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羊飼いも山羊もいない  作者: 遊舵 郁
九月、祭りのころ
53/63

【49】見よ、勝者は残る(4)

 文化祭初日に開催されるクイズ大会のQUIZ ULTRA DAWNにチーム文芸部の一員として私、井沢景は参加している。


 ○Xクイズ形式で行われる予選ラウンドの第一問は難問だったが、頼もしいチームぎんなんの協力を得て何とか正解することが出来た。

 その後、チームぎんなんからの提案があり、引き続きチーム文芸部はチームぎんなんと協力して予選ラウンドのクイズに挑むことになった。


 第一問が終わった時点で30チームのうち12チームが敗退し、体育館の下手(しもて)側に設けられた敗者席に移動していた。


 現在は18チームがフロアに残っている。

 体育館の舞台に近い前半分にビニールシートを敷いてクイズに使用されている。上手(かみて)側にはビニールテープで大きく「X」と描かれておりXの区域となっている。一方 下手側には同様に「○」と印されている。こうして設えられたXの区域と○の区域を使って○Xクイズを行っている。

 立ち入り禁止の中央部には部長連の有志の生徒たちが警備にあたり、クイズ参加者と後方にいる観客とを分けてくれている。




 チーム文芸部とチームぎんなんは、○の区域とXの区域の間にある境界線上のやや後方に位置取っている。

 全体を見渡すにはこの場所が良いだろう、とチームぎんなんのリーダーの遊佐先輩の判断である。


 第一問では私たち6人は体育館の端っこで小さくなっていたのだから大違いである。自分たちは十分戦える、という自信を得たのだ。


 そんな折、場内に

「それでは第二問です」

という声が響く。

 声の主はクイズ研究部の副部長である尾方先輩で、制服の上に黄色い法被を着ており、舞台上でマイクを手に司会をしている。


 この合図をきっかけにざわついていた体育館内がやや静かになる。


「次の問題からは制限時間が2分になります。第一問と同様に残り時間をお知らせしますので、時間内に解答して下さい」

と尾方先輩はルールの再確認をした。


 第二問以降は相談に使える時間が短くなる。

 せっかくチームぎんなんとの協力体制が整ったのに、と私は少し口惜しかった。



「問題」

とひかりちゃんの声がすると、場内は水を打ったように静かになる。

 

 舞台上の上手側に設置されたアシスタント用の席に座っている安住ひかりさんはクイズ研究部の一員として、司会進行のサポートをするだけでなく問題を読み上げる役割も担っている。


 予選ラウンドを始める前に部長の吉田先輩が「問い読みが始まったら、その問題の決着がつくまでは静かにしていて下さい」と体育館の後ろ半分に集まった観客の皆様へお願いしていた。そのマナーをみんながちゃんと守ってくれることを私は嬉しく思う。


「フィールズ賞は毎年、その年に最も優れた功績をあげた数学者に贈られる。○かXか?」


 第二問は数学に関する問題だ。

 フィールズ賞という名前だけは聞いたことがある。恐らく文芸部の岡谷先輩が部室で話しているのを耳にしたのだろう。だが、それが一体どういう賞なのかを私は知らない。



「フィールズ賞は4年に1度選ばれる賞だから答えはX。それで良いよね、薫」

と遊佐先輩がこともなげに答え、同意を求められた鶴岡先輩も

「それで合ってます」

と即答する。

 それを受けて、遊佐先輩は

「それじゃあ、Xの方に行こう。文芸部のみんなも良いよね」

と私たちチーム文芸部にも意思の確認をする。


 私たちは無言で頷き、6人揃って少しだけ移動し、上手側にあるXの区域に落ち着いた。


 そのタイミングで

「残り時間、1分30秒」

と尾方先輩が時を告げる。


 フロアのあちこちで慌てふためく声がする。

「時間がないよ」

「早く決めないと」

「分かんない」

「どうしよう」


 まだフロアの前方に留まり、読み上げた後で掲示される問題文をずっと読んでいるグループもいる。


「あ!」

と須坂くんが声をあげたので

「どうしたの?」

と尋ねると、須坂くんは

「昨年のチャンピオンは流石だね」

と答える。その視線の先には赤・青・黄色のパジャマを着たチーム三奇人がいる。彼らもXの区域にいる。

 

 その時、尾方先輩が

「残り時間、1分」

と時を告げ、それを待っていたかのようにチーム武道場とチーム科学部がゆっくりとXの区域にやって来た。


 この両チームの動きを見て、幾つかのグループが○からXへ移動する。


 ○の区域に留まっている幾つかのチームが慌ただしげにまだ相談をしているのが見て取れた。



「残り30秒」

と声がかかると、2チームがXの方に早足で移動して来た。

 私たちから近い場所に陣取っている。


 よく見るとその一団の半分はエントリーナンバー29番のチーム現地集合で、もう半分は男子1名と女子2名という構成のチームである。その男女混合チームは揃いの黒いTシャツを着ており、上履きの色から全員が3年生だと分かる。

 この2チームは第一問から引き続き仲良く行動している。その姿を再び見て私は心が温かくなるのを感じた。


 私がひとりでほっこりしているところへ

「よし!俺たちもXだ!」

と号令をかけた南木くんが率いるラグビー部の1年生チームとそれに同行している2チームからなる9人がまたもや慌ただしく、Xの区域へ駆け込んで来る。


「残り時間、10、9」

と尾方先輩のカウントダウンが始まるが、6人からなる集団が○の区域とXの区域の境界線上でまだ迷っている。


「5、4」

と淡々と告げられる残り時間は少なくなっていき、ついにひとりの生徒の

「僕らは○だ!」

という声に従い、全員が○の区域に無事に収まるとホイッスルの音が成り、クイズ研究部の部員が○とXの境界線上にロープを張る。


 遊佐先輩と鶴岡先輩はものの数秒で答えを決めてしまった。それとは対照的に周りには慌ただしく行動したチームが多かった。私たちチーム文芸部の3人はそのどちらでもなく、考えなしに黙ってついて来ただけである。これを「協力関係にある」などと呼んで良いのだろうか?居心地の悪さを感じずにはいられない。

 

 そんなことを考えていると、それを見透かされたのか、遊佐先輩が

「遠慮しないで、もし答えが分かった時には教えてね」

と私に声をかけてくれた。それに乗っかる形で坂田先輩は

「文学や地歴、それから、文化や芸術、その辺りについての問題が出た時には私と君たちの出番だよ」

と私たちチーム文芸部を励ましてくれた。

 それを受けて、稜子ちゃんは

「そうですね。そういった問題であれば私も少しはお役に立てると思います」

と答える。坂田先輩はにっこり笑って

「うん、うん。適材適所だよ」

と返した。


 チーム戦なのだから、正解が分かる人が答えれば良い。

 

 そう考えると、罪悪感が和らいだ。

 須坂くんと稜子ちゃんも私と同じ心持ちだったのだろう。安堵の表情を浮かべている。




 程なくして法被を着たクイズ研究部の部員が点呼を取りに来て

「チームぎんなんとチーム文芸部ですね。揃っていますからOKです」

と手早く状況確認をした。


 他のチームも同様に簡単なチェックを受けていた。

 

「それでは、第二問の答えを発表します」

との言葉を尾方先輩が発したので、私は注目した。


「答えは、Xです」

と正解を伝えると、そこまで来てようやく、場内が沸いた。


 そこへ、ひかりちゃんが

「フィールズ賞が授与されるのは4年に1回です」

と短い解説を加えた。



 「○」と答えたチームはそのまま体育館の下手側の端に設けられた「敗者席」へ移動して行った。


 そして空になった○の区域も開放されたので、勝ち残ったチームがまた拡がって行く。

 やはり問題文をじっくり読んで確認したい人が多いのか、前の方に多くのチームが位置取っている。

 その中にはチーム水泳部の坂木先輩の姿も認められた。協力関係にあるチーム野球部一緒だ。


 私たち6人は自然と第二問の時と同じ、○とXの境界線上の後ろの方に陣取った。


 上手側のXの区域の真ん中にチーム武道場とチーム科学部の6人が立ち、一方、下手側の○の区域の真ん中にはチーム三奇人がいる。

 昨年の大会で優勝したチーム三奇人のことを準優勝だったチーム武道場と3位だったチーム科学部は意識しているのだろう。

 チーム武道場とチーム科学部は一時的とは言え手を組んでまで優勝を目指しているのだから当然である。


 私はクイズやクイズ大会のことは全くの門外漢だが、この大会をそれぞれのチームがどう戦ったか?について後日じっくり訊いてみたい、という気持ちになった。

 それならば、もちろんチームぎんなんの皆さんにも色々訊くつもりだ。


 どうせならそれをまとめてルポルタージュにしてみよう。

 うん、それがいい。

 幸い部長の中野先輩は論説が得意分野だ。ノンフィクションの原稿についてアドバイスも貰うことも出来るだろう。

 文芸部の次の文集に寄稿する作品としてかなりいいアイデアだと思う。私は心に留め置いた。

 



 そんなことを考えていると、舞台上の尾方先輩が

「現在、残っているのは12チームです。それでは、第三問!」

とおっとり刀で切り出した。


 早速、次の問題に入るのね。


「問題」

とひかりちゃんが発すると、場内が瞬く間に静まる。


「エジプトのスエズ運河とアメリカの大陸横断鉄道は同じ年に開通している。○かXか?」


 え?そんな年号なんて知らない。

 またしても私は手も足も出ない。


 だがその刹那、音域の高いよく通る声の持ち主が

「○だよ」

とこともなげに答えた。坂田先輩である。続けて

「そうだよね、秋生ちゃん」

と遊佐先輩に確認を取る。

 

 遊佐先輩は

「それで合ってる。だから○に行こう」

と動き出したので、私たちは一緒に移動する。


 ○の区域には元よりチーム三奇人がいたのだが、彼ら3人は先ほどと同じ位置に留まったままである。

 私たちの方へ視線を向け、赤いパジャマを着た長髪の男子生徒が軽く手を振った。

 それに応えて遊佐先輩が同様に軽く手を振った。


 きっとこのふたりは知り合いなのだろう。同じ3年生なのだから当然か。



「残り時間、1分」

とアナウンスされると、チーム武道場とチーム三奇人がゆっくりと○の区域に移動して来る。


 強豪チームの皆さんはどんな問題でも解いちゃうんだな、と今更ながら思い知らされた。


 一方、Xの区域には3つの集団がいる。

 チーム水泳部とチーム野球部の6人、南木くんが率いる9人、チーム現地集合を含めた6人、である。


 3つのグループはどこも、まだ話し合いをしているようだ。


 恐らく最後の最後に南木くんたちがXの区域に移動して来るのだろう。


「残り時間、30秒」

と尾方先輩は告げる。

 残り10秒からカウントダウンが始まるのだろう。


「10、9」

とカウントダウンが始まると

「やっぱ、あっちに行こう」

と女子生徒の声がする。


 声のする方を見ると、黒いTシャツを着た3人組にやや遅れて制服姿の男子生徒3人が○側に移動している。


 先導するTシャツのチームに追いつこうと駆け出す制服姿の3人のうちひとりがもう少しで境界線を越える、というところで足を滑らして転倒する。

 片方の靴が脱げてしまい、立ちあがろうとするも床が滑るのか、はたまた足を痛めたのか、もたついている。

 ホイッスルが鳴って前方からロープを張るクイズ研究部の部員が迫って来る。

 X側へ取り残された仲間を気遣うチームメイトたちが

「早く、早く」

と叫ぶ。

 制限時間が終わると同時にロープが張られてしまった場合、メンバーが3人揃っていないチームは失格になるからだ。


 突然、何か白い物が視界に入って来た。

 それは転倒した生徒に突進すると、もろとも境界線を超えて○側へ転がって来た。


 その直後にロープが張られた。


 悲鳴と驚嘆が混ざったような声が場内のそこかしこから発せられた。

 ふたりの生徒が床に倒れているから当然だ。

 私はその場所から目が離せなかった。

 じっと見入ってはいても、一体何が起こったのか、理解が追いつかなかった。


 私が「何か白い物」と捉えていた人物がすくっと立ち上がって

「すみません、先輩。手荒な真似で。見てられなかったんスよ」

と侘びる。それは白いラグビーウェアを着て白いヘッドギアをつけた南木くんだった。


 そう謝罪された相手の方はというと、未だに我が身に起こったことを理解していないようだ。


 南木くんはひとりだけ取り残されたこの生徒を助けるために、ラグビーのタックルのように抱き抱えて我が身もろとも○側へ強引に飛び込んだのである。


 すぐさま駆け寄ったチームメイトが状況を説明をしたのだろう。ようやく理解出来たこの生徒は何度もお辞儀をしながら

「ありがとう」

と礼を伝えた。

 

 そう告げられても、南木くんは頭を下げて

「先輩がメガネをかけていたら、俺、行かなかったと思うんです。危ないから。でもメガネをかけてなかったから練習中のノリでつい体が動いちゃって。ホントすみません」

とさらに詫びる。


 相手の生徒は手足を動かしてから

「いや、謝らなくて良い、です。怪我もしてない、です。とにかくありがとうございます」

と言いつつ立ち上がると深く頭を下げた。そして

「でも、僕のせいで、、、ごめんなさい。せっかくの大会なのに」

と今度は逆に謝罪を始めるが、南木くんは

「いや、それは良いッス。そういうのは気にしないで下さい」

と言って制した。


 

「チーム南木は失格になります」

と尾方先輩からアナウンスが入ると、南木くんは大きく息を吐いた。そして、X側に残ったチーム南木の残りのメンバーふたりへ向けて手を合わせて大きな声で

「悪りい」

と謝る。それに対して、チームメイトのふたりは

「気にすんな!」

「お前らしいぜ!」

と明るく応える。


 静かに敗者席へ向かうチーム南木の3人へ向けて自然発生的に拍手が起こった。

 まだ正解が発表される前だけど、これは賛辞を贈るべき勇気ある行動だと誰もが納得したので、この拍手には場内にいる者全てが賛同しただろう。

 実際に舞台上にいる吉田先輩、緒方先輩、ひかりちゃんはもちろん、クイズ研究部の部員や有志で大会を手伝っている生徒さんたちは皆、拍手を送っていた。

 

 敗者席へやって来た3人をラグビー部の先輩たちがかなり手荒に歓迎をして、最後に漆木(うるぎ)先輩が南木くんの頭をポンポンと軽く叩いた。

 よくやった、と伝えているのだろう。

 体育会系のああいうノリも悪くはないね。柄にもなくそう感じる。



「第三問の答えは○です」

と尾方先輩があっさり伝えると、続けてひかりちゃんが

「スエズ運河の開通とアメリカの大陸横断鉄道はどちらも1869年に開通しています」

と端的に解説した。


 Xの方にいた皆さんは誘導されて、敗者席へ移動した。

 移動する途中で坂木先輩は

「景、頑張れよ!」

と声をかけてくれた。

 私は手を振って応えた。


 そうして○の区域とXの区域が共に開放されたので、残ったチームは散開する。

 私たち2チームは中央の後方、チーム三奇人は○の区画の真ん中、チーム武道場とチーム科学部はXの区域の中央よりやや後方、チーム現地集合と黒いTシャツのチームはXの区域の前方に陣取った。


 残っているのは7チームだけだ。

 こんなところまで無事に残ったが、私はまだ何も貢献していない。

 悔しくて唇を噛む。


 舞台上の審査員長席にいる吉田先輩としばらく何やら話していた尾方先輩は舞台前方にやってくると

「現在残っているのは7チームです。予選を通過出来るのは5チームです」

と状況を整理して伝えてから、ひと呼吸置いて

「それでは、第四問です」

と進行を進める。


 次こそは、と私は意気込む。


「問題」

とひかりちゃんが発すると場内に静寂が訪れる。


「日本国憲法の前文において『自由』という単語は1回だけ使われる。○かXか?」


 私は驚いて、気付いたら反射的に小さく手を挙げていた。

 だがその時、すでに

「その問題なら、、」

と遊佐先輩が話を始めていた。

 自分の間の悪さに呆れた。


 仕方なく手を下ろそうとすると、私の行動に気付いた遊佐先輩が話を止めて

「井沢さんからどうぞ」

と発言するよう私に促す。


 ほぼ確実に答えを知っているであろう遊佐先輩の発言を止めてしまったことを申し訳なく思った。時間は限られているのに。

 それでもその遊佐先輩から自分の考えを披露するよう求められたのだ。その優しい気配りに応えなくてはならない。

 当たって砕けろだ。私は覚悟を決める。


「はい。答えは○です」

 まずは結論から伝える。続けて

「私の通っていた中学校の卒業式では憲法の前文を卒業生が分担して唱えるのが伝統で、私も卒業式で暗唱しました。自分の担当する部分に、3年1組だったから最初の一文だったのですが、その部分に『自由』という言葉が1回出て来ただけで、それ以降には出て来ませんでした。ちゃんと社会の教科書だったか資料集だったかで確認しました。国民の基本的人権を大切にしている憲法のはずなのに『自由』という言葉が使われるのが1回だけなのは意外でした。だから覚えているんです」

と理由を述べる。


 みんなが驚いていたが、最も驚嘆していたのは遊佐先輩だった。


 その表情に気付いた鶴岡先輩が

「秋生さん、どうしたの?」

と尋ねると、遊佐先輩は嬉しそうな表情で

「ごめん。井沢さんがね、私が言おうとしていたことを全部話してくれたから驚いちゃって」

と答える。


 こほん、と咳払いをしてから遊佐先輩は話を続ける。

「私は卒業式じゃないんだけど、中学時代に初めて憲法の前文を読んだ時に、『自由』という大切な概念を示す用語が1回しか使われていなくて驚いたことがあったから覚えてる。国民の自由については後に続く条文の方でしっかり規定されているから前文ではあっさり触れられているだけなのだろうな?と後で気付いたんだけどね」


 そこで一旦間を置いてから、遊佐先輩は下手側を指し示し

「だから、○を選ぼう」

と伝える。


 全員が同意したので、少しだけ移動して○の区域に入る。


 そのタイミングで

「残り時間、1分」

というアナウンスが入る。


 ○の区域には真ん中にチーム三奇人がいる。

 彼らも○を選んだようだ。


 一方、チーム武道場とチーム科学部の方もXの区域から動かない。

 彼らはXを選んだようだ。


 チーム現地集合とTシャツ姿の3年生のチームはまだ答えを決めかねているようで、前方の中央部で相談をしている。


「残り時間、30秒」

という声がかかると、ようやく結論が出たのか、先ほどのように慌てずに済むように早めに諦めたのか、ともかく全員がXの区域に収まった。


 残り時間のカウントダウンがあり、ホイッスルが鳴る。


 ここまでくると境界線上のロープもないし、点呼も来ない。




 尾方先輩は舞台奥の審査員長席にいる吉田先輩の元に行き、何やら話し込んでから舞台の前方に戻って来た。


「第四問の答えは○です」

 そう告げる。


 今回も正解のアナウンスがあっさりしていたので、私はぼんやりしていた。


 しかし、その言葉の持つ意味を遅れて理解した。


 そのタイミングで

「チーム三奇人、チームぎんなん、チーム文芸部の3チームは予選突破です」

とアナウンスされたので、私はより明確に状況を自覚するに至った。


 観客席から拍手喝采が沸き起こった。


 須坂くんは笑顔でガッツポーズをしている。

 稜子ちゃんは安堵の表情だ。

 遊佐先輩は表情を崩さず、私に向かって

「うちのチームに声をかけてくれてありがとう」

と言い、右手を差し出す。握手を求めて来たのだ。私はその手をしっかりと握る。

「この先は敵同士だけど、お互いに頑張ろう」

と遊佐先輩はエールを送る。この先は一緒に戦えないのか、と寂しい気持ちを抑えて

「はい」

と答える。


 その瞬間、視界が突然真っ白になった。フラッシュが焚かれたようだ。

 眩しい、と思いつつ、光源の方へ視線を向ける。

 眩んだ目に焦点が合うようになると、そこにはカメラを構えた新聞部の生坂さんの姿があった。

 その隣には同じく新聞部の大滝先輩がいる。

 このふたりは1年D組のクラス演劇を取材に来てくれたコンビだ。


「泉さんに頼まれているんです。良い写真が撮れました。ありがとうございます」

と生坂さんは優しい笑顔で理由を述べた。

 1年D組のクラスメイトで新聞部に所属してい高岡泉さんは無理をしないため、クイズ大会が始まる前に帰宅した。高岡さんは病気療養のため1年遅れて高校に入学しているのだが、中学時代には大滝先輩と同級生だった。

 そういうこともあって、高岡さんの友人である私のことを気にかけてくれているのだろう。


 そのやりとりが聞こえていたので遊佐先輩は

「それなら、ちゃんとお望みの写真を撮ってもらおうか」

と提案し、大滝先輩も

「よろしくお願いします」

と受けたので、少し場所を移動して、舞台の中央部にある階段の前でしばらく私と遊佐先輩はツーショット写真を撮影してもらった。




 撮影が終わってチームのみんなの元に戻ると、須坂くんが笑い転げている。

「どうしたの?」

と私が訊くと、須坂くんはしばらく呼吸を落ち着かせてからようやく話し出す。

「チーム三奇人も別の新聞部員が写真撮影をしていたんだけど、いきなり組体操を始めたり踊り出したり」


 そこまで話したところで

「予選突破を決めた3チームの皆さんは部員の案内に従ってしばらくお待ち下さい」

とアナウンスが入り、私たちは黄色い法被を着た女子部員に従って、舞台の前にあるスペースのうち、中央にある階段よりも上手側に移動した。

 三箇所に分けて三脚ずつパイプ椅子が置かれてあった。

 舞台を背にする向きに並べてある。

 案内者に指定された通り、上手側からチーム文芸部、チームぎんなん、チーム三奇人の順番で腰掛けた。

 私は9人の中で一番端の席だ。


 疲れたなあ。

 まだ終わらないのね。


 隣りにいる稜子ちゃんが水分補給している姿を見て、自分も喉が渇いていることに気付き、持っていたペットボトルのお茶を飲む。もうぬるくなっているが、それでもありがたい。私は心の中で上田くんに感謝した。


 そうして一息つくと、フロアのXの区域には、まだ第四問を間違えた4チームが残っていることに気付く。

 開会式の時のように、チーム毎に縦に並んでいる。

 予選突破を決めたのは3チームしかないから、まだ予選が終わっていないのだろう。

 このまま○Xクイズを続けていくのかなあ?

 果たしてそれで決着がつくのだろうか?


 そんなことをぼんやりと考えていると

「それでは予選ラウンドのプレーオフを行います」

とアナウンスが入る。


 観客席から声援が飛ぶ。


「プレーオフの内容は、じゃんけんです。2チームがひとりずつ対戦して2勝した方が予選ラウンド突破になります」

とルールが告げられた。


 すると、法被姿の尾方先輩が舞台から階段を降りてフロアの中央にやってくる。もうひとり女子部員が付き添っていて、何か大きな箱のようなものを手にしているが、よく見えない。


「まずは組み合わせ抽選をします。エントリーナンバー順にチームリーダーがくじを引いて下さい」

 その言葉を受けて各チームのリーダーが中央に歩み寄る。


「チーム武道場の作石さん」

と名前を呼ぶ。

 

 剣道着姿の女子生徒が前に出る。背は高い。稜子ちゃんや鶴岡先輩と同じくらいだろうか?

 長い黒髪をひとつ結びにまとめており、真剣な表情のままピンと背筋を伸ばした姿勢のまま静かに足を運ぶ。袴からのぞく足をよく見ると裸足である。剣道着を着ているのだからなのであろう。

 作石先輩は左手で右袖を摘んで肘から先を出して邪魔にならないようにしてから抽選箱へ差し入れ、一枚の紙片を取り出し、尾方先輩に渡す。


 その紙片は四つ折りか八つ折りになっているようで、尾方先輩は受け取るとすぐにくじを広げて

「チーム武道場は第一回戦です」

と伝える。


 首肯してから作石先輩はチームメイトの元に戻る。

 

 すぐさま

「チーム科学部の長沼さん」

と呼ばれたので、白衣姿の長沼先輩が抽選に向かう。

 ショートボブの小柄な女子生徒は伏し目がちに抽選箱の方を見ながらすたすたと早足で歩み寄る。


 長沼先輩は白衣の袖を気にせず抽選箱に左手を入れてくじを引く。

 それを受け取った尾方先輩はすぐさま広げて

「チーム科学部は第二回戦です」

と伝える。


 長沼先輩はホッとした表情で列に戻る。


 ここまで一緒に戦って来たチーム武道場とは対戦したくなかったんだよね。その気持ちはよく分かる。



「チームガーニッシュの山部さん」

と呼ばれて前に出て来たのは、お揃いの黒いTシャツを着た3年生チームのリーダーさん。選手入場の時にも「ガーニッシュ」という言葉を聞いていたけれど、どういう意味なんだろう?


 リーダーの女子生徒は私と同じくらいの身長で、やや茶色がかったセミロングの髪をヘアピンで止めている。大きな目を閉じてしばし考え事をしてから小走りで抽選箱に向かう。


 すぐに抽選箱に右腕を入れたのだが、この山部先輩は随分と迷ってからくじを引いた。


 くじを受け取ると、尾方先輩はそれを広げて告げる。

「チームガーニッシュは第一回戦でチーム武道場との対決です」


 場内が沸く。


 尾方先輩は続けて

「自動的に第二回戦はチーム科学部とチーム現地集合の対決となります」

と伝える。


 さらに観客席が盛り上がる。


「ルールは単純です。まずチーム内でじゃんけんをする順番を決めて下さい。その順番に従ってひとりずつ1回勝負でじゃんけんしてもらいます。先に2勝したチームが予選突破です」

 尾方先輩がそこまで話すと、上手側にチーム武道場、下手側にチームガーニッシュが移動し、フロアの境界線を挟んで並んで対峙した。上級生のいるチームだから、いちいち説明しなくても恐らく過去に行われたじゃんけん対決を見てやり方を知っているのだろう。


「それでは、ひとり目の選手の対決です」

と尾方先輩が言うと、双方からひとりずつ出て来た。


 第一試合はチーム武道場は柔道着の男子生徒で、チームガーニッシュはリーダーの山部先輩だった。チーム武道場は全員裸足なので、何年生なのか私には分からない。

 

「最初から、勝負だから、いいね」

と尾方先輩が両者に確認を取ると、ふたりとも納得したようで、すぐに

「じゃんけん、ぽん」

との掛け声が入り

「やったー!」

と笑顔で喜ぶ山部先輩の歓喜の声が鳴り響いた。


「あー、緊張した」

と言いながら、山部先輩は下がる。


 負けた柔道着の男子生徒は肩を落としたままチームメイトの元へ帰る。



「ふたり目の選手、どうぞ」

と尾方先輩が促すと、チーム武道場からは剣道着姿の男子生徒が出て、チームガーニッシュからはもうひとりの女子生徒が出た。


 すぐさま向き合うと、尾方先輩の

「じゃんけん、ぽん」

という声がかかる。その後

「あいこで、しょ」

「あいこで、しょ」

と2回続いて決着がついた。


「きゃー!勝った!」

と飛び跳ねているのはチームガーニッシュのメンバーである。


 負けた男子生徒は俯きながら下がる。

 チームリーダーの作石先輩に繋ぐことが出来なくてさぞや悔しかろう。


 整列したチーム武道場の3人はチームガーニッシュに向かって一例し、舞台に向かって一礼し、最後に観客に向かって一礼し、静かに敗者席へと向かった。


 その礼儀正しい立ち振る舞いへ向けてたくさんの人が拍手を送った。




「第二回戦です。ひとり目の選手、どうぞ」

という尾方先輩の声で私は現実に戻される。


 上手側に並ぶチーム科学部からは白衣を着た男子生徒が出て、チーム現地集合からは制服姿の男子生徒が出た。上履きの色からすると、チーム科学部の選手は1年生でチーム現地集合の選手は3年生のようだ。


 顔を合わせると早速、尾方先輩からかけ声がかかる。

「じゃんけん、ぽん」

 続けて

「あいこで、しょ」

と声がかかり、そこで決着がついた。

 チーム現地集合の3年生の勝ちだ。

 

 勝者も敗者もそのまま静かに下がる。



「ふたり目の選手、どうぞ」

と尾方先輩が呼び入れて出て来たのは、チーム科学部の2年生の男子生徒とチーム現地集合の1年生の男子生徒。チーム科学部はリーダーの長沼先輩が3人目なのだ。チーム現地集合は最初に出て来た3年生がリーダーなのだろうか?



 間髪入れずに、尾方先輩が

「じゃんけん、ぽん」

と掛け声をかけると、1回で決着がついた。


 勝ったのはチーム科学部だ。


 白衣姿の生徒はほっとした表情で、負けた生徒はしょんぼりしている。


 これで1勝1敗となり、決着は3人目に持ち越された。


 すぐさま、尾方先輩から

「3人目の選手、どうぞ」

と促されて、チーム科学部の長沼先輩とチーム現地集合の、先ほど○Xクイズで転倒していた男子生徒が出て来た。


 すると、敗者席から

「先輩!俺の分も頑張って下さい!」

と元気の良い声で声援が飛んだ。南木くんの声だ。さらに

「お前には俺たちビー部がついてるぞ!」

「負けんなよ!」

「ぜってー勝てよ!」

とたくさんの応援が聞こえる。


 敗者席の方を見ると、南木くんや漆木先輩を中心にラグビー部だけじゃなくたくさんの生徒たちが盛り上がっているのが分かる。


 それに加勢して観客席から

「シンデレラ・ボーイ、頑張れ!」

と声援が飛んだので、笑いが起こった。

 先ほど南木くんに助けられた幸運の持ち主であることと片方の靴が脱げたことをかけて言っているのだろう。



 だが一方で、それに負けじとばかりに

「長沼さん、勝って!」

「科学部、頑張れ!」

という力強い声援が長沼先輩へ送られた。優勝候補チームなだけに応援する人も多い。


 ふたりが対峙すると、尾方先輩は間髪入れずに

「じゃんけん、ぽん」

と声がかかり、その後

「あいこで、しょ」

「あいこで、しょ」

「あいこで、しょ」

と掛け声が続く。


 その果てに

「よしっ!」

と気合いの入った声が響く。


 勝ったのは長沼先輩だった。左手で小さくガッツポーズを作っている。


 自分たちはクイズで優勝するために出場しているのだ。

 じゃんけん対決なんかで敗退してなるものか!


 そんな気概を感じる。


 

 そういえば、先ほどじゃんけんで敗退したチーム武道場の皆さんはどういう気持ちなのだろう?

 私はそう思って敗者席の方へ目を向けると、チーム武道場の3人は他のチームから離れたところで床に正座して控えていた。



 裸足だから集団の中にいると足を踏まれる危険があるからなのだろうか?

 もう終わったことである、と心を落ち着けているのだろうか?


 あの佇まいはそれとは真逆の方に心が向いているようにも見える。私のいる場所からでは遠すぎて表情など見えないのだが、そう感じる。


 この違和感の正体は何なのだろう。


 ふと、制服姿の3人組の後ろ姿が視界に入った。

 真っ先に南木くんのところへ向かい、何やら話し始めたのだが、すぐにラグビー部の一団に囲まれて歓待を受けている。ラグビー部員ではないので、かなりソフトな扱いのようだ。

 やがて新参者を迎え入れる人数が大きくなって敗者席全体になった。ただし、チーム武道場を除いて、ではあるが。



 その光景を眺めていて私は気付いた。

 文化祭のクイズ大会が毎年人気なのは優勝したいのはもちろん、負けてもなお楽しいからだろう。

 だからクイズに関係なさそうな部のチームがこぞって参加するのだ。ラグビー部は3チームも出場している。

 こうして参加者が楽しんでいる様を目にした観客席の在校生の多くは「来年は自分も出よう」と奮い立つのだろう。


 ひかりちゃんに頼まれてこっそり出場しているだけの私でも、来年は自力で出たいと願うこともあるかも知れない。




(続く)

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