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羊飼いも山羊もいない  作者: 遊舵 郁
九月、祭りのころ
52/63

【48】見よ、勝者は残る(3)

 文化祭初日の夕方にクイズ大会であるQUIZ ULTRA DAWNが開幕し、注目の第一問が発表された。


「過去の暁月祭で、2年生のクラス演劇において、全く同じタイトルの2つの作品が同じ日に上演されたことがある。○かXか?」


 QUIZ ULTRA DAWNの予選ラウンドは○Xクイズで、5分間の制限時間内にこの問題に対する答えを決めなければならない。さてどうしたものかと私、井沢景は考えあぐねる。


 チームリーダーの須坂くんが

「とりあえず落ち着いて3人で考えてみよう」

と提案した。私と稜子ちゃんも同意する。

 私たちは開幕まで並んでいた場所、つまりクイズ大会に使われる体育館の前半分のフロアの下手側後方の端から、外側へ出て壁の前のスペースに移動した。そこでチーム文芸部の3人でかたまって話し合うことになった。


 とはいえ、みんな言葉が出ない。


 あの問題はクイズには違いないが、1年生の私たちに過去の文化祭の歴史など訊かれても困る、と私は独り言ちり、ただただ呆然と立ち尽くすのみである。


 リーダーである須坂くんは腕組みをしたまま考え込んで黙り込む。一方、稜子ちゃんはというと、もう先ほどのような厳しい表情ではない。敢えて表現するならば「深刻そうな顔」となっている。


 必死に考えたところで決して答えが出そうにないこの問いに対し、それでもなおこのふたりは全力で挑んでいるのだ。


 私もボーッとしていてはいけないのだが、考えるまでもなくこのことは分かる。私にこの問題は解けない。これは確実だ。

 ならば、問題の答えを考えること以外にチームの一員として須坂くんと稜子ちゃんの手助けが出来ないだろうか?

 

 真っ先に思い付いたことは、他のチームの動向を探ることだ。他のチームがどのようにこの問題に挑んでいるか、特に、どこかのチームが答えを出していないか、といった情勢を自分たちが答えを決める際の判断材料にすることはルール違反ではない。



 フロアでは各チームが互いに声を掛け合いながら目まぐるしく動いている。

 あっ、そうか!

 このラウンドはチーム同士の協力が認められているのだ。

 私たちは完全に出遅れた。他のチームがいるフロアの中心部に残らず、体育館の端っこで熟考する、という選択が完全に裏目に出たのだ。



 私たちのいる場所に近い○の区域からドスの利いた大きな声で

「お前ら、それぞれ別行動だぞ!」

と怒鳴る声がして驚きつつも視線を移す。声のする方を見るとラグビー部の一団がいる。

 おそらく2年生と1年生のチームのリーダーと思われる人ががそれぞれ

「分かってます。リスク分散ですね」

漆木(うるぎ)さんと心中するつもりはないんで大丈夫ッス」

と大きな声で応じるのが耳に入る。

 漆木先輩の指示通り、3つのチームは別れて行動を始める。


 フロアのあちこちでは、その他のチームたちも次々と合流しているのが視認できた。


 体育館の前半分のフロアは床に大きく示された○とXのマークの示されており、下手側の○の区域と上手側のXの区域に分けられているが、そのいずれの区域の前方にも人だかりが出来ている。

 先ほど告げられた通り、あの場所に問題文の掲示があるのだろう。


 そこに集ったチームはそのまま自然発生的にグループを作っていく。


 私たちもどこかのチームと合流した方がいいのではないだろうか?

 焦る気持ちが湧き上がる。

 

 離れた場所を見やると、中央部の後ろの方、観客席との間の立ち入り禁止ゾーンの少し前には胴着姿の3人組と白衣姿の3人が集まって議論をしている。チーム武道場とチーム科学部は強豪チーム同士でタッグを組んだのだ。


 その向こう、Xの区域の一番端の後方には赤・青・黄色パジャマ姿のチーム三奇人がいる。彼らは他のチームと協力せず独力で予選突破を図る心積もりなのだろう。


 フロアの中央部の前の方では、小牧先輩の周りにはたくさんの女子生徒が集結している。


 ラグビー部の3チームは漆木先輩の作戦通り、無事にそれぞれのチームが別のグループに加わっている。チームごとにラグビージャージやヘッドギアで違いを出してくれているから分かりやすい。


 坂木先輩のいる水泳部は野球部のチームと一緒にいる。


 着物姿の落語研究部も制服姿のどこかのチームと一緒なようだ。


 下条さんのいる女子バレー部も男子バレー部らしいチームと、もうひとつどこかの女子の運動部のチームと合流している。あのユニフォームの女子がどこの部活なのか、私には分からない。


 そんな風に観察していたら、エントリーナンバー29番のチーム現地集合が別の男女混成チームに声をかけられて一緒になった。少し心がほっこりした。このような競い合う場所にも、心優しい人がいてくれて良かった、と素直に思う。


「残り時間4分です」

と司会役の尾方先輩のアナウンスが入る。


 その声で我に帰る.

 誰かに助けを求める気持ちが強くなったせいで私はフロアの中央部へと随分と引き寄せられていた。それとは反対に須坂くんは逆方向へ移動して、体育館の上手側の壁に背中を持たれかけている。稜子ちゃんはその隣でまだ考え込んでいるようだ。


 他のチームと合流するどころか、チーム内で離れ離れになっていてはいけない。私が慌ててふたりの元へ戻ると、私に気付いた須坂くんは

「やっぱり、ああなるよね」

と肩を落とす。

「他のチームのみんながそれぞれにまとまって協力しあっている、ってこと?」

と私が尋ねると、須坂くんは大きく頷いていて

「多分、予選ラウンドは毎年、この形式で行われているんだと思う。だから大半のチームは前もって手を組むことを約束してあるんだろうね。これは初出場の僕らには厳しいよ」

とこぼす。さらに続けて

「問題についても考えては見たけれど、さっぱり分からないね。お手上げだ」

と言って、第一問の答えを見つけ出すことが出来なかった須坂くんはしょんぼりしてしまった。珍しいこともあるもんだ、と茶化したい気持ちもあるが、めげているのは私も同じだ。


「仕方ないよ」

と私は同調して、ともに白旗を上げる覚悟を決める。


 だが、ひとりだけ諦めていない人がこの場にはいた。

 稜子ちゃんである。

 やや上方を見ながら無言でじっと佇む。おそらく思考を巡らせているのだろう。

 ちなみに稜子ちゃんの視線の先には体育館の前面の壁面にある時計があった。

 もしかして残された時間をチェックしながら考えているのか?


 そんなことを私が考えていると

「必死に昔のことを思い出してみました。それで問題を解く鍵になるのではないかと思えるお話があります。聞いていただけますか?」

と稜子ちゃんがいつもの優しい口調で問いかけた。


「うん。話して」

と私が答え、須坂くんは

「もちろん、頼むよ」

と先を促す。


 稜子ちゃんは小さく頷いてから

「時間があまりありませんから手短に説明します。私が中学生の頃、父がリビングで随分と古い本を読んでいたので、何の本なのかを尋ねたら、ツルゲーネフの『初恋』でした。父が学生時代に古本屋さんで買ったものらしいです。父が読み返した後で貸してくれました。古い訳でしたが中々良かったです」

と話し、はっとしてから続ける。

「すみません。話を戻しますね。その時に父が高校時代に文化祭でそのツルゲーネフの『初恋』を上演したことがある、ということを聞かされました」


 まだこの話の行き着く先は分からないが、私は疑問に思った点を尋ねる。

「でも『初恋』は小説でしょ?」

 稜子ちゃんは

「はい。数人のクラスの有志が集まって戯曲にしたそうです。その際に先ほどの『初恋』の本を底本にしたようです」

と答える。


 クラスの有志で小説を戯曲化するとは!

 その辺りの創作秘話を是非とも伺ってみたいところだが、今はそんなことにかまけている場合ではない。



 稜子ちゃんはさらに続ける。

「それで、私が高校生になってから、確か、夏休みだったと思いますが、私は父のクラスの演劇が成功したかどうかを尋ねました」

 そこまで聞いて、先ほどから説明の中で欠落している部分について私は尋ねる。

「稜子ちゃんのお父さんってうちの高校の卒業生なの?」

 話の腰を折るような行為であるが、その点をはっきりさせておかないとこの先の説明が意味をなさない。それくらい重要だと思う。


「はい。父は暁月高校の出身です。すみません。最初に伝えるべきでしたね」

と答えると、稜子ちゃんは軽く頭を下げた。

 すると今度は

「それで、結果はどうだったの?」

と須坂くんが話題を元に戻す。稜子ちゃんは小さく頷いてから

「はい。その時に父は悔しそうにこう言いました。『ファイナルステージには選ばれた。でも、もうひとつの方にグランプリを持っていかれた』と」

と答える。「もうひとつの方」という言葉を強調した。


 ちなみに、ファイナルステージというのは、文化祭の4日目に行われるイベントである。文化祭2日目と3日目の一般公開日に上演された2年生の舞台の中から最も高評価だった3作品が選ばれて全校生徒の前で再演する。その後に投票を行い、最多得票だったクラスの演劇がグランプリとなる。


 須坂くんは

「やった!凄いよ、筑間さん。それで決まりじゃないか!」

と喜ぶが、稜子ちゃんは

「でも、父の話だけが頼りというのは」

と不安げである。お父さんの話を裏付ける証拠がないからだろう。


 あとは稜子ちゃんと須坂くんの判断に任せれば良いだろう。私はふたりについていくだけだ。

 



 そんなことを考えて私は議論から離脱し、他のチームの動向でも探ろうと周囲に目をやると、いつの間にか私たちの隣で別のひとつのチームが集まって話し合いをしているのに気付いた。


 どこのチームかは分からないけど、制服姿の女子生徒3人で構成されており、周りが騒がしいのもあって、声のボリュームもやや大きい。

 私に背中を向けている人はひとつにまとめた長い黒髪が特徴で、身長は私と同じくらいだ。

 他のふたりは顔も見える。

 3人の中で一番背の高い生徒はセミロングの黒髪で青いフレームのメガネをかけている。

 私より背が低い生徒はショートヘアである。


 この3人が話している内容が漏れ聞こえてくる。


 発言者が誰なのかは分からないが、声質が違うから3人が発言していることは分かる。

 周りの喧騒に掻き消されてはいるが、私にもいくつかのフレーズを聞き取ることが出来る。


 ある生徒は

「悪魔の証明」

「問題作成が難しい」

などと言い、またある生徒は

「確率を考えて」

「出題の意義を」

などと言う。

 この人たちはとても難しい話をしているようだ。


 そこへ3人目の生徒が音域が高くよく通る声でこう話すのが聞こえた。

「グランプリ作品を調べた」

「高瀬舟」

「初恋」

 

 なんと!

 このチームも「初恋」に辿り着いているではないか?


 考える方向が同じであれば、協力出来るかも知れない。

 私は「自分に出来ることをするのだ」と決心をし、大きく深呼吸してから、そのチームの3人に話しかける。

「すみません」


 3人が私の方を向く。訝しげに私を見る。

 だが、それでも私は躊躇せず

「突然、お声をかけてすみません。チーム文芸部の井沢と言います。うちのチームと一緒にこの問題の答えを考えませんか?」

と要件を伝える。


 私からは背中しか見えなかった長い黒髪の生徒が振り向いたのでネームプレートが目に入る。


 ーーーーーーーーーーー

  7:チームぎんなん

  3-A:遊佐秋生 ☆  

 ーーーーーーーーーーー


 チームぎんなん、だったのか!

 知らぬこととはいえ、私は雲の上の人たちに声をかけてしまった。私なんかと協力してくれるだろうか?一瞬、「このまま逃げ出す」という考えが脳裏に浮かぶ。


 いや、そうじゃない。「声をかけたのがこの強そうなチームだったのが幸運だ」と考えよう。私はどうにかここに踏みとどまる。勇気を振り絞り、私は話を続ける。

「盗み聞きするつもりはなかったのですが、『初恋』という言葉が聞こえました。うちのチームでも『初恋』がふたつ重なったのではないか?と考えています」


 遊佐先輩は穏やかな表情のまま

「うちのチームは別にふたつの『初恋』があった可能性がある、という結論には至った訳ではないですよ」

と答える。


 私の早とちりだったのか。

 遊佐先輩の優しい雰囲気から察するに少なくとも相手を怒らせた訳ではないと思うが、実に気まずい。


 私の表情が曇っていたのを見て取ったのか、遊佐先輩は笑みを浮かべて

「それでも、その説を後押しすることなら出来るかも知れません。一緒に考えましょう」

と答えた。

 他のふたりに目配せするとふたりとも黙って頷く。


「ありがとうございます」

 私は深くお辞儀をして礼を述べ、すぐに

「稜子ちゃん、須坂くん、チームぎんなんさんが」

とチームメイトへ呼びかけると言い終わらぬうちにふたりは私たちの元へやって来た。



 すると間髪入れずに遊佐先輩が

「時間がないから、早速本題に。そちらの『初恋』の話を教えて」

と発言してその場の主導権を握る。

「はい。分かりました」

と反応した稜子ちゃんがお父さんから聞いた昔の逸話、つまり、お父さんのクラスがツルゲーネフの「初恋」を戯曲化して上演したこと、その「初恋」と「もうひとつの方」がファイナルステージに残ったこと、そして「もうひとつの方」がグランプリを取ったことについて簡潔にチームぎんなんの3人に伝える。


 聴き終えた遊佐先輩は腕組みをして

「なるほど。教えてくれてありがとう。次はこちらから。美也子、よろしく」

と議論を先へ進める。


「うん」

とショートヘアの生徒が小さく手を挙げて答える。


 ネームプレートが視界に入る。


 ーーーーーーーーーーー

  7:チームぎんなん

  3-C:坂田美也子  

 ーーーーーーーーーーー

 

 確か3年C組は文系クラスだったはずだ。

 

 坂田先輩はよく通る声で話し始める。

「私は2年生の時に、クラスの『文化祭準備委員会』の一員だったんだけど、まず調べたのが過去の成功例。グランプリを取ったクラスが上演した作品のことだよ。共通した演目の傾向みたいな法則性がないかな?って思って調べたんだ。だから過去に文化祭で上演された全ての演目を調べた訳ではないよ。それに結果的にその調査が私のクラスの成績に反映されることはなかった。でもね、面白いことが分かったんだ」


 そこで間を置いた。

 ついに本題に入るのだ。


「私たちが、って文芸部の子たちに言うのも失礼だね、一般の生徒はもちろん来客者の皆さんにもよく知られている文学作品が題材となった演目がグランプリを取った例がいくつかあったんだよ。例えば、森鴎外の『高瀬舟』、武者小路実篤の『友情』、そして島崎藤村の『初恋』。他にも海外文学や絵本なんかもあるけど今は重要じゃないから省くよ」

と坂田先輩が話したところで、稜子ちゃんは

「島崎藤村の『初恋』は詩ですよね」

と話に割って入る。

 私もその質問をしたかった。


 よくぞその質問をしてくれた、とばかりに嬉しそうな表情で坂田先輩は続ける。

「うん。私も気になったから資料が残っていないかどうか、色々と調べてみたんだけど、見つかったのはパンフレットの中のそのクラスを紹介するページのコピーだけ。でも、作品情報として『原案:島崎藤村』って書かれてあったのは覚えてる。戯曲にした人の名前は覚えていないけど『本校卒業生』と但し書きがあったのは確か。私が知っているのはこれだけ」


 なるほどね。

 島崎藤村の「初恋」の側からも証拠があったのだ。




 そのタイミングで

「残り時間1分です」

と司会の尾方先輩のアナウンスが入る。


 もう一刻の猶予も許されない。


 遊佐先輩が

「2チームの持ち寄った情報を擦り合わせるとツルゲーネフの『初恋』と島崎藤村の『初恋』が同じ年のファイナルステージで上演された可能性が高く、特に藤村の方がグランプリを取ったことには複数の証拠がある。だから、これは信じて良い」


 遊佐先輩は自分のチームメイトに向かって

「薫も美也子も良いよね。私たちはこの子たちを信じて○に行く」

と決断を伝える。

 ふたりは無言で頷く。


 須坂くんも

「筑間さん、井沢さん、良いよね」

と確認する。

 当然ながら稜子ちゃんも私も首肯する。


「時間がないからまず移動しよう」

という遊佐先輩の言葉に従い、私たち6人は壁際から◯の区域にほんの少しだけ移動した。



 何とか解答を決めることが出来たのでホッとした。

 考えることから一時的に解放されて、私は周囲を見回す。


 ○の区域には、私たちの他にチーム三奇人、チーム武道場、チーム科学部、チーム水泳部らがいる。

 一方、Xの区域にはチーム英語部、チーム女子バレー部、ラグビー部の漆木先輩のチームなどがいる。



 まだ迷いつつ様子見をしていたチームも結構いたが、容赦なく残り時間はなくなり、仕方なしに前回優勝のチーム三奇人も含めて有力なチームの多い○の区域へ移動していく。


 やがて、尾方先輩が

「残り10、9」

とカウントダウンを始める。

 フロア前方の真ん中にはロープを持ったふたりのクイズ研究部の男子部員が控えている。


 カウントダウンは続く。

「8、7」

 その刹那、Xの区域の方で

「やっぱ○だ!全員、○へ移動しろ」

と大きな掛け声がかかり、自慢の俊足を飛ばした白いヘッドギアの南木くんを先頭に3チーム、つまり9名という大所帯での大移動を敢行した。


「3、2、1」

とカウントダウンを終えた尾方先輩がホイッスルを鳴らし、それを合図として前方で控えていたクイズ研究部の部員のうちのひとりがロープを持ってまっすぐ後ろへ走り、前に残っている部員と綱引きをするような要領でロープをピンと張った。これで○とXというふたつの区域が隔てられる。もう移動は許されない。


 幸いにも南木くんのグループは無事に移動を完了したようで、観客席から拍手が送られた。




 すかさずクイズ研究部の部員が何人か点呼に回ってくる。

「チーム文芸部ですね。3人とも揃ってますか?」

と須坂くんに声をかけていたので、須坂くんは

「はい。揃っています」

と答え、私と稜子ちゃんは小さく手を挙げて存在を伝え、ネームプレートの確認をし、手元のバインダーに挟まれた名簿に記入を終える。

 次は、すぐ隣にいるチームぎんなんの番である。


 この確認作業が終わるまではこのまま足止めされる状況が続きそうだ。


 遊佐先輩が

「今は話していても良いですよね」

と須坂くんに声をかける。当然ながら

「もちろん大丈夫です」

と須坂くんは答える。

 遊佐先輩が私と稜子ちゃんにも視線を向けるのでふたりとも黙って頷く。


 遊佐先輩は少し微笑んでから

「さっきはありがとうございます。私たちも違うアプローチで『答えは○』だと考えていたのですが、お父さんのお話のおかげで確証を得ることが出来たので安心しました」

と言い、稜子ちゃんの方を見る。それに応えて稜子ちゃんは

「私はただ知っていることをお話しただけです」

と伝える。


「それでね。私たちはこのお礼をしたいから、この予選ラウンドの間はうちのチームと組みませんか?」

と遊佐先輩は嬉しい申し出をした。

 須坂くんはふたつ返事で

「はい。是非ともよろしくお願いします。この大会は高校で習う範囲全般が出題範囲なので1年生だけの僕らにとっては願ってもないことです。頼もしい上級生の助けが得られるのは嬉しいです」

とその提案を受けた。こんなに嬉しい提案をされたので、須坂くんはうっかり独断で返事をしてしまったことに気付いて

「事後承諾でごめん。筑間さん、井沢さん、良いよね?」

と確認したのはご愛嬌だ。

 断る理由などない。私も稜子ちゃんも黙って頷く。



「ちなみに、先輩たちの『別のアプローチ』というのはどういうものだったのですか?」

と私は頼もしい仲間となった遊佐先輩に尋ねる。

 遊佐先輩は

「さっき時間がなかったから省略したけど、参考までに私と薫の考えも伝えましょう。薫、ちょっと来て」

とチームメイトを呼ぶ。


 早足で歩いて来た先輩は稜子ちゃんと同じくらい背が高く、青いフレームのメガネがよく似合っていた。

 ネームプレートには


 ーーーーーーーーーーー

  7:チームぎんなん

  3-F:鶴岡薫  

 ーーーーーーーーーーー


と書かれている。


 遊佐先輩が

「薫と私の意見をまだこの子たちに伝えていないよね。まだ時間がありそうだから、話してくれる?先にお願い」

と事情を話し、鶴岡先輩は涼しい顔で

「良いですよ。結果として何も証明していない、仮説とも呼べない愚論を並べただけにすぎませんが」

と前置きしてから説明を始める。

「演劇作品のタイトルなんてこの世の中に膨大な数あります。『文化祭の2年生のクラス演劇で全く同じタイトルの作品が上演される確率』を実際に計算した訳ではないけど、例えば私たちが入学してからの3年間では同じ題名の演目が同じ日に上演されたことはありません。こんなスモールサンプルでは何も言えないと思いますが、うちの学校が始まって以来、という長い期間を対象にして可能性を考える時にも同じような方向性になると思います。つまり、確率を考えるとかなり小さなものになると予想できます。故に、そうした予想から考えると正解はXになります」


 鶴岡先輩の分析によると答えはXになるのか!


 話は続く。

「もちろん、数学的にあり得ない稀な現象が起こる可能性はゼロではありません。それからこの問題を考える上で大事なのがクラスの演目を選ぶのは生徒であるということです。人間の意思が介在することだということを忘れてはいけません。先ほど考えていた第一問は、タイトルの書かれたカードを無作為に選んで並べるといった機械的な作業について考えるものではなく、開校以来ずっと続いている生徒たちのクラス演劇という人の営みについてです。年によっては何か大人気の作品があって『同じ演目』が複数のクラスによって上演された年もあるかも知れません。だから答えは○かも知れません」


 鶴岡先輩はそこで一旦間を置く。


 私たち1年生が何とか話についてきているのを確認して、説明を続ける。

「さらに加えるなら、この問題がクイズ大会の中で唯一、参加者全員で挑む第一問として選ばれた意義を考えると、正解は◯なのかも知れません。その方が意外で面白いですからね。以上を踏まえて考えると○ともXとも断言出来ませんから、私には結論を出せません」


 この人は数学的にあり得ない稀有な事態が起こり得る可能性、数学的な考察から少し離れて、演目選びはあくまで「人の営み」であるから偶然ではなく必然として演目名が一致する可能性、さらにはクイズ大会の第一問である意義、そこまで考えて「結論は出せない」と理解したのだ。

 最初から「私には分からない」と匙を投げてしまった私とは雲泥の差だ。そう思うと俯きたくなるが、鶴岡先輩の

「それでは、次は秋生さん」

という声に導かれて目線は下がらず、遊佐先輩の方を向いた。


 遊佐先輩は両手の人差し指を交差させてXを作ると

「もしも正解がXならば、この問題を作った人はこの学校が出来てから、つまり開校一年目から今年までの文化祭において、2年生が上演した全ての演目とその日程、しかもプログラムには演目名が載っていない、前日にならないと上演作品が決まりませんからね、ファイナル・ステージも含めてですよ、そうした膨大な記録を全て確認して、それでもなお同じタイトルの演目が重なったことはない、という確証を得なければいけません。まるで『悪魔の証明』のような作業です。現実的にそれが可能だとは思えません」

と話し、そこで一息つく。


 なんだか難しい考え方で私は理解が追いつかない。

 稜子ちゃんもきょとんとしている。

 須坂くんは

「悪魔の証明、ですか」

とぼそっと呟いたが、気のせいか肩を落としている気がする。須坂くんは理系科目が苦手なのだ。それは私も同じである。


 そんな私たちの様子を見て遊佐先輩は少し頷き、今度は両手の5本の指先を合わせて○を作りながら

「大丈夫だから最後まで聞いてね。一方、答えが○だとすれば、該当する事例、つまり同じタイトルの演目が同じ日に上演された事実とその証拠をたったひとつ見つけるだけで証明出来ます。偶然でも良いのです。それら問題作成の難易度の違いから、私はこの問題の正解は○である可能性が高い、と考えます。厳密に言えば論理学的に正しい訳ではないのですが、時間も情報も足りなかったからこれで許してね」


 最後まで聞くと何となく分かったような気がする。

 問題そのものではなく、問題を作成した過程、という問題の外側にある要因も加味して結論を導くとは。


 あれ?これってアレと一緒じゃないかな?


 私は頭に浮かんだ感想を口にする。

「遊佐先輩の説はメタ推理みたいですね」

すると遊佐先輩から

「それは何ですか?」

と訊かれる。

「メタ推理というのは、え~っと。え~っとですね。あの~。すみません。忘れて下さい」

と私は何とか説明を試みようとしたが言葉に詰まり、結局は誤魔化した。


 自分がよく理解出来ていない用語を使うのは止めよう。




 同じく○を選んだチームにいる友達のところに行っていた坂田先輩も戻って来て、チームぎんなんとチーム文芸部は6人一緒に正解発表を迎える準備が出来た。


 フロア前方にいるクイズ研究部の部員さんが両腕を大きく上げて○のゼスチャーをした。

 点呼が無事に済んだのであろう。

 その合図を受けた尾方先輩がひかりちゃんに声をかけてからマイクのスイッチを入れた。

 人数の少ないXの区域の方の点呼は先に終わっているのだろう。



 尾方先輩は舞台中央に出てくると

「それでは、第一問の答えを発表します」

とおっとり刀で切り出した。


 場内が静まり返る。


「答えは○です!」

と歯切れよく言い切る。


 一瞬、間を置いて

「やった~!」

「よっしゃ~!」

という歓喜する声が○と答えたチームのメンバーたちの中で沸き起こる。

 須坂くんも言語化出来ない喜びの声を上げている。


 一方、Xを選んだチームの皆さんは

「え~!今年も〜!」

「ちくしょ~!」

「マジか~!」

と悔しがっているようだ。


「正解は○です。19△△年の文化祭の4日目のファイナルステージで『初恋』というタイトルの2つの演目が上演されています」

とひかりちゃんはこの問題の解説を加えた。


 稜子ちゃんの言っていた通りだ。


「稜子ちゃん、ありがとう」

と私がお礼を伝えると、稜子ちゃんは

「いえいえ。偶然ですよ」

と答える。

 チームぎんなんの3人からも同様に感謝されている。


 そんな折

「それでは敗者となった皆さんは敗者席に移動して下さい」

と尾方先輩が宣言する。

 小牧先輩のチーム英語部や下条さんのいるチーム女子バレー部、着物姿のチーム落語研究部やチーム漆木など12チームが敗退し、Xの区域から体育館の下手側のスペースへ移動した。私たちが開演前に並んでいた場所であり、先ほどうちのチームとチームぎんなんが合流した場所なので「馴染みの場所」となりつつあったが、いずれ私も敗者としてあそこへ行くことになるのだろう、という物悲しさが込み上げて来た。


 真ん中に縦に張られたロープも片付けられたので、残ったチームはフロア全体に広がる。

 自然と私たちチーム文芸部はチームぎんなんにくっついて中央部の後方に陣取った。


 尾方先輩によるチーム紹介が始まる。

「現在、勝ち残っているのは、18チームです。改めてご紹介します。チーム三奇人、チーム武道場、チーム科学部」


 応援しているチームが呼ばれると観客席から声援が飛んだ。


 エントリーナンバー順に呼ばれるので私たちは最後になる。

「チーム現地集合、そして最後、チーム文芸部です」


 私たちのチーム名が呼ばれると大きな声援が飛んで来た。


「頑張れよ~、文芸部!」

「応援してるよ~!」

といったチームへの応援があった中、数名で声を合わせて

「井沢さん、頑張れ~!」

と一際大きな声援が私個人に向かって送られた。


 あの数名の声の主ははっきりしている。

 1年D組の演劇でキャストをしている上田くん、大町くん、小海さんで、おそらく川上くんも一緒に声を出していると思う。ずっと一緒に稽古をしてきた仲だから流石に聞き間違えない。



 その応援のおかげで

「井沢って誰だよ?」

「あのTシャツの子かな?」

と場内がざわついた。


 遊佐先輩が

「凄い人気だね」

と驚きの声をあげる。

「クラスの演劇チームのみんなだと思います」

と私は説明をする。


「そうですか。応援してくれる人があんなにいるなら、簡単に敗者になれないですね。この先は上級生の私たちが頑張らないといけないね」

と遊佐先輩が宣言すると、坂田先輩が

「そうそう、3年生の私たちに任せてね」

と同調し、やれやれという表情の鶴岡先輩が

「そうですね。2チーム揃って予選を突破しましょう」

と賛同した。


 大船に乗った気持ちになった。


 この先はどんな問題が出されるのか分からないけど、この先輩たちと一緒なら勝ち残ることも夢ではない。


 他力本願ではあるが、それでも素晴らしい協力者を引き寄せたのは私なので、少しはチームに貢献出来た。私はやれることをやった。それだけで満足だ。


 その時

「それでは第二問です」

という尾方先輩の声が響く。


 私たちは各々身構える。





(続く)

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