総力戦・前
陽は全速力で拠点に戻った。
遠くからでもよく見えたその塔の入り口には1人の男が立っている。
「アスタリスク先生、どいてください」
陽にはなぜ彼がそこに1人で突っ立っているのかを測りかねたが、それでもやるべきことは変わらなかった。
愛しい人のもとに馳せ参じて役に立つ。そのためにはそこを通らなければいけなかったのだ。
「………精々頑張れ」
陽の予想に反してアスタリスクはすぐに道を空けた。
一瞬罠かな? と思った陽だったが、アスタリスクが自分たちを倒すのに罠を張る必要はないと考え、通してくれるのだと理解した。
「先生は入らなくていいの?」
すれ違う時、陽はそう問いかけた。
「………バカ2人さえ居なければ、あいつが負けるなんてことはないからな」
返ってきたのは絶対的な信頼からくる言葉だった。
陽はそこまで想ってくれる相手がいるなんて幸せそうだな、と少し場違いなことを思いながら砦を塞ぐ鉄格子を開けて中に入った。
◇
「さて、頼みの綱の魔神さんはご退場になられたみたいですが、次はどんな策を見せてくれるのですか?」
私はニッコリと微笑みかけながらそう問いかけた。
ガトたちは渋い顔でこちらを睨みつけてくる。魔神の早期退場は予想外だったのだろう。
その隠しきれない動揺を見て私は弟はまだまだ未熟なんだなと微笑ましい気分になった。
「ギルマス、ここから先はいつもの、ですよね?」
まだまだいるが初めからすればだいぶ数が減った敵のギルドメンバーの1人がガトにそう言った。
それを聞いた彼は決心したように頷いた。
「うん、ここから先はーーーーーー全力でぶつかるだけだ!! 前衛は囲いつつ防御に専念、後衛はなんでもいいからぶっ放せ!!」
「「了解!」」
雄叫びをあげながらガトたちは動き始めた。用意してきたものは大体出してしまったのか、無策のようだった。
とりあえず私が近接攻撃主体ということでそれ用の陣形を取って迎え撃つ形を作っているが、それだけだった。
私はそのことを少し残念に思った。
もっと何か面白いものが飛び出してくるんじゃないかと期待していたが、そんなことはなかったみたいだ。
私は相手が無策と気づいたので普通にまっすぐ突き進む。
今残っている彼らは例によって身代わりアイテムを複数所持しているのだろう。
だが、私はもうそれの攻略法を思いついている。
私は最前列にいる鎧を着たプレイヤーの手足を切りつけていった。
当然、HPが0になるような攻撃じゃないから身代わりは発生しない。
傷が増えていくだけだ。
そしてある程度切りつけたところで私はその鎧兵の首に蛇腹剣を巻きつけ、そして一気に引き裂く。
「ぎゃああああ!!」
するとなんということでしょう。
身代わりアイテムがまだ残っているにもかかわらず、一瞬でHPが0になったじゃありませんか。
「なっ、何が!?」
隣で見ていたお仲間さんが驚愕の声を上げる。
「次はあなたの番です」
私の身代わり封じ作戦が有効なことを確認したのであとは作業だ。
小さな傷をつけて、そして蛇腹剣でとどめを刺す。
演出用のおもちゃとして作ってきた蛇腹剣であったが、ここに来て大活躍であった。
また一つ、断末魔が聞こえる。
いや、実際声を上げて死ぬ必要はないと思うんだけど、なぜか彼らは声を上げて死んでいく。
そういうギルドのルールでもあるのだろうか?
「何が起こっている!?」
ガトが現場の確認をしようとしている。
「わかりません! ですがおそらく、あの左手の剣に巻きつけられたら殺されるのだと思います!!」
「そういうことらしいからみんな! 左手に気をつけろ!!」
ガトの注意喚起、だが、素人がちょっと意識したくらいで私の剣は防げない。
ガッチリガードしているなら隙がでかい別のやつを狙う。
全員が切れない状態にあるならこじ開ける。
敵はいっぱいいるのだ。誰から倒してもいいだろうという理論だ。
「くそっ、ギルマス! ものすごい勢いで戦死者が続出している。ここは守るより攻めるべきだ!」
「わかった。前衛は最低限後衛を、それもフセンさん1人だけでも守れればいい! 攻めるぞ!」
後ろで指示を出していたガトが前に出てきて攻勢に出る。
彼のスタイルは前と変わらない大盾を構えて叩きつけてくるものだ。
ガトは私とフセンを結ぶ直線上に常に自分の体を挟んでいた。
彼は先程、フセン1人だけでも守れと言っていた。
そしてギルドメンバーたちはそれを了承した。
ということはこの指示はガトの感情からくるものではなく、ちゃんとそこに勝ち筋があると見ての行動ということだ。
だから先に後ろをどうにかするべきだろう。
「【神出鬼没の殺戮者】発動、残念ですが先にこちらを処理させていただきます」
最後に発動させたのは外で戦っていた時だ。もうずっと前にスキルの冷却は終わっている。
私の体が一瞬にしてその場からかき消えた。
そして次の瞬間、私は一番遠くにいた魔法使いーーーーフセンの背後を取った。
私はそれを認識される前にフセンの肩に剣を突き刺そうとした。
しかし、金属同士がぶつかる音とともにそれは防がれてしまった。
フセンは私の一撃を防いだ人に押し出されるように少し前に避難した。
さて、私の一撃を誰が防いだかだがーーーーー
「陽さんが潜んでしましたか」
「転移は一番遠い対象、消えてから0.5秒後に出現、『身代式神』の無効化のために一度HPを低い状態にするために急所は外す。それだけわかっていれば防ぐのは容易いってことです」
魔神を倒した時にはいなかったみたいだが、いつのまにか潜んでいたみたいだ。
そういえば塔の入り口が開いている。
陽さんは私とアスタリスクさんの指導をみっちり受けてそこらへんの剣士より強い。
と言っても、まだ聖級の入り口くらいだけど。
ただ、異常な成長速度で強さを手に入れた彼女は今みたいに条件さえ揃っていれば私の一撃を完璧に防御できるくらいには強くなっていた。
「陽ちゃんありがとう!」
「別に、あなたのためじゃないから」
転移場所を特定されたからかわたしから離れすぎない位置で囲われたフセン。
それをすぐに追いかけられないように私の前には陽ちゃんが立ちはだかった。
だが、悪いが力不足だ。
確かに驚くべき速度で強くなったが、私からしたら周りのプレイヤーとなんら変わらない程度の強さしかない。
「まさかあなた1人で私を止められると思っているわけではありませんよね?」
「そろそろ……」
「はい?」
「そろそろ詠唱が終わる頃、だからもう守る必要はないんですよ」
「それはどういうーーーーーー「ガト君! 終わったよ!」」
「よし! やれえええええええええ!!」
ガトの号令とともに、私たちの足元がかぱっと開いて床がなくなった。
なっ、まさか落とし穴!? それもこんなに巨大な!? 何でそんなものがギルドホームに!?
あっ、落ち始めた。
いや大丈夫、壁をければさっきみたいに飛べる。あ、【ピーキーチューン】が切れてるから飛び続けるのは無理。
いや、そもそも壁が近くにない。じゃあこのまま落ちる!?
いや、手はある。足場がなければ移動すればいい。
少しだけ混乱したが、私は何をすればいいのかを瞬時に導き出した。
私は一番近くの敵ーーーすなわち陽さんに蛇腹剣を伸ばして引き寄せる。そして空中で引き寄せた陽さんを蹴り飛ばして落下の軌道を少し変えた。
「「「うわあああああああああああああ」」」
絶叫系のアトラクションに乗っているかのような声を聞きながらまっすぐ落ちていくだけの他のプレイヤーとは違い、私は少し斜めに落下していた。
この下は結構な深さがあるらしく、地面につく前に壁に到達、私は右手に持った剣を壁に突き立て落下速度を落として頃合いを見計らって気持ち上向きに、そして次の足場に向けて跳躍した。
落下することには変わらないが、何もしなかった場合と違って落下時の衝撃は抑えられるようにと色々やっているのだ。
それにしても、塔の下に空洞はないと思ってたんだけどこれもゲーム的な法則が働いた落とし穴なのかな?
少し感心しながら私は壁に再び剣を突き立てた。
その時だった。
「捉えたよ! 【インフェルノ】ぉ!!」
落下しながらも、フセンの目はまっすぐにこちらを見ていた。
彼女はいかにも高級そうな長杖をこちらに向けてその魔法名を口にした。
そうか! この時を狙い続けていたのか。
私は迫り来る炎を見ながらそう納得した。
ガトが先ほど無策だって言ったのはブラフだった。
フセンが全力で魔法をチャージしても、私に当てる手段がない以上は範囲で焼くしかないと思っていた。
だが、私の予想を裏切りフセンは単体攻撃魔法を準備していた。
その理由はこの時、確実に一撃を加えるため。
確かに落下中ならいかに私であっても取れる行動は限られる。
身をよじったり壁を蹴ったり、剣を伸ばしたりくらいだ。
だが、普通ならここに【神出鬼没の殺戮者】による転移が加わる。
それを潰すためにわざとフセンを一番遠くに配置して陽さんで守り使えなくしたのだ。
私が転移した直後に準備が完了したのはきっと偶然じゃなく、彼らの作戦だったのだろう。
「あっはっはっは!! これはしてやられましたねぇ!!」
ゴウ!!
っという音とともに私の笑い声はかき消され、私は炎に包まれ落ちていった。
一度ここで切ります。後編は深夜に投稿します。
Q、選択肢4メーフラ、裏レイドボスエンドで
A、流石にそんなエンドは用意していない……
Q、身代わりアイテムのバランス壊れてない?
A、弱点が多すぎるのでむしろ弱い部類です。
ぶっちゃけあの場における一番バランスが壊れたことをやっているのは外で戦っているアスタリスクさんなんだよなぁ……
ブックマーク、pt評価、感想待ってます。





