時と場所と場合・・・TPOは大切です。
流れる音楽は、やはりクラッシク。
車の中の空気は、思ったよりも悪くなかった。マンションまでは、40分ほどだ。
「その靴、脱いでていいぞ?」
「サンキュー、マジに助かる。」
ズキズキと痛む足をそっと靴から抜く。暗い車内では確認できないが、多分出血もしていると思う。
今日履いてきた靴は、演奏用ではなくヒールが9センチのピンヒールだ。身長の高い私が履くと男並みの身長になり、先生からモデルさんみたいと笑われた。
そして慣れないヒールに足が靴ズレを起こしひどい痛みに襲われていたのではっきり言って送ってもらえる事は、ありがたかった。
「ダッシュボードの中、多分母さんが常備で応急キッド入れてるから使えよ。」
「流石現役看護師・・・」
今日は、演奏するつもりがなかったが、発表会の場に合うように大人っぽいワンピを選んだのだ。
裾のシフォン生地が太ももの太さを誤魔化してくれるから、お気に入りのデザインだがそれに合うようにいつもは、履かないピンヒールを選んだ私がいけなかった。
「お前、元々デカいんだから、なんでそんなヒール選ぶんだよ?」
「うるさいわね、足が長く見えるために決まってるでしょう!」
今日散々『巨人がいる・・・』とからかって来たのはお前だ。
「長さより太さを気にしろよ、その足」
そうですね・・・・。そう、こういう奴です。
ねぇ、あなた、覚えてますか?そんなデカくて足の太い女に告白したのは、あなたですよ、好敵手。
それを指摘するようなヘマをしないために私は、苛立ちまぎれにその肩を無言で叩いた。
そんなに痛くもないくせにおおげさに痛がる男に私は、本当は、安堵していたのだ。
なぜって・・・2週間いや3週間前のことが全部なかったことになったのだとそう思えたから。
それが勘違いだったと気づかされたのは40分後の事だった。
ーーーー
自宅であるマンションに到着した。エンジンが止まった。
靴を脱いだ事で少しだけ痛みの薄れた足だが、もう一度靴を履く勇気がでない私。
「着いたけど・・・よっと」
車内ライトを着けてくれた。
「ありがとう、ほんと助かった。今度お礼する」
「いい、どうせついでだし。ほら・・・」
ダッシュボードを開けた幼馴染は、私に小さなポーチを渡す。多分これが応急キッドなのだろう。
「いいよ、もう家だし」
「の、わりにさっきから足ずっと気にしてるじゃん。そんなにひどいの?」
バレてたらしい。平気だと言えばなにも言わずに車を降りて、わざわざ回り込んで、助手席の方のドアを開けた。
「っちょっと・・・」
「ほら、見せてみ?」
「っいいってば」
「うるさい、出せっ!」
昔から変な処で頑固であるこの男に、もう諦めるしかなかった。
そっと足を上げて屈んで手を差し出してる男の手に預ける。
車内ライトは思ったよりもずっと明るくて、私の足の惨状を照らし出した。
足の親指の先、そして踵の二か所が血だらけだった。豆が潰れたなんてかわいいものじゃない。
女の意地で我慢し続けた代償だ。
「お前・・・・マジでバカっ!」
そう言った後は処置を始めようとするので私は、慌てた。
「っちょと、いいってば・・・・・まっ・・・たん・痛ったい!!!」
足を引こうとすればがっしりと足首を抑えられる。応急キッドは、既に相手の手にあって抵抗虚しく消毒液が勢いよくかけられた。
あまりの痛みに声が出て、固まる。
「そりゃあな、・・・ほら動くなっ!」
呆れたという風に言う姿に悔しくなった。我慢だ・・・急所をさらして戦うな、私。
そのままテキパキとバンドエードで患部を保護する。
「あり・・・がとう・・・で、離してって」
「左。」
なぜ両足が靴擦れをしてると知っている。
「いい、自分でやるからって・・きゃ!」
左足が掴まれた。そのまま患部を見たあいつの無言のプレッシャーに私は、負けた。
「きゃって・・・ぶりっ子する余裕あんのか?これ、挫いてるだろう。腫れて紫になってるぞ」
はい、そうです。今朝電車で満員電車のサラリーマンさんに押されて、挫きました。
「・・・・痛くない」
「ほんと、かわいくない奴。ほら変な風にかばって歩いたからこんな靴擦れになるんだよっ!」
再び、衝撃の消毒攻撃っ!そしてお説教とダブル・・・なんと卑怯な!
「痛いっ、手加減、手加減して・・・怪我人いじめて楽しいのかっ」
「楽しいっ・・・あと見えてるぞ?」
「えっ?」
「白って・・・色気ないな。」
はい、今のでわかった人・・・・お察しの通りです。片足が掴まれてて、今日の私は、大人ワンピ。
丈は、太ももが隠れるギリギリのものです。
「っ・・・・このっ変態っ!」
先ほど手当されたばかりの右足を思いっきり蹴りあげた私が、悪いんでしょうか?
違うよね。
世の中、TPOが大切です。




