1章-39話 魔族襲来 中編
魔族を殺しえるのは圧倒的な破壊力だけ。
リュートであれば、精霊の力を剣身に纏わせる血蜘蛛の足を断ち切った精霊剣。クロエであれば大魔法だろう。
二人のそれは超高威力なのだが、リスクがある。精霊剣は短時間で効果が薄くなり、大魔法は日に数発しか撃てない上に発動までに時間がかかる。
目の前の魔族は速いのだ。長時間使えないリュートの精霊剣よりも、クロエの大魔法をぶつける方が可能性が高い。
そう判断したリュートには、クロエの詠唱中魔族の意識が向かないよう、注意を引き続ける必要があった。
「思ったより頑丈じゃねえか」
「……魔族がこんなところに何の用だ」
「あぁ? 馬鹿かお前。適当に飛んでたら、蟻を見つけた。だから駆除するんだろ」
嘘をつく理由もない。
魔族はたまたま出歩いて、たまたまリュート達を見つけたから殺すのだと、そういうことなのだろう。
「そうか。ならお前を駆除するとしよう」
剣を構えて魔力を籠めると、淡い緑の光が剣身を包み精霊の力が宿る。
「やれるもんならやってみろよぉ」
「おぉぉぉぉっ!」
鋭い気合の雄叫びを上げリュートは地面を蹴ると、一息で間合いを詰めその剣を振るう。
その剣筋は常人であれば見ることすら難しい。
的確に首を狙った剣閃は魔族の頭を落とすかに見えたが、瞬時に反応する魔族の左腕に阻まれ。
「いってぇぇぇっ!」
その刃は痛みで声を上げる魔族の、皮膚を切り裂いたに過ぎなかった。
「な、に……っ?!」
五年前に戦った魔族はリュートの精霊剣で、その腕ごと両断できたのだ。その上当時よりも威力は向上している。
自身の持ちうる最高の一撃を腕一本で止められ、驚愕に目を見開く。
「いてえなっ」
右手を振るい牽制する魔族から離れるため、リュートは地を蹴り後方に飛ぶ。
「お前、本当に魔族かっ?」
「蟻のくせに魔族とか一括りにしてんじゃねぇ。俺様はクラプス、覚えたら……死ねぇ」
記憶にある魔族とはレベルの違う強さに、リュートは驚きの声を投げかける。
その問いを聞いているのかいないのか、激昂するクラプスと名乗った魔族は殴り掛かってきた。
その拳は重い。
一撃でも当たれば致命傷になりえるだろう。
リュートは魔族の攻撃を剣でいなし。
弾き。
避け続ける。
「兄さんっ……!」
防戦一方のリュートの耳にクロエの声が届き、即座に後方に飛ぶ。
「『シャーマ=ダズ=トレヴァース』」
距離を取るとすぐに魔法の発動呪文が叫ばれる。
直後、クロエから放たれる紅蓮の炎がクラプスを絡めとり、炎はまるで蛇のようにその身体を巻き上げる。
「ぐわぁあぁぁあぁあぁぁっ」
叫びを上げるクラプスを中心に、燃え盛る炎は勢いを失うことなく、火の粉をまき散らしながら蠢き続けた。
その場に膝をつくクロエに駆け寄るリュートだったが、爆風が背後で起こり振り向く。
リュートの視線の先には、抉れた地面の中心にクラプスが立っていた。
「てめえ、やりやがったなあぁ。この俺様に、このクラプス様に……蟻ごときがあぁっ」
全身を炎で焼かれ、皮膚が焼け爛れていながらもリュートに向かい一歩ずつ歩いてくる。地面を殴った爆風で自身を焼く炎を吹き飛ばしたのだろう。
黒く焦げた顔に、怒りで血走らせた深紅の瞳が煌々と光る。クラプスの全身から発せられる威圧に空気が軋みを上げているようだった。
「殺す。ころすころすころすころすっ。ぶち殺してやるっ!」
「クロエっ動けるか?」
「ごめん、しばらくは動けない……」
憤怒の言葉を垂れ流し、ゆっくりと歩みを進めるクラプスを前に、リュートは膝をつくクロエを抱きしめる。
大魔法を放った後は全身の魔力を消費し、一時的に動けなくなるのだ。
「うらあぁぁぁぁっっ!」
クラプスが声を上げ飛び掛かってくる。クロエを抱きしめたままのリュートはなんとか身体をねじり躱そうとするが、その拳は左肩を掠めて地面に叩きつけられた。地を抉るほどの衝撃は二人を吹き飛ばす。
「ぐぅっっっ……」
「……っ!」
転がるように地面を削りながら城壁にぶつかり止まる。リュートはクロエを頭から抱きしめ、衝撃を全て自分が受け止めようと受け身も取らなかった。
「兄、さん……」
「はぁっ……はぁはぁっ」
左腕の感覚がなくなっている。
頭から滴る血で視界が霞む。
骨も何本か折れているだろう。
心配するクロエの声も耳に入らず。リュートは身体を起こし前を見る。愛剣も手放してしまっているが、妹だけは守らねばならない。
「くそがぁっ。くそくそっ。ありえねぇ、ありえねえだろっ。まだ生きてやがる」
悪態をつきながら迫るクラプスは先ほどよりも、爛れた個所が少なくなっているように見える。
「……再生……するの、か?!」
「俺様は特別でなぁ。他の魔族とは違うんだよっ」
リュートの絶望を煽るように、クラプスは大きく声を張りあげた。




