2章-6話 聖都侵入
砂浜を歩き続けると、大きな崖が見えてくる。ただの切り立った崖にしか見えないのだが、あの崖の内部が聖都だという。
イメージと違う光景にシンヤは疑問を浮かべるが、徐々に見えてくるその異様な光景に息を呑んだ。
それは、崖をくり抜いたというリュートの表現が正しかった。海側から見える巨大な空洞の中に街らしき物が見え、陸地からは簡単には中に侵入する事は出来ない事が想像できた。
シンヤ達が進んでいくと、崖の岩肌に大きな門が見えてくる。他に入り口らしきものは無く、正面から中に入るにはその門以外はないのだろう。
門の前には小屋が設置してあり、幾人もの武装した人間が行きかっている。シンヤ達は見つからないように、海岸沿いから移動して崖を迂回していく。
「あの状況だと、正面から行くは無理だったよね」
「仮に突破できてもクシュナの言うように、門を通った際に何かしらの影響が出ていたかもしれないな」
「ねっ、言った通りでしょ。僕は嘘なんかつかないんだからな」
クシュナに案内され崖を離れ林に入る。なんとなしに呟くシンヤに、ノエルが補足するよう言葉を足す。
門の前には数十人の兵士がおり、無理に通ろうとすれば騒ぎになるのは目に見えていて、中のリネット達の事を考えれば強行突破は難しかった。
「ありがとうクシュナちゃん、助かったわ」
「うげっ、ちゃん付けとかほんとやめてくれよ。呼び捨てでいいって」
「じゃあ、クシュナって呼ぶね」
子供扱いされているようでむず痒いのだろう。心底嫌そうに顔をしかめたクシュナは、隣を歩くクロエに声を張り上げて抗議していた。
「ここだよ」
しばらく林の中を進むと大きな岩の群れが見えてくる。クシュナはその岩の一つの前で止まると、足元に隠すようにあった大きな岩板を指差す。
「ここから中に入れるんだよ」
「よくこんな場所知ってたな」
「昔、ここに住んでたんだ。大襲来で住めなくなってからは捨てたんだけどね……」
シンヤの問いにクシュナは少し悲しそうに答えてくれた。本来ここも人が住める場所ではなくなっているのだが、聖都に仕立てた者が、結界を張り安全を確保したのだ。
岩板をずらすと階段があり、湿った匂いがシンヤの鼻をつく。クロエに明かりをつけてもらって中に入り、通路と言うよりも洞窟に近い道を足元に気を付けて進む。
通路は一本道で、しばらく歩くと登り階段に突き当り、出口部分の閉まっていた板をずらすと外の明かりが漏れ出てきた。
「この道を知ってるのは、今じゃ僕くらいだからね。ここに誰もいないなら、安全だと思うよ」
「なんかあるかと思ったけど、何事もなく着いたな」
慎重に板を動かし外の様子を窺うとそこは木造倉庫のようで、外壁の隙間からの明かりが室内を照らしている。しばらく放置されていた場所なのか、室内には埃が溜まっていて人の気配はしない。
歓迎されていない場所に入り込んでいるのだから、いきなり誰かが襲ってくるのではと、ここに着くまで緊張していたシンヤだったが、クシュナに安全だと言われ、ようやく安堵の声を出した。
「見てくる。お前達は少し待っていろ」
リュートは出入口の扉をゆっくりと開け慎重に外を確認しに行く。少しすると手招きをする彼に続いてシンヤも屋外へと踏み出す。
そこは直径で一キロ以上はありそうなほどの、大きな洞穴。遠目で見えていた崖の中は、外から見るよりも巨大で大きな都市だ。
シンヤ達のいる家屋は、洞穴の一番奥の少し高台に建てられたもので、そこから見える石造りの街並みは数千人は納められるほどだった。
そこから見える海に面している場所は、満ち引きの関係もあるのか、かなり高い位置に家が建てられていて、港らしきものもあり、船も数隻確認できる。
「思ってたよりもでかいんだけど……」
「昔はこの家みたいに木造りの家ばかりだったんだけどね。ほら、あんな感じ」
クシュナが指差す方を見ると、洞穴の高い位置の壁にはいくつもの家が見える。ただそこに至るための道や階段は無く。シンヤはどうやって移動していたのか疑問を覚えた。
「あの家とかどうやって行くのさ」
「ああいう家は全部僕たち鳥人が住んでいた場所だよ」
クシュナの言葉にシンヤは納得する。先ほど彼女が飛んでいたように鳥人は空を自由に飛べるのだ。だから岸壁に建てられた家でも不自由なく暮らすことが出来たのだろう。
「この後はどうする?」
「とりあえずここを拠点に情報を集める」
ノエルの質問にすかさずリュートが答える。クシュナに情報をもらったとはいえ、未だわからない事が多いのだ。まずはリネットの居場所を探らなくては行動に移す事も出来ない。
「でも、知らない人間がいたら怪しまれないかな?」
「それはたぶん大丈夫だよ。この街の人達は、気にしないと思う。僕が前に来た時も普通の旅人だと思われて良くしてくれたから。むしろ堂々としていた方がいいと思う」
クシュナの話でも、聖都に住む人間がどこかおかしいと言っていたので、危険は多少あるかもしれないが、直接話を聞いた方が早いだろう。
「わかった。それなら、二手に分かれて行動しましょう」
「僕はノエルと一緒だぞっ」
さすがに五人もの人数で歩き回るのでは効率が悪いが、一人づつでは危険があった場合に対処できない。二手に分かれる事をクロエが提案すると、クシュナはノエルに抱き着き、またも離さないと鼻息を荒くする。
「クシュナ。我々は別々の方がい……」
「ダメだよっ。僕がいないとノエルはすぐにどっかいっちゃうから」
余程黙って出て行かれたのが、ショックだったのか、クシュナはノエルの言葉をかぶせるように声を荒げた。
「ノエルとクシュナは一緒の方がいいと思うの。よく知ってる人が一緒だと安心するでしょ?」
「仕方ないか……了解した」
「俺はクロエと一緒に行きたいところだが、戦力的に分かれるしかないようだな。俺は天使殿とその子を連れて行こう」
クロエが説得するとノエルも渋々というように、クシュナと同行することに納得する。魔物や屍人が出ないとはいえ、悪意ある人間がいるのだから、高戦力のクロエとリュートは別れざるをえない。
「なら、クロエはおれとだな」
「うん。今度は私が守ってあげるから安心してね」
「アウラもいるし、おれも守られるばかりじゃないさ」
「ふふっ。お願いね。……でも、油断しちゃダメだよ」
シンヤが袖を捲し上げて力こぶを作って見せるが、その姿を見てクロエは微笑みながら注意をする。見知らぬ地では何が起こるかわからないのだから。
『そのあたりは、わしに任せてもらおう。こやつは調子に乗りやすいからの』
「うん、お願いねアウラ」
「大丈夫だって。自分に出来る事を見誤ったりしないよ」
『それが油断というのじゃぞ……』
まだ会ったばかりのクシュナを警戒してか、アウラは彼女に聞こえないように念話を二人に届ける。森での襲撃を経て、シンヤには多少なりとも自信が宿っているようだが、アウラはそれがとても危うい物に感じられていた。
「クロエ。何かあったらすぐに魔法を打ち上げるんだぞ」
「わかったわ。兄さんも危険があったらすぐに教えて」
「よし、日没にはここに一度集まる。行くぞ」
クロエに言葉を残すとリュート達は先に階段を下りていく。この場所は結界に包まれているので、屍人は警戒する必要は無いが、その分危険な人間がいるかもしれない。
少ない情報しかない状況に、一抹の不安を感じながらシンヤは先を行くリュート達を追って階段を下り始めるのだった。




