無情の裁き
鐘の音が鳴り響く戦場を魔神は駆ける。
そいつは右手に持った武器を大振りで私に向けて振り下ろした。
私は当然回避した。
体格差……というよりかはステータス差があると予想されたから、受け止めきれないと思ったからだ。
また、その体には炎を纏っていたから、なるべく近づかないほうがいいと思ったのも理由だ。
「チェック!!」
その一瞬のやり取りの中、ガトの声が聞こえてきた。
彼の言葉を聞いた一部の者が空いている手を空中で動かしているのが視界の端に映った。
UI表示………キャラクター………ステータス………
私はそのうちの1人の指の動きから何をやっているのかを読み取った。
おおよそ、私の鐘の音がどこにどんな影響を及ぼしているのかを確認しているのだろう。
直接的な害はないと判断して私はそれを意識から外した。
そして再び魔神の相手を始める。
近づくだけでジリジリと体力が減っていく。
減った体力は【白の祝福】にて補充されている。
状況としては先程外で戦っていた時と同じだ。
むしろ今の状況の方が炎ダメージが小さいからいいのかな?
私は魔神の剣撃の中を掻い潜りその脚を大きく切りつけて後ろに抜ける。
首や胸と言ったいわゆる人体の急所となる部分はその身長ゆえに狙うのが難しい。
いや、狙うこと自体は簡単なんだけどその後が大変になるからやらない方がいい。
しかし、そうなると【明鏡止水】のスキルのせいで思ったようにダメージを与えられない。
困り者だった。
「ステータスに異常は見られません!」
「状態異常表示もなし!!」
「ダメージを受けている様子もないみたいだね」
「MP現象でもない!」
「じゃあ自己強化系か?」
「フィールド効果の可能性は?」
「妨害系かもしれん!」
私が戦っている間、手慣れた動きで私の鐘の音の効果を分析しようとするガトたち。
しかし、目に見えた変化がないため手こずっているみたいだった。
魔神は変わらず私に向かってくる。
そして挟み撃ちをするように後ろから魔法も飛んできた。
私は魔神の攻撃を回避してもう一度その横を通り抜ける。
そして後ろから飛んできた魔法を魔神に受けてもらった。
「これであっちに行ってくれるということはありませんかね? ………ないみたいですね」
何かで聞いたことがあるのだが、こういうゲームにはヘイトという数値が設定されていて攻撃したり回復したりすることでそれがたまっていって、そしてそれが一番高い人が狙われる、らしいのだけど、どうやらこいつはそれに当てはまらないらしい。
繰り返すように何度か魔神を盾に魔法をやり過ごしてみたけど、一向に私がターゲットから外れることはなかった。
ちなみに、飛んでくる魔法は全て炎属性のものだ。
魔神に吸収されるわけではないのだが、効いている様子もなかった。
仕方ないから私はちまちま丁寧に魔神の体力を削ることにした。
幸いにも、地に脚をつけた状態で喉元を貫ける武器である蛇腹剣があるのだ。
体力は膨大だろうけど、動きは単調。
周りにいることによるダメージもなんとかなっている。
丁寧に立ち回っていれば負ける相手ではない。
そう思いゆっくり戦っていた。
「確定! 被ダメージ倍加!!」
その時だった。
どこかからそんな声が聞こえてくる。それは先程まで脳内で雑音として処理していた鐘の音解析班の声のうちの1つだった。
「ありゃ、もうバレてしまいましたか」
私は感心してそう言葉をこぼす。
そう、【終戦を告げる鐘の音】の能力はその音を聞いているHPを持った対象被ダメージ倍加を付与する効果がある。
と、いうよりかはそれを聞いている者に【慈悲なき紋章】を付与するという効果を持ったスキルだ。
そしてこれは自分とて例外ではない。
つまるところ、戦いを早く進めるためのスキルなのだ。
しかし、紋章付与がされていることには変わりないので様々なスキルの起点になるという事実もある。
フレーバーテキストは『その音が鳴り響けば、戦争は終わる。たとえどんな結果になっても』だ。
まあ、気づいたのは褒めるけどわかったからといってどうこうというようなスキルではないのだ。
「それにしてもこの魔神さん、想像以上に厄介ですね……膨大な体力、常にダメージを与える炎、当たったらタダじゃ済まない攻撃、どこまでも追いかけてくる執念深さ……どれを取っても面倒です」
本来はこの魔神は何人で戦うことを想定されているのだろうか?
今まで名だたるプレイヤーたちを一撃で仕留めてきた攻撃性能ましましな私がそれなりの時間戦っても倒れる気配すらない。
それに、戦い続けて問題が発生した。
「これは………ダメージが加速していませんか?」
一定数ダメージを与えると魔神の纏う炎が勢いを増していた。
さしずめ、HPが減少するほど勢いがます炎の鎧と言ったところだろうか?
先程までは自分にかかっているダメージ倍加を差し引いても【白の祝福】と拮抗していた炎ダメージが今や少しずつ私の身体を焼いていた。
一応回復アイテムは持ってきているが、いつかはその回復も間に合わないほどの炎になるのだろうか?
そして、私がこんなに苦しんでいる炎の鎧であるが、周りにいるガトたちはなんの痛痒も感じていないみたいだった。
おそらく、装備で炎に対する高い耐性を得ているのだろう。
そうでないものもいるみたいだが、その者は定期的に何かの薬を摂取していた。
「あれはおそらく火炎耐性ポーションと言ったところでしょうか? ……あれがあれば……」
私は1人の魔法使いが薬瓶を取り出した瞬間を見計らって、左手に持っていた蛇腹剣を振った。
それは見事にその魔法使いが持っていた薬瓶に巻きつき、それを一瞬のうちにこちらに引き寄せた。
私は早速手に入れた薬を使ってみる。
「………何も起きませんね」
「おいおい姉ちゃん! 人形は薬品無効だぞ!!」
そのやり取りを見ていたガトが勝ち誇ったように声をかけてくる。
そう言えばそうだった。
だから彼らは奪われるリスクを考えずにああやって堂々と飲んでいたのね。
となると私がこの灼熱地獄から抜け出すには魔神を倒すしかないか。
「しかし、えらくタフですね……HP減少による行動パターンの変化のおかげでそれなりにダメージを与えたことはわかっているのですが……」
このペースでいけば私が魔神を倒すのが早いか、それとも魔神の炎が私を焼き尽くすのが早いか、という勝負になってくる。
私とガト&フセンではなく、私と魔神の戦いになっているのだ。
私はそれを良しとしない。
負けるにしてもこの魔神は倒して、そしてガトたちと刃を交えて負けないと格好がつかないじゃないか。
「となると、この魔神は速攻で処理をしないといけませんね。仕方ありません【ピーキーチューン】です」
スキル【ピーキーチューン】は他のステータスと引き換えにSTRとAGIを大幅に強化してくれるスキル。
だいたい倍加する。
そのかわりVITとかMNDが半減するから【終戦を告げる鐘の音】も相まってダメージ食らえばレイドボスにあるまじき脆さを発揮するようになるけどね。
ステータスが上がったことによって私は動きを変化させる。
今までは安全性重視の立ち回りだったが、今は攻撃重視の立ち回りだ。
STRの増加は単純にダメージを増やす。
AGIの増加は動きに変化をもたらし間接的にダメージを増やす。
実はこのゲーム、AGIは一定以上はあげても仕方ないステータスになっている。
その理由はAGIというステータスのシステムにある。
AGIが低いと身体が重いように感じる。というか実際に重い。
逆にAGIが高いと身体が軽いように感じる、というか、実際に軽い。
AGIとは本来『敏捷性』を英語にして略した物であるが、VRゲームで身体の速度を上げるというのは技術的に難しいのだ。
主に、操作者の問題で。
だからこのゲームでは体の重さで無理やり『遅い』を作り出したから、AGIをあげまくっても『軽い』となって『速い』とはならないのだ。
だが、この状況では『軽い』がかなりの意味をなしていた。
「と、飛んだぁ!!?」
誰かが驚愕の声を上げているのが耳に入った。
そう、私は今、飛んでいます。
いや、跳んでいる、だけどね。
軽い体、そして高い膂力で床を蹴ればものすごい速度で体は上空に投げ出される。
そして天井で着地して、今度は壁に向かって跳躍、着地、床に向かって跳躍、着地、そんなことを繰り返して三次元的に飛び回る私。
魔神は力は強く、生命力は高いが素早さはそれほどではない。
大きな体でごまかしているが遅い方であった。
ぴょんぴょんと飛び回ってすれ違うように体を切り刻む私に対して対応ができていない。
にもかかわらず私しか狙わないからいい的であった。
それを見たガトが焦りの声で指示を出す。
「このままじゃまずい! あの時とおんなじだ! 撃ち落とせ!!」
あの時、がどの時を指すのかはわからないが、彼らはこんな状況下を打破する手段を持っているようだった。
「「「阻め!!【フレアマイン】」」」
フセンを含む何人かの魔法使いたちがその魔法名を唱えると、いくつもの炎の玉が放たれ、それはやがて薄い色になり、空中に静止した。
魔法名はフレアマイン、そしてこの挙動。
「あれはきっと空中機雷ってところですね。甘いですよ」
機雷があるならそこを通らなければいい。
見えているなら解除して仕舞えばいい。
いくらでも対処法はあった。
私は機雷に近寄らないように飛び回り、そして鎧を着ていないから軽いと思われた女性の魔法使いを蛇腹剣で絡めとり、機雷に向けて投げつけた。
「わっ、きゃあああああああ!!」
私に投げられたその女性は可愛い悲鳴をあげながら機雷に向かって突っ込んでいく。
その機雷もご丁寧に炎属性のものらしく、それに触れて爆発しようとも大したダメージを負った様子はなかった。
しかし、落下は別だ。
頭から落ちたその女性はきっとそれなりのダメージが入ったことだろう。
「くっ、ギルマス!! こいつはNPCのレイドボスとは違ってただ速くて、飛んで、攻撃を見てから回避する行動を取るだけじゃない!! 機雷で埋め尽くす作戦は使えねえみたいだぞ!!」
「重力魔法は!!? あれで動きを鈍くすることはできるか!?」
「無理! やってるけどかする気配すらない!!」
「なら仕方ない……フセンさん……」
ガトがフセンに何かの指示を出している。
それを聞いた彼女は大きく頷いた後、近くにいた仲間を集めてなにやら詠唱を始めた。
私に同時に魔法を放って撃ち落とすつもりだろうか?
それを見た私はそう判断し、そしてそれは甘いと思った。
魔法の詠唱中に一定以上のダメージを受けるとそれは中断される。
私は一度魔神を無視して詠唱中の魔法師団に突っ込んだ。
魔神だが、ついてこれないから実質炎フィールド形成マシンになっている。
少しの間無視したところで何の問題もないのだ。
そして私の突貫だが、流石に空中で壁を蹴ってからの直進なので簡単に読まれている。
近くに控えていた戦士団が割って入って詠唱の中断に失敗する。
「邪魔しないでもらえるかな? 姉ちゃん」
ニヤリと笑うガト、私はそれを無視して蛇腹剣を魔法使いたちを守る盾の小さな隙間を通して1人の魔法使いに突き刺した。
だが、詠唱は止まる様子はない。
「おや? どういうことでしょうか?」
「詠唱はその途中にダメージを与えれば止められる。そして気づいているだろうけど、俺たちはボス『過去の符呪術師』のドロップアイテム『身代式神』という致死ダメージを一度だけ無効にするアイテムを持っている。この意味がわかるかな?」
「………もしや、HPを一撃で0にする攻撃の場合、身代わりになってダメージを与えられないということでしょうか?」
「ご名答。姉ちゃんの攻撃力の高さが仇となった結果だね。まぁ、1人くらいなら止められてもいいんだけど」
「みんな、撃つよ!!」
答えあわせをしていた時間はそんなに長くなかったけど、その間に詠唱を済まされてしまい魔法が完成する。
並んだ魔法使いたちが一斉に魔法を放つ。
そしてその魔法は私ーーーーーではなく、私の後方に向けて飛んで行った。
妙なことにその魔法は先程まで使っていた炎属性のものではなく、逆に水属性の魔法が主だったものだった。
私の後方に水属性の魔法を放つ、その理由は言うまでもなく魔神への攻撃だ。
魔神に大量の水魔法が突き刺さる。
それによって一瞬よろめく魔神。
次の瞬間ーーーーーーー私のHPの減りが大きくなった。
「ガト、あなたまさか……」
「うん、落とせないなら、勝手に落ちる環境を作る。アドリブだけどうまくいきそうだ。……みんな!! ここからは魔神を守れ!! 何、昨日の敵は今日の友だ! 目の前の強敵を倒すまでは協力してくれるだろう!!」
ガトの指示を聞いて少しして周りで構えていた彼らは動き出す。
彼らの陣形は魔神を守るように私に向けて展開されていた。
あんな陣形、飛び越えるだけだけど数にものを言わせて全方位警戒している。
その陣形を組む途中、私は移動中の人を襲ったが、『身代式神』が残っていたのだろう。
無視されてしまったーーーーーから、捕まえて切り刻んでたった数名だが退場させてやった。
「炎が厳しくなるけど、それを厳しいと思うのは私だけですか。最初からこうしなかったのは向こうにもリスクがあるから……守っている、と言うことはおそらく魔神のHPはかなり削られていると見てもいいでしょう」
私は推測を立てて動き出した。
先程までと同じ、立体起動からの魔神への強襲だ。
地に足をつけて戦っていないので手が届かないと言うことはない。
弱点を狙うのは容易だった。
しかし、弱点を狙う、と考えているのを予想するのは容易だろう。
マークされている。あそこ手が届くように飛び込もうとしたらきっと焼かれる。
「どうしたメーフラぁ、手も足も出ねえんじゃねえのかぁ!?」
そんな声が投げかけられる。
そしてその声を無視して魔神が進む。それに追従するように周りに陣取る彼らも進む。
魔神に踏み潰されてはかなわないのか、体の前方にはほとんど人がいなかった。
だから前からの攻撃なら、と思ったのだが、どこからともなく炎の盾が出現して泣く泣く回避した。
認めよう。
手も足も出てないかもしれない。
現状、魔神を倒すにはプレイヤーたちが邪魔すぎる。だけど、魔神を無視してプレイヤーを倒そうにも身代わりアイテム。
時間をかければ焼死体の出来上がり。
よくもここまで私に不利なフィールドを作り出せたものだと感心した。
結局、魔神かプレイヤーか、どちらかを崩さないとこの状況は変わらないと私は理解した。
だから私は奥の手その1を使う。
私はちらりとHPを確認した。
HPは2割強削られていた。これだけ戦ってそれだけしか削られていないのか?
と思うかもしれないが、私とてレイドボスで、しかも直撃を一撃ももらっていない、と言うよりも魔神の炎以外のダメージを受けていないとも言えるのにもうそんなに削られていた。
だが、今はそれが好都合だ。
私は地面に降り立ち、高らかに宣言した。
「皆さん、等しく死にましょう【無情の裁き】、発動です」
無情の裁きは条件を満たす対象に数値を与える効果。
そして、この戦場の者は皆等しくその条件を満たしていた。
私の、レイドボスの膨大なHP、その2割強、の2倍のダメージが全てのプレイヤー、そして魔神に入る。
炎ダメージを加速させるために体力をすり減らされた魔神にそれが耐えられるわけもなく、断末魔を響かせながら消えていく。
そして、魔神を処理するついでとばかりにガトたちの身代式神を1つ奪っていく。
加えて、私のHPも大量に奪っていった。
そのスキルの効果が全て終わった時、私のHPは残り4割を切って3割に手が届きそうなくらいに減っていた。
だが、私は彼らの策を打ち破ったのだった。
Q、まだ気が早いかも知れませんが採用されなかったエンディングもいつか書いて欲しいです。
A、選択肢1:創華ちゃん病院搬送エンド
選択肢2:栞より姉ちゃんを愛しているエンド
選択肢3:カップル成立エンド
本編が終わったらIFって事でこのどれかのうちの最後の一話だけ書いてみようと思います!
Q、そもそも、レイドボス同士の対決なんて早々起こりそうにないからこの作品ならではの展開ですき
A、実はこの構想、ログ◯ラのレイドボスと戦ってたら別のレイドボスが乗り込んできたー!!ってやつから得ています
ブックマーク、pt評価、感想待ってます
だいたいあと2話くらいでこの戦いは終わるんじゃなかろうか?





