思い出は、苦いものです。
奇妙な恋人ごっこは、思ったよりも長く続いた。
それでもやっぱり偽物だった。
『もういいんじゃないか?』
『えーっと・・・急ですね』
『まぁ・・・俺らしいでしょう?』
『そうですね・・・』
私が中2の秋にそういう会話をした後に、私たちは、恋人ごっこに終止符を打った。
恋人らしい事は、たくさんした。放課後の食べ歩き、休日には映画にカラオケ(先輩はウソかと思うぐらい音痴だった)・・・それでも一度も手を繋いだ事はない、抱きしめられたのは、ふざけて後ろからたった2回だけ。
だけどたった一回だけ、本当に一回だけ・・・、キスをされた。
あれもいつものおふざけだったのだろうか、怖くて何も言えなかった。
だけど多分あれは、雰囲気に流されただけだったのだろうと今ならわかる。だって先輩には、好きな人がいたから・・・。
先輩が好きだったのはドビュッシー作:月の光。
私が時間がある時は、部活が始まる前に音楽室に来て、ピアノの練習をしているといつもせがまれて弾かされた。
今でも譜面を見ないで弾ける数少ない曲だ。
でももう弾くことはないだろう。
ーーーー
嫌な事を思い出したのは、言わずもがな好敵手のおかげだろう。
能天気なあのバカは、変わらずにメールを送ってくる。
≪sub:何時会える?≫
いい加減同じ題名のメールが3件も続くと予測変換がしっかりと出来ていた。
≪sub:保留。・・・しつこいアホ。≫
奇しくも現在は、夏季休暇中であるので断る理由を思いつかない。
それでも今は、会いたくなかった。
花火大会から1週間経って、日本は夏まっさかりだ。旧盆まであと数日だ。
あと2日頑張れば私は父親の実家へ帰省する。
≪sub:予定 本文:俺のは、サークルがあるから明日からは会えない。28日以降なら時間が取れる≫
違う文面が来たと思えば、あいつも中々忙しいらしい。これは好機だ、このまま有耶無耶大作戦決行。
≪sub:了解。サークル、がんば!≫
そう返してケータイの電源を落とす。
「・・・・」
いやに静かな部屋に冷房の音が響く。
「何が・・・中2だ。・・・・今更・・・」
例えあの頃に告白されたとしても、多分私は、孝之とは付き合わなかっただろう。
周囲の事もあるが、多分私は、先輩が好きになっていた。
初恋ではなかった・・・、憧れの人でもなかった。
それでも多分、あの人が世界で一番嫌いな人だ・・・。
さぁ、次こそコメディーをっ!
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。




