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羊飼いも山羊もいない  作者: 遊舵 郁
秋は夕暮れ
30/63

【27】前夜に後夜の備えをす

 俺、大町篤と両親は9月の第1日曜日に汐路さんの家へお詫びに行った。

 幸いにも汐路さんご一家のご厚意もあり大事にはならずに済んだ。

 学校からの処分も口頭による厳重注意、という名の訓話だけで終わっていた。

 

 汐路家へ伺った翌日、頭痛がひどい。人生で初めて経験する気持ち悪さも残っている。

 理由は言えない。


 だが、なんとか1日の授業を受けた。

 こんな理由で保健室に行ったり、早退したりして、その理由が学校側にバレたら、それこそ俺は終わりである。

 帰りのホームルームで沢野先生からまた呼び出された。


 要件は、その前日に汐路家と大町家から寄付したアームレスリングの競技台の話。

 汐路さんのお父さんが学校へ連絡を入れて話をつけてくださり、学校側も寄付をありがたく受け取ることにしました、との伝達であった。

 レンタルする予定だった競技台はキャンセルした、とのこと。



 その後は、文化祭の練習が始まる。

 しばらく練習を休みがちだったのと、体調不良だったので、台詞が抜けたり台詞を噛んだりする。

 井沢さんがプロンプターをやってくれて、なんとか通し稽古ができるレベルにまで成り下がってしまっていた。

 舞台監督の川上も他の演者たちも誰も文句を言わないで、俺が台詞を間違えるたびに何度もやり直しに付き合ってくれた。

 本当にありがたいやら情けないやらで泣けて来る。



 その日も遅くまで居残り練習して家に帰った。

 シャワーを浴びて夕食を食べ、寝る前にdynabookに向かい、メールチェックだけすると長いメールが届いていた。

 遥香さんからだった。

 俺は遥香さんに泣き言を言いたくはなかったのでずっと何事もなかったように振舞っていたのだが、噂を聞きつけた遥香さんが俺を心配してメールがくれたのだった。

 その文面には「1人で抱え込まないで、無理しないでね」という優しい言葉に満ちていた。

 俺は事の次第を全て伝え、相手の怪我も軽傷で俺も何とか厳重注意だけで済んだから安心して欲しいことだけ伝えた。

 これからはどんなことでも必ず話します、と約束をした。

 




 その後、遥香さんの言葉に胸のつかえが取れたのか俺の芝居もその後の練習で向上し、暁月祭の前日には何とかつかえながらだが最後の長台詞を言えるようになった。


 陣中見舞いに来てくれた汐路さんはまだ右手首にサポーターは巻いていたが、

「もう痛みはないから安心してくれ」

と話してくれていた。

 この言葉も俺を後押ししてくれたと思う。



 暁月高校の学校祭=暁月祭は、9月第2木曜日から第3月曜日の5日間に渡って開催される。

 初日が体育祭。学内行事である。

 2日目から5日目までが文化祭。

 週末の土日にあたる3日目と4日目は一般に公開される。

 最終日は2年生の演劇発表のファイナル・ステージがあり、ここまで残った3クラスの演劇を全校生徒で観て投票し、グランプリが選ばれる。


 そして、暁月祭の最後に行われるのが、後夜祭とも呼ばれるバーニング・ナイトが行われる。

 


 バーニング・ナイトは、ボーンファイヤー(焚き火)を学校のグラウンドの真ん中で燃やして、その周りの全校生徒が男女並んでフォークダンスを踊るという、実に牧歌的で後夜祭らしいイベントだ。

 意中の異性とお近づきになれるというかも知れないことで、後夜祭を一番楽しみにしている生徒は多い。

 実際、学祭の準備中に親しくなってこのバーニング・ナイトを機会に付き合い始めるカップルも多いらしい。



 バーニング・ナイトでは、冒頭にオープニングアクトが行われるのが恒例である。

 グラウンドなのでアコースティックギターかカラオケくらいしか使えないが、テーマ曲としてオリジナルの歌を全校生徒の前で披露する栄誉が与えられる。

 

 これもオーディションがあって、多数の応募があった。

 学祭実行委員(文化祭実行委員と体育祭実行委員)による一次審査を突破すると二次審査は全校生徒による投票となる。

 選ばれた3曲の音源を9月第2週、つまり今週の月~水曜日に昼休みに校内で流し、水曜日の昼休みの放送後に投票、放課後に投票結果を発表するという、学祭直前の雰囲気を盛り上げる一つのイベントだ。


 二次審査に残ったのは、


・アコースティックギターに合わせて1人の男子生徒が歌うJ-POP調の曲

・男子生徒の英語ラップに女子生徒のポップ・ミュージック調の英語の歌唱を絡めた曲

・女子生徒3人によるアカペラの合唱曲


という3組だった。

 


 俺は歌うのは苦手なので自分が応募しようなどとは考えなかったのだが、川上と上田は「Up & Up」というユニット名で実はエントリーしていたらしい。

 「Up & Up」はあっけなく一次審査で落選したようだ。

 どんな歌を歌ったのかは音源を聴いてないからわからない。

 あいつらは部活と学祭準備でとても忙しいはずなのにいつの間に曲作りまでしてたんだ?

 それにしても、演劇のみならず音楽までこなすとは、あの2人はどれだけ器用なんだろう?



 今日の放課後、つい先ほど開票結果が明かされた訳だが、意外にもラップの入った洋楽のような曲が選ばれた。


 ラップをしているのは2年生の先輩で歌っているのが3年生の先輩だそうだ。


 川上情報によれば、ラップをしているのが、2年の坂木(ゆう)先輩。川上と同じ白川中の出身で、アメリカからの帰国子女だそうだ。

 道理で英語のラップがうまかったわけだ。

 まあ、アメリカ人の全員がラップできるわけじゃないだろうから、本人の努力と才能の賜物なんだろうけどね。

 ちなみに部活は水泳部だそうだ。


 歌っているのは、3年の小牧(ゆう)先輩。

 英語部だそうだ。道理で英語の発音が綺麗だったわけだ。

 歌ももちろん素晴らしかった。


 同じ読みの名前の2人だけれど、別に付き合っているわけではなく、坂木先輩が歌のうまさに定評のある小牧先輩の噂を聞きつけて、英語部を訪れて急遽結成したコンビらしい。

 ユニット名は、「U feat. U」というそっけないもので、曲名は「Circle around the Fire」とこれもオーソドックス。

 ただ、ラップも歌唱も良かった。


 ボーンファイヤーでフォークダンスの前に歌う曲なんだから、アコースディックギター一本で歌っていた曲が一番ぴったりだと俺は思って投票したのだが、みんなはそういうのを気にしないで自分がいいと思ったものに投票したんだな。如何にもうちの高校らしい。




 その日は暁月祭の前日ということで事実上、最終の通し稽古となった。

 残念ながら俺は何箇所がセリフを噛んでしまい、長台詞も途中でつかえてしまったが、川上からも及第点をもらえたので、その日はお仕舞いとなった。



 教室外で組み上げられていた大道具や、教室の隅で製作されていた小道具類も全て教室、否、小劇場のしかるべき位置に設置されて、準備万端整った。

 衣装・音響・大道具・小道具、、、みんないい仕事をしてくれたと思う。


 次は俺たち役者が頑張る番だな。


 今や開演を待つばかりである。



 その日は、暗くなる前に解散となり、俺もさっさと帰宅した。

 ただでさえあんな問題を起こした上に、学祭準備で帰宅時間が遅いので、こんな日くらいは品行方正にしていないと両親も気が休まらない。



 シャワーを浴びて夕食を食べ、部屋に入るとメールチェックをする。

 2年生の演劇は忙しいのだろう。

 遥香さんからのメールはない。




 1人で芝居のおさらいをしていると、ドアがノックされて姉貴が入って来る。


 姉貴はさっそく本題に入る。

「学祭の準備はどう?」

「俺の演技以外は順調だ」

とありのままを答える。


「あっ、そう。『木の役に定評のある大町篤』が台詞のある役をする日が来るとはねえ」

と長年、学芸会や文化祭での俺の姿を見て来た姉貴も感慨深げである。

「だろ?完全に場の空気に飲み込まれてしまった感じだぞ」

 思い返すだにこのキャスティングは巻き込まれたとしか表現できない。


 軽く流すかと思いきや、急に真剣な表情で姉貴は応えた。

「でしょ?あんたはすぐに周りに迷惑をかけまいとして、敢えてその場の空気に流されているフリをして苦労している。

 今回のアームレスリングの件も、あんたは結局悪くないと思うのよ。

 だから誰もあんたを責めないでしょ?

 責めてるのはうちの親だけ。

 やってしまったことは後悔しないといけないけれど、あんたは悪くない。

 だからいつまでもくよくよしてちゃダメだよ」


 思わず、俺は言葉を失った。

「・・・

 姉貴もたまにはいいこと言うなあ」

「たまに、じゃないでしょ?

 だいたいね、そんな辛気臭い顔で喜劇を演じられても客は笑えないって。

 もう済んだことだから笑いなって」

 そう姉貴は言うが現在の心境でそんなに笑える訳がない。


「わかった」

「その顔が笑ってない!」

 姉貴は容赦ない。


 俺は必死に笑ってみせる。

「わかった」

「作り笑いは気持ち悪いからやめて。

 これ以上あんたのおさらいの邪魔してあんたの芝居がもっと下手になったら困るから、もう行くわ」


 それだけ言うと姉貴は部屋から出て行った。


 俺の部屋には鏡がないので、その時どんな表情をしていたのか俺は知らない。



 喜劇は笑顔で演じないとダメだな。

 何か笑えるものは、、、あ、そういえば今日の演劇の練習の終わりに川上と上田が「また、チャットで会おう」とか言ってたなあ。

 覗いてみるか。


 学校のチャットルームにログインして一覧を眺めると、ほとんどが学祭の打ち合わせで、すでに満室である。

 2年生のクラスはほとんど打ち合わせをやっているし、規律の厳しい吹奏楽部もミーティングをしている。

 1年生のクラスでも打ち合わせをしているところはあるが、1年D組は、、、もちろんやってない。


 そして、案の定、そこだけ明らかに異質なチャットルームを見つけた。



ルーム7:今度はバーニング・ナイトでどの子と踊りたいか語ろうぜ!

時刻  :18時から

メンバー:自由 (124人)

備考  :男子有志一同。もちろん、女の子の参加もお待ちしております!



 あいつらだ。

 うちのクラスは大丈夫なのか?


 それにしても、バーニング・ナイトのフォークダンスに対してここまで熱くなれるとは、もはや尊敬の念しか抱けない。


 こんな時くらい、たまには俺も馬鹿騒ぎに参加してみるか。



「18:56 れぶりんさんが入室しました」



【Upstream】:

 おう、れぶりんさん、久しぶり。

【翼のある俺】:

 れぶりんさん、だと!?

 お久しぶり~。

 美人のお姉さんはお元気?

【Upstream】:

 今日もお姉さんと一緒に見てるの?



 予想通り、あいつらだ。

 姉貴のことまで覚えてやがる。


 

【れぶりん】:

 こんばんは!

 で、今どんな感じですか?

【Upstream】:

 れぶりんさん、挨拶もそこそこに、いきなり本題に入っちゃう?

 飛ばすね~!

【翼のある俺】:

 れぶりんさんのそういうアグレッシブなところ、好きだぜ!



 確かに、川上と上田には違う意味でアグレッシブすぎる俺の一面を見せてしまったので、今回はこれは否定できない。



【れぶりん】:

 俺はアグレッシブかどうかはさておいて、

 姉は今いません。

【Upstream】:

 お姉さんいないの?

 まあ、それはそうだわな。

【翼のある俺】:

 じゃあ、れぶりんさんのために簡単なおさらいを。



 と上田が語ったのは、とてもアホらしい、長時間にわたる男子たちの熱い討論の成果であった。


 結局、前回のチャット「この際だから学内でどの子が一番可愛いか決めようぜ!」は24時間の時間制限で強制終了した。

 まさか運営側も24時間連続でチャットをしている生徒が出現するとは思わなかったため、突然シャットダウンされたそうだ。

 そのせいかしばらくチャットスペースが使えずその場は解散となったらしい。


 以後は、お盆休み明けになったからみんなも部活や文化祭準備が再開して忙しいため、毎日3時間ずつ議論を重ねて下記のように決まった。


<この際だから学内でどの子が一番可愛いか決めようぜ!>

(1)1年生

 1位:豊岡さん(テニス部)

 2位:生坂さん(新聞部)

 3位:飯島さん(吹奏楽部)

 ドジっ子枠:山形さん(合唱部)

 

(2)2年生

 芹田(せりた)先輩(美人:吹奏楽部)

 諏訪先輩(綺麗・凛々しい:バスケ部)

 久保先輩(可愛い:水泳部)    


 2年生は順不同の三強。 

 順位つけられずドロー。

 

 次点、中野先輩(ツンデレ:文芸部)


(3)3年生

 1位:桑村先輩(美人:演劇部)

 2位:飯山先輩(クールビューティー:文芸部)

 3位:小牧先輩(癒し系:英語部)



 ご苦労なことである。



 ちなみに俺はこの中で「諏訪先輩」という人しか知らない。

 みんなの情報収集能力の高さはこれから社会に羽ばたいた後もさぞや役に立つことだろう。



 あとは誰とバーニング・ナイトでフォークダンスを踊りたいか?という話をしているところだそうだ。


 これは順位とかつけなくて、あくまでも希望を語りながら前夜を盛り上げようという緩やかなチャットだそうだ。

 俺でもついていけそうだ。


 

 うちの高校はただでさえ女子が少ないので、男子の方はダンス待ちの列ができる。


 それどころか、昨年はモテる男子生徒のところに女子の列ができたとか。


 そればかりか、当時1年生だった遥香さんのところには、遥香さんと踊りたい女子生徒の列ができたらしい。



 そんなたわいのない雑談が続く中、



【翼のある俺】:

 じゃあ今夜は前夜祭と称して、

 みんなで誰と踊りたいかどうかを語り明かそうぜ!



 と上田が仕切り始めた。

 

 明らかに流れに乗れてない俺が合流して情報共有を行い、それが済んだから本題に戻ろう、ということだ。



【烏は飛ぶよ】:

 じゃあ、俺言うね。

 豊岡さん。



 おそらくハンドルネームと上田への返しから察するに、バレー部の1年生だろう。

 もしかして、鹿田か?

 いやいや、余計な詮索はしまい。



【エースで四番】:

 あっ、俺も豊岡さん。



 うちのエースピッチャーは4番打者じゃなかったはずだけど、野球部にもファンがいるのか、豊岡さん。



【俺は45度】:

 俺も同じく、豊岡さん、です。


 

 45度ってハンドボールのポジションだよな。

 そういえば、うちのクラスのハンド部の、、いや詮索はよそう。

 あいつも豊岡さんのファンなのか。



【ムーンサルト】:

 僕は飯島さんです。



 体操部もいるのか!

 前もいたかな?このハンドルネーム。


 うちのクラスの体操部員、、、いたな。



【先鋒こそ最強】:

 俺は、生坂さん一筋!



 このハンドルネームも前に見たな。

 剣道部?柔道部?

 とにかくわからんがどうでもいい。

 一筋ってところが男らしい。


 そういえば、横手が以前「団体戦では先鋒で出るのが一番おいしい」とかなんとか言っていたような気がするが、気のせいだろう。



【リバウンド王】:

 まず1年生から挙げて言っているんだよね。

 彼女がいるけど、俺は山形さんと踊りたい。

【Upstream】:

 何、彼女だと?

【リバウンド王】:

 ああ、他校だけどな。

【翼の生えた俺】:

 う~、ギリギリセーフだな。

 って言うか、俺にも彼女を紹介して下さい。

【Upstream】:

 俺にもお願いします。

【リバウンド王】:

 切り替えが早すぎです。

【翼の生えた俺】:

 ねたんでも何も生みませんから。

【Upstream】:

 つまんねえし。

【リバウンド王】:

 お前ら、面白すぎ。



 このリバウンド王さんってバスケ部のレギュラーの先輩なんじゃないかな?

 確か、3年生が引退する前からレギュラーとしてセンターのポジションでプレーしたとある先輩には女子校に通う彼女さんがいたはずである。



 川上と上田は先輩たちまで巻き込んでいるのか!

 否、先輩たちまで川上と上田に巻き込まれているのか?



 それにこのハンドルネームは、正体はバスケ部でインサイド・プレーヤーをしている俺ではないかと間違えられかねないものだ。

 小谷先輩が暴走しないことだけを切に願う。

 あの先輩なら大丈夫だろう。



【ナンバー8】:

 もう2年生の子の名前を挙げてもいいかな?

【Upstream】:

 気にせず自由に発言して行きましょう。

【ナンバー8】:

 俺は断然、諏訪さんだな。



 ナンバー8ってことは、ラグビー部か!

 しかも遥香さんの名が挙がった。

「諏訪さん」と言ったからには2、3年生か。

 汐路さんじゃないよな。

 あの人はポジションがロックで、「監禁ドラフト」の時も

「大町くん、君ならロックができる。俺とコンビを組んで花園を目指そう」

と何度も言われたから覚えている。

 汐路さんじゃないとはいえ、やはり遥香さんは人気があるのか。

 複雑な気持ちである。



【ピンポン飯】:

 僕も諏訪さん。



 また遥香さん。

 何部の先輩かわからないが上級生からの書き込みだ。

 女子にも男子にも人気があるとは、、、。

 俺はバーニング・ナイトの当日は遥香さんと踊れないかもしれないな、、、。

 胃が痛くなってきた。


 まだ続くのか?

 


【恋人は打楽器】:

 僕は芹田先輩です。



 流れが変わった。

 ありがとう、恋人は打楽器さん。

 吹奏楽部員なのだろう、相手が2年生で芹田先輩と呼んでいるのだから1年生か。

 女子の先輩に憧れる、俺と一緒か。


【かえる泳ぎ】:

 俺は、2年の久保さん。


 かえる泳ぎさんは2、3年生のおそらくは水泳部員。

 同じ競技の女子部員に目が行くのは俺も同じか。

 


【名人竜王棋聖】:

 中野さん!


 

 中野さん、中野さん、、、ああ、井沢さんに頼まれて文芸部の手伝いをした時に名前が出てたな。

 お会いできなかった。

 そういえばあの時も川上と上田がはしゃいでたのを思い出した。

 囲碁将棋部と文芸部に交流とかあるのかな?



【ニューヨーク】:

 僕は、小牧さんと踊りたいです。



 小牧さんは3年の英語部員か。

 バーニング・ナイトのオープニングアクトを行うことが決まった「U feat. U」の歌唱担当の先輩だ。

 ニューヨークさんはハンドルネームから察するに同じ英語部なのかもしれないな。

 「小牧さん」と呼んでいるくらいだからニューヨークさんは3年生なのだろう。

 最後のバーニング・ナイトで願いが叶うことを俺は願っている。



【ガラスの怪人】:

 僕は桑村先輩です。



 ハンドルネームから察するに演劇部員で、1、2年生なんだろうな。

 3年の桑村先輩が卒業する前に踊れるといいな。




 こうしてチャット参加者が次々名前を挙げていった。

 匿名性がこういう形で発揮されるのは悪いことじゃない。

 誰も下品な発言をしないし、悪口を言ったりしないのも好感が持てる。

 馬鹿馬鹿しいを通り越して微笑ましい、とすら思える。


 おそらく女子生徒たちもどこかで「バーニング・ナイトでどの男子と踊りたいか語り合いましょう!」という話題に花が咲いていることだろう。


 

【Upstream】:

 じゃあ、次は俺ね。

 俺にはもう心に決めた人がいるけど、それは置いておいて、

 どうせなら3年生の飯山先輩が良いです。



 誰のことを置いておいたのかよくわからないが、川上が文芸部の飯山先輩のファンなのは先日知ったので、別に驚かない。

 「どうせなら」というのは卒業する前に、ということなのだろう。



【翼の生えた俺】:

 そう来たか?

 それじゃあ、次は俺ね。

 3年の小牧先輩と2年の中野先輩と1年の生坂さんと踊りたいです。

【Upstream】:

 お前、節操ないな。

 後は、、、、言いたい人いる?

【翼の生えた俺】:

 あっ、れぶりんさんはまだだっけ?



 上田め、余計なことを。

 いや、そうじゃなくて、これは遅れて参加した俺を場に馴染ませようとするあいつならではの気配りなんだけど、今はダメだ。



【れぶりん】:

 まだです。

【Upstream】:

 じゃあ、次はれぶりんさん。



 川上にしてもそうである。

 悪気どころか、優しさしかない。

 だが、今はそれが辛い。



 俺は川上や上田に対して嘘をつけない。

 「もちろん諏訪先輩」と答えればいいだけの話である。


 しかし、女子生徒が並んでいる列の中にいる自分の姿を想像して撤回し、そもそも俺はバーニング・ナイトで必死にならなくてもいいのではないか?と思い至り、



【れぶりん】:

 俺は誰でも、順番に踊れればいいよ。



と答えた。

 これは嘘偽りのない気持ちである。

 みんなで楽しく盛り上がる行事なのだから、みんなと楽しく踊ればいい。

 シンプルな回答だ。



【翼の生えた俺】:

 どーせ、れぶりんさんには美人のお姉さんがいるからいいよな。

【Upstream】:

 実に羨ましい。

 そうだ、その件だけど、お姉さんは文化祭に来てくれるのか?

【翼の生えた俺】:

 俺も、そこが聞きたかった。

【れぶりん】:

 多分、来ると思う。

【Upstream】:

 じゃあ、是非、、

 1年D組の演劇が面白いらしいという評判を聞いているから、

 是非とも観に行って欲しい、と伝えてくれないか?

 舞台監督がどうやら天才らしいぞ。

【翼の生えた俺】:

 俺の聞いた話だと主役が超絶笑わせるらしいぞ。



 チャットでも自分のことを「イケメン」とか書かないんだな。あいつららしい。



【れぶりん】:

 わかりました。

 姉には伝えておきます。

【Upstream】:

 よろしくお願いします。

【翼の生えた俺】:

 頑張ります!

 俺の名演技を是非ともご覧ください!


 上田、お前は完全に素性がバレたぞ、ってもうとっくにバレているか、この2人に関しては。



 その後もとりとめもない話で盛り上がり、21時になったので、そのまま解散となった。





 学祭の前日はやはりテンションが上がる。

 今年は初めて迎える高校の学祭だ。


 体育祭では、400mリレーに出る。

 そして、汐路さんとのひと騒動があったStrong Armsに縦割りの代表選手として出場する。

 

 どちらもクラスやチームのみんなの期待を背負った競技だから万全を期さないといけない。



 明後日からは文化祭だ。


 クラスの教室演劇はなんとか俺も間に合った。

 「なんとか間に合った」というのが正直なところで、あとは本番の舞台で練り上げながら完成させていくしかないのだろう。



 寝る前にメールチェックをした。

 遥香さんからのメールは来ていた。


 2年生の演劇の準備が忙しいこと、元気ない時はいつでも連絡して欲しいこと、暁月祭の期間中はすれ違いがちだろうから、終わったらまたデートしようねということ、などが書かれてあった。

 学祭の後にも楽しみが増えた。



 大きな学校行事の前でかなりテンションが上がって来たのに、その先に楽しいイベントが増えた。


 今夜は、ワクワクしてきっと眠れないのだろうな?と床についたのだが、ここ数日間の心労のせいか、朝までぐっすり眠ることができた。




(続く)

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