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男だけど乙女ゲームの世界に転生した。  作者: 鴉野 兄貴
この世界はクソゲーだ

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13/15

五葉涼子 菜月みどり

 俺は『五葉流五車星』を発動させて目の前のモブAをぶん殴った。

 やぁ。俺『弟』。このゲームのヒロインの『姉』の弟だ。


「『弟』無事かッ」

 水泳部究極奥義大地激泳法を駆使して範囲攻撃を行うのは我らが水泳部部長二咲先輩である。

「制圧魔法かけますッ」

 姉貴が叫ぶ。俺はすばやく飛びのき、姉の攻撃を補助する。

 どうもシナリオが怪作ドラマCD『ゾンビが街にやってきた』編になっているらしい。

 向うでは暴れん坊将軍の音楽と共に新伍先輩と一之宮先輩が刀片手にばったばった。三笠先生と四谷君は何故か敵味方に分かれて涙の戦いをやっている。何をやっている。

 そして五葉先輩は敵方でうははははとか言っている。何をやっているんだ。先輩。


 翌朝。何事もなく俺たちは学校に登校した。


「『弟』よ。なんか変な夢みたんだ」

 モブAこと茂宮はそう言った。

「気にするな。たまにあることだ」


 俺はそう告げた。

 さ。今日は焼きそばパンでも買いに行こう。


 ※ ※ ※ ※ ※


「しかし最近変な事ばかり」

「だねぇ」


 俺と姉貴は連れだって歩く。

 誰だ死ねリア充とかいうバカは。


「この間はゾンビシナリオになったし」

「ほえ?」


 おっと。姉その他には通じないのか。


「そういえば五葉先輩はどうしているのだろう」

「元気にやっているよ。表向きは」


 自分の記憶と周りの記憶の違いに戸惑ってはいるがそれなりに折り合いつけてやっているらしい。


「五葉ちゃんは五葉タンとは別人だしね」

「うん」


 冷静に考えたら超常現象なのに姉貴はその点受け入れているらしい。「明らかに別人」とは親友ならではのカンと言える。


「あれだ。この世界は実はVRMMOの世界で、俺たちには管理者がついていてだな、俺たちは高度な知性を持つAIって線」

 姉貴。惜しい。

 てけてけと歩く姉貴。バナナ踏むなよ。

「そういう感じの考えを持っちゃう。高校生で厨二病乙って思わない? 弟君」

「姉が残念無念なのは前からだ」


「ひどい」

 ぶぅと頬を膨らませる姉。見ようによっては可愛いのだからどうかと思う。

「でも、ゾンビが出て次の日には戻っているとかないでしょ? 弟君」

「うん。ないない。現実世界ならあり得ない」


「怪我しても次の日には無かったことになったりはしないし」

「うんうん」


「じゃ、この世界はナニ?」

「え」


 姉貴はニコリと笑い、俺の腕をとった。


 胸あたっているのですが。姉貴。さすがに姉に欲情することはないぞ。


「諸悪の根源は弟君ですか? テキパキ答えて頂きましょうか」

 え。


「諸悪の根源って」

 それは酷くないか。姉よ。毎回毎回姉貴を守って行動している弟に対して。

 しばらく目の前が真っ暗になっていた俺は人知れず泣いていたらしい。


「あ~もう。泣くな。私が悪かった」

 気が付くと姉の胸を叩きながら泣いていたらしい。大人げない。

「とにかく、お前の周りで起きている奇怪な現象の数々はお前の所為ではないのは確かなのだな」

 うん。

「五葉ちゃんと五葉タンの違いが生じたのはお前が関係しているのは確かだろう」

 それは否定しない。

「この世界はなんだ? 色々おかしい点が多すぎるのだが」

 それは。


「乙女ゲームの世界とか?」


 ケタケタと笑う声に俺たちは振り返る。

 すらりと伸びた手足の美少女はかつて愛した女性ひとと瓜二つでありながらも別人。

 その長い手足が動き、こちらに駆け寄ってくる。

 サラサラの黒髪が揺れ、額の割れ目からその端正な顔立ちが覗く。


「よう。お前ら元気か。俺は元気ではない」


 嘘つけ。

 五葉先輩である。


「五葉ちゃんか」

「おう。オレオレ。今すぐ俺の口座に五〇〇万円振り込んでくれ」


 おい。


「おう。『弟』君や。久しぶりだな。シャザイとバイショーチエコを要求する」

「なんですかそれは」


「有名な声優だ」

 マジか。

「嘘だ」

 この人はぁ?!


 俺たちは連れだって歩き、アイスクリームを口に含む。

 清涼な香りを口に含むとさっきまで泣いていたのがバカらしい。

 というか、五葉先輩という人は真面目に会話していると疲れる女である。

 二咲先輩が落とせなかったのも無理はない。つかみどころがないのだ。


「やっぱり弟の所為じゃないだろ」

「だな。とりあえず手がかりが欲しかった」


 ん?


 姉曰く、寝ていると時々誰かに意識を乗っ取られるような夢を見るらしい。

「まぁ、その度ごとにお前が現れてそのなんらかをぶん殴ってくれるのだが」


 なんか心当たりあるようなないような。

「五葉タンも出てくる」

 マジか。伊丹さんが?!


「その五葉タンという言い方は辞めてほしい。混乱する」

 五葉先輩が苦言を放つ。

「加えて言うと不愉快だ。『弟』君。否、『山田準』君」


 ??! 真剣な瞳で俺を睨みつける五葉先輩に絶句する。


「触れたくない記憶がいっぱいあってね。順繰りに思い出していたのだ。

 どうも私の記憶は幼少の一時期から誰かに乗っ取られているようだ。

 意識と記憶は継続しているのだが魂は別人が操っていて、私は眠っている。そんな感じだ。最近意識して思いだせるようになってきたがな」

 誤解しないように言っておく。私はお前のことが嫌いではないと先輩は続ける。

「だが、故にこそ、他人が自分になって君を好きになっていく記憶は耐えがたい」


 そういって俺から目を反らした。


「君たち姉弟はなんなのだ? 私は君たちが憎い。なのに好きでたまらない」


 震える彼女を抱きしめる事も出来ず遠巻きに見守る姉に俺は何が出来るだろう。


「私の人生のほとんどは誰かの物だったのだ。私にとってそれは夢のような記憶だ。幸せな記憶か不幸せな記憶かと聞かれれば断然前者であろう。両親に愛され、兄に恵まれ、円満な家庭で不自由なく恋も青春も人並みに過ごせたのだから」


 その結幕も覚えている。否、思い出したと彼女は吐き捨てるように呟いた。


「多分。私もそうなる」

 姉は座り込んだ五葉先輩の隣に立つ。

 最近色々思い出したという。

「私、何て名前だったっけ」

「『姉』だろ」


 その言葉を聞いて姉はゆっくりとかぶりをふった。

「デフォルトネームは『菜月なつきみどり』。五葉タン、貴女の嫌う伊丹って子はなっちゃんとか呼んでいたな。たまーにだけど」

 でも、色々な名前を名乗っていた気がすると続ける。

「私の記憶が一番鮮明なのは今の時期だけ。それからの未来は他人の夢みたいな気分」

「未来?」


 五葉さんが不思議そうな顔をすると姉はぶるっと震えた。


「他人の人生」


 その時には私は私でなくなる。私であって私ではない。


 それ、俺も考えてなかった。同じ姉だと思っていた。

 考えてみればプレイヤーの数だけ姉がいてもおかしくはない。

 じゃ、俺の記憶の中の姉って何者なのだろう。


「私、色々思い出すことがあったの。誰かに意識を持っていかれて私が私で無くなるそんな夢」


 その時は弟が助けてくれたけど、同時にこう思ってしまったと彼女は続ける。


「『この子誰?』」


 肌が泡立ち、足がぐらぐらする。


「だれって姉貴の弟だ。母さんと父さんの子で」

「そう。そのはずなのに名前を知らない。私自身の名前だってそう」


 顔が青いのは俺だけではない。

 脚が震えているのも、泣き出しそうなのも。

 そう気づいたのは彼女の瞳を見たときだった。


「そう思うと、おかしくない? 私って誰よ?」


 姉貴は乾いた笑みを浮かべる。


「姉貴。あんたは俺の唯一の肉親だ。母さんと父さんの子供だ」

「なら山田準って誰だ。伊丹こと五葉タンが私たちに害意が無かったのも知っている。でも」


 ああ。俺たちはこの世界から見て異物なのか。

 季節もいつの間にか止まっていた。

 ゲームが始まっていない。


 ゲームは姉貴が三年生になってから始まる筈なのに今何学期かもわからない。

 ゲームそのものがスタートしていない。


「私は、どう生きればいいのだろう。他人の人生を歩むのか。それは、それこそが自分なのか自分でもわからない」

【誰かと誰かのつながらないキモチ】

 どうして貴方は笑っているの。私は泣いているのに。

 違う。泣きたいんだ。


 痛いよ。辛いよ。誰かそばにいて。

 今すぐにでも君の元に行きたいんだ。


「先輩。先輩ったら」


 意識が戻る。忌々しい俺を縛る世界に。


「『弟』か」

「先輩。ナニぼうっとしているんですか?」


「いや、携帯ゲームをやってた」

「はい? うちはゲーム機禁止ですよ?」


 ああ。こいつはまだ解っていなかったっけ。

 仕方ないな。なんとか手伝ってもらわないといけないのに。


 彼女の前では定型文しか喋れない俺じゃなぁ。


「とりあえず、ゾンビ撃破記念としてなんか食いに行こう」

「??」


 不審そうに俺を眺める彼。まぁいいさ。


「先輩。姉貴を宜しく」

「阿呆」


「先輩が姉貴を弄んだ。訴えてやる」

「馬鹿。誰がだ」


 此奴の周りだけ『匂い』や『痛み』があるんだな。

 彼女が感じている臭いや痛みが解れば。

 俺が代わりになってあげることができるのに。

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