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羊飼いも山羊もいない  作者: 遊舵 郁
九月、祭りのころ
58/63

【54】見よ、勝者は残る(9)

「チーム三奇人が5ポイントになりましたので、チャンピオンシップ・ポイントの問題に挑んでもらいます」

 司会の尾方先輩がそう高らかに宣言した。



 暁月高校の文化祭の初日に開催された「QUIZ ULTRA DAWN」の決勝戦はクライマックスを迎える。

 昨年の優勝者であるチーム三奇人は早押しクイズで真っ先に5ポイントを獲得し、チャンピオンシップに挑戦する権利を得た。

 次の問題に正解すれば、優勝が決まる。

 追う立場のチームぎんなんとチーム文芸部に出来ることは、次の問題に正解することだ。そうすれば、チーム三奇人の優勝を食い止められる。


 場内に有名なボクシング映画のテーマ曲が流れて来て、会場の雰囲気を盛り上げる。



 クイズ研究部の松川先輩がチーム文芸部の解答者席の前を通り過ぎる。その手に小さな自由の女神像があった。

 松川先輩はチームぎんなんの前も通りすぎて、チーム三奇人の解答者席の机の上に像を置いた。

 この自由の女神像は優勝に王手をかけていることを示す印である。


「最上くん、問題をひとつ選んで松川さんに渡して下さい」

 尾方先輩からそう促されて、チーム三奇人のリーダーである赤いパジャマを着た最上先輩は舞台下手に設置されたパーテーションの前へ移動する。松川先輩もそれに寄り添う。

 パーテーションには1から9まで番号の書かれた封筒が画鋲のようなもので留められている。


 パーテーションの隣にはホワイトボードがあり、各チームの現在の得点が表示されている。


「三奇人:5、ぎんなん:4、文芸部:3」

 チーム文芸部は劣勢だ。

 それでもチームメイトの須坂公太くんと筑間稜子さんは、このポイントを取ってチーム三奇人がこのまま優勝するのを止めようという気概を持って次の問題に臨んでいる。

 


 最上先輩はしばらく思案してからひとつの封筒を選んで、留めてある金具を外して封筒を手に取ると

「よろしくね」

と言ってから松川先輩へ手渡した。


 最上先輩は解答者席に戻り、松川先輩は問題の入った封筒をこの安住ひかりさんに手渡した。ひかりちゃんはアシスタントとして問い読みも担当している。

 ひかりちゃんはまず解答者席にいる3チーム、次に体育館に詰めかけた観客の皆さんにも分かるように

「チーム三奇人は1番の問題を選びました」

とアナウンスした。


 ひかりちゃんはペーパーナイフを使って開封し、中から問題用紙を取り出す。

 二つ折りにしたA4くらいの大きさの用紙だ。

 内容を確認するかのように問題文を一読し、マイクを通さずに

「大丈夫です」

とと尾方先輩へ伝える。


「それでは、チーム三奇人が王者に挑戦するチャンピオンシップ・ポイントの問題です」

と尾方先輩の掛け声を発すると、ひかりちゃんは問い読みを始める。

「問題。フランス語で「白い山」を意味する名前」

 そのタイミングで

「ピコーン」

と電子音が鳴る。

「文芸部」

と審査員長の吉田先輩が解答者としてうちのチームを指名したので私は驚く。

 すかさず差し出されたマイクに向かって

「モンブラン」

と稜子ちゃんが解答する。

 すぐさま

「ピンポーン」

とチャイムが鳴った。正解だ。


 ほんの僅かな間だけ場内は静まり返り、やがて地の底から湧き上がって来たような大声が轟く。


 特に目立つのは舞台の近くで集まって応援しているクイズ大会の参加者の1年生たちだ。

「文芸部、頑張れ」

「筑間さん、その調子」

などと盛んに声を出している。


 松川先輩が自由の女神像を元の位置、ホワイトボードとパーテーションの間に置かれた机の上に戻した。

 そしてホワイトボードの数字を書き換える。


「三奇人:4、ぎんなん:4、文芸部:4」


 3チームが4ポイントで並んだ。


「ホント、ありがとね」

と須坂くんが礼を述べると、稜子ちゃんは

「答えられる問題で良かったです」

とだけ答える。私はふと浮かんだ疑問を口にする。

「稜子ちゃんって、もしかしてフランス語が分かるの?」

 稜子ちゃんは頭を振ってから答える。

「フランス語は全く読めませんし、話せません。友達に教えてもらったのを覚えていただけです」

 私はなおも引っかかっていた疑問を口にしかけた。

 しかし、その時、ひかりちゃんが

「今の問題ですが、フランス語で『白い山』を意味する名前を持つアルプス山脈の最高峰は何でしょうか?正解はモンブランです」

と問題についてのアナウンスを行ったので、その疑問は紛れて消えてしまった。。

 

 続けて尾方先輩が

「現在、3チームが4ポイントで並んでいます。ですから次の問題はファイブ・ポインツ・アタックの問題となります」

と状況を説明した。


 要するに普通の早押しクイズに戻るのだ。


 尾方先輩は解答者たちを見渡して現状を理解出来ているかどうかを確認してから

「それでは次の問題です」

と先に進める。


 ひかりちゃんが

「問題。老子の言葉で、天が張り巡らせた網は」

と読み上げたところで

「ピコーン」

と電子音が鳴る。

「ぎんなん」

と吉田先輩から指名されて

「天網恢恢疎にして漏らさず」

と答えた。あの声は坂田先輩だ。

 すかさず

「ピンポーン」

と正解だと告げるチャイムが鳴る。


 少し遅れて拍手が湧き起こる。


 あまり騒がしくならなかったので、ひかりちゃんはさほど間を開けず

「今の問題は、老子の言葉で、天が張り巡らせた網は目が粗いようだが、悪事を働いた者は漏らさず捉える、という意味を持つものを答えなさい、です。正解は『天網恢恢疎にして漏らさず』です」

とアナウンスした。


 チームぎんなんに1ポイント入った、ということは。そう考えて私はホワイトボードを確認する。


「三奇人:4、ぎんなん:5、文芸部:4」


 今度はチームぎんなんが王座に挑戦するのだ。

「ここも絶対に止めよう。そうしたら僕らが5ポイントになって王座に挑戦出来る」

 須坂くんがチームを鼓舞する。

 私は無言で頷く。



 松川先輩が自由の女神像を持って運び、チームぎんなんの解答者席の机の上に置く。私はチームぎんなんの解答者席のすぐ近くにいるので改めてその置き物を観察しようと試みたが、恐らく安い土産物だろうことは明確な出来栄えの品だったので注意を他に移した。


 チームリーダーの遊佐先輩は問題の入った封筒を留めてあるパーテーションの前に歩み寄ると迷いなくひとつの封筒へ手を伸ばした。あらかじめ選ぶ問題の番号を決めてあったとしか思えない動きであった。


 遊佐先輩は選んだ封筒を松川先輩に渡すと解答者席に戻る。

 一方、ひかりちゃんは、チームぎんなんが7番の問題を選んだ、とアナウンスしてから開封し問題用紙を確認する。


 ほどなくして、尾方先輩が

「チームぎんなんのチャンピオンシップ・ポイントです」

と前置きしてから、ひかりちゃんが問い読みする。

「問題。ラテン語の『アド・リビトゥム』に由来した」

 そこまで読んだところで

「ピコーン」

と電子音が鳴った。反射的に手元の早押し機を見るがランプはついていない。

「三奇人」

と吉田先輩が指名したので

「アドリブ」

と解答があった。あの声は最上先輩だ。

 すかさず

「ピンポーン」

とチャイムが鳴る。正解だ。


 それを聞いて、須坂くんは

「また押し負けた」

と悔しがる。その言葉は歓声に掻き消された。


 松川先輩はホワイトボードに書かれた得点を「三奇人:5、ぎんなん:4、文芸部:4」と更新し、自由の女神像をチーム三奇人の解答者席へ移した。


 松川先輩のそうした一連の動きを見た観客の皆さんがやや混乱しているのが分かった。


「なんでそうなるの?」

「どういうルールだったっけ」

というような言葉が漏れ聞こえて来た。


 それを受けて吉田先輩がマイクを手にして立ち上がった。

「現在の得点状況と次のクイズの進め方について僕から説明します。ただ、その前に今の問題についてアナウンスします」

 その言葉を受けて、ひかりちゃんは

「ラテン語の『アド・リビトゥム』に由来した演劇用語で、台本にない演技を即興で行うことを何というでしょうか?正解はアド・リブです」

と問題と正解を伝えた。


 「アド・リブ」という言葉の由来を私は初めて知った。


 それに続けて、吉田先輩が戦況を伝える。

「今の問題はチームぎんなんが王座に挑戦する問題でした。ですが、チーム三奇人が正解したのでチームぎんなんによる王座挑戦は失敗となります。それで1ポイント減点でチームぎんなんは4ポイントになりました。一方、チーム三奇人は1ポイント加えて5ポイントとなり次の問題がチャンピオンシップ・ポイントの問題となります」

 吉田先輩はそこで一旦言葉を切り、観客の方を見渡してから

「分かってもらえましたか?」

と問いかけた。


 その説明を聞いて何人かの観客が

「分かったよ」

「オッケー」

などと回答した。


 吉田先輩は反応を確認すると

「チーム文芸部は4ポイントです。3チームが接戦ですので、目まぐるしい展開になっています。その都度、状況をお伝えしますのでよろしくお願いします」

とまとめてから

「それでは、最上くん。問題を選んで下さい」

と進行を促した。


 最上先輩は足早にパーテーションの前へ行き、今度は「これでいいや」とでも言いたげに無造作に封筒を選んだ。


 封筒は松川先輩の手を経てひかりちゃんに届く。

「チーム三奇人は3番の問題を選びました」

 そう伝えてから、ひかりちゃんは開封して問題用紙を取り出す。

 しばし確認してから、尾方先輩の方を向いて頷く。


「それではチーム三奇人のチャンピオンシップ・ポイントです」

 尾方先輩が声をかけると場内が静まり返る。

 ひかりちゃんは問い読みを始める。

「問題。中世よりドイツ語で『魔女の一撃』」

 そこで

「ピコーン」

と電子音が鳴る。手元の早押し機のランプが光っている。

「文芸部」

と吉田先輩から指名されて

「ぎっくり腰」

と須坂くんが解答する。すると、すぐさま

「ピンポーン」

とチャイムが鳴る。正解である。


 須坂くんは小さくガッツポーズする。


 観客からは

「おおー」

と低いうなりのような声が漏れ聞こえた。

 私も驚いてうならされたので気持ちは分かる。


 1年生の参加者たちから

「須坂、頑張れ」

「文芸部、チャンスだよ」

と声援が飛んだ。


 場内が静かになりかけた隙をついて、ひかりちゃんは問題を伝える。

「中世よりドイツ語で『魔女の一撃』とも称された病気は何ですか?正解はぎっくり腰です」


 それに続けて尾方先輩が

「チーム三奇人は王座挑戦に失敗となり4ポイント。阻止したチーム文芸部が5ポイントとなりチャンピオンシップ・ポイントです。チームぎんなんは4ポイントのままです」

と状況を説明した。


 松川先輩が自由の女神像を私たちの席に置いた。

 改めて近くで見ても印象は変わらない。手に取ってみたが軽く質感も安っぽい。

 安物の置き物ではあるが、この像の重要性は商品としての価値ではなく、後から付与されたこのクイズ大会に携わる者たち全員の思いが大部分を占めるのだろう。


 ふとそんなことを考えていたが、意識をステージ上の戻すと須坂くんがパーテーションの前で松川先輩に

「よろしくお願いします」

と言って封筒を渡していた。


 その封筒はひかりちゃんの手に渡り、2番の問題であることが示された。


 尾方先輩が

「それではチーム文芸部のチャンピオンシップ・ポイントです」

と声をかけると場内が静まりかえる。

 

 ひかりちゃんが問い読みをする。

「問題。『演劇界の芥川賞』とも称され、新人劇作家の登竜門」

 そこまで問題が読まれたタイミングで私は反射的にボタンを押した。

「ピコーン」

という電子音が聞こえたが音源が遠いように感じた。案の定、早押し機のランプは光っていない。


 吉田先輩が

「ぎんなん」

と指名し、差し出されたマイクに向かって

「岸田國士戯曲賞」

と坂田先輩がよく通る高い声で答える。

 

 すぐさま

「ピンポーン」

とチャイムが鳴る。正解である。


 須坂くんが何度か口にしている「押し負ける」というのはこのことだったのか。

 答えが分かっていても早押し勝負に勝たなければ解答権は得られない。

 私でも知っている戯曲賞の問題だったので特に悔しかった。



 ひかりちゃんが

「今の問題は、『演劇界の芥川賞』とも称され、新人劇作家の登竜門とされる戯曲賞は何ですか?正解は、岸田國士戯曲賞です」

と問題文を読み上げる。


 松川先輩は自由の女神像をチームぎんなんの解答者席へ移し、ホワイトボードの得点表記を改めた。チームぎんなんが5ポイントとなり、チーム三奇人とチーム文芸部が4ポイントでそれを追う。


「それでは、5ポイントとなったチームぎんなんのチャンピオンシップ・ポイントの問題です。遊佐さん、問題を選んで下さい」

と尾方先輩が先に進めて、遊佐先輩が問題を選ぶために移動する。

「チーム三奇人とチーム文芸部は4ポイントです。まだまだ勝負の行方は分かりません。観客の皆さんも勝負の行方を見守っていきましょう」

 尾方先輩がそう言い終える頃には、遊佐先輩は速やかに問題を選んで封筒を松川先輩へ渡している。



 松川先輩から封筒を受け取ったひかりちゃんは6番の問題であることをアナウンスしてから封筒を開けて問題用紙を取り出す。

 問題文を読んで確認した後で尾方先輩へ目で合図を送る。


 それを受けた尾方先輩が

「チームぎんなんのチャンピオンシップ・ポイントです」

と振ると、ひかりちゃんが問い読みをする。

「問題。冬の大三角を構成する星の名前を全て」

 そのタイミングで

「ピコーン」

と電子音が鳴る。間髪入れずに吉田先輩が

「三奇人」

と指名する。

「シリウス、ベテルギウス、プロキオン」

と解答があり、一瞬間を置いて

「ピンポーン」

と正解を知らせるチャイムが鳴った。


 観客からは大きな歓声が沸き起こった。


 チーム三奇人の解答者席を見ると黄色いパジャマを着た戸沢先輩がガッツポーズをしていた。


 

 場内が静かになるのを待って、ひかりちゃんは

「今の問題は、冬の大三角を構成する星の名前を全て答えなさい、です。正解はおおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、オリオン座のベテルギウス、です」

と問題とその正解を伝えた。


 その3つの星の名前には聞き覚えがあった。

 でもそれらの星が冬の大三角を構成していることを私は知らなかった。

 このクイズ大会では高校生としてふさわしい知識や常識を備えていればちゃんと答えられる問題を出してくれていることに今更ながら気が付く。


 松川先輩は自由の女神像をチーム三奇人の解答者席へ移し、ホワイトボードに記された各チームの得点を更新した。

 チーム三奇人が5ポイントで、他の2チームが4ポイントである。


 尾方先輩が

「チーム三奇人のチャンピオンシップ・ポイントです。最上くん、問題を選んで下さい」

と声をかけると、最上先輩はパーテーションの前に行き、しばらく立ち止まってじっくり選んでから封筒を選んで松川先輩に渡した。


 松川先輩から封筒を受け取ったひかりちゃんは、それが9番の問題であることを皆に伝えてから封筒から問題文を取り出した。

 準備が整うと尾方先輩へ

「どうぞ」

とマイク越しに声をかけた。


「チーム三奇人のチャンピオンシップ・ポイントです」

 そう尾方先輩が声をかけると、ひかりちゃんが問題を読む。

「問題。気象用語の霧と靄。どちらがより見通しが悪い」

 そこまで聞いて私はボタンを押した。


 今回も慎重に問題を聞きすぎた、という危惧もあった。

 だが、間に合った。

「ピコーン」

と手元の早押し機から電子音が鳴り、ランプも点いていた。


「文芸部」

と吉田先輩から指名され、松川先輩がマイクを差し向ける。


 須坂くんと稜子ちゃんの方を一瞥して自分が解答して良いことを確認してから、もう一度だけ頭の中で確認する。

 霧と靄のうち、より遠くが見えにくくなる気象現象はどちらか。それを答えれば良い。


「3,2」

と解答時間をカウントダウンする声が耳に入ったが、慌てずに私は答えた。

「霧」

 すぐさま

「ピンポーン」

とチャイムが鳴る。正解だった。


 私は安堵する。


 須坂くんが

「ありがとう、井沢さん」

と喜んでくれた。


 観客のうち何人かが私の名前や文芸部のことを褒め称えてくれる声が聞こえたが、気が抜けた状態なので声援に応えるような反応は出来なかった。

 

 ひかりちゃんが

「今の問題は、気象用語の霧と靄。どちらがより見通しが悪い状況ですか?です。正解は霧です」

と問題を読み上げるのが聞こえた。


 「霧」も「靄」も文芸作品のタイトルに度々使われる漢字だから馴染みはあったのだけれど、テレビのニュース番組の天気予報のコーナーで解説されていたのを見ていて、霧の方が見えづらい、と知った。その時にかの有名な「霧の都」はさぞかし不便な街だろうと思いを馳せていたのでしっかりと覚えていたのだった。

 前の問題で反省した「知識の定着」の不足であるが、その取り組みを私もわずかな範囲だけではあるがちゃんと出来ていたのが分かって嬉しかった。



 尾方先輩が

「それでは、チーム文芸部のチャンピオンシップ・ポイントです。須坂くん、問題を選んで下さい」

と声をかけると、須坂くんは解答者席の後ろを通って、舞台の前に移動する。

 途中でチーム三奇人の近くを通る際に最上先輩から何か話しかけられ、須坂くんは笑顔でそれに答えた。

 パーテーションの前に来ると腕を組んで10秒ほど考えてから封筒を選び、松川先輩へ

「よろしくお願いします」

と言ってから渡した。


 この構図はまるで須坂くんが松川先輩にラブレターを渡しているような光景にも見えることに気付く。

 横でクスッと笑っている稜子ちゃんも同じ印象を持ったのかもしれない。

 尤も、あんなに大きな封筒でラブレターを贈る人は恐らくいないだろうけれど。


 ひかりちゃんは松川先輩から封筒を受け取って、それが4番の問題であることを皆に伝えてから開封し、問題文を確認している。


 その間に松川先輩が自由の女神像をうちのチームの解答者席へ置く。

「ありがとうございます」

と私がお礼を言うと、松川先輩は笑顔で

「いえいえ」

と答える。大会運営に携わっているクイズ研究部員という立場上、松川先輩はどのチームも応援することは出来ないのだろうが、チーム文芸部へ向けられる眼差しは優しい。


 須坂くんは手元に戻ってきた自由の女神像を見つめたまま

「ここで決めよう」

と力強く言った。私と稜子ちゃんは黙って頷いた。



 尾方先輩が

「チーム文芸部のチャンピオンシップ・ポイントです」

と声をかけると、ひかりちゃんが問い読みをする。

「問題。アメリカン・フットボールの試合終盤に劣勢のチームのクオーター・バックが逆転を」

 そのタイミングで

「ピコーン」

と電子音が鳴る。


 手にボタンが押される感覚があったので早押し機を確認するがランプは点いていない。


「三奇人」

と吉田先輩が指名すると

「ヘイルメリー・パス」

と解答された。すぐさま

「ピンポーン」

とチャイムが鳴る。正解だ。


 場内で歓声が沸く。

 チーム三奇人の解答者席では青いパジャマを着た真室先輩がガッツポーズをしていた。あの人が問題に答えたのだろう。


 スポーツ全般に疎い私にはアメリカン・フットボールに関する知識は全くない。「ヘイルメリー・パス」という言葉を耳にしたこともない。

 一方、昨年の優勝チームのメンバーはあんな問題まであっさりと答えてしまうのだ。

 自分とチーム三奇人の皆さんとのあまりの差の大きさに圧倒され、思わず私は天を仰ぐ。


 だが、隣から

「いや~、本当に強いよね。2チームとも。気持ちを切り替えて行こう」

と聞こえて来たので声の主の表情を確認する。

 須坂くんは今まで以上に目を輝かせている。落ち込むどころか、さらにやる気が増したようだ。


 そもそも文芸部の1年生部員の3人でクイズ大会に出よう、と提案したのは須坂くんだった。

 須坂くんに引っ張ってもらって私はこんな大舞台にまで来ることが出来た。

 私自身はここまででもう十分満足しているが、リーダーの須坂くんがまだ勝負を諦めていないのであれば私も諦めずにもう少しだけ頑張ってみよう。



 歓声が落ち着くと、ひかりちゃんが

「今の問題は、アメリカン・フットボールの試合終盤に劣勢のチームのクオーター・バックが逆転を狙って、一か八か長い距離を投げる、神頼みのパスのことを何といいますか、です。正解はヘイルメリー・パスです」

と問題と正解を伝えた。


 松川先輩は自由の女神像をチーム三奇人の解答者席へ移し、ホワイトボードの得点表示を更新した。

 チーム三奇人が5ポイント、他の2チームが4ポイントである。


「チーム三奇人のチャンピオンシップ・ポイントです。最上くん、問題を選んで下さい」

 そう尾方先輩が促すと、最上先輩はパーテーションの前へ向かう。

 最初は問題の入った封筒が9封留められてあったが、今は5番と8番の2封だけが残っている。


 最上先輩は迷わず8番の封筒を選んだ。

 封筒を松川先輩に渡すと、足早に解答者席へ戻る。


 ひかりちゃんは、選ばれたのが8番の問題だと伝えてから封筒を開ける。中から問題用紙を取り出して確認を行う。

 


「この問題を取って、次のチャンピオンシップ・ポイントを取れば良い。大丈夫だ」

 須坂くんは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。


「あと2問ですね」

と稜子ちゃんが誰にともなく言うので、私は

「そうだね」

と答え、素朴な疑問を口にした。

「でも、2問で優勝チームが決まらなかったらどうするんだろうね」

 その一言に須坂くんが反応した。

「そうなったら、きっと別の趣向のクイズで優劣をつけるんだろうね」

 稜子ちゃんがそれに答えて

「そうかも知れませんね。気にはなりますが、今は次の一問に集中しましょう」

と提案し、私は

「うん」

と同意した。



「現在、チーム三奇人が5ポイント、チームぎんなんとチーム文芸部が4ポイントです。チーム三奇人のチャンピオンシップ・ポイントです」

 尾方先輩がそう声をかけると、ひかりちゃんが問題を読む。

「問題。光電効果の発見などの業績によって1921年にノーベル物」


「ピコーン」

と電子音が鳴る。間髪入れず吉田先輩が

「ぎんなん」

と指名すると、ひと呼吸を置いてから

「アルベルト・アインシュタイン」

と解答があり、すぐに

「ピンポーン」

とチャイムが鳴る。正解だった。


 答えたのは鶴岡先輩だった。


 観客席から割れんばかりの拍手と大きな歓声が沸き起こった。

 遊佐先輩、鶴岡先輩、坂田先輩の名を呼ぶ声もあった。


 しばらく場内が落ち着かないので、松川先輩は先に自由の女神像をチームぎんなんの解答者席へ移し、その際に遊佐先輩と言葉を交わして何事かを確認していた。

 松川先輩は吉田先輩と尾方先輩にその用件らしきことを伝えてから、ホワイトボードへ向かう。得点の表示をこう書き直した。


「チーム三奇人:4、チームぎんなん:5、チーム文芸部:4」


 場内がようやく落ち着いたので、ひかりちゃんは

「今の問題は、光電効果の発見などの業績によって1921年にノーベル物理学賞を受賞した物理学者は誰でしょう、です。正解はアルベルト・アインシュタインです」

と先ほどの問題を伝えた。


 この問題に関しては、私は問題文を最後まで聞いても答えられなかっただろう。

 ただ、流石の私でもアインシュタインの名前くらいは知っているのでもう少し知識が増えていたら、と考えられなくはない。

 このような自分の知識と問題が求めるレベルの間のギャップが、埋められそうで埋められない、という範囲に調整してあるのがこのクイズ大会の良い点であり、それこそが人気の理由なのだろう。



「それでは、次の問題に進みます。チームぎんなんのチャンピオンシップ・ポイントです。松川さん、最後に残った問題を持って来て下さい」

と尾方先輩が声をかけると、松川先輩はパーテーションに残っていた5番の封筒を外して、アシスタント席にいるひかりちゃんへ渡した。 

 松川先輩と遊佐先輩が先ほど話していたのはこのことだろう。残り一問だからわざわざ遊佐先輩が封筒を取りに来る必要はないからだ。


 ひかりちゃんはそれが5番の問題であることを会場の皆さんに伝えてから、開封し問題用紙を確認する。


 程なくして、ひかりちゃんがマイクを通して

「お願いします」

と会場内の全員に伝えると、水を打ったように静まりかえった。


 尾方先輩が場内を見渡してから

「チームぎんなんのチャンピオンシップ・ポイントです」

と声をかけると、ひかりちゃんは問題を読む。

「問題。スウェーデン語で『代理人』を意味する名前の役職」


 そのタイミングで

「ピコーン」

と電子音が鳴り、すかさず

「ぎんなん」

と吉田先輩が指名する。


「オンブズマン」

と遊佐先輩が答える。


「ピンポーン」

とチャイムが鳴る。


 一瞬の静寂が訪れる。


「今回のQUIZ ULTRA DAWNの優勝者は、チームぎんなんです」

 尾方先輩がアナウンスする。


 その言葉の意味するところが伝わると徐々に観客席のところどころから歓声が上がり、やがて大歓声となった。


 どこかで聴いたことがある英語の歌が大音量で流れ出す。

 恐らくは王者を称える歌なのだろう。



 隣の解答者席に目をやると、チームぎんなんの3人はぴょんぴょんと跳びはねながら

「やったー」

「優勝しちゃった」

「よかったね」

と嬉しそうにはしゃいでいる。

 今までの立ち振る舞いとの差に私は驚いた。しかし、当たり前のことだが、優等生のあの人たちも私と同じ高校生なのだ。さぞかし嬉しいことだろうし、こんな風に大喜びもするだろう。


 気付けば、須坂くんと稜子ちゃんが拍手を送っていた。私もそれに倣う。

 チーム三奇人の3人も同様に拍手をして優勝チームを称えていた。。



 ひかりちゃんが席を立ち、舞台の中央で尾方先輩と並んだ。


 尾方先輩が

「それでは、優勝したチームぎんなんの皆さん、こちらへどうぞ」

と促したので、チームぎんなんの3人は舞台の中央へ移動する。


 ひかりちゃんが

「まずは最後の問題について。スウェーデン語で『代理人』を意味する名前の役職で、行政機関や公務員に対する国民の苦情を処理する人のことを何といいますか、です。正解はオンブズマンです。遊佐先輩、お見事です」

と切り出すと、遊佐先輩へ大きな拍手が送られた。それに手を振って応えてから遊佐先輩は

「はい。知っていることなので答えられました。チャンピオンシップ・ポイントに入ってから私は中々解答できず、最後になんとか一矢報いた、って感じですね。ここまで来られたのは薫と美也子のおかげです」

と答えた。


 続けて、尾方先輩が

「今回、クイズ大会に初めて参加して、優勝まで成し遂げました。今の気分はどうですか?」

と尋ねると、遊佐先輩は

「驚かされることばかりでした。他のチームが難しい問題を次々に答えていくので、とても驚きました。私たちはそれぞれが分かる問題を確実にポイントにして行こう、という方針を立てて頑張ってみた、というのが実際のところです。その結果として優勝できたことが一番の驚きですね」

と返し、観客からどっと笑いが起きた。


 鶴岡先輩や坂田先輩にもインタビューがあるかと思ったが、尾方先輩は

「名残惜しいですが、もう閉会のお時間となりました。部長の吉田から挨拶をさせていただきます」

と締めにかかった。


 続けて、吉田先輩が舞台の中央へやって来て

「参加者の皆さん、観客席の皆さん、おかげさまで今年もクイズ大会を執り行うことが出来ました。ありがとうございます。特に今大会は過去に類を見ない激戦を繰り広げていただき、主催者としてもとても嬉しく思っております。時間が押してしまったのはひとえに主催者の不手際によるものです。クイズ研究部を代表してお詫びいたします」

と挨拶をし、頭を下げる。


 会場のそこかしこから

「気にすんな」

「毎年じゃねえか」

と声が上がった。


 頭を上げてから吉田先輩は続ける。

「クイズ研究部は今年の大会を運営した経験を糧として来年の文化祭でもQUIZ ULTRA DAWNを行う予定です。1年生と2年生の皆さんにはこぞって参加していただけると嬉しいです」


「出るよ」

「絶対出るぞ」

「来年は優勝するぜ」

などという声が上がった。


「今大会はチームぎんなんが優勝、チーム三奇人とチーム文芸部が同点の準優勝です。チームぎんなんとチーム三奇人が3年生だけのチームですので、来年の招待チームはチーム文芸部だけとなります。チーム文芸部の皆さん、来年もよろしくお願いします」

 吉田先輩はそう言ってから、私たちの方を向いてお辞儀をした。


 須坂くんが

「はい」

と返事をした。


 チーム文芸部に対しても温かい拍手と声援が送られた。


 吉田先輩は嬉しそうな顔でまた正面へ向き直り

「以上をもちまして、閉会の挨拶とさせていただきます」

と挨拶を締めくくった。


 観客の皆さんから拍手が送られる。


 舞台の緞帳が下りてくる。


 

 緞帳が完全に下りるまで拍手は続いた。




 長かったQUIZ ULTRA DAWNはこうして幕を閉じた。


 


(続く)


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