決着は、まだでした。
今日行われる発表会は、[リトルエンジェル]部門と[ミューズ]部門の2部門だった。
この二つが同日に行われるには理由がある。リトルエンジェル部門が予定通りに終わった事が一度としてないからだ。だからこそ融通の利くミューズ部門と一緒にやる。
当日になって出演するはずの子供が熱を出したり、会場の雰囲気にのまれてしまって檀上に上がれなかったり・・・一番多いのは、檀上に上がる時に思いっきり転んでしまって演奏どころじゃなくなるというありがちなハプニングだ。
そんな彼らを必死にまとめあげて、なんとか発表会は終わる。
ただここでも天才児はいる。
5歳になったばかりの子供が大人顔負けの腕前で『トルコ行進曲』を演奏したり、はたまた『ソナチネ』をしっかりと弾きこなすような子が二人もいた。
彼らこそ、多分ピアニストになりうる人間なのだろう。
そんな彼らへ少しでもいい演奏を聞いてもらえるように、先輩として恥ずかしくないようにと檀上へと向かう。
私の前に演奏するのは、言わずもがな好敵手こと高西 孝之。
たくさんの拍手を受け孝之は、舞台にあがった。
照明に照らされながら歩み、優雅に一礼する姿は、悔しいかな堂に入っている。
そして演奏が始まった・・・朝聞いた時とは、比べ物にならない迫力とその精密な指運び・・・誰もが息をのむような美しい響き。
自分の発表が終わって今までつまらなそうに眠そうにしていた子供たちのほとんどがその演奏を真剣に見つめていた。
演奏が終わった・・・。檀上に上がった時よりも大きな拍手を背に帰って来るこの男こそ、私のライバル。
舞台袖にはけた瞬間、ニヤリと笑って私の肩をたたく。
『どうだ、すごいだろう』そう言っているのだ。
私の後に先生が弾く事になっているのは、ショパン作:英雄ポロネーズ。
この曲は、とにかく華やか曲なので、私の選曲したラベル作:亡き王女のためのパヴァーヌは、丁度いいだろう。
館内アナウンスで名が呼ばれる。壇上へ歩み出した動きにそって、一応は発表会だからと着て来たフォーマルドレスの裾が揺れた。
舞台に出た私は、一身に照明を受けながらピアノの前へ進み出る。たくさんの拍手を受けながら一礼してピアノの元へ、慣れた動作のままそっと椅子に座れば、会場は静まりかえった。
これからが勝負だ。あの好敵手が作ったこの空気を私のものへ変えさえてやるのだ。
美しく透き通ったメロディーを響かせるため私はそっと鍵盤へ指をおいた。
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12日間の発表会オンパレードが終わったのは8月の29日だった。
私と幼馴染の勝負の決着は・・・。
先生曰く、引き分けとなった。
トリを飾ったのになぜかって?12日間の発表会の内、リトルエンジェル部門のトリを務めたのは、確かに私だ。
だが発表会の最終日である今日、ミューズ部門のトリを飾ったのは、私ではない。
負けず嫌いの好敵手さまが、たった10日間で1年前に弾いていたベートーヴェン作:ソナタ テンペスト第3楽章を完璧に仕上げて来たからだ。
元々もっと難易度の高いリスト作:ラ・カンパネラを嬉々として弾いていたような男なのだ。
1年のブランクがあろうとも指が覚えていたとのこと。
でも「俺ってやっぱ天才かも」と笑っていたその目の下には隈が浮いていたのだ。
電子ピアノを使ってヘットフォンで音を抑えながら深夜まで練習していた事は、バレバレである。
本当に負けず嫌いな男なのだ。
負けたなんて思わないが、それでも今日、この ソナタ テンペスト第3楽章に私は、感動したのだ。




