先輩という救世主。
※本文中にいじめの描写が入ります。ご気分を害されるようならとばして読んでいただいて大丈夫です。
心機一転に胸をときめかせて始まるはずの4月。
何故か私は、校舎裏に呼び出されていた。・・・・うん校舎裏でよかった。
小学校時代に呼び出しを受けたのは、トイレ、視聴覚室、体育館裏、掃除用具倉庫の横に最後は、近くの公園のトイレというラインナップ。ダントツで回数が多かったのは、トイレ。
あの頃、何故トイレなのかという疑問でいっぱいだった。くさいし汚いのに・・・・。
『ねぇ、付き合ってるのかそうじゃないのか、はっきりしなさいよ』『そうよ』『幼馴染ってずるいじゃない!』
相変わらず変わり映えの無いセリフばかりだ。ただ今回は、ちょっと違う事があった。
彼女たちの手には、先日私が貰ったばかりの楽譜。
中学校から始まる部活動という新たな活動。
私が選んだのは、吹奏楽部だった。ピアノは、3歳から習っていても他の楽器は、挑戦したことがなかったからだ。
そしてなにより新入生歓迎会で演奏された[トルコ行進曲]の素晴らしさに惹かれて、入部した。
まだ楽器も決まってない、入部試験は、明後日。
入部テストは、2つ。渡された楽譜にドレミを書くこと。そして腹式呼吸法を覚えて、どれだけ長く息を吹けるかという簡単なものだ。
『その・・・いい加減面倒なのですが・・・』
そう切り出したのは、呼び出した女の子のうち2人は、同じ小学校の子達だったからだ。そしてそのうちの一人は、以前にも私を呼び出した事のある子だ。
『いい気にならないでよ!』『近づかないでよ、ブス』『いっつもしらばっくれて・・・本当は、好きなんでしょ。』
三人の女の子。
これが男ならよかった、腕っぷしなら負ける気がしない。現在剣道の師範から教わっている体術の練習になるから・・・。
『じゃあ、何をしたらいいんですっ!あいつに嫌いだと言えばいい?無視するの?それとも喧嘩でも申込みましょうか?一応同じ道場に通っていますから、いい試合が見れますよ!』
悔しいけど剣道は、孝之の方が腕が上だ。
もし試合を申し込めば、ボコボコにされるのは目に見えてる。ここでそれを言うのは悔しいのでいい勝負という事にしておいた。
『ちょっとあんたねぇ!』『そうよ・・・習い事が一緒ってだけのくせに・・・』
『自慢でしょう?ほら・・・』
名前も知らない女の子が私の楽譜を広げた・・・3歳からピアノを習っていれば譜面読みは、朝飯前。
私と孝之が通うピアノ教室は、かなりレベルの高いそしてスパルタな教室であった。
『こんなの出来ても・・・デブのブス・・・お嬢様は、まずその体どうにかしたら?』
『クスクス』『クっ・・・・ブース。』
楽譜が地面に落とされる。唯一の救いは、ここ数日の快晴のおかげで地面が渇いている事だけだ。
『・・・』
『お嬢様は、また新しいのが手に入るから、いいわね?』
そう告げて、彼女はその足を楽譜へと降ろした。踏みにじられる紙にしっかりと足跡を刻む。
楽譜は、これ一つだけだ。吹奏楽部の先輩が、新入部員の一人一人配ってくれた。
習い事が多いからって、家は、裕福な家庭だというわけじゃない。この頃は、本当にやりたいものだけに習い事を絞れと母から言われている。
華道も書道ももう習ってはいない。
楽譜をボロボロにして、満足したのか彼女たちは、各々捨て台詞を告げ去っていった。
その背中が見えなくなってから、楽譜を取り上げる。
楽譜の土を落としてもやはりくっきりと足跡がある。これじゃどうしようもない。
新しいものを手に入れるには、他の新入部員の子に頼んでコピーしてもらった方がいいだろうか。そう冷静に考えていると後ろから声がかかった。
『リアルないじめの現場、初めてみたなぁ』
その声には聞き覚えがあった。しかもそれは今手にある楽譜をもらった時に言われた『分からない所あったら、聞いて』とそう言ってくれた人だ。
『っ・・・・せん・・・ぱい?』
『よし、泣いてない。よくやったっ!』
朗らかにわらって、私にそう言ったのは須藤 駿という吹奏楽部の副部長だった。




