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羊飼いも山羊もいない  作者: 遊舵 郁
九月、祭りのころ
33/63

【29】走る歩兵と動じぬ城

 今日は暁月祭の初日、体育祭が開催されている。


 最初の競技である100m走に出場したクラスメイトを間近で応援してきた。

 感動した。

 私、井沢景は今、名状しがたい高揚感に包まれていた。




 100m走の興奮も冷めやらぬ中、体育祭実行委員の皆さんが次々にトラック上に障害物を置いて行く。

 そう、次は障害物レースだ。



 クラスの席に戻ると、体操部の古賀くんとハンドボール部の遠見有希さんがウォーミングアップをしている。

 2人とも、難しいことで知られる障害物リレーに立候補してくれた。

 頑張って欲しい。


 そんな合間に100 m走に出場した川上くんと小海さんがクラスの席に戻ってきた。

 川上くんは

「すみません。

 負けました」

と照れ笑いしながら頭をかいていたが、まだ目が赤かった。


 クラスの全員は温かい拍手で迎えた。


 小海さんは、

「有言実行、やったよ」

と笑顔でVサインしている。


 そんな無邪気な女王をクラスのみんなは温かい拍手とものすごい数のシャッター音で迎えた。




 障害物競技はトラックを一周する競技なので、各自チームが自分たちの席から応援することになる。


 やがて、選手集合のアナウンスが入り、古賀くんと遠見さんがスタート地点に向かう。



 コースを見渡す。


 スタートから10mほど先に麻袋が置いてあり、そこからしばらく恐らく麻袋に入ってピョンピョン跳ねながら移動するであろう区間があり、その先に、縄で編まれた網が置かれてあり、あの網をくぐって出ると、跳び箱6段があり、その後、2台の平均台があって、その先に机があって、その上に何か置かれている。その区間の終わりにも机が置かれてあって、最後はハードルを5台クリアーしたらでゴール、というコースだ。


 こんな難しいのは運動の苦手な私には無理。

 運動神経のいい遠見さんが引き受けてくれて助かった。



 周りの生徒も同じように感じたのか、遠見さんが怪我をしないか心配をしている。

 不思議と古賀くんを心配する声はない。体操部だもんね。



「それでは、ただ今から障害物競争をします。

 まずは1年生女子からです」

とアナウンスが入る。


「位置について。

 よーい」

 パーン!スターターピストルが遠くで鳴る。


 勢いよく飛び出した遠見さんは麻袋の中に入ると、なんとか飛び跳ねつつ「麻袋区間」をクリア。

 転倒している生徒もいる。

 私だったら大怪我しそうだ。


 続いて、網潜り。

 上位3人はほぼ横並び。

 遠見さんも頑張って首位争いしている。


 続いて、跳び箱6段。

 2台しかないので、一歩遅れた遠見さんが待つ羽目に。

 しかも先に跳んだ生徒のうちの一人がお尻をついちゃって止まっている。

 仕方がないから空いてる方の跳び箱を跳ぶ。

 遠見さんも跳びきれずに途中でお尻をつきつつ何とか跳び箱をクリアー。

 平均台は難なくクリアして謎の机に向かう。現在、第3位。


 机の上にあったのはスプーンとピンポン球。

 スプーンの上に乗せたピンポン球を落とさないように15mくらい運ぶのだ。

 前方の2人は一度ずつピンポン球を落としてしまい机のところからリスタートしていたので、その隙に抜き足差し足の遠見さんが追いついて、最後は3コースに並べられたハードル5台に挑戦。


 全員、ハードルが得意なわけではなく、もたつきながらなんとかゴール。

 遠見さんは最後のハードルを引っ掛けてしまい、その分遅れて3位だった。


 当然、D組ブロック席からは盛大な拍手が送られた。

 本人はさぞや悔しかったと思うけど、あんな大変なレースに出てくれてゴールできただけで拍手喝采されてしかるべきだ。

 チームのみんなも同じ思いで観てくれていて嬉しかった。


 

 次は2年女子、その次は3年女子となり、D組の先輩が前を通る時には全員で応援した。



「次は男子障害物リレーです。

 準備をしますので、しばらくお待ち下さい」

とアナウンスが入る。


 準備って何?


 そう思っていると、体育祭実行委員の10人くらいの男子が跳び箱の大きな台を持って、跳び箱の元に集合。

 まさか?と思っていると、案の定、跳び箱の段数を8段まで上げている。


「昔は男子の跳び箱が10段だったらしいよ。

 でも怪我した生徒が続出して8段になったんだって」

と情報通のひかりちゃんからの解説が入った。


 なんとか綺麗に積み上がって、何人かの男子が試しに跳んで確認してから両腕で丸を作って合図するとその場から離れて行った。


「さて、準備も整いましたので、まずは1年生男子から」

とアナウンスが入る。


 スタートラインには古賀くんがいるのが辛うじて分かる。


「位置について。

 よーい」

 パーン!スターターピストルが遠くで鳴る。


 男子生徒は流石というか女子よりスピードが早い。

 麻袋ジャンプも難なくこなし、網潜りも女子と違って髪が引っかかるとかないからスムーズだ。

 さて、問題の跳び箱。

 ほぼ同時に4人の男子が到達したので、、、、2組に別れてじゃんけんしている!

 あっ、古賀くん、じゃんけんに勝ったのね。


 ポーンっと古賀くんの体が軽く宙を舞い、綺麗に着地。

 さすがは体操部。

 屋外だし、着地マットもふかふかのものではないから特に難しい技をしなかったけど、それでもあの高いジャンプと綺麗な姿勢。

 芸術点があったら彼は高得点を得ただろう。


 他の生徒も次々に跳び箱8段をクリア。


 平均台は古賀くんにとっては、廊下を歩くみたいなもんだから難なくクリア。

 僅かずつだが他の生徒との差が開いて行く。


 さて、お次は体操と全く関係ないスプーンでのピンポン球運び。

 今まで培ったリードを生かし、これまた遠見さんと同じように抜き足差し足で慌てず進む。

 追いすがる後続者に辛うじて追いつかれない。

 逆に焦った追いかけている生徒の方がピンポン球を落としてリスタートしているくらいだ。


 最後のハードルは綺麗に抜き足しながら5台を難なくクリアー。


 2位に5秒ほどの差をつけて1位でゴール。


 流石だよ、古賀くん。

「よっしゃー、古賀、偉いぞ!」

 上田くんも大声を張り上げている。



 2年生、3年生も怪我人を出すことなく無事に障害物競走が終わった。




「じゃあ、行ってくるね」

とひかりちゃんが、バレー部の鹿田くんと次の二人三脚に出場するために席を離れた。


 上田くんが恨めしそうに鹿田くんに絡んでいるのが、面白かった。

 男子って、そんなことに必死にこだわれるんだね。

 これには大町くんも呆れ顔だった。


 川上くんはさっきから姿を見ない。

 思うところがあるのだろう、そっとしておこう。




「次は、男女混合二人三脚です。

 応援よろしくお願いします」

とアナウンスが入る。


「1年生の部からです」

 チームカラーのワインレッドのハチマキをしめたひかりちゃんと鹿田くんが片足ずつ縛られて肩を組んでスタートラインに立っている。


 二人三脚はトラック半周200mを走る。

 カーブもあってなかなか難しそうだ。

 当然、セパレート・コース。


「位置について。

 よーい」

 パーン!スターターピストルが遠くで鳴る。


 全員勢いよく飛びだし、、たかに思えたが、いきなり転倒するコンビもいた。

 ひかりちゃんと鹿田くんは何とかリズムをつかんだようでマイペースで歩みを進めている。


「ひかりちゃん、頑張って〜!」

「鹿田〜、頑張れ〜!」

 クラスの生徒からもそれにつられた2、3年生たちからも声援が飛ぶ。


 イチ、ニ、イチ、ニ、と掛け声しながら一歩一歩進んでいるのが遠くからでも口の動きで見て分かる。

 ひかりちゃんが笑顔なのは余裕のある証だ。


 ちょうどD組のブロックの席の前のところがゴールで、なんとか3位でゴール。

 上位の2組は明らかに速すぎたので、かなり練習したのだろう。

 そんな中、転倒したり怪我したりせずに3位なら良かったと喜ばないとね。


 足首の紐を解いてもらってから、ひかりちゃんと鹿田くんは応援席に向けて笑顔で手を振っている。

 うん、こういうのが体育祭だよね。


 本格的すぎる100m走や難易度が高い障害物リレーに圧倒されていた私は少しホッとした。


 さて、次は何だったかしら。


「じゃあ、景ちゃん、そろそろ私たちも行きましょう」

 ん?

 振り向くといつの間にか戻ってきた高岡さんがいた。気のせいか目が赤い。


「井沢さん、高岡さん、準備できてる?

 横手もOKみたいだから、もう行こうか」

と上田くんからも声をかけられる。


「えっ?もう出番なの!?」

と驚く。

 

 そう、次は私の出場する借り物競走なのだ。


 すると案の定

「借り物競走に参加する選手は集合して下さい」

とのアナウンスが。


 いや、待って、心の準備が、、、。


「もう、行かないと」

と高岡さんと上田くんに手を引かれて私はスタート準備地点に向かった。


 向かう途中、

「もし、借りる目標が『人』で困ったらD組のブロックの席に来てくれれば、俺たちも一緒に考えるから深く考えるな」

と汐路団長が声をかけてくれた。


 神出鬼没でいつも私たちを助けてくれる。

 こんなに頼もしい人が「味方」にいるのは本当に頼もしい。

 


 集合場所で、体育祭実行委員の生徒から簡単な競技の説明があった。

 

 「よーい、ドン」でスタートラインから30m走って、机の上にある封筒を一つ選んで、審査委員の生徒のところへ持っていき開封。

 借りてくるべき物や人を探しに行く。

 戻ってきたら審査委員の生徒のところに行き、判断を仰ぐ。

 OKならそのままゴール。

 不可であればもう一度探しに行かないといけない。


 借り物レースは1年生、2年生、3年生の順で行う。

 各学年、男子1組、男子2組、女子1組、女子2組、の順番で行う。

 エントリーするレースは出場者名簿から出席番号順に割り振られているので変更は認められない。


 とのことだ。

 

 1年D組は上田くん、横手くん、私、高岡さん、の順でレースに出る。



 男子が先だから、どんな感じか見られるのでちょっと安心した。



 

 説明が終わるとさっさと競技開始になる。

 すでに時間が押し気味だそうだ。


「これより、借り物競争を始めます。

 全校生徒の皆さん、先生方、何卒ご協力の程をよろしくお願いします」

とのアナウンスがあった。


 そうだ、人に物を借りないといけない、人に同行をお願いしないといけない。

 私は知り合いが少ないから心配だな。

 でもそういう時はD組ブロックの席に行こう。

 きっと誰かが手助けしてくれる。



「まずは、1年男子、続けて、1年女子です」


 そうアナウンスが入って上田くんがスタート地点に立つ。

 当たり前だが、スタンディングスタートである。


「位置について

 よーい」

 パーン!スターターピストルが鳴る。近くで聞くと結構耳が痛い。

 次からは耳を塞いでおこう。


 上田くんが勢いよく飛び出す。

 2番目くらいに机にたどり着き、封筒を一つ選んで審査委員の生徒の前に並ぶ。

 1番目に封筒を開封された生徒は首をひねりながら、恐らく自分のクラスの席へ向かう。

 2番目の上田くんは、封筒の中身のお題の書かれた紙を受け取るとすかさずダッシュで客席へ向かう。

 でもD組ブロックじゃない。どこへ行くの、上田くん?

 その後も次々に生徒が借り物を告げられて散って行った。


 さて、上田くんの姿は見当たらない。

 何を借りに行ったんだろう?


 すると、最初の生徒が帰ってきた。

 手にしているのはチームの団旗であった。恐らく自分のチームのだろう。

 審査委員の生徒の判定はもちろんOK。

 1位が決まった。


 次に戻ってきたのは、また別のクラスの生徒で、団扇であった。

 チームによってはお揃いの団扇を作っているところもあるので、それを借りてきたのだろう。

 審査委員の生徒の判定はもちろんOK。

 2位が決まった。


 その次に戻ってきたのは、上田くんだ!

 その後ろには知らない3年生の女子の先輩が小走りに走っている。

 上田くんも先輩に合わせてゆっくり移動しているようだ。

 私の頭には「あの人は誰なの?」という疑問しかなかった。

 審査委員の生徒の判定は、、、、OKなようだ。

 上田くんはガッツポーズをして、お連れした女子生徒と握手して、その場でその先輩と別れ、順位順に並んでいる列に加わった。

 一体、どんなお題だったのだろう?


 次々と生徒が戻ってきたが、概ね順調で1人だけが審査委員のOKがもらえず、彼は再度挑戦して最下位で終わった。

 


 きっと、難しいお題はあまりないのね。

 ちょっと安心した。


 次の1年男子2組目は横手くんの出番だ。


 号砲とともにスタートすると、2番目に封筒を得て審査委員の前で封筒を開封されると、一目散に大会本部の置かれているホームストレート側を超えて姿を消した。

 何を探しに行ったの?


 横手くんが姿を消して、しばらく経つと次々に生徒たちが「借り物」とともに戻ってきた。

 今回は数人がやり直しを命じられ、3着までが決まった。

 そんなタイミングで、横手くんが現れた。

 肩にハードルを担いでいた。


 何よそれ!男子じゃないと無理、っていうか、非力な男子じゃ無理じゃないの!!


 肩で息をしている横手くんは、もちろん審査委員からOKをもらって4位となった。



 女子の部はあんな文字通りハードルの高い要求はこないよね。

 私は自分をそう思い込ませることで何とか緊張をほぐそうとした。


 次は、1年女子1組目、私の番だ。

「じゃあ、高岡さん、先に行くね」

「景ちゃん、頑張ってね」

と高岡さんに別れを告げて私もスタートラインに立つ。



 耳を塞いだままスターターピストルの音を聞き、駆け出した。

 私は足が遅いので、机に到達したのが最後だったので、封筒は一つしかなかった。

 案の定、審査委員の生徒の前には列ができている。

 待っている人が焦らないで済むように、審査委員はテキパキと開封して「借り物」を選手に伝えている。

 私の番もすぐに回ってきた。


「1年D組さんですね、お題はコレです」

と封筒から取り出した紙に書かれた文字を見て私は内心ほくそ笑んだ。


「身長180cm以上の男子生徒(注:実際に計測します)」

 

 やった!

 これならすぐに思い浮かぶ。

 大町くんだ!

 大町くんなら頼みやすいし、きっと一緒に来てくれるだろう。


 私はホッとしながら、足早に1年D組の席へと急いだ。

 

 

 1年D組の応援席に辿り着くと

「大町くん!

 大町くん!

 一緒に来て欲しいんだけど」

と私はクラスのみんなの前で声を上げた。


 私の声は低いのであまり響かない。それでも声の限り大町くんの名前を読んだ。



 でも返事がない。

 他の生徒よりも一際背の高い彼が見当たらない。


 もしかして、席を外している?

 え?

 ちゃんと借り物競争の前にアナウンスがあったのに。

 「ご協力下さい」って。



 私は思わず泣きそうになった。

 気づいたひかりちゃんと小海さんが声をかけてくれた。

「どうしたの?

 大町くんが必要なの?」


 私はその心遣いがとても嬉しくて、

「ありがとう。

 うん、お題で求められているのが大町くんなの。

 大町くんはいないの?」


 川上くんまでやって来た。

「大町ならいない。

 さっきF組の飯島さんに連れて行かれた。

 で、お題はなんだったんだ?

 『大町篤』って書いてあったわけじゃないだろ?」


 そのF組の飯島さんって誰なの?


 そこで私は気付く。

 そうか、似たようなお題があれば大町くんくらいの有名人なら先を越されても仕方ないか。

 全ては私の足が遅いせいだ。

 悲しいけど、運動が出来ないとこんな易しい競技でもクラスの役に立てないんだね。

 そう考えると余計に泣けてきた。 


 私は答える。

「お題はね『身長180cm以上の男子生徒』なの。

 実際に計測されるから、大町くんくらいじゃないと駄目なのよ」

と紙をみんなに見せる。


 川上くんはホッとした顔で言う。

「なんだ、どこにも『大町篤』って書いてないじゃないか。

 これなら大丈夫だよ、井沢さん。

 俺、身長が182cmあるから、条件クリアできるよ」


 小海さんは言う。

「大町くんが大きすぎて目立たないけど、川上くんは背が高いのよ。

 空中戦にも強いんだから。

 ほら、連れて行きな」


 川上くんは周りを見渡しながら

「他にもその条件をクリアする男子ならいるけど、もう俺がいるからいいじゃん。

 行こうぜ」

と私の手を引く。


 私は涙の出かかった目をジャージで拭いながら審査委員の生徒の前に並んだ。

 一番最初に戻って来ていた女子生徒が、審査を受けている。

 横にいる大きな背中は大町くんだ。

 

 審査委員から

「それじゃあ、どうぞ」

と言われると、大町くんは隣にいた女子生徒をお姫様抱っこしている。

 しばらくそのままキープして写真撮影までされている。

 なんのお題なのあれ?


 もちろんOKが出て、その女子生徒が1位のところへ並びに行き、真っ赤な顔をした大町くんは笑顔で手を振るその女子生徒に見送られ、自分の席に戻って行く。


 続いて、審査を受けた生徒もOKが出た。


 その次、そのまた次の生徒は審査委員のOKが出ず、私の番になった。


「身長180cm以上の男子生徒ですね。

 それでは実際に計測します」

と実行委員の男子たちが保健室から持ち出したであろう身長計を運んで来て、靴を脱いだ川上くんの身長を測った。


「まるで新弟子検査みたいだな」

と軽口を叩けるようになったあたり、川上くんは先ほどの屈辱から立ち直りつつあったのだろう。


「182.3cmです。合格です」

と審査委員から言われて、私もOKが出た。

 川上くんには何度もお辞儀してお礼を言った。

 そして、3位の位置に並んだ。


 私の後に並んだ生徒ややり直しを命じられた生徒もなんとか及第点をもらえたようで、1年女子1組目は終わった。



 次は高岡さんの出場する1年女子2組目である。

 きっと私の奔走ぶりを見ていたから、きっと困ったらクラスのみんなに相談に行くだろうと思うので、あまり心配はしていない。

 クラスの席にはひかりちゃんがいるから相談しやすいだろう。

 

 私と同じく耳を塞いで号砲を迎えた高岡さんは、若干速歩き気味の速度でお題の封筒が置いてある机へ向かう。

 彼女は主治医から激しい運動を禁止されているから仕方ない。


 当然、最後に机に到達して一つだけ残された封筒を持って、審査委員の前の列の最後尾に並ぶ。

 次々に生徒が目標物を目指して走り去った後、静かになったその場で封筒を開封され、お題を告げられる。

 それを見た彼女は、また足早に大会本部のテントの中へ向かう。

 姿が消えてほんの1分後、英語のジェームズ先生を連れて審査委員の前に戻って来た。

 判定はOK。

 ジェームズ先生にお礼を言ってから、1位の場所に並びに来た。

 私と目が合うと、ニコっと微笑んで、小さくガッツポーズをした。


 その後、1年女子2組目は混乱を極め、高岡さん以外の生徒は複数回NGを出されてやり直させられていた。

 みんなどんなお題だったのだろう?


 

 そうして、ようやく1年女子2組目が終了すると、1年生の出場者は三々五々クラスの席に戻って行った。


 クラスのみんなが興味を持ったので、どんなお題が出たかを答え合わせした。


 まずは上田くん。「憧れの先輩(男子も女子も可)」だったそうで、3年生の小牧先輩を連れてゴール。

 説得に手間取って3位だった。


 上田くんは狙い通りだったようで満面の笑みであった。

 川上くんが羨ましそうに上田くんを見ていたことはこの際見なかったことにしよう。


 次の横手くんは「障害物競走に使った障害の一つ」。

 もう後片付けがされているという無理難題だったのだが、かろうじて体育倉庫へ突撃してハードルを担いでゴール。

 目標物探しと物が重かったのが災いして4位。


 私、井沢は「身長180cm以上の男子」というお題を身長182cmの川上くんでクリアして3位でゴール。


 なお、1年F組の飯島さんは3番目に封筒をひき、「お姫様抱っこしてくれる王子様」というお題に対して、大町くんを呼びに来て1位でゴール、審判の前で実際にお姫様抱っこしてもらってOKが出たそうだ。


 大町くん、一部ファンには王子様扱いされちゃってるのね。

 確かに飯島さんという生徒は女子にしては背がすらっと高かったから大町くん位の体格の男子じゃないとお姫様抱っこは難しいんでしょうね。

 このお題でなら大町くんを横取りされても仕方ないかな?


 4組目の高岡さんは「外国人の英語の先生(英語で交渉)」だったそうな。

 うちの高校には外国人の英語の先生が数人いるが、その中でも授業を受けたことのあるジェームズ先生を連れて1位でゴール。

 英語で交渉、という条件もきっと体育祭実行委員たちから英語の先生たちに伝達してあったのだろうけど、高岡さんにとってはいとも容易い限定条件だったに違いない。

 私だったらパニックを起こしてダメだったかなあ。




 とりあえず借り物競走が終わり、私の出番は終わった、と思って一息ついた。


 しかしながら、クラスの席の後方から、

「すみません、井沢景さんはいらっしゃいますか?」

と馴染みのある上品な声が響いた。


 雑談していた川上くんも上田くんも声の方へ目を向ける。

 私もその目線を目で追う。


 やはり、稜子ちゃんだった。

 筑間稜子ちゃんは1年A組で文芸部の部員。

 そういえば午前中に予選があったはずだからそろそろかなと覚悟をしていたが、呼びに来たのが先輩方ではなく稜子ちゃんだったのは意外だった。


「はい、行きます」

と私は答え、高岡さんに一声かける。

「じゃあ、部活対抗リレーに行ってくる」

「頑張ってね」


 その会話を聞いていたクラスの数名が、

「もうそんな時間か」

と準備を始める。


 川上くん、小海さん、古賀くん、国師くん。みんなクラス対抗リレーに代表選手として出るようなメンバーだ。

 こんな人たちと私は一緒に走るの?

 おかしくない?


 部活対抗リレーは午前に予選があり、午後に決勝がある。

 体育会系・文化系に因らず、男子・女子の部員が一方でも4人以上いる部活は強制参加なのだ。

 

 文芸部は女子だけ出場する。

 女子は5人いるけど飯山先輩は

「こういうのは下級生の役目です」

 と出場を辞退。

 仕方ないね。


 勿論、男子部員は2人だけなので不参加。ずるいな。


 予選は全部で3組あって2位までが決勝進出。

 文芸部は第3組を走る。文字通り走るだけになりそうだ。


 ちなみに第3組は、吹奏楽部、文芸部、卓球部、陸上部、女子バレー部の組み合わせである。

 うちのチームは私、稜子ちゃん、岡谷先輩、中野先輩の4人で走る。


 数日前に簡単なバトン練習をする際に走る順番も公正にくじ引きをした。

 

 結果として、稜子ちゃんー岡谷先輩ー私ー中野先輩というオーダーになった。




 部活対抗リレーはまず女子の部からスタート。

 第1組では小海さんがアンカーを走った女子サッカー部が1位通過。

 第2組では女子テニス部が女子ハンドボール部を僅差で躱し1位通過。

 そして第3組である。


 うん、何事も参加することに意義があるのだ。

 転ばずにバトンをつなげることだけ考えよう。

 なにせ第3組には本業の陸上部女子と瞬発力のありそうな女子バレー部がいるのだ、誰も我々には期待しないだろう。


 「位置について」


 稜子ちゃんのクラウチングスタートが様になっているのに見惚れる。

 そう言えば彼女は元テニス部員でバリバリの体育会系だったんだよなあ。


 「よーい」

 パーン!スターターピストルが遠くで鳴る。

 見惚れていて耳を塞ぎ忘れた。


 流石は陸上部、見事なスタートだ。

 その他の走者は少し離れて行きそうだが、1人だけすごい勢いで追走してるな。

 あれ?どこかで見たことあるなあ、あの女子生徒。

 第2コースって文芸部じゃん、あの快走する生徒は稜子ちゃんなの!?


 あっという間に100mを走りきって、なんと2番手で岡谷先輩にバトンが渡る。

 2走からはオープンコースだからどうしても小柄な岡谷先輩には不利である。

 案の定進路を塞がれて、3位に後退。

 えっ、でもまだ3位なの?


 見る見る岡谷先輩が近づいてくる。


「お願い!」

とバトンが私に渡る。

 なんとか落とさずに済んだが、どう足掻いて走っても私は足が遅い。

 どんなにもがいても前には進まない。


 2人の走者に追い抜かれて5位、つまり最下位になってしまった。


 もう泣きたくなってきた。

 だから体育祭なんて嫌なのよ。


 半べそをかきながら、

「お願いします」

と中野先輩に必死にバトンを渡すと、中野先輩はポニーテールを颯爽となびかせて走り出す。

 中野先輩は絶望的なまでに開いた4位との差を詰めて、最後は吹奏楽部をギリギリで追い抜いてゴール。

 

 結果は5チーム中、4位だった。

 予選落ち。


 私のせいだと思うと、泣けてきた。


 遠くの方では、稜子ちゃんが陸上部員たちに取り囲まれている。

 そりゃ、スカウトしたくなるでしょ、あの健脚ぶりは。


 岡谷先輩、中野先輩に連れられてなんとか退場すると、飯山先輩と松本先輩と須坂くんが退場口で出迎えてくれていた。


「お疲れ様でした」

 笑顔で出迎える飯山先輩に私は思わず抱きついて泣いてしまった。


「泣きたい時は、泣きなさい」

 そういう飯山先輩に甘えて私は泣いた。


「私が走った時はもっと酷かったのよ」

 などとひとしきりあやされて、私が落ち着いた時には、もう部活対抗リレーの男子の部の予選が終わっていた。


 退場する際に、飯山部長に泣きついている私を見かけた川上くんは一瞬固まっていた。

 憧れの飯山先輩を間近で見た感動だったのか、私の泣き崩れた姿に己の姿を重ねたのかは判らない。




 

 少し落ち着いてから顔を洗ってクラスの席に戻った。


 次の競技では、フィールドの真ん中によく分からないゲーム台みたいなものが置かれていて。選手はまだ誰もいない。

 何?これ。


 ひかりちゃんに訊くと、

「今から、Strong Armsの一回戦が行われるんだよ」

との返事が。


 ああ、腕相撲大会か。

 そういえば応援席に、大町くんの姿がいない。

 あれはアームレスリング用の競技台なのかな?



 すると、ブロック席の中央にある1年D組の席の前に汐路団長が出て来て

「よし、午前中最後の競技だ!

 みんなで大町を応援するぞ!」

と煽っている。


 すると間も無く、どこかで聴いたような映画音楽が流れて来た。


「昔のアームレスリング映画のテーマ曲だ」

と汐路団長が不慣れな一年生のために解説する。


「お待たせしました!

 皆様お待ちかねのStrong Armsです!

 まさに最強の男を決める戦い!

 選手の皆さんに対して、皆さん、盛大な拍手をお願いします。


 それでは選手入場です」


 アナウンス係が別の生徒に代わっている。

 明らかに格闘技番組のアナウンスっぽい感じの口調だ。


 すると。野球帽をかぶった選手が入場して来た。

 それぞれがブロックを代表する剛腕の持ち主というだけあって、みんな大柄でゴツい人ばかりだ。

 おそらくA組代表から入場したのだろう、前から4番目を大町くんが歩いて入場している。


 野球帽はみんな被っているが、服装はまちまちだ。

 ラグビーシャツ、ラグビーシャツ、ラグビーシャツ、ラグビー部多すぎ。

 柔道着の選手もいる。

 大町くんだけ学校の体操服。

 なんか可愛く見える。


 場内が歓声に包まれる。

 体育館でやってたらすごい音量になっただろうな。


 選手が全員大会本部前に整列する。


 左から右へ、帽子のエンブレムがA、B、C、D、、、と続いている。

 

「大町の帽子は俺からのプレゼントだ」

と汐路団長。


 自分を怪我させた相手に後を託す、王道に滾る展開ではないか。

 ホント、この先輩は器が大きい。


「それでは、只今より、Strong Arms 第1回戦を行います!」


 歓声がさらにボリュームアップする。


「まずは、抽選会を行います」


「前もって予備抽選を行っておりますので、その順にくじを引いてもらいます」


 次々に選手が箱に入ったクジを引く。

 結果をホワイトボードに書き入れていき、トーナメント表を作る。


 大町くんは5番目にクジを引いた。

 2番を引き、1回戦でC組の代表と当たることになった。

 

 最後までクジを引かなかった柔道着の選手は予備抽選で最後の番号だったのか、そのまま名前がトーナメント表の空欄に書き込まれた。


「大町、第1試合をひきやがったな。

 アイツだけ初出場だから雰囲気を味わってからの方がよかったんだが」

と汐路団長が渋い顔をしているが、そんなことにはお構いなくアナウンスが流れる。


「それでは早速始めましょう。

 第1試合はまず、C組代表の3年C組・・・」

 会場のボルテージが上がり、その先は聞こえない。

 Cのエンブレムの入った赤い日本の球団の帽子を被ったラグビー部員だ。

 この人も汐路団長ほどじゃないけど大きくてゴツくてなんだか怖い。


「対戦するのは、今大会唯一の一年生選手、1年D組・・・」

とアナウンスされると、それをかき消すかのように

「大町、大町、大町、大町」

という男子生徒たちの大町コールと、

「きゃー!大町くん」

という女子生徒たちの黄色い声援が鳴り響いた。


 すごいのね、大町くんの人気って。


 競技台に審判役の生徒が着き、先ほどから熱弁を振るっているアナウンサーも競技台のそばにやってきて実況する体制が出来上がった。


「大町〜!落ち着いていけ!」

とボクシングのセコンドのように汐路団長が声をかけているが、大町くんのところまで届いているかどうかは分からない。


 審判から両選手が何か説明を受けた後、握手して競技台にセットした。

 遠くからだと大町くんの表情は読めない。


「レディーーー・ゴー!」

 掛け声がかかると、試合が始まる。

 


「大町く〜ん!」

「行け!大町!」

 たった1人の1年生選手ということで声援も大町贔屓が多い。


「おいおい、まじか」

 汐路団長が驚きの声を上げる。


 一本目が終わった。

 ラグビー部の先輩の勝ちである。


「アイツは俺より弱いんだ、大町が勝てない訳が無い。

 大町〜、帽子のツバを後ろにしろ。

 切り替えて行け〜〜!」

 心の声がダダ漏れしている汐路先輩がまた大声を上げる。


 とはいえ、この歓声の中であそこまで声が届くのかしらん?



 果たして、大町くんには汐路団長の声が届いていたようで、こちらに向けて一礼すると、帽子のツバを後ろに向けて被り直した。


 あっ、それ、なんか映画で見たことあるよ、私。

 なんか燃える映画だったなあ。



「それでは、二本目行きます。

 レディーーー・ゴー!」

 今度もしばらく硬直状態だ。


 これで負けたらお終いなのに。

 大町くん、学校から処分を受けかけてまで出場したのに。

 汐路団長が怪我してまで応援しているのに。


 

 するとどうだろう、少しずつ大町くんが押し始めたようだ。

 私から見えたわけではない。

 実況アナが、

「大町が行く、大町が行く!」

と連呼していたからだ。


 そして、そのまま

「勝負あり、大町!」

と大町くんの方を指差している。


 これで、1対1のタイだ。


 確か二本先取の3回戦勝負だから、もう一本ある。


「3分のインターバルを置きます」

とアナウンスが入ると、客席からも安堵の声が漏れる。


 

 大町くんもC組の先輩も右腕をマッサージしたり手をフラフラさせたりして回復に努める。

 三本連続で全力を出すのはキツいのだろう。


「時間です、泣いても笑ってもこれで決まりだ、三本目!」

 場内が歓声に包まれる。

 インターバルタイム中にも女子生徒から

「大町くん頑張って〜」

という可愛らしい声援が止まなかった。


 2人の選手が組み合うと、すぐに

「レディーーー・ゴー!」

と試合が開始された。


 先にC組の先輩が仕掛けた。

 そう実況が伝えていただけだが。


 大町くんは耐えているようだ。

 これも実況の受け売り。


「大町くん〜、負けないで〜」

と悲鳴に近い声援も飛ぶ。


 C組の先輩は完全にヒールである。 

 相手が悪かったね。


 もはやセコンドと化した汐路先輩は

「よし、耐えろ」

「今だ、行け!」

「押し切れ!行ける!」

と大声を出している。


「大町が行く、行く、行く、行ったー!

 勝者、大町」

 今度は勝敗が決まったので、審判が大町くんの右手を掲げて、勝者を称えている。


 その後、C組の先輩とがっちり握手してから、揃って中央の舞台から下がった。 


 なんか客席で泣いている女子生徒もいる。

 何、この盛り上がりは?



 そして、試合は続く。

「お次は、ディフェンディング・チャンピオン・・・」

 さらにすごい人が出てくるのね。




 でもちょっと私は疲れた。

 感動した、焦った、嬉しかった、悔しかった、泣いた。

 半日であまりに沢山の感情を吐露した。


 盛り上がっている最中で申し訳ないけど、少し涼しいところで休もうと思う。

 もうすぐお昼休みだから教室で休んでいよう。

 これ以上頑張りすぎたら私は5日間の暁月祭を乗り切れない。

 体力がないのだから、少しぐらいのズルは許して欲しい。


 


(続く)

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