表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羊飼いも山羊もいない  作者: 遊舵 郁
九月、祭りのころ
55/63

【51】見よ、勝者は残る(6)

「本戦の第1ラウンドはリレークイズです」

というアナウンスが場内に流れる。声の主は司会の尾方先輩である。

 

 それに即応して

「おおー!」

と観客の歓声が体育館に響き渡る。



 暁月高校の文化祭初日にクイズ研究部が開催するクイズ大会、QUIZ ULTRA DAWNの本戦が始まるのだ。

 チーム文芸部の一員として予選を勝ち残った私、井沢景はペットボトルのお茶を一口飲んで次のクイズに備える。



 歓声がおさまるのを待ってから、尾方先輩は話し出す。

「ルールを説明します。今から行うリレークイズではそのスケッチブックに油性マーカーで答えを書いて解答してもらいます。皆さん机の上のスケッチブックを手に取って表紙の方から開いて確認して下さい。鉛筆で線が引かれて三分割されていますよね」


 私たちも自分たちの解答席に置かれたスケッチブックを確認する。

 見慣れた黄色と黒の幾何学模様の表紙をめくると横長のページに縦線が2本引かれておりページを三分割している。


 各チームが確認したのを確認してから、尾方先輩は説明を続ける。

「このクイズではスケッチブックを縦にして使って下さい。そうすると上段・中段・下段に解答欄が出来ます。各チームの3人にそれぞれ答えてもらいます。クイズを始める前に順番を決めて、ネームプレートの裏側に数字の書かれたワッペンを貼って分かるようにして下さい。部員が伺いますから解答順を申告して下さい。クイズの途中で順番の変更は出来ません」

 そこまで話して一旦、止まる。


 私たちがワッペンを確認するための間を取ったのだろう。


 尾方先輩は各チームの様子を確認してからこう述べる。

「このリレークイズでは正解が3つ以上ある問題が出されます。問題文は2回読み上げられます。その2回目が読み上げられた直後にこちらで呼び鈴を鳴らします。試しに鳴らしてみますね。この音です」


 舞台上に「チーン」という聞き覚えのある音が響いた。

 音のした方を見ると、審査員長の吉田先輩の前にお店のレジカウンターやホテルのフロントにあるような呼び鈴が置いてあった。


「一番遠いところにいるチーム英語部の皆さん、今の音は聞こえましたか?」

と尾方先輩が確認を取ると、チームリーダーの小牧先輩がよく通る綺麗な声で

「ちゃんと聞こえます」

と答えた。


 尾方先輩はルール説明に戻る。

「今の音が聞こえたらひとり目の解答者が30秒の間に解答して下さい。一番上の解答欄を使って下さい。30秒経つとまた呼び鈴が鳴りますからふたり目の解答者に交代して下さい。ふたり目は真ん中の解答欄に答えを書き、30秒経って呼び鈴が鳴ったら3人目の解答者、アンカーですね、その人に代わって30秒の間に一番下の解答欄に答えを書いて下さい。30秒経って呼び鈴が鳴ったら解答時間は終わりになりますからスケッチブックとペンを机の上に置いて下さい」


 パンフレットには「クイズ大会では全員が答えなければいけない」という主旨の注意書きが書かれてあったが、本戦の最初にいきなり試練の時が訪れるとは!

 

 尾方先輩は続けて

「皆さんの解答は審査員長の吉田が採点しに行きます。ひとつ正解する毎に1ポイントです。間違えても減点はしません。各チームのポイントはホワイトボードに示されますが解答席からは見えにくいので、こまめに口頭でお伝えします。早く20ポイントに到達したチームから勝ち抜けます。第2ラウンドに進出するのは5チームです」

と説明し,このラウンドでの目標を伝える。


 これを聞いた、今は敗者となって特等席で観戦しているクイズ大会参加者の皆さんから

「頑張れよ!」

「目標が20ポイントかよ!」

「頑張って~!」

「今年もこっからが厳しいなあ」

と悲喜こもごもの声が上がる。


 遅れて観客席からもたくさんの声援が沸き起こった。



 そうした声がおさまってから、尾方先輩はさらに続ける。

「解答は漢字でもひらがなでもカタカナでも、問題によっては英語や専用の記号でも構いません。一度記入した自分の答えを書き直したい場合は二重線を引いて消して、自分に割り当てられた解答欄の空いたスペースに別の答えを書き直して下さい。そして最後に注意点を。リレークイズではチーム内での相談は禁止です。会話以外での情報伝達もダメです。もちろん他のチームの解答を覗き見たり、ひとりの解答者が複数の答えを書いたりするなどといった不正行為があった場合には全てが失格処分となります」


 流石にここまで残って来たチームでズルをする人はいないと思う。

 ただ、有用な情報として「ひらがなやカタカナでの解答が可」ということを私は心に留めた。無理して漢字を使って解答して誤字のせいで不正解、ということだけは避けたいと思う。


 尾方先輩は

「クイズが始まってから迷う人もいるだろうと思いますので、もう一点だけ確認をさせて下さい。3つの答えにひと繋がりの関連性がある場合でも、どの順番で答えても良いです。説明だけだと伝わりにくいと思うので、例題を出しますね。これは答えなくていいですよ。安住(あすみ)さん、お願いします」

とひかりちゃんの方を見る。ひかりちゃんはこのクイズ大会ではアシスタントと問い読みを担当している。


 ひかりちゃんが

「問題」

と、言って一呼吸置くと場内が静まり返る。

 そして続ける。

「0より大きく、4より小さい整数を答えなさい」


 尾方先輩はそれに対して

「この場合、解答として『1』『2』『3』をどういう順番で答えても正解になります。言いたいことが伝わりましたか?」

と解説した。


 そういうことね。私にも理解出来た。


 尾方先輩は各チームの様子を確認しつつ

「この点について、もしくはリレークイズ全般について、何か質問がある人はいますか?」

と尋ねた。


 すると、須坂くんが手を上げた。


「チーム文芸部さん、どうぞ」

と尾方先輩が須坂くんの元へ向かう。


 マイクを渡された須坂くんは

「得点の加算についてですが、3人全員が正解した場合には3ポイント獲得するだけでしょうか?ボーナスポイントは付きますか?」

と尋ねる。マイクを受け取った尾方先輩は

「その場合は3ポイントだけです」

と端的に答えた。

 須坂くんはマイクを使わず

「分かりました。ありがとうございます」

と伝え、「7問かあ」と呟いてため息をついた。


 その意味するところはこうだろう。


 運が良ければ3人とも答えられる問題が続いて、ボーナスポイントを稼いで逃げ切れるかも知れない。

 しかし、長期戦になれば知識や経験の豊富な上級生のいるチームには敵わない。


 そんなことを考えていると、尾方先輩は

「他に質問はないようですね。それでは今から1分間で解答する順番を決めてもらいます。はい」

と告げた。それを合図に呼び鈴が鳴った。


 実際にタイマーやストップウォッチで時間を計測しているはずだ。


 早く決めないと、と私は焦る。


 須坂くんは番号の書かれたワッペンを手にして

「時間がないから僕が決めるよ。アンカーが一番難しいと思うから僕がやる。1番目は筑間さん、2番目は井沢さんで行こう」

と伝え、「①」のワッペンを稜子ちゃんに、「②」のワッペンを私に渡す。


 稜子ちゃんも私も別段異存はないから黙って受け取る。


 そんなタイミングで呼び鈴が鳴り、解答席へ黄色い法被をきた女子部員さんがチーム三奇人の解答席へ向かう。そこから順番に各チームの順番を確認しに回るのだろう。

 

 私はネームプレートを外して、ワッペンの裏側の両面テープの剥離紙を剥がしてネームプレートの裏側に貼り付けた。ネームプレートを外して前後が逆になるように掛け直しているところへその部員さんが私たちのチームオーダーを確認しに来た。

 須坂くんも稜子ちゃんも両面テープの剥離紙を剥がすのに苦戦しているところだったので、手の空いている私が

「チーム文芸部は1番目が筑間、2番目が井沢、3番目が須坂という順番です」

と伝えると、部員さんは

「ありがとうございます。あと両面テープのゴミがあれば回収しますよ」

 と言って小さなビニール袋を机の上に置いた。

 私がそこに剥離紙を捨てると、その部員さんは

「他のふたりはまだみたいですね。ゴミは机の端にでも置いておいて下さい。後で片付けますから」

と教えてくれた。私が

「椅子はどうしたらいいでしょう?」

と尋ねると、その部員さんは

「そのままだと解答する人が入れ替わるのに邪魔だと思いますが」

と示唆してくれたので、私は頷いて

「そうですよね。後ろに片付けておきます。ありがとうございます」

と答えた。するとその人はにっこり笑ってから

「それじゃあ、頑張って下さいね」

と励ましてくれた。


 その後、その人は右隣のチームガーニッシュの席へ移動した。




 そうして全7チームの準備が整った。

 机の後ろに解答順に3人が並ぶ。

 ホワイトボードが舞台の中央よりやや上手側に置かれており、解答席は、その横から下手に向けて横一列に並んでいる。

 上手からチーム三奇人、チームぎんなん、チーム文芸部、チームガーニッシュ、チーム科学部、チーム武道場、チーム英語部の順で配置されている。 



 他のチームの解答順を見るくらいは不正じゃないと思うので確認する。


 左隣のチームぎんなんは1番目が鶴岡先輩、2番目が坂田先輩、3番目のアンカーが遊佐先輩だ。

 他のチームを見てもほとんどはリーダーがアンカーを担当している。チーム三奇人の長髪の先輩、チーム科学部の長沼先輩、チーム武道場の作石先輩、チーム英語部の小牧先輩は3番目の解答者だ。

 唯一、チームガーニッシュの山部先輩だけは1番目の解答者となっていた。じゃんけん対決の時も一番手だった記憶がある。恐らくは自ら先頭に立って引っ張るタイプのチームリーダーなのだろう。




 そうして準備が整った。

 上手の長机には審査員長の吉田先輩とアシスタントのひかりちゃんがいて、舞台中央には司会の尾方先輩がいる。吉田先輩の前には呼び鈴とストップウォッチが置かれてあった。タイムキーパーは吉田先輩が担当するのだ。

 このリレークイズでは、舞台上のスタッフとしてその3人に加えてその長机と解答席の間に置かれたホワイトボードの前に黄色い法被を着たひとりの女子部員が加わった。先ほどチームオーダーの確認をしていた部員さんだ。上履きの色から2年生だと分かった。彼女は記録係として各チームの得点をホワイトボード に記録するのだろう。



 尾方先輩はおっとり刀で切り出す。

「それでは始めます。リレークイズの第一問です」


「問題」

とひかりちゃんが発すると、静寂が訪れて思わず息を飲む。

「光の三原色を答えなさい」

 問題文をもう一度読み上げると、呼び鈴が鳴った。


 緊張が高まったこともあり、突如として「光の三原色」と「色の三原色」が判別出来なくなる。どっちが「赤、青、黄」でどっちが「赤、青、緑」だったのか分からなくなった。


 そのタイミングで呼び鈴が鳴り、稜子ちゃんが机から離れたので私は入れ替わりに机へ向かい油性マーカーを手に取る。油性マーカーは細い方のペン先が出た状態で机の上に置かれておりそのキャップは太い方のキャップの先に刺してあった。キャップの開け閉めに費やす時間も惜しいだろうと考えての咄嗟の判断なのだろう。ありがたい。


 スケッチブックのページの一番上の解答欄には「青」と書いてあった。

 私も無理をせず「あか」と記入した。

 日本語の解答は全部ひらがなかカタカナにすると私は決めたのだ。


 呼び鈴が鳴ったのですぐさま机から離れた。

 内心は「須坂くん、後は頼んだよ」と願っていた。

 この先もこういう問題が出て来るだろうから、3番目の解答者はチームで一番の実力者が務める大役なのだろう。


 呼び鈴が鳴った。

 須坂くんもすぐにスケッチブックとペンから手を離した。



 赤いサインペンを手にした吉田先輩がチーム三奇人の解答席に移動して瞬く間に採点すると、尾方先輩に向かって左手の人差し指、中指、薬指の3本を伸ばして示す。

 それを受けて、尾方先輩は

「チーム三奇人、3ポイントです」

と場内のみんなに伝える。

 当然、歓声が沸いた。


 記録係の部員さんがホワイトボードに得点を書き入れる。

 私のいる所からはホワイトボードは見えないが、何せ20ポイントまで記録するのだから、恐らく「正」の字を書いてカウントしているのだろうと推察される。


 次に採点を受けたチームぎんなんも3ポイントであった。


 吉田先輩はうちのチームのところへ採点に来た。

 机の上に置かれたスケッチブックの向きを変えてから、赤いサインペンのキャップを取って、上から順番に解答をチェックする。

 採点が終わるとスケッチブックの向きを元に戻した。


 採点が終わるまでは机に近づかない方がいいかな?となんとなく考えていたので、私も稜子ちゃんも少し離れたところで待機していたのだが、吉田先輩がサインペンのキャップを付けてから、左手で3本の指を立てて尾方先輩に伝えている姿を見てホッとした。


「チーム文芸部、3ポイントです」

というアナウンスを聞いてから、机に近づいてスケッチブックを見ると、須坂くんは「みどり」と答えていた。

 そして、油性マーカーのキャップはきちんと付けてあるのも分かった。クイズ研究部の備品だからペン先を出来るだけ乾燥させないように、と気を遣っているのだろう。


「先輩チームに負けるなよ!」

「頑張ってね~」

「有言実行でかっこいいぞ!」

と私たちを応援する声も届いた。


 

 第一問は、他にチーム科学部とチーム武道場も3ポイントで、チームガーニッシュとチーム英語部は2ポイントだった。



 吉田先輩が自分の席に戻ると、尾方先輩は

「皆さん、スケッチブックの次のページを開いて下さい。準備は出来てますか?」

と言って、各チームを見渡して確認すると、こう告げる。

「それでは、第二問です」


「問題」

と言ってからひかりちゃんが空ける間の取り方が絶妙なので、次第にちょうど良い緊張と集中を得られるようになるのではなかろうか?

 第一問のようなパニックに陥らないように落ち着こう。


「クラシック音楽の弦楽四重奏で演奏される楽器を答えなさい」

 ひかりちゃんは問題文をもう一度読み上げる。


 すかさず呼び鈴が鳴り、稜子ちゃんが解答を記入する。


 クラシック音楽は中学校までの音楽の授業で習ったことくらいしか馴染みがないし、それ以上の知識はない。

 不安は大きいがそれでも必死に考える。

 弦楽器というのは弦が張ってある楽器だから、、、。


 そこまで考えたところで呼び鈴が鳴り、稜子ちゃんと入れ替わりに解答することになる。


 解答欄を見た瞬間に私の不安や困惑は全て吹き飛んだ。

 クラシック音楽に造詣の深い稜子ちゃんが1番目の解答者で良かった。須坂くんの名采配だ。


 一番上の解答欄には「ヴィオラ」と書かれていた。

 だったら当然この楽器も一緒に演奏されるだろう。


 私は「バイオリン」と答えた。


 呼び鈴が鳴ったので、私は須坂くんと交代した。



 結局、この問題も難しそうなところを須坂くんに丸投げしてしまった。後はお願いします、と私は心の中で須坂くんを応援する。


 程なくして、呼び鈴が鳴り須坂くんはスケッチブックとペンを置いた。



 吉田先輩が採点のために解答者の元へやって来る。

 


 先に採点を終えたチーム三奇人とチームぎんなんは3ポイントだった。


 吉田先輩は手早く丸をつけると、「3」のハンドサインで尾方先輩へ知らせた。


「チーム文芸部、3ポイントです」

と場内に伝えると、歓声が沸いた。


 採点が終わったので、机に近づいて解答欄を確認すると、須坂くんは「チェロ」と答えていた。


 

 第二問の結果は、他にチーム科学部とチーム武道場も3ポイントで、チームガーニッシュとチーム英語部が2ポイントだった。



 

「それでは、第三問です」

と尾方先輩が発すると、途端に場内のみんなの視線が舞台に集中するのを感じる。


「問題」

 そう言ってから、今までと同じ間を置いて

「『ゴールキーパー』というポジションがあるスポーツを答えなさい」

と問題文を読み上げ、もう一度繰り返す。


 ああ、スポーツの問題が出てしまった。

 私は思わず頭を抱える。


 呼び鈴が鳴るや否や稜子ちゃんは油性マーカーの細い方のキャップを取り、やや躊躇ってから答えを記入した。


 ない知恵を絞りながら私は考える。

 ゴールキーパーってゴールを守る選手のことだよね。

 確かサッカーにそういうポジションがあったような。

 サッカー部の川上くんや小海さんとサッカーの話をしておけば良かった。


 そんなことをぼんやり考えていると呼び鈴が鳴り、稜子ちゃんと交代して私が解答する。


 スケッチブックの解答欄を見ると、稜子ちゃんは「サッカー」と答えていた。

 終わった、と私は実感した。


 

 サッカーのゴールは、確か金属の骨組みに網みたいなものがついていたなあ、と思い返し、それに似たものを使うスポーツがないかをなんとか思い出そうと努力した。

 白紙解答よりは良いだろう、と考えて、私は「バスケットボール」と記入した。形は違うけど金属製のゴールに網がついていて、大町くんみたいな大きな人が守っているスポーツだからね、などと無理やりこじつけた理由を考えていたら呼び鈴が鳴ったので、須坂くんと交代した。


 須坂くんはしばらく思案してから、解答を記入して、油性マーカーを置いた。

 すぐさま呼び鈴が鳴る。



 吉田先輩による採点となる。


 チーム三奇人は安定して3ポイントを獲得した。


 意外だったのは、その次だ。

「チームぎんなん、2ポイントです」

 尾方先輩がそう告げた時に、場内がどよめいた。


「マジかよ?」

「そんなことあるの?」

といった驚きの声が聞こえて来た。


 私も同じ気持ちだった。

 あの人たちが間違えることがあるとは!


 ちらっと横目でチームぎんなんの方を見ると、今まで通り平然と構えている。

 その姿勢は私も見習うべきものだと感じた。


 

 吉田先輩はうちのチームの採点を始める。

 手の動きからして1番目に「○」、2番目に「X」をつけたと分かるが、その後に手が止まる。

 目の前にいる須坂くんの顔を一瞥した後で、今までと全然違う手の動きをした。


 そして、尾方先輩に向けて、Vサインのように左手の指を2本立てて伝える。


 それを受けた尾方先輩は

「チーム文芸部、2ポイントです」

と場内へ伝えた。


 これについてはあまり反応はなかったが。

「食らいついていけ!」

「文芸部、頑張れ!」

という声援が大会参加者席から聞こえて来た。


 須坂くんの解答が気になったので、机に近づいてスケッチブックを見せてもらう。


 一番下の解答欄には「すいきゅう」と記入されていた。

 そしてその解答に対し、吉田先輩は赤いサインペンで花丸をつけてくれていたのだ。


 水球部はうちの学校にない。

 恐らくサッカー以外にうちの学校の部活でゴールキーパーがいる競技もあるだろうに、あえて「水球」という解答を選択することで自分の存在をアピールしたのだろう。須坂くんらしい。


 それに加え、もうひとつ気づいたことがある。この採点の方法なら誰がどのように間違えたのかが表に出ない。だから恥ずかしい思いをしなくて済む。これはありがたい。




 やがて、第三問の採点が終わる。

 チーム三奇人とチーム武道場が3ポイント、それ以外のチームは2ポイント獲得であった。


 チーム間のポイントの差が徐々に広がって来た印象を受ける。



 尾方先輩は記録係の部員さんからメモを受け取ると

「それでは、現在までの途中経過を発表します。トップはチーム三奇人とチーム武道場で9ポイントです。それに続くのが、チームぎんなん、チーム文芸部、チーム科学部で8ポイントです。その次に続くのが、チームガーニッシュとチーム英語部で6ポイントです」

と各チームのポイント数を伝えた。


 それを受けて、舞台近くで観戦している大会参加者の男子生徒たちから

「小牧先輩、まだまだです!」

「英語部、頑張れ!俺らがついている」

と叱咤激励する声が出る。

 ラグビー部の皆さんはみんなで立ち上がって声を上げているから、敗者復活戦でチーム漆木(うるぎ)を僅差でかわして勝ち上がったチーム英語部の皆さんを全力で応援しているのが分かる。チーム英語部は自分たちの代わりに戦っている仲間だと考えてラグビー部全体でサポートしているのだ。

 その姿を見て私は心が温かくなるのを感じた。


 チーム英語部の3人は笑顔で手を振り、感謝の意を示した。



 一方、体育館後方の観客席から

「チームガーニッシュ、頑張って!」

という声援がいくつも上がり、一部の生徒たちから歌声が聞こえて来た。その歌声は自然に観客全体に広がった。恐らくこのチームの皆さんが好きなバンドの楽曲なのだろう。ワンフレーズを歌い終えると徐々に止んだ。

 その後で

「山部ちゃん、『その男の子』の方はこっちで探してるから任せてね」

という女子生徒の声が届き、どっと笑いが起きた。


 チームガーニッシュの3人も笑顔で大きく手を振って応えた。



 まだ場内がざわついている中

「それでは、第四問です」

と尾方先輩が元気に切り出すと場内の喧騒が止み、ひかりちゃんが

「問題」

と言うと、誰しも押し黙る。

「世界三大料理を答えなさい」

 ひかりちゃんがこの問題文をもう一度読み上げると呼び鈴が鳴る。


 稜子ちゃんは一瞬考えてから、解答を書き始める。


 世界で美味しいと有名な料理のことだろう。

 高級料理なんて食べたことはないけれど、恐らくフランス料理と中華料理は含まれていると思う。

 残りひとつは何だろう?イタリア料理だろうか?もしかしたら日本料理が入っていたりするかも知れない。


 そこまで考えたタイミングで呼び鈴が鳴り、私の番が回って来た。


 稜子ちゃんは「フランス料理」と答えていた。

 私は迷わず「ちゅうかりょうり」と解答した。

 これくらいは漢字で書いても良かったかな?などと考えていると呼び鈴が鳴ったので須坂くんと交代した。


 須坂くんはすぐに油性マーカーを手に取って答えを記入した。

 きっと答えを知っているのだろう。


 油性マーカーのキャップを閉めて、机の上に置き、うーんと大きく両腕で伸びをする。それくらいの余裕があった。


 呼び鈴が鳴り、第四問の解答時間が終わった。



 すぐさま採点が始まる。


 チーム三奇人もチームぎんなんも3ポイントだったが、その後に採点を受けた私たちも3ポイントを獲得した。


 採点が終わったので机に置かれたスケッチブックを見てみると、須坂くんは「トルコりょうり」と答えていた。私はトルコ料理に全く馴染みがないのでとても驚いた。

 稜子ちゃんも

「トルコ料理なんですね」

と小声で呟く。



 結局、第四問ではチーム科学部とチーム武道場も3ポイントを獲得し、チームガーニッシュとチーム英語部は2ポイントだった。 




「現在のところトップはチーム三奇人とチーム武道場で12ポイントです。それに続くのが、チームぎんなん、チーム文芸部、チーム科学部で11ポイントです。その次に続くのが、チームガーニッシュとチーム英語部で8ポイントです。まだまだ勝負はこれからです。張り切っていきましょう。それでは、第五問です」

と尾方先輩が元気に告げると、ひかりちゃんが

「問題」

と、問い読みを始める。

「茶道の流派のうち、三つの千家を答えなさい」

 この問題文をもう一度繰り返す。


 呼び鈴が鳴り、稜子ちゃんが油性マーカーを手に取るとすぐさま答えを書き始める。


 茶道の流派について私は詳しくない。文化祭のお茶会での作法も自信がないくらいなのだ。

 3つの千家というくらいだから、表千家や裏千家はそれに当てはまるのだろうが、もうひとつは何だろう?


 呼び鈴が鳴り、私は机に向かう。


 稜子ちゃんは「武者小路千家」と答えていた。

 それで、私の考えの方向性は間違っていないと考えて、「おもてせんけ」と答えた。


 呼び鈴が鳴り、須坂くんと交代する。

 いささか表情が険しい。


 スケッチブックと対面した須坂くんは小さくガッツポーズをしてから油性マーカーを持ち、解答を記入した。


 呼び鈴が鳴り、解答時間が終わる。

 すぐさま吉田先輩が赤いサインペンを持ってチーム三奇人の解答席に向かう。


 アンカーを務める長髪のリーダーさんが何やら吉田先輩に話しかけている。

 それに対して吉田先輩は何も答えず、ニコッと笑ってから尾方先輩に向けて左手でVサインをした。

 

 尾方先輩は

「チーム三奇人、2ポイントです」

と結果を場内に伝える。


 場内がざわついた。



 そこで私は気がついた。

 吉田先輩は作問者としてこのQUIZ ULTRA DAWNに参加し、出場者と対戦しているのだ。

 問題を作成したのは吉田先輩だけではあるまい。大会スタッフとして支えているクイズ研究部の皆さんも同様に参加者との対決を楽しんでいるのだろう。


 舞台上を見渡すと、ひかりちゃんや尾方先輩、記録係の部員さんも嬉しそうだ。


 先ほどの長髪のリーダーさんとのやりとりは、例えば

「この問題を作ったのは吉田くんだろう?」

というような問いかけに対して、してやったりの笑顔で答え、仲間に対して「やったぜ!」とVサインで知らせた、そんなようなものだったのだろう。


 そんなことを考えていると

「チームぎんなん、3ポイントです」

と尾方先輩のアナウンスが入る。


 場内から歓声が起こる。


 チームぎんなんの皆さんは流石だなあ、と改めて私は感心する。



 うちのチームの採点に取り掛かった吉田先輩は手早く3つ丸をつけるとまず私の方を見て、次に稜子ちゃんの方を見て会釈をした。

 そして「3」を示すハンドサインで尾方先輩に結果を伝える。


 尾方先輩が

「チーム文芸部、3ポイントです」

と伝えると、大会参加者席から

「すごい!」

「やるな~!」

という驚嘆の声と大きな拍手が起こった。


 少し遅れて観客席からも拍手が聞こえた。


 吉田先輩のあの行動は、1番目に「武者小路千家」と答えたのが誰なのかを知るためにワッペンを確認し、その相手に敬意を表したのだろう。

 須坂くんがもらった花丸と同じだ。

 


 結局、第五問で3ポイントを獲得したのは、チームぎんなん、チーム武道場、そして、私たちチーム文芸部だけで、他のチームは2ポイントであった。




 尾方先輩が記録係の部員さんからメモを受け取り

「現在、トップはチーム武道場で15ポイントです。それに続くのが、チーム三奇人、チームぎんなん、チーム文芸部で14ポイント、その次がチーム科学部で13ポイントです。チームガーニッシュとチーム英語部で10ポイントです。まだまだチャンスはありますよ。頑張っていきましょう。それでは、第六問です」

と告げる。


 早速、ひかりちゃんは

「問題」

と、問い読みを始める。

「鎌倉幕府、室町幕府、江戸幕府の第三代将軍を答えなさい」

 この問題文をもう一度読み上げるとすぐに呼び鈴が鳴る。


 稜子ちゃんは少しだけ思案してから答えを書き始める。


 この問題なら私にも分かる。 

 

 ルール説明の時に「解答の順番は問わない」と言っていたのはこういう問題についての注意点だったのだろう。

 

 呼び鈴が鳴ったので、私は稜子ちゃんと交代してスケッチブックに向き合う。

 稜子ちゃんはやはり「源実朝」と答えていた。

 「金槐和歌集」を遺した歌人だもんね。


 私は頭の中に「金色に輝く建築物」のイメージが浮かんだので「あしかがよしみつ」と答え、呼び鈴が鳴ったので須坂くんと交代した。

 

 須坂くんは難なく答えを書き込み、解答時間が終わる。


 採点の結果、無事に3ポイントを獲得した。


 この問題はチーム英語部が2ポイントだった以外、他のチームは全て3ポイントを獲得した。




 尾方先輩は途中経過を伝える。

「現在、トップは18ポイントのチーム武道場です。17ポイントのチーム三奇人、チームぎんなん、チーム文芸部の3チームと16ポイントのチーム科学部が追っています。ただ13ポイントのチームガーニッシュと12ポイントのチーム英語部もまだまだ追いかけられますよ」


 目標は20ポイントだから私たちももう少しで到達できる。

 実感はないが、数字がそれを物語っている。


 

 そんな感慨も束の間

「それでは、第七問です」

と尾方先輩が告げて先を進める。ひかりちゃんは

「問題」

と言ってひと呼吸置いてから問題文を読み上げる。

「『アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノ』という料理名に示されている食材や調味料を日本語で答えなさい」

 復唱されるとすぐに呼び鈴が鳴る。


 稜子ちゃんは油性マーカーを手にしてしばしの間考えてから答えを書く。


 呼び鈴が鳴り、私の番になった。


 稜子ちゃんは「オリーブオイル」と答えている。

 さて、どうしたものか。

 恐らく「オーリオ」がオリーブオイルなのだろう。イタリア語なのだろうか?

 すると、「アーリオ」「エ」「ペペロンチーノ」のどれかを日本語に訳せば言いのだが、生憎、私はイタリア語はさっぱり分からない。

 ペペロンチーノは味の辛いスパゲッティだった記憶があるが、、、時間がない。

 とりあえず「パスタ」と答えたところで、ちょうど呼び鈴が鳴る。


 須坂くんは油性マーカーを握るとすぐに解答を記入した。


 自分の解答が終わった後で、「パスタ」はイタリア語でも「パスタ」なのではなかろうか?と思い至り、恥ずかしくなった。


 呼び鈴が鳴り、解答時間が終わる。



 吉田先輩による採点が始まる。


 

「チーム三奇人、3ポイントです。合計20ポイントで第2ラウンド進出です」

と尾方先輩からアナウンスが入ると、場内から大きな拍手が送られた。


 その次に

「チームぎんなん、3ポイントです。合計20ポイントで第2ラウンド進出です」

と伝えられると同じく大きな拍手が送られた。


 吉田先輩はチーム文芸部の採点に取りかかる。

 1番目の解答に丸をつけた後で、一瞬手が止まる。だが、私の方を見ることはなく、2番目の解答に「X」をつけ、3番目の解答に丸をつける。


 そして、吉田先輩は尾方先輩に向けてVサインを示す。


 それを受けて、尾方先輩は

「チーム文芸部、2ポイントです」

というアナウンスをした。



 採点が終わったのでスケッチブックを見てみると、須坂くんの解答は「とうがらし」だった。

 稜子ちゃんが小声で

「アーリオってなんだったんですか?」

と尋ねると、須坂くんは

「ニンニクだよ」

と即答した。



 その後も吉田先輩は採点を続け、その都度

「チームガーニッシュ、2ポイントです」

「チーム科学部、2ポイントです」

「チーム武道場、3ポイントです。合計21ポイントで第2ラウンド進出です」

「チーム英語部、3ポイントです」

と結果がアナウンスされた。


 チーム武道場は誤答なしのトップ通過だった。

 この実力があるからたくさんの人から期待されるのだ。



 尾方先輩が

「第2ラウンド進出が決まった3チームの皆さん、おめでとうございます。椅子に腰掛けてしばらく休憩していて下さい」

と労うと、チーム三奇人、チームぎんなん、チーム武道場の皆さんは椅子を元の位置に戻して腰を下ろした。




 尾方先輩は記録係の部員さんからメモを受け取り、一言二言話してから進行を続ける。

「さて、3チームが勝ち抜けましたので、残る枠は2つです。チーム文芸部が19ポイント、チーム科学部が18ポイント、チームガーニッシュとチーム英語部が15ポイントです。それでは、第八問です」


 それを受けて、ひかりちゃんが

「問題」

と言って、いつもの間で問題を読み上げる。

「夏目漱石の後期三部作を答えなさい」

 もう一度繰り返すと、呼び鈴が鳴る。


 稜子ちゃんが机の上のスケッチブックと向き合う。

 油性マーカーのキャップを取り、しばし考えた後で答えを書き込む。


 呼び鈴が鳴り、私の番になる。

 解答欄には「行人」と書かれてある。


 この時点で1ポイント加わるから20ポイントに到達するのだが、勝負が決まるまでは何が起こるか分からないので、気を抜かずに私は心を込めて「ひがんすぎまで」と記入する。


 呼び鈴が鳴り、須坂くんと交代する。


 須坂くんは間違いなく夏目漱石先生の代表作とも言える「あの名作」のタイトルを書いてくれるはずだ。

 ひらがなを三文字書くだけでいい。


 須坂くんはすぐに答えを書き終えて油性マーカーにキャップをすると、もう一度自分の解答に間違いがないかを確認するかのようにずっとスケッチブックを見つめていた。


 呼び鈴が鳴る。


 最初に吉田先輩の採点を受けるのはチーム文芸部だ。

 軽やかな手つきで丸を3回書いてから、吉田先輩は尾方先輩に向かって3本の指を立てて示す。


 それを受けて、尾方先輩が

「チーム文芸部、3ポイントです。合計22ポイントで第2ラウンド進出が決まりました」

と場内にアナウンスすると、大きな拍手が沸き起こった。


「やったな~!」

「次も頑張れよ!」

 前方に陣取る大会参加者から声援が飛んだ。


 まだ採点が行われているので、私たちははしゃいだりせずに各々が水分補給をした。


 少し間を空けて

「チーム科学部、3ポイントです。合計21ポイントで第2ラウンド進出が決定しました」

と尾方先輩のアナウンスが入る。 


 大きな拍手が沸き起こった。




 採点結果が出揃うと、尾方先輩は

「これにて第1ラウンドは終了します。残念ながら、チームガーニッシュとチーム英語部の皆さんにはここで舞台から降りていただきます」

と敗退したチームを紹介し

「皆さん、どうか温かい拍手でお送り下さい」

と場内のみんなへ言葉を投げかけた。


 それを受けて、場内から拍手が沸き起こり、2チームの皆さんは舞台中央の階段へ向かう。応援してくれた観客へ向けて手を振りながら階段を降り、舞台に近い「大会参加者席」で歓迎された。




 私たちも座った方が良いのかな?

 そう考えて椅子を運ぼうとすると、尾方先輩から

「次のクイズの準備がありますので、勝ち残った5チームの皆さんにも一旦退席してもらいます。10分間の休憩にします。上手袖でうちの部員が飲み物とお菓子を用意してますのでどうぞ。外に出ていただくことも可能です。どうぞ」

と案内が入った。


 上田くんに貰ったペットボトルのお茶が残り少ないので嬉しかった。


 

 他のチームの皆さんと上手袖に移動する途中でひかりちゃんと目が合った。ひかりちゃんはいつもの優しい笑顔で小さく手を振ってくれた。照明が点いていて明るい舞台袖に行くと、舞台から出てすぐのところにある長机の上に包装された小さなチョコレートやクッキーといった甘いお菓子と何種類かのペットボトルの飲み物が置かれていた。


 黄色い法被を着た男子部員がいて

「お疲れ様です。ペットボトルは人数分ありますから、ひとり1本ですがどうぞ。お菓子は十分あると思いますのでしっかり糖分補給し下さいね」

と勧めてくれた。


 チーム三奇人、チーム武道場、チーム科学部の強豪3チームは迷わずペットボトルを受け取り、お菓子を黙々と口に運んでいた。

 過去に出場経験のあるチームだから、心得ているのだろう。 


 私が躊躇していると、遊佐先輩が

「クイズは勉強と一緒で長時間やっていると脳が疲れるから、ちゃんと栄養補給しないとね」

と声をかけてくれた。


 確かに私はもうくたくただ。体育祭の後と違って、体の疲れというよりは実力試験、特に英語の試験の後に頭が真っ白な状態に近いかも知れない。


 そうこうしている間に、チームぎんなんの皆さんも水分補給しつつ甘いお菓子を食べてリフレッシュに努めている。


 係の部員さんは

「遠慮しなくて良いですよ。お菓子は部費で買った安物ですが、そこそこ美味しいと思います。飲み物もさっき買ったものだから冷たいです。どうぞ」

と勧めてくれた。


 私は緑茶のペットボトルを選び、クッキーをいくつかつまんだ。

 甘い物は苦手だが、背に腹は代えられない。


 先に飲みかけだったペットボトルのお茶を飲み終え、長椅子の横にあった「ペットボトル」と書かれたゴミ袋へ入れる。


 稜子ちゃんはスポーツドリンクのペットボトルを手に取り

「少しだけもらいますね」

とクッキーを食べる。


 須坂くんの姿は見当たらない。


 すると今度は黄色い法被を着た男女1組の部員がやって来て

「リレークイズで使ったワッペンを回収します」

と男子部員は男子参加者の、女子部員は女子参加者のワッペンを集めて行った。


 周りの人がネームプレートの前後を戻しているのを見て、私も向きを直した。



 一息ついて舞台袖の様子を観察すると、床の上に先ほど使用した抽選箱をはじめとしてたくさんの備品が入っていると思しき小さめの段ボール箱が並んでいた。箱の側面に「筆記用具・スケッチブック」「ネームプレート予備」などと書かれてある。

 ただその中に「取扱注意」と赤い文字で書かれた白い箱があり、それだけはパイプ椅子の上に置かれていた。興味を引いた。恐らくこの先のクイズで使う道具が入っているのだろう。

 


 他には気になる物はなかったので、もう少しだけお菓子を食べようか、とお菓子の置いてある長机に向かうと、チョコレートがあらかた無くなり、代わりにお煎餅が並べられていた。私がそれに手を伸ばすと、他の人の手に当たってしまった。


「すみません」

と反射的に謝ると、相手も

「こちらこそごめん」

と返す。


 相手を確認すると、赤いパジャマを着た長髪の男子生徒だった。

 チーム三奇人のリーダーさんだ。

 人懐っこそうな顔つきの人で背は川上くんや上田くんより少し低い。長袖長ズボンのダボダボのパジャマを着ているから体型についてそれ以上の情報は得られない。


 ネームプレートを見ると


 ーーーーーーーーーー

 1:チーム三奇人

 3-E:最上周平 ☆  

 ーーーーーーーーーー


とある。


 その最上先輩は

「文芸部の子だよね。ってことは弥一の後輩かあ」

と話を切り出した。


 そうか、3年E組なら松本弥一先輩と同じクラスだ。


「はい。優しい先輩で、色々と教えてもらっています」

と私が答えると、最上先輩はにこやかな表情で

「だろうね。弥一は真面目で誰に対しても優しいもんな。その上、うちのクラスでは誰よりも努力していると思うよ。俺とは全く違うね」

と答える。


 いつも優しく自分に厳しい松本先輩がそうやって周りから高く評価されているのを知り、私は自分が褒められたように嬉しくなった。


 最上先輩は続ける。

「まあ、これも何かの縁ってことで。この先も一緒にクイズを楽しもう。1年生だけのチームでも2年生、3年生のいるチームと十分戦えることは俺らだけでなく、過去にたくさんの先輩たちが証明しているんだ。大丈夫だよ」


 確かにそうだ。始めから諦めていては何ひとつ成し遂げることは出来ない。

 私は勇気をもらった。


「はい。ありがとうございます。頑張ります」

と私がお礼を言うと

「お互い頑張ろう。 あと、リーダーの子に『決勝で待ってるよ』って伝えといてね。それじゃあ」

と須坂くんへのメッセージを残して、最上先輩はチームメイトの元へ戻って行った。



 いつの間にか須坂くんが現れ、残っていた紅茶のペットボトルを掴み、クッキーを立て続けに3つほど食べた。

「うわー、生き返るなあ」

と喜んでいる。その後もお煎餅を2枚ほど食べた。


 その間に最上先輩からの伝言を伝えると、口をもぐもぐさせながらサムズアップしていた。

 恐らく更なる闘志が湧いて来たことだろう。

 




 そうして須坂くんが英気を養っていると

「それでは準備が整いました。第2ラウンドを始めます」

という尾方先輩のアナウンスがあり、私たちは三々五々、舞台へと戻った。




(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ