1章ー8話 1日の終わり※
「いるんだ神様って……」
魔物に屍人に魔法、ここに来てから非現実が当たり前になっている。その上シンヤは一度死んで天使にまで会っているのだ。ここまで揃えば神様や魔王、勇者が出てきてもあまり驚くことはないだろう。
「直接顕現したりはあまりしなかったけど、特定の人や場所を通じて話したりできたの」
「人は……巫女みたいな選ばれた人間で、場所は神殿とかがあったとか? そういえば巫女とか神殿って言葉はあるのかな」
あまり意識していなかったシンヤだが、言葉は自然に通じていても、単語全てが通用するとは限らないのではないかと心配になる。
「あるし、認識もそれであってるわ。わたしの住んでいたところ……、あの村の前に住んでいたところには神殿が近くにあったの。その神殿で何度かお目にかかったことがあるわ」
「神様に会えるとかすごいなぁ。世界の問題とか一発で解決できちゃうんじゃない? 魔物を全部消して下さい、とか」
「何でもしてくれるって訳じゃなかったわよ。基本的には神託……神々から一方通行でお話を聞けるくらいだったわ。それに昼間も話したけど、今は神々はこの世界にはいないから」
神様といってもそう都合いい存在ではなかったらしい。それよりもシンヤには神がいないという言葉が引っ掛かった。
「なんで神様はいなくなったの?」
「……っ」
当然のようなシンヤの疑問に、クロエはなぜか戸惑うように言葉を無くす。
「……ごめんなさい。シンヤも疲れてるだろうし、そろそろ兄さんも部屋に戻ってるでしょ。話の続きは明日ね」
しばしの間の後クロエは話を切り、少し急いだ様子で浴室から出ていった。
質問に答えてもらえなかったシンヤだったが、すぐ後を追うわけにもいかず、浴室の中で聞いてはいけないことだったのかと頭を悩ませる。しかし、長く湯船に浸かりすぎたのと、先ほどまでの緊張もあり、のぼせてしまう寸前だったので、おぼつかない足取りで自身も風呂を出るのだった。
脱衣場に出ると先ほどまで着ていたシンヤの血濡れの服がなくなっており、代わりに男物の部屋着らしきものが置いてあった。
着替え終わると、見ていたのではないかというタイミングでドアがノックされる。
「……はい」
クロエとの事もあり若干緊張しながら返事をすると、ドアが開かれ先ほど浴室に案内してくれた女性が入ってきた。
ひざ下まである藍色のドレスに厚手の白いエプロンと、頭にはヘッドドレスを付けている、この屋敷のメイドなのだろう。年齢は20歳くらい、濃い紫の髪の毛を後ろに流し一つにまとめている。
クロエには及ばないがこの世界には美形しかいないのだろうかと思うほど整った顔をしていた。
「長い入浴でしたね。少しお顔が赤いようですが、のぼせてしまいましたか?」
「あぁ、あ、はいっ。大丈夫です」
クロエと風呂に入っていたことがばれているのではと、返す言葉が上ずってしまう。
「それはなによりです、シンヤ様。申し遅れましたが、私はこの屋敷でメイドをさせて頂いておりますセラと申します。以後お見知りおきを。それと、クロエ様はお年頃、こういうことはあまりなさらないで下さいませ」
あっさりとばれていたようで、当然と言えば当然の事であった。クロエの悲鳴を聞いたのはリュートばかりではないのだろう。
とくにセラと名乗った目の前のメイドはシンヤを案内してくれた人だったのだから、先に入って出ていないことも知っていたのだ。
「いや、やましい事はなにもないです。タイミングが悪くて、リュートさんに殺されないよ……」
「私はなにも見ていませんし聞いていません。このことがリュート様のお耳に入ったらどうなるか分かりませんが、私は、何も知らないので大丈夫です」
「……うっ。ありがとうございます」
シンヤの弁明は遮られたが、本当に大丈夫かは別として、リュートに話さないでくれるようなので頭を下げる。
「それではシンヤ様、これからお部屋にご案内いたします。今日はそちらでお休みください」
そう言うとセラは部屋にシンヤを案内してくれた。
「この部屋です。何か御用がありましたら、この屋敷の入口にベルがありますので鳴らしてください。それと、この部屋の3つ隣がクロエ様の私室となっておりますが、くれぐれも、夜這いなどなさらないようにお願い致します。さすがに庇いきれませんので」
「しませんってっ! 寝ますね。おやすみなさいっ」
先ほどといい今といい、からかわれている気がしてきたので、これ以上話をしていると何を言われるかわからないと、部屋の中に入り扉を閉める。
扉の向こうからは
「残念」
と声が聞こえたので本当にからかっていただけなのだろう。
足音が遠ざかったので意識を部屋の中に戻す。見渡すと室内は六畳ほどの大きさにベッドが一つと鏡台が一つ置いてあり、飾り気はなく簡素な部屋だった。
さっそく靴を脱ぎベッドに飛び込み大の字に俯せになる。洗ったばかりなのかシーツからはほんのりと太陽の匂いがして、シンヤの心を落ち着けてくれた。
「いろいろありすぎて整理ができない……」
シンヤは一人きりの部屋で誰にともなく呟く。
刺されたと思ったら天使に会い、異世界と思われる場所に放り出され、巨大な蜘蛛に襲われ、目の前で人が死に、最後は屍人と呼ばれるゾンビとの命がけのレース、非現実すぎることがありすぎたのだ。
実際に起こった出来事なのか自分自身に疑いを向ける。
「今日は本当につかれ……」
身体の疲れはあまり感じてはいないのだが、密度の濃い一日だった為か頭の疲れがひどかった。シンヤは考えるのを止め、意識を手放して異世界で初めての眠りについたのだった……。
◆ ◆ ◆
「すまぬ、わしのせいじゃ」
暗い、何もない世界でシンヤの意識だけが宙に漂うようにそこにあった。耳もないのに声は聞こえる。眼もないのに蹲る女の子が見えた。目の前の女の子をシンヤは知っている気がする。誰だろう、声をかけたいのに口がない。
「わしがすべて悪いんじゃ、本当にすまぬ。わしがお主を巻き込んだ」
女の子は知らないはずの声で謝り続ける。
あまりにも小さく消えてしまいそうな姿をしていたので
『キミのせいじゃないよ、大丈夫』
と強く心で思った。
すると伝わったのか、その子が少し笑ったように感じた。
「お主は変わらず優しいな。……せめてわしに会えるまで生きていてほしい」
顔を上げた女の子にはやっぱり見覚えがあるように思い。
『名前を教えて欲しい』
そう思うとやはり伝わったようだったが悲しそうな顔をして答える。
「そうか、わからぬよな。わしの名は『……』じゃ」
女の子は名前を言ったようだったが、その部分だけシンヤには理解ができなかった。
もう一度聞こうと思った瞬間。
何もない世界が、割れるガラスのように音をたてて崩れていく。
「あぁ。時間じゃ」
女の子は寂しそうな切ないような表情でシンヤを見送る。
そして、世界が崩れるとシンヤも目覚める。




