【53】見よ、勝者は残る(8)
「お待たせしました!QUIZ ULTRA DAWNの決勝戦を始めます」
舞台中央に立つ司会の尾方先輩が告げると、体育館中から歓声が沸いた。BGMとして有名な海外のスパイ映画のテーマ曲が流れているが、それを掻き消さんばかりの大きな声援である。
私、井沢景は上手袖で他の出場者と共に縦一列に並んで上手袖に待機している。
喧騒の中でも出場者を応援する声を幾つか聴き取ることが出来た。
「お前ら、二連覇しろよ!」
「チームぎんなん、勝てるよ!」
「文芸部、負けるな!」
「みんな、俺らの分も頑張ってくれ」
それらの声は舞台のすぐ近くで観戦しているクイズ大会への参加者からのものだろう。
既に敗れ去った27チームの皆さんの応援は心に刺さった。
あの人たちの分も頑張ろう。柄にもなくそう誓った。
まだ場内は騒然としていたが、尾方先輩は進行を続ける。
「選手入場です。まずはこのチームから。一昨年が3位、昨年は優勝、そして今年もやって来ました。3年連続で決勝進出の強豪、チーム三奇人です。最上周平くん、真室久志くん、戸沢健一くんの3人です。拍手でお迎え下さい」
そのチーム紹介を聞いて、大きな拍手とそれを上回る大きな声援がチーム三奇人へ送られた。
列の先頭にいた赤いパジャマ姿の最上先輩が
「それじゃ、行こうぜ」
とチームメイトに声を掛ける。そして、舞台袖でくるっと180度ターンして、後ろ向きに舞台上へ移動する。青いパジャマの真室先輩と黄色いパジャマの戸沢先輩も同様に踵を返し、最上先輩に続いて後ろ向きに移動して行く。綺麗に並んで同じ速度の滑らかな動作で舞台中央へと達して止まる。
その姿を見た観客たちはしばらく唖然としたものの、やがて笑い声と野次が場内に満ち溢れた。
「今年はムーンウォークでの入場ですね。毎年、趣向を凝らしてくれてありがとう」
そう言ってから尾方先輩がマイクを向けると、最上先輩は
「1年の時がでんぐり返り、2年の時が側転だったんだけど、回転系の技の後はしばらく目が回るのが難点だったので今年はムーンウォークにしました。練習の甲斐があって本番でバッチリ決まったので、もう思い残すことはありません」
と淡々とした口調で答えた。
舞台に近い敗者席から
「お前ら、ずるいぞ」
「クイズも頑張れよ」
「やっぱお前らが王者だよ」
といった声がかかる。それを受けて尾方先輩が
「勝つ自信はありますか?」
と最上先輩に尋ねると、しばし考えてから
「今年も過去2回の決勝戦と同じくらい強いチームが勝ち上がって来ているから、結果については何とも言えないな。でも 簡単には負けないよ」
と答えた。柔らかい口調だったのが余計に凄みを感じさせた。
チーム武道場の作石先輩がチーム三奇人のことを「彼らは強いですよ」と評していた。
昨年、決勝戦で実際に対戦した人が言っているのだから真実に違いない。
私は列の最後尾にいるのだが、3人分だけ前に移動して立ち位置が舞台に近くなったので舞台の様子を覗いてみる。
決勝戦では、3つの解答者席が舞台の中央にあまり間隔を空けずに並んでいるようだ。
チーム三奇人の3人はその3つの解答者席のうち、最も上手にある席へ移動した。
チーム三奇人の3人が着席すると、すかさず尾方先輩は
「次は、チームぎんなん。今大会で最も注目されていたチームが前評判通りの実力で決勝に進出しました。遊佐秋生さん、鶴岡薫さん、坂田美也子さんです」
と紹介をしてた。
チームぎんなんの3人はゆっくりと歩いて舞台中央に向かった。
その頼もしい背中を見送りながら、私は小さく拍手をした。
私の前に並んでいた須坂くんと稜子ちゃんが驚いて振り返ったが、ふたりも同じ心情だったようで一緒にチームぎんなんへ拍手を送った。
場内には割れんばかりの拍手が鳴り響いていた。
舞台の中央で尾方先輩が
「クイズ初挑戦ながら決勝進出ですね。遊佐さん、決勝戦にかける意気込みはどうですか?」
と尋ねる。遊佐先輩は
「クイズ大会がこんなに楽しいものだと知っていたら、もっと早く出たのにね、と3人で話してました。だから、過去に出なかった大会の分もこの決勝戦を楽しみたい。それだけです」
と即答した。
そのコメントに対して
「楽しんでね~」
「俺らの分も頑張ってよ」
「ついでに優勝しちゃえ」
と声が飛んだ。
尾方先輩が
「そう言ってもらえると、クイズ研究部としてはとても嬉しいです。いっぱい楽しんで下さい」
とお礼を述べると、遊佐先輩は
「はい。うちのチームもすぐに負けてしまわないように努力します」
とだけ述べ、チームメイトと一緒に解答者席へ移動した。チーム三奇人の隣の、真ん中の席だった。
「最後に紹介するのは、チーム文芸部です。3人の1年生が決勝まで勝ち上がりました。須坂公太くん、筑間稜子さん、井沢景さんです」
と尾方先輩がチーム紹介をした。
須坂くんは振り向いて
「行くよ」
と声をかけてから舞台の上へ歩み出た。
普段より歩調が速い。須坂くんはきっと緊張しているか、もしくは気持ちが早っているのだろう。無理もない。
その場の雰囲気に飲まれてはいけないと判断したのだろう。稜子ちゃんはいつものゆったりとした歩調で後に続く。その後ろにいる私も自然とゆっくり歩を進める。
観客の皆さんからたくさんの声援を受けたが、あまりの音圧に何を言っているのかは判別出来ない。
ふと舞台の下に目をやると、大会参加者の皆さんが全員立ち上がって声援をしたり拍手を送ったりしているのが分かった。
3人が舞台中央に揃うと、尾方先輩がインタビューを始める。
「チーム文芸部は既に優勝宣言をしていますが、その決意に変わりはないですか?」
その問いに対して、須坂くんは
「はい」
と端的に答える。
このやりとりを聞いて、舞台のすぐ下から拍手喝采が沸き起こった。
「これ以上、言葉は要らないね。それでは解答者席へどうぞ」
と尾方先輩に促されたので、私たち3人は観客へ向かってお辞儀をしてから自分たちの解答者席へ移る。
歩きながら舞台の様子を観察する。
3つの解答者席は教室の机ではなく2台の長机を並べて作られていた。机の前にチーム名を記載した紙が貼られており、上手側からチーム三奇人、チームぎんなん、チーム文芸部の順番で並んでいる。
それぞれの貼り紙の上からコードが伸びていて、それを目で追うと舞台中央の床の上でまとめられて上手にある審査員長の吉田先輩の席にまで続いている。
吉田先輩がクイズの正誤判定か何かのために使用する機器が使用されるのだろう。審査員長席には四角い箱型の装置が置かれており、机の上が色んな機械で一杯になっていた。そこに座っている吉田先輩は何かの書類を読んでいる。
吉田先輩の隣にはアシスタントと問い読みを担当しているひかりちゃん、こと安住ひかりさんが座っており、私と目が合うと笑顔で応えてくれた。
舞台の下手にはホワイトボードが置かれていて、舞台の前縁に対して垂直の向きである。
ホワイトボードには大きな文字で、上手側から「三奇人」「ぎんなん」「文芸部」と書かれており、それぞれのチーム名の下に「0」と記されている。これは今までのラウンドと同様にスコアボードであろう。ホワイトボードの置かれた角度から察するに、これは観客に見せるためのものではなく、舞台上にいる私たちへスコアを見せるための掲示に違いない。
クイズ研究部の2年生部員の松川先輩がマイクを手にしながら、ホワイトボード全体のレイアウトをチェックしている。松川先輩は決勝戦でも舞台上で進行の手伝いをされるのだろう。
ホワイトボードとチーム文芸部の解答者席の間にはパーテーション、つまり舞台装置としての小振りの壁のようなものが設置されている。そこにA4サイズの紙が入るくらいの大きさの封筒が画鋲か何かで留められている。その封筒がパーテーションの壁面の大部分を占めている。
封筒は9個あり、黒いマーカーペンを使った大きな文字で1から9までの数字が書かれていて横に並んでおり、三段に分けて固定されていた。一段目には1番から3番、二段目に4番から6番、三段目に7番から9番の封筒が配置されていた。
ホワイトボードとパーテーションの間には1台の教室の机が置かれていて、その上にはアメリカのニューヨークにある自由の女神像のレプリカのように見える小さな像が置かれている。何に使うのかは分からない。
そんな風に私がキョロキョロと舞台上を眺めながら解答者席に着くと、机の上にある不思議な機械が置かれていた。また、今回はペンやスケッチブックが置かれていないことにも気付いた。
その機械は分厚い新書くらいのサイズの直方体をした銀色の金属製の箱で、その上面には、手前にプラスチック製の大きなキノコのような形をした青い部品があり、前方には赤いランプが付いていた。
今までの本戦のラウンドと同じように須坂くんが真ん中、稜子ちゃんが下手側の席に着いていたので、私は空いていた上手側の椅子に腰掛けた。
須坂くんは机の上の機械を色々な角度から眺めて、嬉しそうに
「これだよ。この時を待っていたんだよ」
とはしゃいでいた。
「何、これ?」
と私が須坂くんに尋ねると
「早押しボタンだよ」
と答える。
「決勝戦は早押しクイズだ」と須坂くんが言っていたことを私は思い出した。
このボタンの前方から伸びたコードを目で追うとが審査員長席まで続いていた。多分、あそこで誰が一番早くボタンを押したかどうかの判定をするのだろう。
機械の後ろ側から電源コードのようなものが出ており、舞台後方へ向かっていた。間違えて足を引っかけないように気をつけなくてはいけない、と肝に銘じた。
「それでは、決勝戦のルールについて説明します」
という声がしたので声の主を探すと、その人は上手の審査員長席で立っていた。
決勝戦では部長の吉田先輩がルール説明をするようだ。
右手にマイク、左手に一枚のプリント用紙を持って吉田先輩は話を始める。
「決勝戦ではツー・ステップ・クイズを行います。今大会から初めて導入するクイズ形式ということもあり部長の僕から説明させていただきます」
場内がざわつく。
クイズ研究部の部員たちが「プランB」と呼んでいたのは、この新しいクイズ形式のことなのだろう。
吉田先輩は解答者席の方を一瞥してから続ける。
「その名の通り、二段階のクイズに挑んでいただきます。いずれも早押しクイズです。まず、大前提として早押しクイズの基本ルールをお伝えします。問題を読み終えてから答えるまでの猶予は5秒間です。誰も解答者がいない場合には次の問題へ進みます。ボタンを押して解答権を得た場合、解答するまでの猶予は5秒間です。制限時間以内に解答できなければお手付きとなります。お手つきや不正解はマイナス1ポイント、つまり1ポイント減点となり、その問題には解答出来なくなりますが、次の問題からは解答出来ます。一回休みにはなりません。誤答があった場合は、問読みは問題文を最初から読み直して、残り2チームで続きを行いますが、その前に答えることも可能です。2チーム目が間違えたら、その問題はお終いで次の問題に進みます。まずここまでで質問はありますか?」
質問は出なかった。
吉田先輩は続ける。
「第一段階は『ファイブ・ポインツ・アタック』です。こちらから読み上げる問題に対して答える、というお馴染みの早押しクイズです。5問正解を目指して下さい」
そこで、最上先輩が
「質問があるんだけど、良いかな?」
と尋ねると、吉田先輩は
「どうぞ」
と許可した。それで最上先輩が
「その第一段階は5ポイント先取になっただけで、それ以外は去年までの決勝戦と同じってことか?」
と質問をすると、吉田先輩は
「はい。その通りです」
と答える。
「ここまでは皆さん理解していただけましたか?」
と尋ねてから吉田先輩は解答者席を見渡す。
私の隣に座る須坂くんが
「普通のルールだね」
と言っているので、恐らくクイズ大会としては普通のルールなのだろう。
特に質問が出ないので、吉田先輩は
「第二段階はチャンピオンシップ・ポイントです」
と続ける。
吉田先輩は
「5ポイント獲得したチームの元には自由の女神像が運ばれます。松川さん、お願いします」
と指示をしたので、松川先輩はマイクを机の上に置き、先ほど私が見つけた小さな像を手に持って解答者席をひとつひとつ回って像を示した。
吉田先輩は説明を続ける。
「5ポイントを獲得したチーム、これを王座挑戦チームと呼びますが、そのチームが王座挑戦問題を選択します。王座挑戦問題は9問用意してあります。封筒に入った状態でパーテーションに留めてあります。チームリーダーがひとつを選んで松川さんに渡して下さい。その問題に王座挑戦チームが正解すれば優勝です」
そこで一旦説明を止める。
「優勝」の二文字を聞いて歓声が沸いたからだ。
吉田先輩は、少し間を空けてから
「この王座挑戦問題ですが、他の2チームには王座奪還を阻止する立場で参加していただきます。王座挑戦チームが誤答、もしくは阻止する2チームのどちらかが正解、となった場合には王座挑戦チームは王座挑戦に失敗となります。自由の女神像は没収され、1ポイント減点し、4ポイントになってクイズを続けます。王座挑戦問題に正解して見事、阻止することに成功したチームには1ポイント追加されます。阻止する側のチームが誤答すると1ポイント減点となります。その場合は、王座挑戦チームがその問題に答えられなくても他のチームが正解出来なければ失敗にはなりません。次の問題を選んで再度、王座に挑戦することが出来ます。誰もその問題に解答せずスルーした場合にも、王座挑戦チームが次の問題を選んで再挑戦することになります。以上です」
と説明をし終えた。
「つまり、5ポイント取って、封筒の問題を選んでそれに正解したら優勝ってことだよな」
と最上先輩が質問をすると、吉田先輩は
「その通りです。流石ですね」
と返答した。
それを聞いて
「まあ、要約するとそういうことだよね」
と須坂くんは同意した。
少し間を置いてから、今度は尾方先輩が私たちの解答者席の近くへやってきて
「皆さん、ルールについては大丈夫そうなので、今度は僕から早押し機について使用法と注意点をお話します」
と説明を始める。
初出場のチームぎんなんとチーム文芸部への説明が主目的だからだろう。
私は早押し機を注視しながら、その言葉に耳を傾けた。
「まず、一番大事なことを伝えます。早押し機は精密機械です。乱暴に扱わないで下さい」
尾方先輩は語気を強めて言った。
私は機械に詳しくないけれど、あんなにはしゃいでいた須坂くんが早押し機を触らずにいたことからなんとなく察してはいた。
「市販の早押し機はとても高価です。うちのクイズ研の部費では買えません。それでも、うちの高校の卒業生で大学の工学部に進んだ有志の方々が長年に渡って早押し機を自作して寄贈してくれています。そうしたおかげで今日のクイズ研があります。今回、決勝戦で使用する早押し機もそのうちのひとつです」
なんと!この機械はそんなに大切なものだったのか、と私は驚いた。
尾方先輩は話を続ける。
「すみません、話が逸れましたね。ボタンが大きいタイプの早押し機はチーム戦には適しています。最初から押す人を決めておいてもいいし、3人で手を添えて分かった人が押してもいいです。軽い力でほんの少しだけ押せば大丈夫ですから、優しく扱って下さい。お願いします」
尾方先輩はそう言い終えると頭を下げた。
説明を終えた尾方先輩は
「それではまずボタンチェックをお願いします。チーム三奇人からどうぞ」
と進行を進める。
チーム三奇人の3人はキノコ型のボタンに手を置いて、少しずつ押していき、程なくして、舞台上のスピーカーから
「ピコーン」
という電子音が鳴った。
続くチームぎんなんも同様に3人で静かにボタンを押した。
私たちも3人でゆっくりとボタンを押した。そーっとボタンを抑えると
「ピコーン」
という電子音が聞こえるのとともに早押し機のランプが点灯していた。
須坂くんはボタンの下の部分を覗き込みながら
「押す深さの加減が難しいね」
と言って、大きく息を吐いた。
尾方先輩はマイクを使わず、解答者たちへ
「もう始めるよ」
と声をかけた。
各々が頷いて答えたので、マイクを入れると
「それでは決勝戦、ツー・ステップ・クイズを始めます。早押しの判定は吉田が自分の席にある判定機で確認します。『三奇人』『ぎんなん』『文芸部』というように吉田が指名しますので、そのチームで答える人がマイク向かって答えを言って下さい。松川さんがその都度マイクを向けます。いいですね」
と尾方先輩が進める。松川先輩もマイクを持って解答者席のそばで控えている。
いよいよ決勝が始まるのだ。
舞台上の空気が変わった。
だが、問い読みは始まらない。
何かトラブルかな、と思って上手のアシスタント席にいるひかりちゃんの方を見ると、尾方先輩と何かの相談をしている。
解答者席にいる私たちの視線を感じたのだろう、ひかりちゃんはこちらを向いてにっこり笑った後、マイクのスイッチを入れた。
「お待たせしてすみません。決勝は早押しクイズですから解答者の皆さんにテンポ良く答えていただくため、問読みのリズムを少し変えます」
そう切り出すと
「決勝では『問題』という前置きと問題文の間のポーズを短くします。例として問題を出しますので、聞いて下さい。答えなくて良いですよ」
と変更点を述べた。
ひかりちゃんはしばらく思案してから
「問題。今日は暁月祭の何日目でしょう?」
と例題を読み上げた。「問題」という前置きと本文の間には短いブレスが入る程度の無音部しか無くなった。
「正解は2日目です」
と解答を伝えてから、ひかりちゃんは
「どうでしょう?」
と解答者たちに問いかける。
「俺らはその読み方が良い」
と真っ先に答えたのは最上先輩だ。続けて
「私たちもそれで良いよ」
と遊佐先輩が答える。
「うちも良いよね」
と須坂くんが私と稜子ちゃんに確認を取る。私たちが無言で頷いたので須坂くんは
「もちろんOKです」
と返答をした。
さて、始まるか、と思ったら、突如として大歓声が沸いた。
何が起こったかのか分からなかったが、隣にいた須坂くんが
「最上先輩が準備中だよ」
と教えてくれた。
最上先輩の様子を伺う。
ヘアゴムのようなものを使って、長い髪を後ろでまとめていた。
それを見ていた尾方先輩は
「毎年恒例の本気モードだね」
と感慨深げに言い、続けて
「もう準備はいいか?」
と尋ねると、最上先輩は
「準備完了だ。いつでもどうぞ」
と答えた。
尾方先輩は無言で上手に合図を送る。
しばしの静寂の後
「問題。漢字で西の瓜と書くのは『すいか』ですが、み」
そのタイミングで
「ピコーン」
と電子音が鳴る。
「三奇人」
と吉田先輩が指名するとすぐさま松川先輩がマイクを向ける。
「かぼちゃ」
と答えると
「ピンポーン」
と正解を示すチャイムが鳴った。
それを聞いた場内から大歓声が湧き上がった。
「最上、すげー」
「今年も行けるぞ!」
「お前ら最強だぜ!」
舞台の前に陣取る大会参加者の皆さんが盛り上がっている。
あの早さで答えるとは!
私が唖然としていると、ひかりちゃんが
「漢字で西の瓜と漢字で書くのは『すいか』ですが、南の瓜と書くのは何ですか?正解は『かぼちゃ」です」
と問題文と正解を読み上げた。
何がどうなっているかさっぱり分からないので、一体どうなっているのかを訊こうと須坂くんの方を見ると、嬉しそうに笑みを浮かべていた。悲壮感などない。
一方、稜子ちゃんは真剣に何か考えている様子だった。
自然に会場内が静かになったので、ひかりちゃんはすぐに次の問題を読む。
「問題。外来語のサボタージュはフランス語に由来しますが、バリケード」
またしても問い読みの途中で
「ピコーン」
という電子音が鳴り
「三奇人」
という吉田先輩の指名の後で
「英語」
という解答が続いた。
すぐさま正解を示すチャイムが鳴る。
大歓声が沸く。
下手にあるホワイトボードには
「三奇人:2、ぎんなん:0、文芸部:0」
とスコアが記されていた。
歓声が収まるのを待ってから、ひかりちゃんは
「外来語のサボタージュはフランス語に由来しますが、バリケードはどの外国語に由来するでしょうか?正解は英語です」
と伝えた。
尾方先輩は
「チーム三奇人が2ポイント連取です。他の2チームも頑張って!」
と励ましの言葉をかけてから
「次の問題に行きます」
と進行を促す。
「問題。水泳の個人メドレーで3」
そこで私は手元に違和感を覚える。そして
「ピコーン」
と電子音が鳴る。
手元を見ると早押し機のランプが光っている。
「文芸部」
という吉田先輩の声が聞こえ、松川先輩のマイクが向けられる。
須坂くんは大きく息を吸ってから
「バタフライ」
と答える。すぐさま
「ブブー」
というブザーの音が鳴る。
するとすかさず
「ピコーン」
という電子音が鳴り、吉田先輩が
「三奇人」
と指名した。
最上先輩とは違う声で
「平泳ぎ」
と答えるのが聞こえる。間髪入れず
「ピンポーン」
と正解を示すチャイムが鳴る。
歓声が沸き起こる。
チーム三奇人の解答席の方を見ると、黄色いパジャマを着た戸沢先輩が小さくガッツポーズしていた。
「水泳の個人メドレーで3番目に泳ぐ泳法を答えなさい。正解は平泳ぎです」
とひかりちゃんが問題と正解を伝える。それに続けて吉田先輩が
「補足説明します。個人メドレーではバタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、自由形の順番で泳ぎますから、3番目は平泳ぎです。一方で、メドレーリレーの場合は背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ、自由形の順で泳ぎますので第3泳者の泳ぎ方はバタフライになります」
と解説を添えた。
難しい問題に挑戦して間違えてしまった須坂くんへの配慮と応援を込めた補足説明なのだろう。
当の本人である須坂くんはと言えば、先程までとは一転して悲壮な表情のまま顔の前で手を合わせて、私と稜子ちゃんに
「ごめん。ボタンを押して、押し勝った途端にほっとしてしまって頭が真っ白になって、個人メドレーとメドレーリレーがごっちゃになっちゃったんだ。ホント、ごめん」
と平謝りした。
「クイズなんだから間違えるのは仕方ないよ。気にしないで」
と私が励ますと、稜子ちゃんも
「やっと解答出来たんです。次に繋げましょう。間違えた分は取り戻せばいいだけです」
と前向きな見解を述べた。
須坂くんはようやく穏やかな表情になった。
ホワイトボードを見て確認するが
「三奇人:3、ぎんなん:0、文芸部:-1」
とスコアが記されていた。
「私たちはともかくチームぎんなんですら敵わないとは。チーム三奇人は強すぎるよ」
と私は愚痴をこぼす。
そして、隣の解答者席のチームぎんなんの方を見てみるが、3人に慌てた様子はない。
まだ大丈夫だ、と考えているのだろうか?
そんなことを考えていると
「チーム三奇人は3ポイント連取。他のチームにもまだまだチャンスはあります。頑張って。それでは次の問題です」
と尾方先輩が次へ進めるので、私は問題に集中する。
ひかりちゃんが
「問題。一日の最高気温が摂氏30度以上の日を真夏日と言いますが、一日の最高気温が摂氏35」
というところまで読んだところで
「ピコーン」
と電子音が鳴った。
「ぎんなん」
という吉田先輩の声に私は驚く。
「猛暑日」
と解答する声は遊佐先輩だ。すかさず
「ピンポーン」
とチャイムが鳴る。
場内がどよめく。
「ついに来たーー!」
「頑張って~~!」
「遊佐さん凄い」
など、たくさんの声援が聞こえて来る。
やはり観客の皆さんからのチームぎんなんへの期待は大きい。それに加えて、このままだとチーム三奇人が独走して優勝、ということになりそうだったので、対抗馬が出て来てくれて嬉しいことも大きいかも知れない。
何にせよ、チームぎんなんが1ポイントを取ったことの意味は大きいようだ。
須坂くんは
「押し負けた。答えられたのに」
としきりに悔しがっている。
「一日の最高気温が摂氏30度以上の日を真夏日と言いますが、一日の最高気温が摂氏35度以上の日を何と言いますか?正解は猛暑日です」
ひかりちゃんの復唱する問題と正解を聞いて、私はようやく理解した。須坂くんは「35」という数字を聞いてすぐにボタンを押したのだが遊佐先輩の方が早かったのだろう。
恐らくコンマ何秒というレベルでの戦いなのだろう。
反射神経の鈍い私にも何か役に立てることがないだろうか、と考え始めたタイミングで、尾方先輩から
「それでは次の問題です」
と声がかかる。
ゆっくり考える時間がない。
「問題。五月雨をあつめて早し最上川、という句の作者は松尾芭蕉ですが、五月雨や大河を前に家二軒」
と読んだところで
「ピコーン」
と電子音が鳴る。すかさず吉田先輩が
「ぎんなん」
と指名すると、解答者は高い音域のよく通る声で
「与謝蕪村」
と答える。
坂田先輩だ。
「ピンポーン」
というチャイムが鳴る。
チームぎんなんへの声援が俄然、大きくなる。
ひかりちゃんが
「今の問題は」
と前置きをすると、場内が静かになったので
「五月雨をあつめて早し最上川、という句の作者は松尾芭蕉ですが、五月雨や 大河を前に 家二軒、という句の作者は誰でしょう?正解は与謝蕪村です」
と説明を行った。
ホワイトボードを確認すると
「三奇人:3、ぎんなん:2、文芸部:-1」
と戦況が大きく変わっていた。
須坂くんもスコアを確認して
「今の問題みたいな深い知識を求める問題だったらしっかり問題を聞いて答えが分かった時点でボタンを押せば良いみたいだ。慌てないで行こう」
と冷静に指示を出した。
それなら出来るかもしれない。私は黙って頷いた。
尾方先輩が
「現在のところ、チーム三奇人が3ポイントでトップです。それを追うチームぎんなんが2ポイントです。チーム文芸部は-1ポイントです。まだまだ勝敗の行方は分かりません。皆さん、頑張って下さい」
と観客へ向けてアナウンスした。
テレビのクイズ番組では得点を表示する装置があるのだけど、文化祭のクイズ大会ではそうは行かないから、こまめに状況を伝えているのだろう。
すると、後ろの方から大きな声で
「井沢さん頑張れ~」
と応援する声がした。きっと1年D組の演劇チームのみんなだろう。
すると、舞台の近くから
「景、頑張れよ~」
と声がかかった。
声のする方を向くと、坂木先輩とチームメイトの水泳部の皆さんだった。
私は手を振って応えた。
すると場内のあちこちから
「文芸部、負けるな!」
「1年生は文芸部を応援しようぜ!」
「須坂くん、頑張って!
と声が飛び交い、舞台の近くから
「俺らも応援してるっスよ」
と声がかかった。
ラグビー部の南木くんの周りに異なる部活のユニフォームを着た生徒たちが集まっていた。
その一団のひとり、一際目立つ背の高い女子生徒が
「筑間さん、頑張ってね」
と稜子ちゃんにエールを送る。
稜子ちゃんは
「はい。頑張ります」
と言って、お辞儀をした。
「皆さん、熱い応援をありがとうございます。この熱が冷めないように次の問題へ行きます」
と尾方先輩が声をかけると会場が静かになる。
「問題。テニスの全英オープンで試合を行うのは芝のコートですが、全ふ」
そこまで問題が読まれたタイミングで
「ピコーン」
と電子音が鳴る。間髪を入れず
「文芸部」
と指名されたので驚く。差し出されたマイクに向かって稜子ちゃんが
「クレーコート」
と答える。すぐさま
「ピンポーン」
とチャイムが鳴る。正解だった。
稜子ちゃんは
「良かった」
と安堵の声を漏らし、須坂くんが
「ありがとう。それにしても」
と言いかけたところで、ひかりちゃんの声が重なる。
「テニスの全英オープンで試合を行うのは芝のコートですが、全仏オープンで試合を行うのはどのタイプのコートでしょうか?正解はクレーコートです」
すぐさま松川先輩がホワイトボードのスコアを更新する。
「三奇人:3、ぎんなん:2、文芸部:0」
ようやく私たちはスタート地点に戻った。
だが、いちいち喜んでいる暇はない。
すぐにひかりちゃんは次の問い読みを行う。
「問題。地震や火山の噴火などの災害時に役立つ災害伝言ダイヤルの電話番号」
というところで
「ピコーン」
と電子音が鳴る。
すかさず吉田先輩が
「三奇人」
と指名すると
「171」
との解答があった。
すぐさま
「ピンポーン」
というチャイムが鳴る。
観客席から大きな歓声が上がる。
チーム三奇人の解答者席を見ると青いパジャマを着た真室先輩が小さくガッツポーズをしていた。
歓声が収まるのを待ってから、ひかりちゃんは
「地震や火山の噴火などの災害時に役立つ災害伝言ダイヤルの電話番号は何番でしょうか?正解は171番です」
と問題文と正解を読み上げた。
尾方先輩はホワイトボードの方を指差しながら
「チーム三奇人は4ポイントです。あと1ポイントで王座への挑戦権を得ます。でも、勝負はまだまだ分かりません。他の2チームも頑張って行きましょう」
と状況を説明する。
ホワイトボードには
「三奇人:4、ぎんなん:2、文芸部:0」
と記されている。
うちのチームは依然として劣勢だ。
実力の差があるのだ。仕方ない。
そんな風に思い悩んでいても、容赦無く次の問題がやって来る。
ひかりちゃんはリズムを崩さず問い読みをする。
「問題。映画『2001年宇宙の旅』の劇中音楽として使用されたことで有名な」
とのタイミングで
「ピコーン」
と電子音が鳴る。
吉田先輩が
「三奇人」
と指名すると
「ツァラトゥストラかく語りき」
という解答が聞こえた。あの声は最上先輩だろう。
「ブブー」
とブザーが鳴った。
不正解だったのだ。
すぐボタンを押しても正解するのは難しい。そう判断したのはうちのチームだけじゃなく、チームぎんなんも同様であった。
「もう一度問題を読みます」
そう前置きをしてからひかりちゃんは問題を読む。
「問題。映画『2001年宇宙の旅』の劇中音楽として使用されたことで有名な交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」を作曲したのは誰」
そこまで聞いたところで
「ピコーン」
と電子音が鳴る。
吉田先輩が
「文芸部」
と指名したので、私はまたしても驚く。
「リヒャルト・シュトラウス」
と稜子ちゃんが答える。
すぐさま
「ピンポーン」
とチャイムが鳴り、正解だと知る。
大きな拍手に対して稜子ちゃんはお辞儀をして応える。
「映画『2001年宇宙の旅」』の劇中音楽として使用されたことで有名な交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」を作曲したのは誰でしょう?正解はリヒャルト・シュトラウスです」
ひかりちゃんからそう伝えられて、私はようやく
「ああ、あの曲か」
と思い至る。
テニスやクラシック音楽というジャンルは稜子ちゃんの得意分野だから良かった。答えを知っていても初挑戦のクイズ大会であんな風に的確に早押しボタンを押せるのはすごい。やはり稜子ちゃんは反射神経がとても良いのだ。
「チーム三奇人は1ポイント減点で3ポイント、正解したチーム文芸部は1ポイントになりました。チームぎんなんは2ポイントです。まだまだ先が読めないですね。それでは、次の問題に行きましょう」
と尾方先輩は進行を進める。
それを受けて、ひかりちゃんは問題を読む。
「問題。発見者の祖国に因んで名付けられた原子番号32の金属」
そのタイミングで
「ピコーン」
という電子音が鳴り、吉田先輩は
「ぎんなん」
と指名する。
「ゲルマニウム」
と鶴岡が答えるとすぐに
「ピンポーン」
と正解だと知らせるチャイムが鳴る。
その音を聞いて鶴岡先輩はホッとした表情をした。
「発見者の祖国に因んで名付けられた原子番号32の金属元素は何でしょう?正解はゲルマニウムです」
とひかりちゃんが問題文と正解を伝える。
2年生か3年生になったら化学で習う内容なのだろう。悔しいけれど上級生向け、特に理系科目の知識問題では、私はお役に立てない。
そんなことを考えていると、隣にいる須坂くんが
「まずは1ポイントだ」
と自分に言い聞かせるかのように呟いている。
そこで私は気が付く。
この決勝の早押しクイズでまだ正解していないのは私と須坂くんだけなのだ。
先ほどの鶴岡先輩の表情は、やっとポイントが取れたことからくる安堵なのだろう。
「チームぎんなんがチーム三奇人に追いついて3ポイント。チーム文芸部は1ポイントです。接戦です。それでは次の問題」
と尾方先輩が状況を伝えて、先へ進める。
「問題。映画やドラマで、2つ以上の異なる場面を交互に」
ひかりちゃんがそこまで読んだタイミングでボタンが押された。
「ピコーン」
という電子音がして、早押し機のランプが光っている。
「文芸部」
と吉田先輩から指名されると、須坂くんは慌てず
「カットバック」
と答えた。
すぐに
「ピンポーン」
とチャイムが鳴る。
「よし」
と須坂くんはガッツポーズしながら声を上げる。
すると、大会参加者の皆さんから
「須坂~、いいぞ!その調子だ!」
「文芸部のみんな、頑張って~」
「まだまだ行けるよ」
と声援が飛んだ。
静かになるのを待って、ひかりちゃんは
「映画やドラマで、2つ以上の異なる場面を交互に映し出して物語を進める技法を何といいますか?正解はカットバックです」
と問題文と正解を伝えた。
須坂くんは映画研究部から依頼を受けて自主制作映画の脚本を書いたことがある。だから、映像作品で用いる技法をよく知っていたのだろう。須坂くんが1ポイント取れて良かった。
ホワイトボードを見ると、スコアは
「三奇人:3、ぎんなん:3、文芸部:2」
となっており、接戦となっている。
奇しくも各チームで正解を出したメンバーの人数と同じ数字の得点となっている。
私が戦力にならない分だけ、チーム文芸部が不利なのはよく分かった。
「次の問題です」
という尾方先輩の声がしたので、私は雑念を捨ててクイズに集中する。
ひかりちゃんは問題を読み上げる。
「問題。石やレンガでアーチ状の構造物を作る際に、その頂きの部分に差し入れて全体を堅固なものにする楔形の石」
私は反射的にボタンを押した。
どうか間に合って!
「ピコーン」
という電子音が鳴り、手元を見ると早押し機のランプが光っている。
「文芸部」
と吉田先輩から指名されるとすぐさま松川先輩が私にマイクを向ける。
須坂くんと稜子ちゃんが心持ち身を引いたのが感じられたので、私が答えて良いのだと確認出来た。そこで私は落ち着いて
「要石」
と答える。
すぐさま
「ピンポーン」
とチャイムが鳴る。
正解だった。良かった。
夏休みに文芸部の文集に載せる小説「傲慢な知性と千里眼」を執筆している時に適切な言葉を探して国語辞典を何冊か引いて、ようやく「要石」という名詞を見つけたことがあったのだ。
それ以降、日常会話でも時々使ったりするので、今では私の使う語彙のひとつとして定着している。
ひかりちゃんが
「石やレンガでアーチ状の構造物を作る際に、その頂きの部分に差し入れて全体を堅固なものにする楔形の石のことをなんと言いますか?
正解はキーストーン、もしくは要石です」
と問題文と正解を伝えると、須坂くんは
「キーストーンってそういう意味だったのか!」
と驚いていた。
尾方先輩は
「これで3チームが3ポイントずつで並びました。ますます混戦模様ですね。それでは次の問題」
と先へ進める。
私はホワイトボードを一瞥する。
「三奇人:3、ぎんなん:3、文芸部:3」
確かにうちのチームはようやく追いついている。
ひかりちゃんは次の問題を読む。
「問題。光学機器で読み取ることで商品の識別を行うことが出来る、線の太さや間隔が異なる」
そこまで問題が読まれたタイミングで
「ピコーン」
と電子音が鳴る。すかさず吉田先輩が
「三奇人」
と指名する。
「バーコード」
とやや早口で答えたのは真室先輩だ。
すぐさま
「ピンポーン」
とチャイムが鳴る。正解だ。
「あ~、やっぱりバーコードだったか。分かりかけていたのに」
と須坂くんが悔しそうにしている。
「光学機器で読み取ることで商品の識別を行うことが出来る、線の太さや間隔が異なる黒い縞状の符号はなんでしょう?正解はバーコードです」
ひかりちゃんの読み上げる問題文と正解を聞いて、私もようやく合点がいった。よく知っている物でも厳密に説明しようとすると却って難しくなる、そんな類の困惑を狙った問題なのだろう。
「これでチーム三奇人が4ポイント。あと1ポイントで王座に挑戦出来ます。他の2チームも3ポイントですからまだまだ逆転可能です。それでは張り切って行きましょう。次の問題」
と尾方先輩が進行役としてテンポよく先へ進める。
私も徐々にこの小気味良いテンポに慣れて来た。
ひかりちゃんは
「問題。29かける31を計算して答えなさい」
と一気に問題を読み上げる。
瞬時に
「ピコーン」
と電子音が鳴る。あまりの速さに私は驚く。
吉田先輩が
「ぎんなん」
と指名すると、思わず隣の解答者席を見ると鶴岡先輩が松川先輩からマイクを向けられている。
だが、鶴岡先輩は答えない。どうしたのだろう。
「4、3、2」
と松川先輩がカウントダウンをしている。解答時には時間制限があることを私は思い出した。
「899です」
と鶴岡先輩は答える。
「ピンポーン」
とチャイムが鳴る。
場内がどよめいた。
もしかして、鶴岡先輩はボタンを押してから計算したの?
5秒以内に2桁の掛け算が暗算出来る自信があったのか!
とても私には出来ない芸当だ。
尾方先輩が
「皆さん、落ち着いて下さい。まず問題文をよく聞いてから、吉田の解説を聞いて下さい」
と観客の皆さんを宥める。
しばらくして静かになったので、ひかりちゃんは
「29かける31を計算して答えなさい。正解は899です」
と問題文と正解を伝えた。
それを聞いた稜子ちゃんが
「あっ、そうだったんですね」
と驚きの声を上げた。
続けて、吉田先輩が立ち上がり
「今の問題はそのまま掛け算をしてもらっても良いのですが、もっと簡単に解く方法があります。29は(30ー1)、31は(30+1)とだと考えると、この問題は(30ー1)かける(30+1)になります。これを計算する公式は皆さんご存知ですよね。30の2乗から1の2乗を引けば良いわけですから、900ー1、つまり答えは899になります」
と解法を説明し、最後に
「鶴岡さんもこうやって計算したんですよね」
と確認した。
松川先輩から向けられたマイクを通して、鶴岡先輩は
「はい」
とだけ答えた。
舞台前の参加者の皆さんからも
「それなら、俺でも解けたかも」
「5秒じゃ無理だね」
「あんな風に冷静に計算出来るかな?」
と色々な意見が漏れ聞こえて来た。
「皆さんにも、分かってもらえましたか?さて、決勝戦はチーム三奇人とチームぎんなんが4ポイントで並びました。チーム文芸部も3ポイントで続いています。それでは次の問題」
その言葉を受けて、ひかりちゃんは次の問題を読む。
「問題。トランプのカードに書かれた数字で最もお」
そこで
「ピコーン」
と電子音が鳴る。隣で須坂くんが唸っているのが分かる。
吉田先輩が
「三奇人」
と指名すると
「10」
と最上先輩が答える。
「ピンポーン」
とチャイムが鳴り、正解だと伝える。
歓声が沸く。
「また負けた」
そう悔しがる須坂くんはまたしても早押しで負けてしまったようだ。
この問題の難易度から考えると、純粋なスピード勝負だったに違いない。
ひかりちゃんは
「トランプのカードに書かれた数字で最も大きいのは何でしょうか?正解は10です」
と問題文と正解を伝える。
「チーム三奇人が5ポイントに到達しましたので、チャンピオンシップ・ポイントの問題に挑んでもらいます」
尾方先輩がそう高らかに宣言した。
場内に有名なボクシング映画のテーマ曲が流れ出した。
須坂くんは
「絶対に止めよう」
と呟き、稜子ちゃんは
「そうですね」
と静かに答える。
(続く)




