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羊飼いも山羊もいない  作者: 遊舵 郁
九月、祭りのころ
36/63

【32】女王の君臨と騎士の帰還

 俺・大町篤が中庭で休憩しつつ四方山話をしていた漆木(うるぎ)先輩と別れてグラウンドに戻ると、ちょうどアナウンスが入った。

「ブロック対抗の男子騎馬戦の第一試合に出場する選手たちは入場口に集合して下さい」


 ブロック対抗の騎馬戦は、1年生から3年生までの男子から代表が出場する。

 騎馬は1年生と2年生が三人一組で作る。

 先頭に一人、後方に二人。

 その上に人が乗るのだから、体格のいい生徒が選抜される。

 そして上に乗るのは基本的には3年生だが、腕っ節の強いものであれば1年生や2年生でも上に乗ることがあるとのこと。


 騎馬は全部で15騎。

 故に各チームに合計60人の男子生徒が出場することになる。


 上に乗っている生徒は白もしくは赤の紙テープで出来た(たすき)を付けており、これが奪い取られたり、破れたり、もしくは騎馬が崩れて落馬したら負けとなる。

 5分間の試合時間で騎馬の残った数が多い方が勝ちとなる。

 また、チームの中で金色の紙テープをかけた総大将が決まっており、総大将が襷を奪われたり落馬したりしたらその時点で負けである。


 そんなルールで行われる騎馬戦だが、始まる前の選手の様子をみるとかなり笑える。


 上半身はチームカラーのTシャツに着替えているのだが、それぞれすでにマーキングや落書きがされており、


 ムキムキの胸と腹の筋肉の線が描かれている者

 胸に七つの傷が描かれている者

 萌え絵に加えて「お兄ちゃん頑張って!」と描かれている者

 「喧嘩上等」と気合の入った文句の書かれてある者


など、様々な個性を発揮している。


 まず第一試合はB組ブロック対F組ブロックだ。

 D組は第三試合と聞いている。


 D組の応援席に行くとみんな準備で忙しそうだ。


 俺を見つけた汐路さんが

「おお、大町、いいところに戻ってきたなあ。

 今度は俺が暴れてくる番だ。

 今年が初参戦だからな、思い残すことなく戦ってくるわ」

と意気込みを語ったので、

「先輩は怪我をしているので無理しないで下さい」

と俺が諌めると

「止めるな大町。

 お前にあんだけいい試合を見せられて俺は黙ってられねえ。

 相手はE組だけど平島は出ねえから、怪我なんてしねえよ」

と火に油を注いでしまったようだ。

 これも俺のせいかも知れないと諦めて、

「じゃあ、全力で暴れてきて下さい。

 俺も全力で応援します」

と伝えた。


 汐路さんはラグビーシャツのままだが、他のラグビー部員たちもそのまま出場しているので問題はないようだ。

 むしろ「俺はラグビー部だ、うかつに近寄るな」という護符のような役目を果たしているのかも知れない。


「今年は3年だから俺が総大将だ。

 この際だ、大将が御自ら敵陣に突っ込んでいってやる。

 そのために赤兎馬並みの最強の騎馬を作った。

 これなら馬を潰される心配はない」


 ふと見ると、ラグビー部の2年生らしきゴツい先輩を先頭にして、後方の2人に剣道部の横手とハンドボール部の深間という、1年D組で俺以外では一番デカい2人が騎馬を作っている。

 先頭の2年生はラグビーシャツの上にチームカラーのワインレッドのTシャツを着ており、胸に一言

「汐路専用騎」

 とだけ書かれている。


 他の騎馬と比べても明らかにここだけ屈強なメンバーで構成されている。

 横手も深間もバレーボールでの活躍を見る限り俊敏なので、この騎馬は機動力にも富んでいるのだろう。


 さて、俺は女子と騎馬戦に参加しない比較的小柄な生徒の残った応援席に戻る。


 川上は騎馬戦に選ばれてもおかしくない体格なのだが、部活対抗リレーとクラス対抗リレーにも出場するため騎馬戦のメンバーからは流石に外された。

 陸上部の国師や体操部の古賀も席に残っている。


 期せずしてリレーメンバーが揃ったが特に話をすることもないので、第一試合を見ていた。


 実に激しい騎馬戦だ。

 騎馬同士がぶつかり合い、落馬する者も多数。

 上に乗っている選手同士が掴み合いしながら激しく争っているところもある。

 F組は大将を守る騎馬と攻撃する騎馬に分ける作戦を取っているようで、それに気付いたB組の大将も周りを半分の騎馬で固めるようにして、あとはどちらが先に大将の襷を奪うか?という勝負になった。


 それにしても、馬上の人はラグビー部だらけだ。

 ラグビー部員は伊達じゃない。戦闘能力は半端ない。一騎当千の強者だらけだ。


 徐々にラグビー部員の数に勝るB組がF組大将の騎馬を突き崩して落馬させ、B組の勝ちとなった。


 続いて第二試合が始まるが、それと同時に第三試合に出場するD組のみんなも入場口へ移動した。


「みんな、頑張ってね」

と女子たちの声援が飛ぶ。

「任せろ!」

と出場する男子たちは口々に応える。



 さて、第二試合もラグビー部員同士のぶつかり合いが多い。

 襷を奪うのではなく、相手を落馬させないと気が済まないようだ。

 その辺の男の意地が俺には理解しかねる。


 今回は混戦となって双方の大将が残ったため、残存する騎馬の数でA組ブロックが勝利した。


 なお、騎馬戦は消耗の激しい、怪我人も多く出る種目なので1試合勝負するだけである。




 さて我らがD組の出場する第三試合が始まる。


「それでは、騎馬戦の第三試合を始めます。

 D組ブロックとE組ブロックの対戦です。

 皆さん拍手でお迎えください」


 相手は平島先輩のいるE組。

 とは言っても、平島先輩はStrong Armsに出場するので騎馬戦には出ない。

 それでも、汐路さんの中では「俺の仇討ち」という目標も立てているに違いない。

 無理して右手の怪我を悪化させなければいいのだが。



 両チームとも総大将の騎馬を先頭に入場してくる。

 紅組がD組で白組がE組だと襷の色でわかる。

 ただし、なぜかD組の選手たちが赤いバラの造花を胸につけているのが見える。


 E組の総大将もラグビー部だ。

 2人で歓談しながら入場してくる。

 汐路さんは右手のサポーターを外した右手を周りに手を振りながら余裕の笑顔で入場する。


 フィールドの両サイドに分かれると、試合開始の合図を待つ。


「汐路先輩~!ファイトです」

とおそらくラグビー部員と思われる男子たちからの声援が飛ぶ。


「汐路くん、やっっちゃえ」

 隣の3年D組の女子から野蛮な声援も飛ぶ。


 ああ、そうだ、あの人はきっと「やる気」だ。


「試合を開始します」

 パーンとスタートピストルが鳴る。


 すると、D組の騎馬が一気に攻め上がる。

 大将のそばには2騎しか残していない。

 完全に攻めがかっている。


 たじろいだE組はかなり押し込まれた。

 早々と数騎が崩れて脱落した。


 おかしい。

 これでは汐路さんの出番はない。

 最初から汐路さんの威を借りる「張子の虎」作戦だったのか?


 するとD組の猛攻から逃れてきた騎馬がD組の陣地へ侵攻してきた。


 それは傍に控えた飛び出して2騎が挟み込んで潰した。

 同様の光景がその後2回ほど繰り返された。

 汐路さんの護衛の2騎もかなり強い。


 そうしているうちも汐路さんは動かない。


 

 次第にE組陣地がカオスの様相を呈してきた。

 結果的に分厚い守備陣系になっているので、D組側にも脱落者が増えてきた。


 崩れた騎馬のメンバーが自分の陣地裏に引き下がると、真ん中の守備が手薄なのがわかった。


 汐路さんが前方を指差して叫ぶ。

「今だ、突撃!」


 護衛の2騎を従えて、猛スピードで敵陣を中央突破。

 途中で突っかかってきた敵の騎馬は護衛に任せて、敵の大将へひたすらに向かう。


「汐路、行け~~!」

「汐路くん、頑張って~!」

 会場のそこかしこから汐路さんへの応援が響く。

 

 俺が汐路さんを怪我させて、この体育祭ではあまり活躍できていないことをほぼ全校生徒が知っているのだ。

 ここが見せ場だと応援してくれているのだろう。


 俺もできるだけ大きな声で叫ぶ。

「汐路さん、頑張れ~!」


 

 汐路さんの「赤兎馬」はまっすぐに突き進み、途中で行き当たった敵を物理的に排除して(具体的な描写は避けよう)、いよいよ大将同士が対面した。


 騎馬戦で混戦の中、大将自ら突っ込んでくるなんて危険な作戦は普通はしない。


 ただし、うちの大将はラグビー部最強の男なのだ。

 一対一で負けるわけがない。

 色々あって、モチベーションは最高潮である。

 怪我をしているハンデがあっても負ける気がしない。


 早速、相手の騎馬に正面からぶつかる。

 相手は一瞬ぐらつくが崩れない。相手も強い騎馬を組んでいるのだ。

 密着すると、相手の大将の胸ぐらを掴んで、あっ、やっぱやってるわ。

 相手も負けてないから、汐路さんの胸ぐらをつかもうとするが軽くハンドオフでかわす。

 その腕を掴んで引っ張る、近づいた顔に向けて、あっ、やってる。


 その後も汐路さんは相手の襷に手をかけることなく、敵の大将と近接戦闘を繰り広げ、自らも軽いダメージを負いながら、敵の大将を地面に引き摺り落とした。



 その時点で、スターターピストルが再度鳴る。


 試合終了である。


 汐路さんは自分が叩き落とした敵の大将とがっちり握手してから、そのまま自チームの残った騎馬を集めて勝ち鬨を上げた。

「えい、えい、お~~~!」



 俺も叫んだ、

「えい、えい、お~~!」


 川上たち男子も

「えい、えい、お~~!」

と盛り上がって一緒に勝ち鬨を上げた。


 なんとなく温度差がある女子の席を見たら、案の定1年D組の女子はドン引きしていた。

 それを察した2年生や3年生の先輩方が、

「そのうち慣れるよ。

 それに汐路くんの戦い方は独特だから。

 はっはっは」

と笑いながらフォローしていた。


 実に野蛮な競技だが、エキサイトしすぎて大喧嘩にならないのがうちの高校らしい。

 女子の先輩たちは、この光景を見慣れているのだろう。


 


 しばらく経つと三々五々、騎馬戦に出場した生徒が戻ってきた。


 体育祭出張版の保健室に行ってきた生徒も多く、横手や深間もあちこちに打ち身を作っていた。


 最後になってようやく汐路さんが戻ってきた。

 顔が傷だらけで、額に絆創膏を貼られている。 


「お疲れ様でした」

と俺が挨拶すると、

「どうだったか?

 俺たち薔薇の騎士たちの戦いっぷりはなかなか良かっただろう」

と汐路さんが答える。


「薔薇の騎士、、、ああ皆さん胸に赤い薔薇をつけてましたね。

 敵味方の区別以外に何か意味があるのですか?」

と尋ねる。

 すると、よくぞ聞いてくれた、とばかりの満面の笑顔で

「部活を引退してから暇だったんで、今度またアニメ化されるらしい有名なスペースオペラを読み始めたんだ。

 そしたら面白いのなんのってな、今の俺の読書量はすごいペースだぞ。

 もう本伝は読み終えて、今は外伝を読んでいるところだ。

 で、その作品に薔薇の騎士と呼ばれる白兵戦部隊が出てきてそれがカッコ良かったから、俺たちも赤い薔薇を胸に白兵戦を挑んだって話だ」

と薔薇の騎士の意味を解説してくれた。


 確かにああいう競技の際にはそういう盛り上げ方でチームを牽引する手もあるな。

 流石のキャプテンシーである。

 

 でも、先輩の場合は部活を引退したのだから、読書じゃなくて、勉強を頑張ってください。

 この人はもしかして本当に俺と同級生、ないしは俺の後輩になるのかも知れない。

 漆木さんの予言は当たるかも知れないな。



 あとは、汐路さんの語る近過去の戦記物語を聞かされ、気づいたら騎馬戦は終わっていた。


 俺は来年も再来年もStrong Armsに出場して、騎馬戦への出場は回避しようと心から誓った。




 などと俺が汐路さんと話し込んでいると、川上が

「じゃあ、部活対抗リレーに行ってくるわ。

 お前はクラス対抗リレーの準備をしておいてくれ」

と言い残して去って行った。

 同じく、国師と古賀、女子サッカー部の小海さんも入場口へ向かって行った。


 そんな川上の様子を見て、汐路さんは尋ねる。

「なあ、大町。

 ビー部とサッカー部、どっちが勝つと思う?」


 俺は答える。

「リレーメンバーの記録で行くと、陸上部が一番有利で、次がサッカー部らしいですよ」


「そうか、でも俺は今日絶好調の南木(みなぎ)に期待してビー部だと思う」

と汐路さんは自信ありげに答える。


 南木という生徒の速さは100m走でも分かったが、普段一緒に練習していた汐路さんが言うのなら実はもっと速いのかも知れない。


「あいつに先行されたら、県内有数のバックス陣でも追いつけねえんだよ。

 アンカー走らせたら勢いそのままに走れるから100m走の時よりも格段に速いぜ」

 なるほど、そうか。

 川上が俺たちに「リードしてのバトントス」を頼んだのはそんな理由からなのか。


「何にしろ、楽しみだな」

と汐路さんは腕を組み、静観を決め込んだようだ。



 やがて、選手が入場する。

 男女それぞれ予選を勝ち抜いた6チームずつ。


 女子のレースが先に行われる。

 コースはくじ引きで決めたのかスムーズに第一走者がスタート位置に着く。

 第二走者もそれぞれのコースに位置取るが、第二走者からオープンコースになるため、第三、四走者はテイクオーバーゾーンの内側で待機している。

 

「位置について。

 よーい」

 パーンとスターターピストルが鳴る。


 全者一斉にスタート。

 流石の陸上部が一歩リードして、続けて女子サッカー部、少し遅れて女子バレー部、、、。

 


 その後、陸上部がスムーズにバトントス。流石である。

 女子サッカー部はややもたつきながら、慣れないオープンコースへの変更に伴い陸上部との差が開く。


 第三走者へのバトントスは両者とも上手くいき、5メートルほどの差を詰められないまま、アンカーへとバトントス。


 陸上部はおそらくエースと思われる生徒が全力で疾走する。


 一方の女子サッカー部のアンカーは1年D組の小海さんだ。

 バトントスはスムーズに行って、そのままトップの陸上部を追走する。

 

「小海さ~ん!」

「小海さん、頑張れ!」

 D組ブロックだけでなく、そこかしこから小海さんへの応援が響く。


「行け、行け!」

と汐路さんも叫んでいる。


 差が徐々に縮まっていく。


 凄い。


 小海さんも前方に目標があるためか、100m走の時よりも速く見える。

 流れるようなスムーズな加速はまだ続く。


 一体どこまで速くなるんだ?


 そう思った瞬間に、両者ほぼ同時にゴールへ。


 

 しばらく流して走った後、小海さんと陸上部の選手が握手してる。

 小海さんがこちらへ向けて手を降っている。

 陸上部の選手が拍手している。


 女子サッカー部の勝ちだ!


 女子サッカー部が本職の陸上部に400mリレーで勝ったのだ。


 これは凄い。



 クラス対抗リレーじゃないのに感激して泣いているクラスの女子もいる。

 確かにこれは感動ものだと俺も思う。

 体育祭の女王は小海さんで決まりだな。




 続いて、部活対抗リレーの男子の部だ。

 男子バスケ部も決勝に残ったが、他に陸上部、体操部、男子サッカー部、ラグビー部、男子ハンドボール部も出場する。

 

 ルールは女子と同じだ。


 川上は第一走者なのでスタートラインについている。

 国師と古賀は第三走者なのでまだ団体で待機。

 アンカーのところにはラグビー部の南木がいる。


 今回は走る区間が違うので、川上と南木は直接勝負をしない。

 だが、川上にとってはリベンジ・マッチであるに違いない。


「位置について。

 よーい」

 パーン!スターターピストルが鳴った。


 全者一斉にスタートを切る。


 流石に陸上部の選手が一番手を走っているが、川上も良くついて行っている。

 陸上部、サッカー部、体操部、バスケ部、ラグビー部、ハンドボール部の順で第二走者にバトンを渡す。

 

 第二走者は上手にオープンレーンへと移行しつつ、追い抜きが敢行される。

 陸上部、サッカー部、体操部、ラグビー部、バスケ部、ハンドボール部の順で第三走者へバトンを渡す。

 

 頑張れ、バスケ部!


 第三走者は、陸上部が国師、体操部が古賀。

 巧みなコーナリングワークでリードを守っている。

 陸上部、サッカー部、体操部、ラグビー部、ハンドボール部、バスケ部の順でアンカーへバトンを渡す。


 頑張れ、バスケ部!


 アンカーはおそらく各チームのエースだろう。

 陸上部のアンカーは明らかに国師より速そうだ。

 その背後からサッカー部が追いかける、ラグビー部の南木が体操部をあっという間に追い抜いて3位に。

 そして、サッカー部も抜いて、ラグビー部が2位に浮上。

 しかし、そこまで。

 陸上部は面目躍如とばかりにトップでゴールテープを切った。

 2位ラグビー部、3位サッカー部、4位体操部、5位バスケ部、6位ハンドボール部


 バスケ部はなんとかアンカーで抜き返した。


 こうして部活対抗リレーは幕を閉じた。


「もう10mあれば南木が躱せたのにな」

と汐路さんは悔しそうだ。


 目の前で女子サッカー部の優勝を見ていただけに、自らの所属するラグビー部が本職の陸上部に勝つ姿を見たかったのだろう。




 小海さんや川上、国師、古賀は応援席に戻ってこない。

 引き続き、クラス対抗リレーがあるからだ。


 いくら100m走るだけとは言え、両方の代表に選ばれた選手はレースが続くのでキツいだろう。


「じゃあ、俺ももう行くわ。

 応援よろしく」

とクラスのみんなへ伝えて入場口へ移動することにした。


 女子ハンドボール部の遠見さんら、部活対抗リレーに出場していない女子のクラス代表リレーの選手も俺と一緒に入場口に向かった。


 俺たちは拍手で送り出された。


「続きましては、クラス代表リレーです。

 出場する選手は入場口へお越し下さい」

とアナウンスが入る頃には、俺たちはクラスのリレーメンバーに合流していた。


「小海さん、やったな」

と俺が祝福すると

「うん、やったよ。

 でもね、もうひとつレースがあるから、これも勝つよ」

とまたしても勝利宣言をした。

 疲れた様子はなさそうだ。


 小海さんの原動力はこの強心臓なのかもしれない。


 

 男子メンバーと合流する。

 幸い、部活対抗リレーを走った誰も怪我をしていない。

 川上に

「さっきの一走、いい走りだったな」

と伝えると

「ああ、俺は結構好調なんだ。

 だから、みんな頼んだぞ」

と帰ってきた。


「ああ、もちろんさ」

と俺は答える。


 あんな物凄いスプリンターに小中学校の頃からずっと挑み続けてきたんだ。

 それだけで、尊敬に値する。


 俺が平島先輩から一本取れたように、川上にも1勝くらい取らせてやりたい。

 これはチームみんなの願いだ。


「みんな、練習通りに走れば負けない。

 俺はスタートに全てを賭ける。

 大町はオープンレーンへの移行で接触とかしないように、って言ってもお前が当たり負けすることはないだろうけどな、とにかく気をつけてくれ。

 古賀は部活対抗リレーで見せた走りを見せてくれればいい。

 川上には絶対リードした状況でバトンを渡すから、あとは全力で駆け抜けてくれ」

と国師から最終チェックが入った。


 川上は

「とにかく頼む。

 一歩でいいから先行させてくれ。

 そうしたら俺は負けない」

とまた頭を下げた。


 古賀が

「俺が何人抜いてでもトップで渡すから安心しろ」

と心強い一言をかけていた。

 虚勢でもこういう場面ではベストな選択だと思う。


 

 まず先に、女子のレースが1年生、2年生、3年生という順番で行われる。

 続けて、同様に男子のレースが行われる。




 というわけで、まずは女子の一年生のレースだ。


 くじで1年D組女子は第3コースからスタートすることになった。


 1年D組の第一走者は女子ハンドボール部の遠見さんだ。

 運動神経の良い遠見さんならきっと大丈夫だろう。

 他の選手についての情報は俺にはない。

 さしもの川上も精神集中に入っていてさっきから一言も話さない。


「位置について。

 よーい」

 パーンとスターターピストルが鳴る。


 最初に飛び出したのは、第5コースの1年A組の生徒だ。

 確か、文芸部で井沢さんと一緒にリレーを走っていた女子生徒だ。

 スタートも早いが、足も速い。

 ぐんぐんリードを広げて第二走者へバトンを渡す。

 続けて、遠見さんも第二走者へバトンを渡す。

 現在2位。


 オープンレーンになった第二走者で、D組の走者はB組の走者に追い抜かれる。

 先頭のA組の走者も第一走者ほど速いわけではないから1位から3位までの差は少しずつ縮まる。


 A組、B組、D組の順で第三走者へ。

 今度はB組の走者がひときわ速く、A組の走者を追い抜きトップに。

 D組の走者はトップから10mほど離れてしまった。


 B組、A組、D組の順番でアンカーへバトンが渡る。


「小海さ~ん!頑張って~!」

「追い抜け、小海さん!」

 小海さんの走りに期待する声がこだまする。


 俺たちD組ブロックの想いを乗せた女王・小海さんはバトンを受けるといきなり加速した。

 100m走、部活対抗リレーの時より、一ランク上の走りをすると覚悟を決めたのだろう。

 アンカー勝負で10m差。

 かなり厳しいが、相手は先ほどの陸上部員ほどではない。

 小海さんは風を切って走る。


 残り50mのところでA組のアンカーを抜く。

 さらにB組のアンカーを追いかける。

 B組のアンカーは振り返ったりせずにひたすら前だけ向いて邁進する。

 ゴールが近づくとともに、差が見る見る縮まる。



 今度は目視でわかった。

 勝ったのは小海さんだった。

 ゴールテープを払うと、チームメイトの元に走って行った。


 抜かれたD組の第二走者の生徒は泣いてしまっていたが、小梅さんが抱きしめてあやしていた。


 応援席から

「小海、小海、小海、小海」

の大合唱。

 小海さんもバトンを持った左手を掲げて、全方位的に歓声に応える。


 ホント、すごいよ小海さん。


 出場した短距離系のレースに全部勝った。

 リレーはふたつともチームの期待を一挙に引き受けて勝利をもぎ取った。


 こうして体育祭の女王・小海さんの伝説が生まれた、とのちに言われるんだろうな。




 女王・小海さんの快走の興奮も覚めやらぬまま2年生と3年生の女子のクラス対抗リレーは終わった。

 D組は2年生が3位、3年生が4位だった。




 さて、次は俺たちの番である。

 国師、俺、古賀、川上というオーダーで400mリレーを走る。

 くじ引きは国師が行い、第3コースを引いた。

 優勝した1年D組女子と同じコースである。縁起がいい。


 俺は第二走者なので、テイクオーバーゾーンの第3コースの位置でアップをした。

 Strong Armsはアームレスリングだが、下半身への負荷もかなりかかる。

 恐らく俺の脚は疲れているだろうが、もう100mだけ頑張ってもらう。

 準備運動は女子の試合中にさせて貰ったので少しだけダッシュしてみる。

 違和感はないし、痛みもない。

 これならいけるだろう。


 第三走者の集合場所では古賀が柔軟体操をしている。

 古賀はコーナーワークが上手いので安心してバトンを渡せる。


 第四走者、アンカーの集合場所では川上が軽くジョギングしながらアップしている。

 南木とは同じ白川中学出身だそうだが、2人は全く顔を合わせようとしない。

 南木の方でも川上をライバル視しているのかも知れないな。


 何にせよ、あの国師や古賀がお前に約束したんだ、俺も守るさ。

 絶対、お前にトップでバトンを渡してみせる。




「それでは、続きましてクラス対抗リレー男子の部を始めます。

 まずは1年生男子。

 第1コース、E組。第2コース、B組。第3コース、D組、、、」

 それぞれアナウンスを受けた第一走者が観衆に手を降る。


 コース紹介が終わると早々にレースが始まる。


「位置について。

 よーい」

 パーンとスターターピストルが鳴る。


 国師はバッチリとスタートを決めて綺麗なコーナーワークをしてトップを走っている。

 2位は隣のB組か6コースのC組か?


「行け!」

と国師からバトンを受けて俺は全速力で走る。

 第二走者からオープンレーンになるのだが、トップでバトンを受け取るとコース取りも自由に出来るので助かる。

 案の定、俺が真っ先に最短距離でインコースまで走ったので、隣のB組の第二走者が前を遮られたらしく

「チッ!」

という舌打ちが聞こえてきた。


 悪いが、ここは譲れないんだ。


 第二走者は直線部分が長いから「速い選手」が走るのだそうだ。

 俺のような大柄な選手に直線だけ走らせたらそうそう抜かれるものではない。


「大町くん、頑張って~」

 という女子生徒の声援が耳に入るが、声の主が誰であろうと感謝したい。

 その声援のおかげで俺はまだまだ速く走れそうだ。


 後ろを振り返っても仕方ないので、そのまま100mを走り切って

「頼む」

と託して古賀にバトンを渡した。



 現在、D組はトップで、2位がC組に変わっていた。3位はB組。


 古賀は安定の走りで「コーナリングの上手い選手が走る区間」である第3区を快走。

 2位争いが苛烈化して、B組が再び2位に浮上し古賀に迫る勢いだった。


 アンカーの待つ位置では、一番インコースにD組の川上、その外側の隣にB組の南木がセットしている。


「古賀~!」

 川上が珍しく大声をあげて手を振る。


 そうだ、古賀は確実にリードを縮められているのだ。


「来い!」

 南木も声を出してチームメイトを呼んでいる。



 古賀から川上にバトンが渡った。

 その数秒後、南木へもバトンが渡った。


 両者の差はあってないようなものである。


「川上く~ん!」

「南木行け!」

 両陣営の声援が響き合う。



 川上のすぐ右後ろに南木がぴたりとつけている。

 このままゴールまで直線勝負である。



 これは、俺たちの想定内だ。

 川上が望んだ形だ。


 南木が右側から抜こうと出ると、川上はわずかに体を右へずらす。

 川上はインコースを完全に開けている訳ではないから、南木は左のインコース側からは抜けない。


 南木がもう一度右から抜こうと出ると、それを横目で見た川上がわずかに体を右に預ける。

 インコースは完全には空いていない。


 次は南木が大きく右に体をずらして追い抜こうとすると、それを横目で見ていた川上はそれに反応せずにまっすぐ走る。

 体が密着するくらいくっついていた両者の差は、南木が何度も外へ体を出し、最終的には大きく外に移動したことによってむしろ広がった。


 川上はもう南木を見ていない。

 チームメイトと自らの判断力が生み出したリードを信じてゴールまで駆け抜けるまでである。



 

 川上が駆ける。

 南木が加速する。


 両者がゴールに飛び込む。



 これも目視でわかった。


 勝ったのは川上だ。


 笑顔で両の拳を突き上げて、

「やったぞ~!」

と叫んでいる。


 俺たちも川上の元へ駆けつける。


 

 川上は泣いていた。

 満面の笑みで泣いていた。

「みんな、ありがとう。」

 それだけ言うと泣き崩れた。



 一方の南木はゴールから少し離れた場所で仰向けに寝そべって泣いていた。

 これはあいつにとって「駆けっこ」における川上に対しての初めての敗北なのだろうから仕方ない。


 チームメイトも誰も南木に声をかけていなかったから、俺が行こうかと思ったが、漆木先輩らしきラグビージャージ姿の生徒が声をかけ一緒にどこかへ消えて行った。

 今は誰とも話をしたくないと思うが、漆木先輩なら大丈夫だろう。

 現に、俺も復活した。



 川上が完全に燃え尽きていたので、俺が背負ってクラスの席まで連れて行った。


 クラスの女子はかなりの人数が泣いていた。

 特に高岡さんは泣いている川上の写真を取りながらポロポロと涙を流していた。


 満面の笑みの小海さんと泣いている川上というツーショット写真まで撮られていた。

 ただ、小海さんの目も真っ赤だった。




 小海さんは今回のレースをこう解説した。

「どう考えても南木くんの方が単純に脚が速い。

 ただし、セパレートレーンの場合だけなのよ、それが絶対視されるのは。

 オープンレーンのレースだとコース取りとか呼吸の読み合いみたいな要素も重要なのよ。

 確かにアンカー勝負で南木くんが先行していたら、どう足掻いても川上くんに勝ち目はないわ。

 でもね、オープンレーンで川上くんの方が先行していたら、反則にならないようにブロックしたり呼吸を読んで走る速度を変えたりして南木くんの加速を抑えることができるの。

 最初の2回のオーバーテイクを抑えたのが大きかったかな。あれで南木くんは加速し損なった。

 川上くんは長年サッカーやっててファールしないように体を入れて相手の快速フォワードを抑えるのが上手いのよ。

 ラグビーを初めて1年目の南木くんじゃあ駆け引きの経験値が足りないから、抜けないわね。いくら足が速くても。

 だから、今回はトップで川上くんにバトンが渡った時点で勝負は決まっていたってことね。

 にしても、本当にあの南木くんを抑え切っちゃうんだからすごいわよ」

とのことだ。


 上田も付け加えた。

「昔のF1のモナコ・グランプリで、明らかに性能が凄くて速い車を当時の天才ドライバーが2周だったかな?性能の劣るマシンでブロックしまくって優勝したことがあるんだけど、あれを思い出した」

 

 その話は聞いたことあるな。


 400mリレーの第四走者は「もっとも強い選手」が走る。

 その原則どおりのオーダーを組んだ俺らが勝つのも当然だったのだ。

 


 その後、クラス対抗リレーの2年生と3年生の部が行われた。


 2年D組が2位、3年D組が5位だった。



 ひとしきり川上が泣き止んだところで男女リレーチームの記念撮影をした。



 さて、長かった体育祭ももう残すところあと1種目。

 もう競技台はグラウンドの中央に設置されている。


「お待たせしました。

 これより、最終種目、Strong Armsの決勝戦を行います。

 選手入場です。

 皆様、拍手で迎えてください」

とアナウンスが入った。


 多分、もう消化試合だ。

 平島先輩が三連覇を達成するのは確実だろう。


 声援は大きく響くが、もう俺には関係ない話だ。

 そうも思えた。


 だが、自分が敗れた相手の試合を見ないなどというスポーツマンシップに反する行為を俺はしたくない。


 気を取り直して決勝戦に残った2人の先輩に大声で応援をして、勝負を見守った。


 試合は二本とも短時間で決まった。


「勝者、平島(たけし)選手!

 暁月高校の体育祭史上初のStrong Arms三連覇です!

 皆様、大きな拍手を!」


 俺も全力で拍手した。

 それだけの価値が平島先輩にはある。

 負けた先輩も良い人だった。全力で労いたい。




 その後、閉会式があった。


 簡単な挨拶と総合優勝チームの発表があった。


 優勝したのはF組ブロックだった。

 遥香さんのいるブロックだ。

 応援合戦が実ってよかったな。


 

 そのあと解散となり、俺たちD組ブロックはそのまま応援席で集合となった。


 全員の前に汐路さんが立つと総括をする。

「みんな、今日は1日どうもありがとう。

 特に1年D組のみんなはたくさん優勝してくれた。

 俺たち上級生が不甲斐ないばっかりに、総合得点で惜しくも2位だった。

 申し訳ない。俺が代表して謝る。

 今年は初めてのことだらけで面食らったと思うけど、俺たちも1年生の時はそうだった。

 でも大丈夫だ。

 来年にはきっと立派な上級生として縦割りブロックを引っ張っていってくれるものと信じている。

 明日からは文化祭で、教室発表、演劇、教室での演劇とそれぞれの予定があると思う。

 もしも、何か困ったことがあればいつでも俺たちブロックの仲間を頼ってくれ。

 暁月祭が終わった後でももちろん助力は惜しまない。

 これを機にみんなで本当の仲間になろう。

 俺からは以上だ。

 まだ後片付けとか明日の準備とかあると思うが、くれぐれも怪我には気をつけろよ。

 また、言っちまったな。説得力ねえのに。

 以上だ、解散!」


 俺たちは全員で拍手をした。


 そして、椅子を教室へ運んで明日の簡単な打ち合わせだけして下校した。

 「簡単な打ち合わせ」のつもりだったのだがつい長引いてしまい、外はもう暗い。


 帰りはもう遅いので、途中までだが井沢さんを送って行った。

 井沢さんはもう立ち直っていた。

 クラス対抗リレーを応援していて泣いてしまったと話してくれた。

 Strong Armsも感動したと言ってくれた。


 そう言えば、川上が「天啓が降りた」と言っていたのは、確か憧れの文芸部の先輩を見かけたからだったらしいなあ。

 学内くまなくチェックを入れていそうな川上が衝撃を受けるほどのお方とは俺も一度お会いしてみたいと思う。

 いや、俺には遥香さんという彼女がいるから別にやましい意味で言っているわけではない。

 単に、川上の「勝利の女神」がどんなお方なのかが気になるだけだ。


 そうだ、帰ったら遥香さんにメールしよう。

 応援団長のこと、ミスター暁月コンテストのこと。

 Strong Armsのこと、クラス対抗リレーのこと。

 無駄に長い文面にならないよう気をつけたいと思う。

 



 俺は今日1日でたくさんの先輩たちと知り合いになれた。

 文化祭期間中も様々な方々と出会うのであろう。

 楽しみになってきた。


 それから、今日は寝る前に「Round Bound Wound」のセリフの復習をしなければならない。

 Strong Armsの試合中に思い出した時には一部飛んでたもんな。


 家に帰ったら一回だけ練習しよう。


 そんなことを考えていたら、隣で井沢さんがうとうと眠りかけていた。

 乗り過ごして隣の県まで行ってしまわないように俺はしっかり起きていようと思う。

 そして、ぼーっとしないように、車窓から見える星の数を数え始めた。





(続く)

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