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2章-13話 淫欲

 ひどい異臭の漂う室内で、シンヤは穴の中を凝視する。


 光る石の明かりはさほど強くはないが、穴の底を見渡すには十分。それでも、シンヤの脳がその光景を理解するのには数十秒の時間がかかった。


 人、人、人、人、人、人、人。


 折り重なるように穴を埋め尽くしているのは、人だった者達。


 シンヤが覗き見ている蓋の隙間から投げ捨てられたそれらは、数十で聞くような数ではない。


 数百、あるいは千に届くのかもしれなかった。


「うぅっぷっ!!」


 猛烈に押し寄せる吐き気を我慢できずに、シンヤはその場に吐き出してしまう。


 なんだあれは?


 かつて人だった残骸は、手前の物ほど原型を留めており、ごく最近捨てられたとのだとわかる。


 シンヤは今しがた見た地獄のような光景が、真実だとは思えずもう一度穴を覗き見た。


「これを見てもここがまともだと思う?」


「……なんなんだよっ! この人達はなんでこんなところに捨てられてるんだよっ」


 顔を青くして穴を見下ろすシンヤに、クシュナは問いかけてくるが、聞かれるまでもなくまともなわけがない。


 穴の奥の死体は長い期間放置されていたのか、ぐずぐずに崩れてしまっていて、骨になっている物も見える。


 結界に包まれ、外敵に襲われることの無い聖都の人間。それなのに、なぜこんなにも多くの人が捨てられているのか、シンヤには理解できなかった。


「ノエルが言ってた。ここに住んでる人間は長くても数年で死ぬって……」


「……だって、街の人は皆元気だったじゃないかっ!」


「昨日街を見て周ったけど、僕が前にこの街に来た時に見た人は、誰もいなかったよ……」


「……っ!?」

  

 クシュナの暗い声音に言葉を失う。


 住人は魂を結界に食われ、尽きれば穴に捨てられ朽ち果てる。

 

 そんなありえない想像がシンヤの頭を過った。


 だが、聖都は安全。


 そう刷り込まれた記憶がそれを否定する。


 目の前の現実と記憶がぶつかり合い、言いようのない不快感と頭痛がシンヤに襲い掛かってきた。


「今頃、ノエル達もここに侵入して、仲間を助け出す手はずになってるんだ。だから、君もここから逃げなきゃ」


「でも、……おれは……おれはっ!」


「あ、兄ちゃんっ! 」


 眼前の死体の山が、この娘の言っている言葉を真実だと告げているが、混乱したシンヤは部屋を飛び出してしまう。


 昨夜と同じように、聞きたくない真実から目を背けるように通路を走り出したのだ。


 クシュナと話していると、頭が割れるように痛くなる。飛び出したシンヤは彼女に見つからないよう、鍵のかかっていない部屋に逃げ込む。


「はぁ、はぁ、はぁ。なんなんだよっ。……いづっっ!」


 扉を閉めすぐに座り込んだシンヤは、先ほどの光景と昨夜の事を思い出す。だが、考えれば考える程、頭痛はひどくなり、その場で頭を抱え蹲ってしまった。


「やっ、め……」


 声が聞こえ、シンヤは顔を上げ辺りを窺う。


 適当な部屋に飛び込んだのだが、室内に人はおらず、声は奥の部屋から聞こえてくるようだった。


 誰かの私室なのだろうか。


 部屋の中は生活感があり、テーブルの上には一人分の豪勢な食べかけの料理が並んでいた。


 シンヤはゆっくりと物音を立てないよう、声のする方へと進む。


 奥の部屋への扉は開け放たれていて、慎重に中を覗き見る。


 そこは寝室なのか中央に大きなベッドが据えてあり、男女の姿が見える。室内は燭台の明かりが照らしていて、その姿がはっきりとシンヤの目に映り込んだ。


「くっ……やぁっ……」


「ふはっ。抵抗したければすればいい。その手錠で魔法は使えないがな」


 ベッドの上で美少女を組み強いているのは、だらしない身体晒した年配の男。女性は申し訳程度の薄い布で胸と下半身を隠しただけの姿だ。


「その方に触れるなっ! 私を代わりにしなさいっ!」


「うるさいっ! お前も後で可愛がってやるから、そこで見ていろっ!」


 部屋の隅にある牢の中から別の女性が声を荒げるが、男はその手を止めずに怒声を響かせた。


「さぁてクロエ、ようやくお前も俺の物になるんだ。覚悟を決めたらどうだ?」


「うぅ……くっ。いやぁっ……」


 男は汚い舌を出して、クロエと呼ばれた女性の肩からその身体を舐め、その分厚い手で腰をまさぐる。


 彼女は嫌悪を隠さず必死に身体を捩り抵抗するが、押さえつけられ抜け出すことができない。


 嫌がり涙を流す彼女の姿を見て、なぜかシンヤに怒りが込み上げてきた。


「やめろっ!」


「ん? なんだお前は……」


「シンヤっ!?」


 気づけば部屋の中に飛び出し、怒鳴りつけていた。驚いた表情の男だったが、すぐに冷静さを取り戻すとベッドから身体を起こす。 


「お前、今日儀式の予定のやつか。これが済んだら儀式を始めてやるから大人しく待ってろ」


 男が睨みつけると、シンヤの脳にまた何かが流れ込んでくる。


 儀式の為に部屋で待たなくてはならない。


 ここから出なくては……。


 そう考えるおかしな自分が頭の中にいるのだ。


「ほれ、早く行けっ」


「シンヤぁっ……」


 男がさらに声を上げると、思考がおかしくなっていく。


 だが、クロエの弱々しい声が耳に届き、シンヤの中で何かがはじけた。


「んなぁっ!! ……ぐぷぇっっ」


 勢いよく走り出したシンヤは、ベッドの脇にある燭台に手を伸ばし握り締めると、驚きに目を見開く男の顔を殴り飛ばしたのだった。


 息を切らせ、燭台を握ったままのシンヤは、倒れ伏した男を見据える。


 倒れ伏した男は頭から血を流し意識が無いが、その分厚い胸が上下していることから、死んでいるわけではないようだった。


「……うぅっ。シンヤぁっ」


「うわぁっ!」


 顔を上げると、ベッドから起き上がったクロエが涙を流し抱きしめてくる。着ていた薄い布がたくし上げられており、たわわな胸が直に押し当てられた。


「ちょっ、っちょっ、まっ!」


「シンヤぁっ。ありがとう……」


 布切れ一枚越しに感じる感触に困惑して、裏返る声を無理矢理出して止めようとするが、クロエはその腕を離してくれない。


「服っ。服をっ! 服を着てくださいっ!!!


「……っっ!?」 


 叫ぶように声を荒げると、ようやく気付いたのか赤面し、両腕で胸を隠しながら後ろを向いてしまう。


 あまりに刺激的な姿に、シンヤも後ろを向くが先ほどの感触が残っていて、心臓が割れんばかりに鳴り響いていた。 


「そろそろよろしいですか?」


「ひゃいっ!?」


 二人が顔を真っ赤に染め上げ俯いていると、隅の牢から声がかかる。先ほど、男を止めようとして声を荒げていた女性だ。


 突然声をかけられ妙な返事をするシンヤは声の方に顔を向けた。


「……セラっごめんなさい。今出してあげる。シンヤもちょっと待っててね」


 牢の中のセラと呼ばれた女性も、クロエと同じように薄い布しか着ておらず、シンヤはすぐに眼を逸らして、彼女が牢を開けるのを待つ。


「……それで、君達もおれを知っているって事か?」


「知ってるも何もシンヤでしょ? 何を言ってるの」


「クロエ様。彼は記憶を操作されているのですよ」


「「えっ!?」」 


 鍵を開けるのを確認してシンヤが声をかける。昨夜の二人に先ほどの少女、そして目の前の二人、この短期間で記憶に無い知人が増えた。


 投げかけた疑問には、牢から出てきたセラが短く答えてくれ、その答えを聞き二人は同時に声を上げた。


「説明は後程……。シンヤ様、確認したいのですが、儀式はもうすまされたのですか?」


「これからの予定だったけど……貴方達は?」 


「私はセラ、こちらはクロエ様です。記憶にないようですが、私たちは貴方を良く知っています」


 柔らかい声でシンヤに説明をしてくれたセラと名乗る女性は、改めて名乗ってくれるが、二人にも見覚えが無い。


「……儀式はまだなのですね」


「は、はいっ」


「良かった。でしたらまだ間に合います」


 念を押すように問いかけてくるセラに、上ずった声で返事をすると、彼女は安堵のため息を洩らす。


「……まずは封魔の錠を外して、ここから離れましょう」


「あ、ごめんなさい」


 クロエが手にしていた鍵束で自身の手首についている手錠を外す。


 言葉通り、魔法を封じる為の腕輪なのだろう。


「シンヤありがとう。貴方が来なければ……わたし……」


「……っ?!」


 クロエは改めてお礼を伝えてくる。


 また泣いてしまいそうな彼女がシンヤの手に触れると、一瞬記憶に無い情景が脳裏を掠める。それは、泣きじゃくる自分とそれを優しく慰めるクロエの姿だった。


「……今のは?」


「そうだっ。シンヤちょっと待ってて……」


 何度も起こる記憶の食い違いにシンヤが戸惑っていると、クロエは部屋の装飾品が並べられた棚に向かい、箱を一つ持ってくる。


「それは……?」


『このバカもんがぁっ!』


 クロエが箱を開けると、シンヤの頭に聞き覚えの無い、だが、なぜか懐かしい怒声が響き渡った。


 


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