ語なんて絶対手を出さないと決めた私が後悔したのは、これから3か月後の事であった。
「イタリア語は、発音が面白かったからすぐ覚えられたんだよ。とにかく聞いてみただけだ。わかった、一人で頑張ってみるわ」
「ばうりんがる・・・」
「いいだろう?」
「ぜん・・・ぜん」
すごくうらやましいなんて絶対言ってやらない。やはり私たちは、ライバルである。
本編中のドイツ語は、翻訳サイトを利用しましたので間違っているかもしれませんがお許しください。
言葉の意味は、後のお話で・・・。




