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羊飼いも山羊もいない  作者: 遊舵 郁
九月、祭りのころ
34/63

【30】固めし城と聳える王

 暁月祭の初日、体育祭。

 午前中のプログラムは部活対抗リレーまで終わった。


 サッカー部チームの第一走者を走った川上は勿論、陸上部で1年生ながら第三走者を走った国師、体操部で同じく第三走者を走った古賀も快走を見せ、それぞれのチームが決勝へ勝ち進んだ。


 俺・大町篤はD組ブロック代表選手としてアームレスリング大会、Strong Armsに出場するためクラス対抗リレー以外の他の競技の出場選手からは外れた。

 バスケ部のリレーチームは俺が入ってもおかしくないと考えていたが、「お前はStrong Armsがあるからそれに専念しろ」という先輩方の意見でリレーメンバーからは外された。


 Strong Armsの代表選手というのはそれだけ価値のあることなのだと改めて知らされた。


 俺の午前中の出番は午前の部の最後のStrong Armsの一回戦だけかと思って、のんびりと観戦していた。

 今更特訓も何もしようがないからである。


 ところが、借り物競走の時に1年女子のレースで1年F組の飯島さんという話したこともない女子に連れられて行き、公衆の面前でお姫様抱っこをさせられた。

 飯島さんも照れてはいたが、それがお題なのだから仕方ないのだろう。

 写真まで撮られてしまったのが実に恥ずかしい。

 あとで何と言って遙香さんに説明すればいいのだろう?


 それで終わりかと思ったが、今度は2年生の女子の先輩のレースでも、今度は2年D組の先輩が「足を怪我したらおんぶして保健室まで連れて行ってくれそうな逞しい男子」というお題を引いて、俺のところにきた。

 それだったら汐路さんでもいいじゃないか?と思ったが、汐路さんは右手に怪我をしているし、その責任は俺にあるので、甘んじてそのご指名を受けてその先輩をその場でおんぶして審査委員のいるところまでお連れした。

 勿論、写真も撮られた。

 これも恥ずかしかった。

 遥香さんに釈明すべき事項が一つ増えた。


 話を元に戻す。

 部活対抗リレーの予選が終わり、俺の出場していない男子バスケ部もなんとか決勝に進んだのを喜んでいたが、そろそろかな?と席の後方でアップを始めた。

 

 しばらくすると、

「Strong Armsに出場される選手は集合して下さい」

というアナウンスが入ったので、出かけようとすると、

「大町、気楽に行け。

 お前ならやれる」

と汐路さんが笑顔で送り出してくれた。


 ことStrong Armsに関しては、この人の応援が一番嬉しい。


 俺は足早に集合場所へ移動した。



 他の競技とは違い、Strong Armsには各ブロックの代表しかいないから出場選手は少ない。

 ただ、俺や汐路さんのようにデカくてゴツいメンバーが揃っているから、しかも殺気立っているから、その場の空気は重い。

 皆、A、B、C、D、、、とブロックのアルファベットのロゴの入った野球帽をかぶっている。

 俺は汐路さんから受け継いだアメリカの野球チームのDのロゴの入った野球帽を被っていた。


 汐路さんが出ていないにも関わらずラグビー部が多い。柔道着の選手もいる。

 学校の体操服なのは俺だけか。


 学祭実行委員の男子たちが、フィールドの真ん中にアームレスリングの競技台を設置しているのが見える。

 あれが、うちと汐路さんの家族から寄付した競技台か!

 なるほど、テレビや映画で観たものと同じである。

 俺は公正を機するためにその台を使ってない。

 そもそもアームレスリング台自体に触ったこともないから、上級生の選手よりは不利だ。

 試合しながら慣れていくしかない。



 すると、審判役であろう生徒がやってきて、ルールを説明した。


・二勝先取の三回戦方式。

・三本目に入る時には3分間のインターバルを空ける。

・利き手が違う選手同士の試合の場合のルール。

 まずじゃんけんをして勝った方の利き手で一本、次に負けた方の利き手で一本試合する。

 三本目には、またじゃんけんをして勝った方の希望の腕で試合をする。

・試合中にアームバーから手を離したり、エルボーパッドから肘が外れたりしたら反則負けで一本とられる。


 ざっとこんな感じだった。


 アームバーやエルボーパッドの規定は知らなかったが、まあ、これに抵触することはないだろう。


 

 その後、予備抽選を行った。

 本抽選でくじを引く順番を決めるのだそうだ。


 A組の代表から順にくじを引いた。

 あみだくじじゃないのが俺にはありがたかった。

 4番目に俺はくじを引き、5番目だった。


 俺の次のE組の代表は一人だけ明らかに異質なオーラを放っている柔道着の先輩。

 柔道着に「平島」と書かれている。

 背は俺の方が高いが、体のゴツさで言ったら恐らく汐路さんを上回るだろう。

「俺はStrong Armsで優勝していない」

と汐路さんの言った言葉の意味が理解できた気がする。


 平島先輩はくじを引こうとしない。

 審判役の生徒が促すが、首を横に振る。

「去年は先輩方もいたので分を弁えて俺はくじを引いた。

 ただし、今年は三年生であり、昨年の優勝者であるから、俺はその権限でくじを引かない。

 誰の挑戦でも受ける。

 だから、俺はみんながくじを引いた結果、残ったところに入れてくれ。

 それでいい」

と静かに意思を伝えた。


 審判役の生徒も

「皆がそれでいいなら構わないが、誰か反対意見のある方はいるか?」

とその場で他の選手の意見を求めるが、無論ディフェンディング・チャンピオンの男気ある意向に反対するものなどいない。


 結局、平島先輩は飛ばしてF組の先輩からまた順番にくじを引き、残った「6番目」を欠番として本抽選を行うことにした。



 それにしても、この腕っ節の強い、鼻っ柱の強い面子に向かって「俺は王者だ」と服従させる平島先輩の迫力に俺は驚いた。

 学内にこんな凄い人がいたとは!


「Strong Armsに出てみりゃわかるさ」

という汐路さんの言葉が脳裏をよぎった。


 全て合点がいった。

 俺はこの人と戦うために汐路さんから送り出されたのだ。




 審判の生徒から

「さて、入場です」

と声がかかり、A組代表から順番に並ぶ。


 入場を待っていると、俺の後ろに並んだ平島先輩から

「お前が大町か。

 あの汐路に勝ったんだってな。

 本戦で当たるのが楽しみだ。

 俺とやるまで勝ち上がれよ」

と声をかけられ、背中を軽く小突かれた。


「はい、頑張ります」

とだけ答えた。


 

 すると間も無く、どこかで聴いたような映画音楽が流れて来た。

 有名なアームレスリング映画のテーマ曲だ。

 確かにこの曲は血湧き肉躍る。



 場内アナウンスが流れる。

「お待たせしました!

 皆様お待ちかねのStrong Armsです!

 選手の皆さんに皆さん、盛大な拍手をお願いします。

 それでは選手入場です」


 アナウンス係が別の生徒に代わっていて明らかに格闘技番組の煽り系実況になっている。

 適材適所、上手い生徒がいたもんだ。

 いいぞ、こういうノリも。


 

「それじゃあ、入場します」

と審判の生徒から促され、審判を先頭に、A、B、C、D、、、順番に入場した。


 場内からは、

「行けぇ〜、平島〜!」

「平島先輩!」

「平島さん、ファイトです!」

と猛烈な平島コールがかかる。


 そのまま選手は客席の方を向いて一列に並んだ。


 クラスの席の方を見ると、人一倍大きな声で汐路さんが

「大町〜〜〜〜〜!」

と叫んでいるのが聴こえる。

 汐路さんの声はよく通る。

 ラグビーの時もあの声でチームに指示を与えているのだろう。

 滅多に燃えないはずの俺の闘志にも火がついた気がした。



 声援がひとしきりおさまるのを待って、アナウンスが入る。

「それでは、只今より、Strong Arms 第一回戦を行います!」


 すると、歓声がさらにボリュームアップする。

 平島先輩以外の応援も増えてきたが、如何せん雑然としすぎて聴き取れない。


 進行は続く。

「まずは、抽選会を行います。

 前もって予備抽選を行っておりますので、その順にくじを引いてもらいます」


 それだけでまた大歓声。


 1番目を引いた選手から次々に選手が箱に入ったくじを引く。

 くじに書かれた数字によって、ホワイトボードに書かれたトーナメント表に名前を書き入れていき、トーナメント表を作るのだ。


 俺は5番目にクジを引き。2番のくじを引き、隣に立っているC組の代表のラグビー部の先輩と一回戦で当たることなった。

 C組の代表はラグビージャージに書かれた名前から「漆木」という生徒で、背は俺よりも低い、上田と同じくらいか。

 肩幅が広く、ガッチリした体格で、強敵だろうと容易に予想はついた。

 尤も、ここに並んだ代表選手で弱そうな人なんて一人もいないのだが。

 

 その後も抽選が進み、最後までくじを引かなかった平島先輩は最後まで残っていたトーナメント表の「3番」のところへそのまま名前が書き込まれた。

 1試合勝てば、準決勝で平島先輩と当たることがわかったが、今の俺にはそんな余裕はない。

 とにかく、迷惑をかけてしまった汐路さんのためにも、応援してくれている汐路さんとD組ブロックのみんなのためにも初戦をなんとか勝たないといけない。


 可能ならば、何試合か見た後、試合の雰囲気をつかんだ状態で自分の試合に望みたかったのだが、第一試合を引いてしまったからには仕方ない。

 ぶっつけ本番でなんとかしないといけない。

 試合しながら慣れていくしかない。



 そう俺が腹を括ったのと時を同じくして、

「それでは早速始めましょう。

 第1試合はまず、C組代表の3年C組、漆木(うるぎ)選手」

とアナウンスが入る。


 会場のボルテージが上がる。

 Cのエンブレムの入った赤い日本の球団の帽子を被った漆木先輩は声援に応えて手を振りながら競技台へ向かう。

 この慣れた感じ、きっと初出場ではないんだろう。


 続けて、

「対戦するのは、今大会唯一の1年生選手、1年D組大町選手」

とアナウンスされると、それをかき消すかのように

「大町、大町、大町、大町」

という男子生徒たちの大町コールと、

「きゃー!大町くん」

という女子生徒たちの黄色い声援が鳴り響いた。


 1年生で未知数の俺に対してこの声援。

 とてもありがたい。

 勇気をもらえた。


 1年生がスタンドプレイに走るのも失礼なので、全方位的にお辞儀をしてから競技台へ向かう。


 競技台を挟んで漆木先輩に一礼。


 競技台に審判の生徒が着き、俺たちも指示通りセットする。

 案の定、肘の位置とか互いに背中を並行に保つとか慣れない姿勢にされた。

 手の握り合いとか組む前から勝負が始まっている。


「大町、お前、汐路に完勝したらしいな。

 あいつに勝ったからといって、ビー部全員に勝った気でいるなよ。

 俺がお前に勝って、平島にも勝って、ビー部最強、暁月最強を証明してやる。

 全力で来いよ!」

と血走った目をした漆木先輩は挑発する。


 俺は、あまりそういう挑発に乗らない性格をしているので、どちらかというと最適な肘の位置や手の握り方を考えながら漆木先輩と目を合わせないようにしていた。


「お手柔らかによろしくお願いします」

とだけ答える。


 申し訳ないのだが、こちらは慣れない窮屈な姿勢と格闘中で忙しいのだ。


 先ほどから熱弁を振るっているアナウンサーも、マイク片手に放送ブースを飛び出して競技台のそばにやってきた。

 競技台のそばで実況するのだろう。


 歓声がさらに増えて、もはや何も聞こえない。

 先ほどまで時々聞こえてきた汐路さんの声も聞こえない。


 審判の生徒が、肩と肘の位置をチェックして、握り込んだ拳に手を当てると、

「レディーーー・ゴー!」

 と声をかけ試合が始まる。

 

 

 案の定、肘の位置が悪すぎる。

 力が入りづらい。

 漆木先輩は確かに強い。

 しかしながら、絶対に勝てない強さではない。

 強いて挙げれば、アームレスリング競技台で戦った経験値があるのと、経験がないのとの圧倒的な差なのだろう。

 俺はジリジリと負けていく。


 そして、ダメージを残さないように早々に負けた。


 一本目が終わったので少し気が落ち着いた。

「大町く~ん!」

「行け!大町!」

 たった1人の1年生選手ということで、判官贔屓なのか俺を応援してくれる声援が意外と多いのに気づく。


「漆木先輩、もう一本です!」

「よっしゃ、漆木、行ったれ!」

 当然、漆木先輩への声援は勢いを増している。


 漆木先輩は奢ることなく、二本目に備えて準備をしている。

 隙がない。


 

 俺は次の二本目までに自分の修正すべき点を整理しなくてはならない。

 肘の置き方、肩の入れ方、握り合いに負けないこと、全て一本目から学べたと思う。

 あと、何かあったかな?と思案していると、聴き慣れた声が歓声に負けずに俺の耳に届いた。


 汐路さんの声だ!

「アイツは俺より弱いんだ、大町が勝てない訳が無い。

 大町~、帽子のツバを後ろにしろ。

 切り替えて行け~~!」

 

 そうか、漆木先輩は汐路先輩よりは弱いのか。

 ならば勝てない訳はない。

 いや、勝たないと汐路さんに申し訳ない。


 俺は願掛けとかあまり信じていないのだが、ここはひとつ汐路さんのアドバイスに従おう。

 D組ブロックの方の客席に向かって一礼した。


「それでは、二本目、用意して下さい」

と審判の生徒に促されて俺は競技台の前に立つ。

 帽子のツバを後ろ向きにしてセットする。


「なんだ、お前も汐路のマネか?

 そんなもんで強くなるなら世話ねえわな」

 漆木先輩は帽子をラグビーパンツの背中側に突っ込んでいる。


 

 肘、肩の位置、握り合いの攻防、なんとなくしっくりくる形に出来た。

 これなら行けるかもしれない。


 2人ともセッティングが速かったので、すかさず審判の生徒が

「それでは、二本目行きます。

 レディーーー・ゴー!」

 と試合を始めた。


 よし、手応えはバッチリだ。

 まずは相手としっかり組み合うことができた。


 これで負けたらお終いだ。

 学校から処分を受けかけて両親や姉貴に心配をかけた。

 怪我をさせた汐路さんの思いも俺は背負っている。

 

 俺は負けられない!

 

 ここから攻勢に出るとするか!


 少しずつ押し込み始める。

 上手く肩も入れられるようになった。


 実況アナが、すぐ側で

「大町が行く、大町が行く!」

と連呼している。


 このまま行けば押し勝てる。


 そして、そのまま押し切った。


 審判も

「勝負あり、大町!」

と俺の方を指差している。


 これで、1対1のタイに持ち込めた。


 二本先取の三回戦勝負だから、もう一本試合がある。

 これだけの相手と三本勝負するのは骨が折れる。


 そこで、

「3分間のインターバルを置きます」

とアナウンスが入ると、少しホッとした。

 客席からも安堵の声が漏れるようだ。

 観ているだけとは言え、あんなにテンションが高いままだったらみんなだって疲れるだろう。


 にしても3分間で回復できるとは思えない。

 とりあえず右腕のマッサージでもしておくか。

 やはり漆木先輩も右腕をマッサージしたり手をリラックスさせたりして回復に努めていた。


 インターバル中にも汐路さんの声は届いていたし、そこかしこから聞こえる「大町くん頑張って〜」という女子生徒からの声援は届いていた。


 そろそろかな?と三本目の準備を始めると

「時間です、泣いても笑ってもこれで決まりだ、三本目!」

とアナウンスが入り、場内が歓声に包まれる。


 競技台の上で俺と漆木先輩が組み合うと、すぐに

「レディーーー・ゴー!」

と試合が開始された。


 先に漆木先輩が仕掛けた。

「漆木が行った〜!速攻に出た〜!」

 と実況は伝えていた。


 とりあえず今は耐えるしかない。

「大町、耐える、耐える、耐える、まだ耐える」

と実況が連呼する。


 これならなんとか耐えられる、と思いつつ逆襲のタイミングを計る。


「大町くん~、負けないで~」

と悲鳴に近い女子生徒の声援も聴こえる。


 俺が負けると悲しむ女子生徒もいるのか?

 心当たりはひとりしかいないのだが、その人は公の場で俺に声援を送ったりはしないはずだ。


 汐路先輩の

「よし、耐えろ」

という声が耳に届く。

 俺も今は耐える時間だと思う。


 随分と時間がたった、と言っても数十秒だが。

 しかし、漆木先輩の表情に余裕はない。


 よし今だ!

 折しも

「今だ、行け!」

という汐路さんの声も聴こえる。

 あの人は本当に試合勘のある人だと驚かされる。


「押し切れ!行ける!」

という汐路さんの大声に後押しされて俺はさらに攻めた。


 実況も盛り上げる。

「大町が行く、行く、行く、行ったー!

 勝者、大町」


 俺は勝ち切った。

 今度は試合が決まったので、審判の生徒が俺の右手を掲げて、勝者を称えてくれた。



 その後、漆木先輩は

「大町、お前、マジで強ええよ。

 平島倒して、優勝しちまえ。

 俺以外のビー部の奴には負けんなよ」

とエールを送ってくれた。

 汐路さん同様に器のデカい先輩だ。


 がっちり握手してから中央の舞台から下がった。 


 元の位置に整列すると、隣に立っている漆木先輩は

「次に出てくる平島が暁月最強の男だ、しっかり観ておけよ」

と俺にアドバイスをしてくれた。


「軽重量級だが、一年生の時から団体戦の大将を務めている柔道部最強の男だ。

 同じく怪物と呼ばれた汐路が唯一敵わないのが平島だ」

との情報もくれた。

 この人は真剣に自分の持ったノウハウを俺に伝えようとしているのではないだろうか?

 汐路さんといい、漆木先輩といい、ラグビー部には器の大きな人が多いんだな。



 アナウンスが入る。

「お次は、ディフェンディング・チャンピオンの平島(たけし)選手です。

 ミスターStrong Arms、いよいよ登場です。

 果たして史上初の三連覇は成るのか!?」


 やはりこの人が最強の男。

 二連覇中か。


「対するは、2年A組・・・」

 ラグビー部の部員のようだ。


 側に寄ってきた漆木さんに肩を組まれた。


「悪いが、勝負は決まったようなもんだ。

 あいつじゃ平島には勝てっこない。


 汐路が平島に勝てないのには大きな理由がある。

 あいつには他の選手にはないアドバンテージがあるんだ。

 よく見ておけ。

 ルールの確認も怠るな」

とさらなる忠告が入った。


 

「平島選手、左利きのため、まずはじゃんけんで勝負する腕を決めます」

とアナウンスが入った。


 競技台の前で2人がじゃんけんして平島先輩が勝った。


 まず一本目は平島先輩の利き手である、左腕での勝負となった。


 がっちり組み合ってセットする。

 近くで見ると、平島先輩の方がひと回り体が大きい。

 A組の代表は慣れない左手での試合ということで、落ち着かないようだ。


「レディーー・ゴー!」

と掛け声がかかる。

 次の瞬間、バン!というクッション音が響いた。


「勝者、平島!」

 当然ながら瞬殺であった。


 あっけにとられた。

 いくら相手の利き手じゃないからといって、あそこまで本戦で圧勝するとは!


 漆木先輩はさらに語る。

「あんなのは当たり前だ。

 俺が相手でもああなるだろう。

 見モノはここからだ、見逃すなよ」


「続いては、右腕での勝負となります」

と続けざまに右手で組み合ってセットする。


 

 今度は利き手じゃない右手でセットする平島先輩だが、当たり前ながら慣れた様子。

 右利きの選手との試合がほとんどだから落ち着いたものである。


「レディーーー・ゴー!」

と掛け声がかかる。


 A組の代表選手が勝負に出たのがわかった。

 ここで一本返せば勝利が見える。

 もう一回じゃんけんして勝てば、三本目も右手での勝負となるのでアドバンテージが活かせる。


 ところが、である。


 平島先輩は微動だにしない。

 相手が全力で攻撃し、反則ギリギリで体重を乗せているのに平然と耐えている。


 全力で攻め続けた相手が一瞬息を吸った途端に、バン!とまたしてもクッション音が鳴った。

 平島先輩、二本連続奪取で勝利である。


 審判の生徒が平島先輩の左手を取ってたかだかと掲げている。


 場内は平島コールで大騒ぎだ。



「な、凄えだろ?

 俺、あいつが右腕でも負けるところ見たことねえもん。

 それに柔道家は相手の呼吸を読んでカウンターかましてくるから気をつけろ」

と呆れ顔の漆木先輩。


 そんな情報まで与えてくれるとは人の良い先輩だ。


 実況アナウンサーが

「平島選手の次の対戦相手は、先ほど勝利しました大町選手です。

 これは楽しみな対戦になりますね」

と急に話を振ったので、俺は全方位お辞儀をして応えた。


 その後も一回戦の試合があったのだが、平島先輩の圧倒的な強さの前には全て霞んでしまったのと、どのみち平島先輩に勝たないことにはそれらの選手とは対戦することができないから研究しても仕方ないので、俺は平島先輩の試合を何度も何度も脳内で再生して研究した。


 

 そして一回戦が無事に終わり、俺たち選手は拍手に包まれて退場した。

 ここでお昼休みだ。

 一回戦を終えた安堵感からか、俺はようやく空腹感を覚えるようになった。

 無意識に緊張していたのだろう。


 退場口では、川上と上田と汐路さんが迎えてくれた。

 口々に「よくやった」と褒めてくれた。


 そのまま教室に移動したが、教室ではクラスメイトが拍手で迎えてくれた。

 みんなきっと応援してくれていたのだろう。


 頑張ったのは俺だけじゃない。

 みんなそれぞれの種目で頑張ってくれた。


 100m走を制した小海さん、障害物競走で優勝した古賀、借り物競走で1位を取った高岡さん。

 みんな頑張った。

 1位以外でもたとえ最下位でもみんな怪我なくよく頑張った。


 中には悔し涙を流した者もいたけれど、川上は上田に小牧先輩のことでまだ絡んでるし、井沢さんはお疲れのようだけど安住さんたちと一緒に歓談している。


 体育祭なんだから、みんなが笑顔で何よりだ。



 さて、俺も弁当を開けて食べ始める。

 しっかり食べないとあの平島先輩にとてもじゃないが太刀打ち出来ない。


 今日のおかずは豪勢だ。

 当たり前だが、両親とも俺がStrong Armsに出場するのは知っているから、弁当には精がつく料理が揃っている。


 気になったのが、弁当と一緒に入っていた懐紙で包まれた謎の物体。

 調味料とかソースの入ったケースだといけないので、開けて見る。


 すると、2つのきんつばと手紙が入っていた。


「篤へ


  負けるな!


      佳織」


 姉貴からだ。

 きんつばの包装紙をよく見ると、実家の近所の商店街の燕庵のものだと分かる。


 姉貴から俺の大好物の差し入れである。

 これは嬉しいかも。

 姉貴もたまにはいいことするなあ。

 食後にありがたく頂戴することにする。


 にしても、「頑張って!」じゃなくて「負けるな!」ってところが如何にも姉貴らしい。


 自分に負けない、というのが姉貴のモットーなのだ。


 俺も自分に負けないように気合いを入れねばなるまい。


 結構ボリュームのあった弁当の後で、きんつば2個ってキツいかなと思ったが軽く食べることができた。

 燕庵のきんつばなら何個でも入りそうだ。

 

 

 昼飯を食べ終わった後。国師からリレーメンバーの招集がかかった。

「大町、怪我はしてないな」

と尋ねられたので、俺は大丈夫だと答えた。


 国師は午前中の競技を見ていて、今日の主だったスプリンターの調子を見たところ、

「女子は小海さんが絶好調で、男子は南木(みなぎ)が絶好調だ。他にも何人か調子のいい選手、思ったより速い選手はいるけどとにかくB組の南木だけには負けられない。川上のためにもな」


 国師は下手に気を使わない。

 川上も分かっているから黙って頷く。


「オーダーは変えない。

 B組のアンカーは間違いなく南木だが、うちも川上をぶつける。

 いいよな」

と国師はメンバーに意図を伝える。


「ああ異存は無い」

と俺が答えると、

「勿論、川上で勝負だ」

と古賀も答える。


 すると、川上が

「みんな、ありがとう。

 お礼ついでに、みんなに頼みがある。

 ほんの一歩でいい、僅かでいいからリードして俺にバトンを渡してくれ、そうしたら絶対に俺がトップでゴールを切る。

 頼む」

と頭を下げる。


「ああ、勿論、俺から古賀までトップを走ってお前にバトンを渡すさ」

と国師が請け負う。


 俺と古賀も同意する。


 川上を絶対勝たせる、そう皆で誓った。



 そんな訳で昼休みもあっという間に終わり、みんな体育祭の午後の部へ向けてグラウンドへ向かった。

 




(続く)

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