1章ー51話 砕けた剣
息をつく暇すら無く、延々と剣を振り続けるが、リュートの視界いっぱいに広がる魔物の波は減る様子もない。
「害虫にしては中々だが、こうも単調では面白くもない、そろそろ終わりにするかの」
木の上の枝に座り込んでいる老いた魔族は、リュートの戦いに見飽きたのか腕に顎をのせて、隠しもせずに欠伸をする。
その瞬間リュートは木々を利用し高く跳躍すると、剣を鞘に納め、腰に据え付けていた短弓を取り出し矢を番える。
空中で上下逆転した姿勢のまま弦を引き絞り……放つ。
短い風を切る音と共に矢は、杖を持つ魔族の右手首に吸い込まれるように突き刺さった。
「ぐあっっ!!」
油断していた魔族は予想外の攻撃に、握っていた杖を取り落とし、右手を抑え短く悲鳴を上げる。
結果を見届ずリュートは空中で姿勢を整え、木の幹に着地し飛ぶと、落下中の杖を捉え剣を抜き放ち、叩き切った。
「これで、煩わしい雑魚を呼ぶことは出来ないだろう?」
「き、きさまぁぁっ!」
木々を足場にして高い木の枝に着地したリュートは、魔族を見据える。右手の痛みと、してやられた怒りで、赤い目をさらに赤く血走らせ叫ぶ。
触媒に杖を利用していたのだろう。
召喚された魔物が消えることこそ無かったが、新たに呼び出されることは無く、怒りに震える魔族を尻目にリュートは、矢を放ち続け魔物の数を減らしていく。
「おのれぇぇっ。害虫ごときが調子づきおってぇぇぇっ!」
「魔族ってのは、皆言うことが変わらんな。人類を甘く見るから手痛い思いをするんだが……お前に言っても無駄か」
一本の矢で同時に数体を射抜き殺していく。
手持ちの矢が尽きる頃には数十体にまで減った残りの魔物を殺すため、リュートは地面に降り立つ。
残った魔物が一斉に襲い掛かるが、リュートはそのことごとくを切り伏せながら魔族へと歩みを進める。
「俺を殺したかったら竜種でも連れてくるんだったな。……ああ、お前程度では上位の魔物を従える事は出来ないか」
「きさまぁぁぁぁぁっ! よく吠えおったっ! ならば見せてやろう、儂のとっておきを……」
木の上から地面に降り魔族が手に刺さったままの矢を引き抜く。滴る血をそのままに右手を眼前に突き出すと、地面に落ちていた血液が空中に広がっていき、魔法陣が描き出される。
強大な魔物を使役し召喚するためには、必ずそれ相応の触媒が必要なのだが、魔族は自身の血を触媒にして強大な魔物を召喚しようとしているのだろう。
「望み通り竜種を呼んでやろう」
「……遅いっ!」
勝ち誇り、笑みを浮かべる魔族に、リュートは一息で間合いを詰めると、魔法陣を発動している右手を肩から切り飛ばす。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」
触媒の安定が崩れたためか術者の集中が乱れたためか、どちらにしても空中に描かれていた魔法陣は、魔族の悲鳴と共にその場で霧散していく。
「戦闘中に時間のかかる召喚など許すわけがないだろう。隙だらけだったぞ」
「ひっ、ひいいぃぃぃっ!」
剣を勢いよく振り血糊を落とすと、改めて魔族を見据える。右肩を抑えたまま恐怖の色を浮かび始めた魔族は、痛みを忘れたのか地面に尻をついたまま後ずさりしていく。
「そ、そうだ。お前らの村を襲うのを止める。な? だから儂を見逃してくれっ。そうすればここは引くことを約束するっ。良い案だろう?」
「魔族の言葉を鵜呑みにするわけがないだろう。お前を殺して村に向い、全てを切り伏せればそれですむ」
「いやいや、待つがよい。儂以外にもう一人ここに来ておる。そやつは儂など足元にも及ばないほどの力を持っている。絶対に全員死ぬことになるぞ。儂なら、儂なら上手く話して止めることが出来る」
話ながら後ろに下がる魔族にゆっくりと歩みを進めて近づくリュートは、その言葉に苛立ちを覚えた。
一旦形勢が悪くなると命乞いをする。
今まで出会った魔族のそのほとんどが、同じことをのたうっていたからだ。
「あら? あなたごときが私にどう上手く話をするのかしら?」
追い詰めた魔族に止めをと剣を振り上げた瞬間、女の声が森に響く。その声を耳にした魔族はその瞳を目いっぱい広げ、顔を驚愕の色に染め上げていった。
「メ、メイフィス様……っ!!」
「それでどう話をするの?」
老いた魔族の後ろからメイフィスと呼ばれた女魔族がゆっくりと姿を現す。
赤黒く長い髪を腰にまで伸ばし、魔族特有の赤い瞳、血のような色をした唇を舐めながら近づいてくる。
「違うのです。この害虫を騙すために言っただけで、決して本心ではないのです。メイフィス様に意見しようことなど、思ったこともありません」
「いいのよ。そんなにしてやられたら命乞いの一つもしたくなるものね」
老いた魔族の隣に来ると、メイフィスは手を差し出した。その行動を見て恐怖の色を若干薄くさせた老魔族は安堵の息を吐く。
「ありがとうございます。傷を癒したらすぐに手伝いま……」
「……そんなに汚れた男の手助けなんか必要ないわ。それにあなた、前から気持ち悪かったのよ。もう死んでくれていいわ」
「えっっ、メイフィっ……いだいっ、いだいだいだいだいいぃぃぃぃぃ……あ……」
メイフィスは差し出した手を、老魔族の頭にまで持って行き、鷲掴みにする。万力で締め付けるようにゆっくりと、果実を潰すように簡単に握り潰したのだった。
「汚れたじゃない。本当に最後まで気持ちの悪い爺だったわね。……それで、次は貴方の番なんだけど。……リュート様」
「っ……?!」
現れた瞬間から女魔族メイフィスが発していた威圧で、身動きを制限されていたリュートは、不意に名前を呼ばれさらに身を固くする。
「あはははははっ。わからない? わからないわよねぇ。滅んだ帝国の皇子リュート様。私はよく知っているわよ、五年前に会った事あるのだから」
「何のことを言っているっ? 俺はお前に見覚えなどないっ」
「そうよねぇ。クロエも黙ってただろうし、あの子が貴方に隠し事をしているのに気づいていなかったのかしら」
「また戯言かっ! 貴様等魔族の言葉に惑わされたりはしないっ」
五年前の大襲来では、幾多の魔族を切り伏せてきたリュートだったが、目の前の女魔族に見覚えは無い。
撤退した戦いもあったが、見たことはないはずだった。
クロエの名前を出され頭に血が上るリュートは、握っていた剣で切りかかるが、メイフィスはその剣閃を軽やかに躱し、後方へと飛び距離を取った。
「相変わらず怒りやすいのね。もっと話してあげたいけど、あまり時間が無いの。これから貴方達の村に行って皆殺しにしなきゃいけないから」
「……安心しろっ。ここでお前を殺して全て終わりだっ」
「ふふふっ。今回貴方は殺していいって言われてるから、ちゃんと殺してあげる」
金属が擦れるような音が聞こえ、メイフィスの両腕から刃が生えてくる。
そして、両者が同時に地を蹴り互いの武器がぶつかると、力負けしたリュートは剣ごと身体を吹き飛ばされてしまう。
「がはっっ!」
「私はね、特別なの。だから貴方じゃ相手にならないわ」
地面を転がりながら態勢を立て直すリュートにメイフィスが追撃するが、その一撃を辛うじて身体を捻り躱し距離を取る。
「はぁ、はぁ……。確かに、普通ではないようだな。クラプスとかいう魔族と同じで欠片を取り入れてるといったところか……」
「あら? 知っていたの? あの子も死んだって聞いたけど、貴方がやったのかしら?」
「さてな。だがお前も死ぬことになる」
帝都からの帰り道で、シンヤから邪神の欠片の事を聞いていたリュートは、信じられないほどの力を持つメイフィスがクラプスと同じように、欠片を身に宿していることに気が付いた。
クラプスとの闘いを思い出し、リュートは手に握る剣に力を籠める。あの時ほどの力を持つ魔族であるのならば、全力で行かねば勝てない。
そう思い全身の力を剣に込め、精霊の力を集める。剣身が緑色に、その力を強調するように光輝く。
「どちらでもいいわ。別にあの子は自由にやりすぎていたから。でも、貴方はこれで終わりよ」
振り上げる緑身の剣を全霊の力で振り下ろす。
自身の腕に生えた刃で迎え撃つメイフィス。
両者の刃がぶつかり。
鈍い音をたててリュートの剣が砕けたのだった。




