2章-55話 押し売り
少し長いです。
落ちる。
シンヤに油断するなと忠告していた矢先に罠にかかる。油断していたのは自分だと、落下の浮遊感を味わいながらリュートは自分を責めた。
とはいえ今更取り返しは付かない。
上を見上げればすでに穴は閉じてしまっている。明かりはクロエが魔法で用意していた物だった為、視界には何も映らなくなった。
穴は想像以上に広いらしく手を伸ばしても壁に当たらない。
このまま落ちればリュートとて無事では済まないだろう。
「……頼む」
数舜考えた後、小さく呟く。
普段剣に籠める魔力を全身に巡らすとリュートの身体を淡い緑色が包んだ。
精霊はどこにでもいる。
四大属性の精霊は常に世界のどこにでもおり、精霊使いと呼ばれる術者はその魔力と引き換えに力を行使するのだ。
リュートが契約している精霊は風。
精霊に意思はなく、ただ自然とともにある。相性の良い精霊と契約出来れば魔法で起こせる力を才能が無くとも扱うことが出来る。
半面精霊と相性の良い者は魔法の才を持ち合わせていない。自身で魔力を操作できる者から精霊は離れる傾向にある。リュート自身も魔法の才が無かった為に身に着けた術が精霊術だった。
と言っても精霊と相性が良い人間も希少なのだが。
その力を使い落下速度を緩やかにしたリュートは自身の懐に手を入れ、魔石を一つ取り出して魔力を流す。すると魔石はぼんやりと光、周囲を照らした。
今リュートが落ちている場所は横幅数mはあり、よじ登るには難しい。風の精霊は飛行能力を付与するものではなく、跳躍力を向上したり落下速度を落とす程度なのだ。
仕方なしに落下地点に目を向ける。すでに着地点は見えているのだが、地面ではないらしい。
視界に映るのは水面。
落とし穴の先が水の中という事は単純に殺す気ではないのだろう。
そう思っていると、そこから巨大な鮫のような魚が飛び跳ねてくる。大きく口を開けた鮫はリュートを飲み込もうと狙いを定めて飛び出してきたのだ。
落とし穴で殺す気は無くとも、簡単に生かす気も無いらしい。
体長数mはある鮫がリュートを一飲みしようとしたその瞬間、腰の剣を引き抜く。鮫の鼻先から一気に剣を振り切ると、両断された体が二つに割れた。
先に水に落ちた鮫の死体に着地しリュートは改めて上を見る。魔石の光が届かず視界は漆黒にしか映らない。
体感で数十mは落とされただろうか。
今いる空間はかなり広く、手にした魔石の明かり程度では周囲の先も見通す事は出来なかった。
「ちっ……クロエが無事だといいのだが……あいつは……まあ死にはしないか」
真っ先に頭に浮かんだのは最愛の妹の顔、次いで頼りないシンヤが浮かぶがリュートは顔をしかめて頭を振る。ステラも一緒にいるので簡単には殺される事は無いだろうが、途中で聞いた番人の事が気がかりだった。
クロエの性格を考えれば分断されたからと言って引き返すとは思えず、ほぼ間違いなく番人と戦う選択肢を取るだろう。
「……俺の代わりにあいつがかかれば良かっ。いや……あいつではもう死んでいたか」
もう見えない落下地点を見据えたまま誰にともなくリュートが自問する。シンヤが一人ここに落ちた時点で鮫の腹の中だったのだろうと、他の誰でもなく自分で良かったと自答していた。
「さて……そこにいる奴。さっさと姿を見せろ。一方的に見られているのは気色が悪い」
「さすが……ここに呼んだかいがあった」
魔石の明かりだけの真っ暗な空間が揺らめくように歪む。リュートの睨む先に薄っすらとした青い影が現れる。影はしだいに形を変え、人の姿を形作った。
「魔物か?!」
「いや。我輩は魔物ではない。しかし人でもない……しいて言うなれば思念体と言えばいいのかな」
青い人型の影。リュートが出会った事のある影の魔物に酷似していたが、異なるのはその色。影が人の言葉を解しており話を投げかけられる。
耳の奥に直接届くような言葉は音ではなかった。かといってアウラのように頭に直接響くでもない。少なくとも本人の言うように人ではないのだろう。
「俺の敵であることに変わりはないだろう……死ねっ!」
魔物でもなく人ではないという事は、悪霊の類なのかもしれないとリュートは即座に剣を振り上げる。切っ先には僅かに魔力を乗せているので生物以外も殺せるだろう。
「ちょわっ!! そんなもので切られたら我輩消えてしまうっ!」
「ちっ。躱されたか……」
奇襲の剣閃を影は妙な声を発して躱す。切り伏せる気で振った一撃を避けられリュートはさらに警戒を強める。
どこか飄々とした話方の影に惑わされないようにと意識を強く持つ。もし悪霊の類であれば、精神に干渉するような攻撃をされる可能性が高いのだから。
「リュート。とかいったな。我輩と少し話をしないか?」
「貴様のような奴と交わす言葉は持たんっ!」
「落ち着けっ! 悪い話ではないっ! お互、いに、徳のある、話だ」
「うるさいっ! 黙れっ!」
対話を求める振りをしながら隙を伺っているのかもしれない。
時に言葉は毒だ。
リュートは嫌になるほど知っている。
苦い思いをしたことも幾度となくある。
その上相対しているのは人外。一撃で屠れるだけの力を乗せ剣を振るうが紙一重で躱されてしまう。
だが。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!」
空中を飛び回る影に水面にある僅かにある岩を足場にし、リュートは影に剣を届かせる。精霊の力を乗せた剣で両断し、断末魔の声を上げて青い影は消えて行く。
それを見届け、リュートは鮫の死骸に再度着地した。
「……落ち着けと言っているだろうにっ!」
「なっ!?」
改めて脱出方法を考えていたリュートへ背後から声が響いた。
驚愕しながらも即座に振り向き剣を走らせるが、影は揺らめくように避けてしまう。
「……我輩の思念体は複製されておる。蓄えていた力は減るがまた作ればいいだけだ」
「くっ。ならばその力とやらがなくなるまで切り伏せるっ!」
「いいのか? 上に仲間がいるのではないのか? 我輩の力がなくなるまで切り続けるには相応の時間がかかるのだぞ」
身を乗り出し、飛び出そうと足に力を入れるリュートへ、影は上層にいるシンヤ達の事に触れる。時間はあるようでない、番人の事もある、いかにクロエの魔法が強力だとしても今は時間を稼ぐ役割の自分がいないのだ。
精神に作用する術を使用している様子は無く、ここで不毛な消耗戦をするよりも、話を聞いた方が速く済むのかもしれない。
「……ちっ。ならばさっさと用件とやらを話せ。下らん話なら貴様を消滅させる方を選ぶからな」
剣を鞘に納め、腕を組んだリュートはしかめた表情で影を見据える。話は聞くが場合によっては即座に行動できるよう警戒しながら。
「せっかちな奴だな……まあいい、我輩はこの宝物庫を作った天才ベンジャミンの残した思念体。お前をここに呼んだのは頼みがあるからだ」
「俺にそんな暇はない。やはり殺すか……」
「待て待て待てっ! まだ話は途中だっ。我輩の本体は五百年ほど前に、神々の使い、ようは天使に言われてこの場所を作ったのだ」
知らぬ人どころか人ですらないものの頼みを聞いている暇はない。そう言って剣を引き抜こうとするリュートへ、影は慌てたように両手を前に出し早口でまくし立てる。
そのどこか間の抜けた行動にリュートは毒気を抜かれ、柄に手を添えたまま耳を傾けた。
「ここに置いてある物はその数こそ少ないが危険な物ばかり。人の手にあまるとな……だから我輩はここで自身の研究をしながら番人を造ったのだよ」
空中をゆらゆらと漂いながら影は話始める。鳥人の長はこの洞窟の成り立ちなどは話していなかったが、神が関わっているのならばそう簡単に手出しできないようにしていたのだとリュートは内心で納得をしていた。
「番人と言えば簡単に倒されるものではいかん。そう思った天才の我輩は竜種を人工的に創造する事にし、見事成功したのだ……さすが天才だろ?」
「……」
言葉の節々に自己主張が激しい話ではあるが竜種を人工的に造ろう等と考える時点で頭がおかしいのだろう。当然同意を求められてもリュートは答えない。だが、本人はよほど自信があるのか白い目にも気にした様子すら無く言葉を続けた。
「だが一つ問題が起きてな……」
と、そこで影は話を切った。
青い影でしかない眼前の思念体に顔は無く、表情などというものもないのだが、落胆している様子はわかる。
「あの水蛇竜、我輩の言う事もきかなくて……」
どこか涙ぐんでいるような声で影は顔を背けた。大仰な動作をしているあたり、悲しみを伝えているのだろうが、どうでもいい話だ。
冷めきった目をしているリュートに対し、頭を動かしてチラチラ様子を窺うようにしているのが、なぜか余計に腹立たしかった。
「本来番人は力とその心を試すものになるのだが、言語機能と知能にすこーしばかり支障が出て、視認したものを関係なく襲うようになったのだよ。あっ、と言っても我輩天才だから、それも想定内だったのだよ?」
うっかり失敗して自身の手に負えなくなった。そう言う事なのだろう。だが、大筋が本当なのであれば、なおの事クロエが心配になってくる。
人工で造られた竜種とはいえ、竜は手練れが部隊を組んで対応しなければならない災害のような存在なのだ。
「天使に怒られた我輩は仕方なしに管理者として思念体をここに置いて出て行ったのだよ……一生こんなとこに居たくないと言ってな」
「……ようは馬鹿なのだな」
思っていたことがつい口から洩れる。眼前の自称天才の複製があまりに間の抜けた人物? であった為に緊張感が薄れていたのだ。
「お前に言われたくないわっ! 我輩の罠にものの見事にかかっとっただろうっ」
「避けるまでも無かっただけだ……」
気を害したのか影は身を乗り出すようにして、言葉をぶつけ返してくる。手にしていた剣の柄を離し両手を組みなおしたリュートは、何でもなかったと顔を上げて影を見下ろす。
内心で失敗していたと嘆いていた事を微塵も表情には出さない。
「嘘をつけっ! 何をわざと引っかかりましたぁ的な顔してるん……」
「そんな事よりもっ! 話を続けろ。俺はお前を切ってもいいんだぞ」
「うわぁ……お前捻じ曲がっとるなあ」
表情には出なくとも無理のある言い訳に、影は納得がいかず声を荒立てたが、リュートは自身の声で被せ話の先を促す。脅迫めいた言葉に顔があったなら、半眼で睨んでいたであろう影は呆れた声を上げる。
「……」
「仕方ない……話を戻す。思念体とはいえ我輩も天才。……我輩武器を造ったのだよ」
さっさと話しを進めろと目で訴えるリュートに影も諦めて話を戻す。
この場所に複製された影は五百年という長い時間、余程暇だったのだろう。本体が元々研究していた施設があり、おそらく眠る必要すらない思念体の影はその暇な時間を研究にあてたのだ。
「武器?」
「そう。剣だ……せっかく五百年もかけて造ったのに一度も使用されないのは無駄だろう? それに我輩の剣は特別でな。精霊の力を利用するのだが、これまで相性の良い奴がほとんど来なかった上に来ても大して力の無い奴らばかりだった」
「……」
自慢げに腰に手を当て、影は背中を反らして自身の功績を誇らしげに語る。ようは自身の造った武器を使ってもらいたいのだと、そう言っているのだ。
最初からそう言えば話は早いものを、とリュートは眼を瞑って溜息を一つ吐く。
「だがようやくお前が現れた……どうだ? 神器に勝るとも劣らない出来だぞ?」
「……いらん」
自信満々に右手を出す影の言葉に、その青い手を見据え、リュートは顔を上げて拒絶の意を伝えた。
「はあ? お前話聞いていたのかっ? その腰に帯びているなまくらとは雲泥の差の伝説級の剣だぞっ?」
「貴様のような怪しい奴の造った代物なぞ……いらん」
食い下がる影にきっぱりと答える。リュートにしてみれば当然の判断。彼は洞窟に落ちている物を拾わない。生水も煮沸してからでないと飲まないし、肉の好みはウェルダンだ。
出来うる限り危険から避ける事を教育されていた彼にとって、怪しすぎる影の提案を考慮する余地は無かった。
「いやいやお前っ。そこはもっと柔軟になれって。呪いなんぞかけていないし、危険もない。我輩の自信作っ!」
「いらんものはいらん。それよりも話はそれで終いか? ならば俺はもう行くぞ。上の連中が気がかりだ……」
さらに食い下がる影を尻目にして、リュートの視線はすでに洞窟の天井へと向いている。
まずは出口を見つけない事にはクロエ達とは合流出来ない。影の言葉が真実ならば、自称天才のベンジャミン本体が通る道を作っていたはずだろう。
「まだ話は終わってないっ! おいっ!」
「……」
「ぬぬぬぅ……頭の固い奴だな……。本来なら『我輩の造った最強の武器、欲っするならば試練を受けよ』とか言って戦ってもらうつもりだったが、我輩これ以上待つのは嫌だからな。強制的に試練を受けてもらう事にしよう」
「っ!?」
これ以上話す事は無いとリュートは影の言葉を聞かず出口を探す為に思考する。完全に無視をされた影は、仕方ないとばかりに両手を天井へと向けた。
水面が揺れる。
鮫の死骸の上に立っていたリュートは揺れる足場に異変を感じて影を睨みつけた。
短い振動はやがて大きくなっていく。
「ふははははははっ! 我輩の造った試練、見事越えてみせるがいいっ!」
高笑いをする影が空中に浮上していき、その足元の水から大きな触手が伸びてきたのだった。




