【14】見知らぬ星に咲く花の名前
7月に入っても私、井沢景は文芸部の部誌2冊に寄稿する原稿に悩まされ続け、一向に筆が進まない。
はっきり言って一文字も書けない。
創作というものがいかに大変なのか?ということについて、私はその直後に文芸部を突然訪れた来訪者による騒動から多くを学ぶことになるのだが、この時点ではまだぼんやりと暗闇の中を手探りで進むようなことだとしか認識していなかった。
先日の白熱した文化祭の小劇場演劇の演目決めから数日後、朝のホームルームで沢野先生から話があった。
「『Round Bound Wound』の上演に関して『劇団:津川塾』の許諾を得ることが出来た」
とのこと。
ホッと胸を撫で下ろす者、最優秀賞でも取ったかのようにはしゃぐ者、心なしか元気がない隣の大町くんなど、悲喜こもごもである。
話はまだ終わっていない、と沢野先生は釘を刺す。
上演に際し、厳しい制約が加えられたが、それを全て受領したので演出に際してくれぐれも留意するようにとのこと。
津川マモル先生は、自作を大切になさっているので、脚本の改変、演出の変更、シーンやセリフの省略、セリフの変更は一切認めない、とのことでした。
厳しいなあ、それはさすがに。
でもよく考えると、「オリジナルのままで上演しろ」ということなので、無駄な改変をすることもないから演出助手が私としてはむしろ助かるのかな?
そして、戯曲の使用料について学祭委員から質問が出たが、
「そんな問題は大人の事情だから君たちは気にするな」
と大人の余裕を見せる。
沢野先生のそういうところが、クラスのみんなから慕われている要因だと思う。
すでに舞台監督となることが決まっている川上くんが質問する。
「脚本を読むとは登場人物が全員男性っぽいのですが、自分たちの上演でもキャストを男子にしないといけないんでしょうか?
せっかくだから女子にも出てもらいたいんですが、そうしてもいいですか?」
すると、その質問を予想していたかのように沢野先生は答える。
「役名は苗字のみだから性別は問わない、とのことだったよ」
うちの高校は共学だから、沢野先生は上演の許諾を取る際にその確認もしておいてくれたのだ。
生徒のためにそこまで気を回してくれる先生なんて、そう多くはあるまい。
上演の許諾を取った後で、津川マモル先生から戯曲のPDFとともに「劇団:津川塾」による「Round Bound Wound」の公演のDVDを送付されてきたとのこと。
早速、クラスの人数分の戯曲のコピーを作り、帰りのホームルームの時間に試聴覚室を借りて舞台のDVDをみんなで見る。
昼休みに戯曲を読んだ時にも思わずワクワクしたのだけれど、それを役者さんたちが演じる舞台を見るとさらに面白い。
こんなに面白い演劇を候補に挙げてくれた高岡さんは偉い!
1時間15分の舞台を見終えると、教室に戻って、正式に1年D組の演劇「Round Bound Wound」のスタッフとキャストを決めた。
主なスタッフとキャストはこう決まった。
・舞台監督:川上くん
・演出助手:私、井沢景
・出演:上田くん(主役)、大町くん、安住さん、小海さん
高岡さんは舞台写真を担当してくれることになった。
他のみんなもほぼ全員が立候補でそれそれの役割についた。
大町くんは最後まで渋っていたが、舞台監督の川上くんから
「俺の舞台にはお前の情熱が必要だ」
という謎の説得を受けて
「俺はどちらかというと『もっと本気出せ』と叱られる方だぞ!」
と、ごもっともな反論をしていたが、最後は川上くんのスライディング土下座によってやむなく
「川上、頭上げろよ、やるから。俺、舞台に上がるから」
と渋い顔で引き受けた。
キャストに立候補してくれた小海由乃さんは、女子サッカー部に入っていて、ショートカットのボーイッシュな子。
竹を割ったようなカラッとした性格なので男子にも女子にも友達は多い。
小海さんは、文化祭の人気行事のひとつ、「ミスター暁月コンテスト」、早い話が男装女子コンテストにクラス代表で出場することが決まっている。
演劇にも率先して立候補してくれた。
原作者から男子しか出ちゃ駄目っていう制約が出されたら男装して出る!とまで息巻いていた。すごいね。
「Round Bound Wound」の体制が決まって、何度かクラス全体で打ち合わせをしたところで夏休みに入った。
夏休み中にも教室で舞台稽古を行う。キャスト以外の人も大道具や小道具を作ったり、衣装を作ったり、音響効果の打ち合わせをしたりと忙しい。
休み中なのにこれだけ多くの生徒が教室にいるのが当たり前なのが不思議でならない。
むしろ、うちの高校は文化祭の準備のために夏休みを設けているのではないか?と思えてくる。
夏休みは各部活にとっても勝負の時期である。
男子サッカー部の川上くん、バレー部の上田くん、バスケ部の大町くん、クイズ研究部の安住ひかりちゃん、女子サッカー部の小梅さん、私以外はみんな部活が忙しい。
ひかりちゃんは文化系の部活だけど、見事に学内選抜予選を勝ち抜き、高校生の全国クイズ大会の県予選へ出場するメンバー入りしたため、合宿やら、強豪校との交流戦で忙しいのだ。
ちなみにそのクイズ大会は全国大会まで進むと東京に行き、そこで勝ち残ると海外に行けるらしい。
そうなったら、稽古とかどうすんの、ひかりちゃん?
本人曰く
「私の実力では全国に行けないから安心してていいよ。
でも、万が一海外に行っちゃったら代役をよろしくね」
とのこと。
そう不吉な予言を残して、クイズ研究部は早々と他校との合同合宿に行ってしまった。
部活の練習や試合でキャストが欠けた時に立ち稽古で代役を務めたり、川上くんがいない時に演技指導をしたりするのが全て私になってたりする。
いつの間にか私が要石になっちゃってるじゃない!
大変だ~、今更逃げられない。
夏休みだというのに胃が痛い。
胃薬を飲んでいる社会人さんの気落ちが少しは理解できたと思う。
夏休みなので、みんな教室でスマホを使っている。
調べごとをするのに不可欠だから、学校側も見て見ぬ振りをしてくれている。
明文化された校則に運用の仕方で柔軟性を持たせるというのは実に合理的だと私も思う。
もしも私が大学の法学部に進んだとしたら、その逆に「憲法のない」法体系を持つイギリスについて勉強したいと思っていたりもする。
まだ進路は決めていないけれど、さすがに理系はないな。
その日の舞台稽古の休憩時間にiPhoneで私が何を見ていたかというと、「劇団:津川塾」のホームページである。
こんな面白い舞台を作っている劇団について興味を持つのは当たり前だ。
「劇団:津川塾」のホームページには、主宰の津川マモル先生の挨拶、公演スケジュール、チケット予約情報、活動内容、過去作品紹介、劇団員紹介、公式通販、などなど盛りだくさんの内容である。
「活動内容」を見てみると、ボランティア活動や演劇のワークショップの情報が載っている。
過去には高校生向けのワークショップもやっていて、高校生演劇を応援しているみたいだ。
劇団があるのが東京なので、さすがに参加するのは難しいけれど、詳しく見てみる。
・俳優部門
・演出部門
・舞台効果&美術部門
・劇作家部門
とコースに分かれている。
昨年のワークショップの模様がスナップ写真で紹介されている。
みんな生き生きとした目をしているなあ。
あれ?
私は一枚の写真に目を留めた。
10人くらいの高校生が座学を受けている写真なのだが、その中に見覚えのある顔が、、、あっ、昨年の文化祭の時に、文芸部のブースであった人だ。
東京のワークショップに参加しているくらいだから演劇部なのかな?
やっと見つけた!
この人に会って、「私、暁月高校に入学しました!」と報告しなきゃならない。
なんてことをやっていると、休憩時間が終わり、また稽古が再開する。
それから、3時間後にその日は解散となった。
もう夕焼けが見える。
私は演劇部の部室を訪ねてみた。
「失礼します」
と部室のドアをノックすると、中から
「開いてます。どうぞ」
と女性の声がする。
それでは、とドアを開けてお辞儀をして中に入る。
「お忙しいところ申し訳ありません。
私は1年D組の井沢と申します。
演劇部の部員の方にひとつお尋ねしたい事がありまして、お邪魔いたしました」
とご挨拶をして用件を伝える。
すると
「私は3年、部長の桑村です。
私にできる事であれば力になりますよ」
と快く受け入れてくれた。
実はこの部長の桑村先輩が部長連代表といううちの校内で一番偉い3人の生徒のうちの1人であることを、私は後で知る。
「それでは、お言葉に甘えて。
この方は演劇部の部員の方でしょうか?
実は私、昨年の文化祭でお会いしたことがあってずっと探しているのです」
そう言って私は桑村部長にiPhoneを渡して先ほどの「劇団:津川塾」の高校生ワークショップの写真を見せる。
「ああ、『劇団:津川塾』さんのワークショップですか。
私も行ったなあ、1年生の時に。
で、どの方のことを言ってるのですか?」
と尋ねるので、
私は、写真をズームアップしてからもう一度iPhoneを渡し
「この方です」
と念を押す。
すると、まず首を傾げ、その後、桑村先輩は、きっぱりと答える。
「申し訳無いのですが、その人は演劇部にはおりません」
なんだ、演劇部員でもないのか!
私は膝の力が抜けるのを感じながらなんとか堪えて桑村先輩にお礼を言い、演劇部の部室を後にした。
もうくたくただったけれど、一応、顔を出しておこうと文芸部室に向かう。
部室では、須坂くんがひとりでポメラに向かって映画研究部の戯曲と格闘している。
夏休み前に突然、映画研究部からの依頼を受けたのだ。
文芸部の部室は図書館と同じ環境になっているので、空調が効いていて涼しい。
だから夏休みに入ってからもほぼ毎日のように彼はいつもここへやって来て、小説や戯曲を執筆している。
残念ながら、彼がここで勉強をしているところを見たことがない。
彼は次の全校出校日までに映画研究部に提供する脚本の第1稿を上げるべく頑張っている。
先輩たちには内緒で映画研究部と連絡を取り、映像化が難しい、そこは予算がないから変えてくれ、と要望を受けるたびに何度も改稿を繰り返しているのだ。
大変そうだけれど、なんだかとっても楽しそう。
そういえば、須坂くんのネット小説もここしばらく更新ペースがさすがに落ちて来ている。
最初はいまいち理解していなかった私も、最近はサカスコータ先生の小説の更新を楽しみにしている。
須坂くんは明らかにオーバーワークなので致し方ないかな。
とにかく体調を崩すような事態にだけはならないで欲しい。
私と目が合うと
「あっ、井沢さん。ちょうどいいところに。
ちょっとプロットの相談をしてもいいかな?」
と相談が飛んでくる。
須坂くんからプロットの相談なんて珍しいな、とは思ったが、話を聞いてみると求めていたのは、「物語の整合性が取れているか?」の確認だった。
聞いてみる。ふむふむ。なるほど、わかった。
「大丈夫だと思うよ。
いいんじゃない?」
と私は答える。
十分ドキドキハラハラさせられる展開だし、オチも面白い。
私が率直な感想を伝えるとホッとした顔で、
「あとはキャラ立てだな。あそこの部員、みんな地味で演技力ないから」
とサラッときついことを言って、またポメラに向かう。
あれ?私、何かを忘れてない?
そうだ!ようやく思い出し
「須坂くん、ちょっと待って」
と私の話も聞いてもらう。
iPhoneで「劇団:津川塾」のホームページの「座学を受ける女子の写真」を見せて、私が昨年の文化祭でその人に会っていること、演劇部の部長に確認したところ、部員ではなかったことを伝える。
首を傾げた須坂くん曰く
「この写真はどう見ても講義を受けているところだよね。
俳優部門以外なのじゃないかな?
舞台美術部門の写真は別にあるよね、これ、舞台装置をみんなで作っている写真。
だとすると、演出部門か劇作家部門だろうね。
演劇部に在籍していないということは
あとで映画研究部にも尋ねてみるよ、昨年の3年生かも知れないから」
と他の可能性も挙げてくれた。
頭脳がふたつある、いや、私よりも知恵の回るパートナーがいるというのは実に頼もしい。
そうやって須坂くんはまた私を助けてくれる。
私はそれがとても嬉しい。
私はお礼に
「須坂くん、お茶か何か入れてあげようか?」
と提案する。
「ふ~ん、じゃあ紅茶がいいな、できればブランデーをたっぷり入れて」
「どこの魔術師なのよ!未成年だからお酒はダメ。部室に置いてあるわけないでしょ?」
「ちぇっ。大人になったら是非一度やってみたいんだよね、それ。
じゃあ、砂糖多めでお願いします。頭脳労働には糖分が不可欠なんだ」
「はいわかりました、提督」
と私は心を込めて紅茶を入れる。
ティーバッグじゃなくて、ちゃんと茶葉で入れている。
紅茶派の飯山先輩のこだわりのようだ。
ちなみに、稜子ちゃんも紅茶派で、他のメンバーはこだわりのないコーヒー派なのでインスタントコーヒーをありがたくいただいている。
そして私も会議用テーブルの書棚側、須坂くんの隣といういつもの自分の定位置で部誌の原稿の執筆に取り掛かる。
夏休み前までに「季刊・暁天」に掲載する新作を1作書く、という目標は崩れ去った。
真のデッドラインはおそらく夏休み明けだろうけど、これが初めての寄稿である私の原稿の場合は先輩たちや稜子ちゃんや須坂くんに読んでもらって何度も改稿しないといけないはずだから、まずは次の出校日までに第1稿を提出しないといけない。
残り時間はあと5日。
状況としては、かなりマズい。
実のところ、今日は、何かアイデアがないか?ヒントをもらえないか?と部室を訪れてみたのだけれど、私よりも執筆スケジュールが厳しい須坂くんはそれどころじゃない。
どうしよう!
諦めるしかないのかな?
どうして私だけ書けないの?
などと、困っていると、私の様子がおかしいことに須坂くんが気づいて声をかけてくれた。
「もしかして、まだプロットが出て来ないの?
井沢さんは何を書こうと思っているの?」
「一番書きたいのはミステリーだけど、どうやっても鮮やかなトリックなんて作れない。
短編をあまり読まないから書き方がわからないの。
その次に好きなジャンルはSFだけど、私はあんまり宇宙とか科学とか詳しくないから書けない。
その次は、、」
と続けようとすると、須坂くんが
「おーっと、そこまで」
と止める。
「井沢さんが書きたいことを書けばいいよ。
確かにミステリーをいきなり書くのは難しい。
でも今まで井沢さんが経験した些細な出来事の顛末を纏めるだけでそれなりの小説になるよ。
SFだってそう。難しく考えなくていい。
例えば、『人の吐く息には、その人の考えている内容が成分として含まれている』という仮定をする。
そういう世界を創り出す。
そうすれば、携帯電話がいらない、一種のサイバーパンクになる。
そんな感じでさ、難しく考えないで、自分が『これ、面白いな』と感じたことをそのままプロットにしてみてよ。
最後までプロットができたら、小説は書きあがったも同然だよ。
小説は自由度が高いから、そんなに肩に力を入れなくていい。
それに引き換え、戯曲ときたら、色々制約があって難しいね。
楽しいけどさ」
それが須坂くんの創作論なのだろう。
とてもいいお話を聞けた。
なんだか面白いものが書けそうな気がする。
須坂くんのアイデアをもらうわけにはいかないから、しばし私たちの日常から少しだけずれたところに想いを馳せた。
そして、あるひとつの世界観を思いついた。
早速、プロットを書き出してみる。
展開を進めていくとどんどん枝葉が増えていって収拾がつかなくなりそうになる。
そこで、もう一度、話の冒頭の部分に戻ってちょっと初期条件を付け加えたら一本線のプロットができた。
ふう、と大きく息を吐くと、今度は逆に隣の須坂くんは頭を抱えて難しい表情をしている。
「須坂くん、紅茶入れ直そうか?私も飲むから」
「ありがとう。で、プロットできたの?見てもいい?」
「うん、いいよ」
と私のポメラで、ごくごく短いプロットを読む。
「なかなか面白いんじゃないか?」
と褒めてくれる。
「これをお話として膨らませて、次の全体出校日までに小説にしてくるだけだよ。
5日あれば楽勝だね」
とのお墨付きをいただく。
その時私は忘れていた。
須坂くんは小説を書かせると、数多の作家さんがいるネット小説界(という言葉があるかどうかはわからないけど)でも「速筆」で有名なのだ。
慣れない戯曲でも速い方じゃないかと思う。
私はその後、「書けないよ~」と半べそをかきながらだったけど、どうにかこうにか原稿を書き上げた。
夏休みに入って最初の全校出校日の午後に文芸部室に集まった先輩方にUSBメモリを渡して部員のみんなに第1稿を読んでもらった。
読み終えた皆さんから、しばらく何の反応もない。
あれ?私の原稿、そんなにダメだったですか?
私は悔しくて泣きそうになりながら、肩を落とす。
すると、部長の飯山先輩が
「百合ね」
とボソっと一言。
「ああ、百合だな」
と副部長の松本先輩も同意見。
「え?百合って何ですか?どういうことです?」
と私が慌てていると、飯山先輩
が
「言った通りです。
これは百合作品ですね、見事なまでに。
私はこれでいいと思いますが、皆さんはどうですか?」
私はプロットとして
「時空の歪みに巻き込まれた主人公が知らない惑星に転送される。
その惑星が生活するのに苦労しない楽園だったので、主人公は地球に戻ることを考えないで一生その星で暮らすことに決めるという話」
というのを提案して、須坂くんから小説を書くように勧められた。
主人公を紅茶好きの女の子にして、その惑星には美味しい紅茶の木が自生していることにする。
そうだ、惑星には紅茶にちなんだ名前を主人公が自分でつけることにしよう。
ひとりだと寂しいな、とも思い、次々に色々な人が転送されてくる展開にしてみたら収拾がつかなくなって、考えるのをやめる。
ならば、主人公の親友の女の子がひとりだけ主人公と一緒に転送されることにしよう。
そのふたりの名前も紅茶にちなんだ名前にしよう、アールグレイとダージリンからレイアとリンダでいいかな?
こうしたアイデアからふたりの当初の葛藤や絆の深まりを描いて中編としてまとめる。
実際に書いてみたら若干の文字数オーバーはあったものの自分では満足のいく小説ができたのだ。
それを皆さん、百合だなんて。
私は味方を探して
「ねえ、稜子ちゃん」
と稜子ちゃんの方を見るが、稜子ちゃんは頬を赤らめて
「景ちゃん、こういうのが好きなんだったらもっと早く言ってくださいよ」
とにやけている。
私のプロットを読んで背中を押してくれたはずの須坂くんはといえば、
「えっ!あのプロットが、どうしてこうなった?
だが、これはいいものだ」
と満足げである。
え?須坂くん、百合男子だったの?
中野先輩は、
「私はこういうのはよく分からないけれど、別にいいんじゃないかな。
個々の部員の作風について、私はとやかく言わないよ。
こういうのが好きな読者もいるだろうし」
と、とりあえず肯定。
岡谷先輩は、
「まあ、人にはそれぞれ趣味嗜好があるから、いいんじゃない?」
とサクッと肯定。
ということで、私以外の全員の意見が一致した。
その後、先輩たちによる厳格な校閲を経て、私のデビュー作の宇宙サバイバルSF、否、SF設定のある百合小説「惑星ルフナであなたと永遠に」が「季刊・暁天」に掲載されることになった。
最後まで迷ったのが、ペンネーム。
作品が悪目立ちしそうなので、名前は普通のものがいいな、と苗字は日本人に多い佐藤にした。
名前は、漱石ファンであることをアピールするために「三四郎」のヒロインから頂いた。
<ペンネーム:佐藤美禰子>
この名前にいまいち実感がわかないが、そのうち馴染むだろう。
「季刊・暁天」はPDFファイルの電子書籍で文芸部のホームページから無料でダウンロードできる。
それ故、学外の方でも興味が湧けば読むことができる。
私はこの件はこれで終わった、と「季刊・暁天」のことはすっかり忘れてしまった。
以下は、この話の後日談である。
取材に当たった新聞部が結局は「この内容の記事は学校新聞には載せられない」と判断したボツ原稿を私は新聞部の部員の高岡さんからこっそり見せて貰った。
事件の関係者からの証言を元に実によく纏めているので、事件のあらましを紹介するためにここに転載する。
<突然のサーバーダウン発生!>
20XY年9月20日12時00分にその事件は起こった。
暁月高校のサーバーが突然ダウンする事態に見舞われたのだった。
何故、そのような状況に陥ったのか?
当新聞部は事件発生時から独自に調査を行い、匿名を条件に取材を受けてくれた事件関係者より得られた貴重な証言を元にその当時の状況を解明することに成功した。
高校のサーバーがダウンするという前代未聞の事態を受け、直ちに緊急職員会議が開かれた。
当初はサイバーテロの可能性を鑑みて警察への通報も考慮されたが、学校側に実害がないため数名の教員による特別調査委員会を設けて内部調査が開始された。
程なくしてサーバーがダウンした時刻と文芸部の部誌の配信開始とのタイミングがちょうど一致することが判明した。
今回の事態に文芸部が関与している可能性を疑い、文芸部顧問・中川教諭からの要請によりと元・部長の飯山朱音さん(3年B組)と現・部長の中野律さん(2年B組)の両名が召喚され、校内に設置された緊急対策本部にて事情聴取を受けた。
事実関係が判明したのは、同日14時。
特別調査委員会の一員である数学教師の沢野教諭が私物のタブレット端末にてインターネット上の手がかりを調査を行い、インターネット上で得られた事実や各種SNSに流れていた噂を要約し、校長へ報告を行った。
その報告は下記の通り。
(1)ネット上の書評
ネット小説家のサカスコータなる人物がその9月20日に先んじて某小説投稿サイトにおいて小説「惑星ルフナであなたと永遠に」を絶賛する書評を発表して大変な反響を呼んでいた。
(2)SNSでの情報発信
同じサカスコータ氏が9月20日の午前8時に複数のSNSにおいて
「【拡散希望】 新感覚の百合SF!佐藤美禰子先生の『惑星ルフナであなたと永遠に』は今日の12時からこのサイトでアップされます。百合好きの皆さん、ごきげんよう!(以下、文芸部のホームページのURLがリンク先に)」
という情報を発信し、それが自然にかなり拡散されていたことも確認できた。その情報を元にした二次情報、三次情報も自然発生してさらに拡散されていた。
(3)上記ふたつの事実より立てられた仮説。
おそらく日本中、もしくは世界中のサカスコータ氏のファンたちと百合作品のファンたちが、佐藤美禰子先生のデビュー作「惑星ルフナであなたと永遠に」も掲載されている暁月高校文芸部の部誌「季刊・暁天」の最新号が同校文芸部のホームページにアップされた12時になると同時に、脆弱な暁月高校のサーバーを利用している文芸部のホームページに殺到したことが今回のサーバーダウンの原因ではないか?
この報告を元に特別調査委員会は、学校側でも正体を掌握していたサカスコータ氏を校内放送にて生徒指導室へ召喚し事情聴取を行った。
するとサカスコータ氏はあっさりと上記事実を認めた。
このように事実関係が明らかになったため、サーバーの復旧作業が行われる一方で、この事態を招いたサカスコータ氏は生徒指導室へ連行され、普段は温和なことで知られる文芸部顧問の中川教諭よりたっぷりと2時間以上も教育的指導を受けた。
しかし、処分は厳重注意にとどまり、保護者呼び出し、停学処分などの厳罰には至らなかった。
なお、この事件の全貌は機密扱いであったのだが、何故か口づてに生徒たちの間へと伝えられて皆の知るところとなり、「文芸部自爆サイバーテロ事件」と呼ばれることになった。
ー担当記者:大滝晴美ー
(続く)




