表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羊飼いも山羊もいない  作者: 遊舵 郁
特別編:バレンタインデー
10/63

机いっぱいに置かれた例のアレ

「羊飼いも山羊もいない」シリーズのバレンタインデー・エピソード(2)

大町篤、高校1年生の2月14日。

 2月の朝は寒い。

 目覚まし時計が鳴って起きると、まだ外は薄暗い。そして部屋の中は寒い。

 部屋でオイルヒーターをつけているのだが、朝の冷え込みの方が優っているようだ。


 俺、大町篤はさっさと着替えると1階の台所へ降りていく。

 母も俺より早起きして、朝練のために早朝に登校する俺の朝食を作ってくれている。

 ありがとう、と毎朝心の中で感謝しながら食べる。


 早々に朝食を済ませると部屋へ戻り、鞄を持って部屋を出る。

 おっと、昨夜姉貴が「念のために持って行きなさい」と用意してくれた紙袋も忘れずに折りたたんで鞄に入れた。

 姉貴曰く

「高校ではチョコレートを不要物として没収なんて野暮な真似はしないから、男子たるもの準備を怠るな」

ということだそうだ。


 そう、今日はバレンタインデー。

 俺も部活に入っているから、付き合いで女子バスケ部あたりから義理チョコの1つや2つはもらえるんじゃないかと期待しているが、この袋はさすがに大きすぎだろ?

 それでも持っていかないと後で姉貴がうるさいので、大は小を兼ねるってことでありがたく持参することにした。




 風の吹き荒む坂道を登り、学校へ到着。

 部室でジャージに着替えて朝練へ。

 ストレッチとウォーミングアップをして、シュート練習を始める。

 時間が経つにつれて部員も増えて来て、ある程度人数が集まると、2年生の箕輪部長の号令がかかって全員集まり、フルコートの5対5が始まる。

 俺はスターティングメンバーに入っているので、箕輪先輩と同じチームでプレイする。

 箕輪先輩はスモール・フォワードで、パワー・フォワードのポジションの俺のことを相棒として目をかけてくれている。

 箕輪先輩が外からシュートを打てば俺がリバウンドに入り、中に切れ込むならスクリーンをかけるなりスペースを空けるなりする。だんだん息があって来ている、と思う。


 一汗かいたところで、今日は早めに朝練を終了。

 箕輪先輩は体育館の出入り口の方を指差し、ちょっとみんなで行ってみようか、と提案する。

 そこにはたくさんの女子生徒が集まっていた。


 体育館のもう1面では女子バスケ部が朝練をしていたはずだが、こちらも練習を終えて、出入り口で女子生徒の相手をしているようだ。

 この高校では人気のある女子の生徒が、他の女子からチョコをもらうこともあるそうだ。

 その中心には、ひときわ目立つ1人の女子バスケ部員、諏訪先輩の姿が見える。2年生で女子バスケ部の部長だ。

 諏訪先輩とは高校の入学式の日に偶然出会い、その後色々なことがあって今は俺と付き合っている。ふたりきりの時には、「遥香さん」と下の名前で呼んでいる。

 なぜそうなったかを語り出すと長くなるのでここでは割愛させていただくが、諏訪先輩がキャプテンだったり、諏訪先輩が男子からも女子から人気あったり、俺の方が後輩だったり、といった諸事情でふたりは周囲には内緒で付き合っている。

 とはいえ、街中で逢ったりもしているので、いずれバレることになるだろう、と俺は覚悟している。


 さて、我々男子バスケ部員が恐る恐る体育館の出入り口に行くと女子生徒たちが集まってくる。

 

 口々に

「箕輪先輩、これ受け取って下さい」

「私からもどうぞ、箕輪先輩」

「小谷先輩、中に手紙も入っています。読んでください。よろしくお願いします」

「小川くん、はい、義理チョコ」

などとと言いながら部員にチョコを渡す。

 小川先輩、ドンマイです。


 俺には関係ないだろうと遠目に眺めていると、俺より背の高い小谷先輩から

「大町、お前にって女の子たちが来ているぞ」

と呼ばれたので出入り口に向かう。


「大町くん、はい、どうぞ。1年F組の飯島です」

「C組の豊岡です。手作りチョコ作って来ました。本命チョコです」

「E組の生坂です。私のも本命です。手紙も読んで下さい」

「A組の下条です。バレー部です。私もチョコを作って来ました。お願いします」

「B組の、や、山形です。あのう、入学式の時から、お、大町くん、のことを、かっこいいなって思ってました。よ、よろしくお願いしましゅ」

と次々にチョコを手渡しされる。


 何これ?ドッキリ企画みたいな仕込みじゃないよね。

 そうだとすると無邪気にはしゃいだりしたらかっこ悪いので平静を装って

「ありがとう」

とだけようやく絞り出して礼を言う。

 正直、緊張して相手の目をまともに見ることができなかった。

 特に最後の山形さんの言葉は聞いてるこっちの顔まで真っ赤になった。


 その山形さんが手提げのビニール袋を持って来てくれたのでそれに5つのチョコを入れた。

 気配りの出来るいい子だな。



 なんてことをしていたら時間がやばくなったので遅刻しないように慌ててコート掃除や後片付けをして教室へ。


 あからさまに、チョコの包みを持っていたので、早速、川上と上田が寄って来て、

「幾つもらった?」

と訊くので

「数えてない」

とだけ答える。

 夢中でひとつひとつ受け取ってお礼を言ってただけから、数えてなんていなかったのだ。

 受け取ったチョコを姉貴が用意してくれた紙袋へ移す。

 姉貴には予知能力でもあるのか?


 その後もしばらく川上と上田にからかわれていたが、担任の沢野先生が教室にやって来たので、さすがにあいつらも自分の席に戻り朝のホームルームとなる。

 いくらバレンタインデーだからといっても、いつも通りの学校生活は始まるのだ。




 昼休みに川上と上田と昼飯を食べた後も、ふたりが聞いて集めた「女子生徒の誰某(だれそれ)がどこぞの男子生徒にチョコを渡した」とかいうくだらないチョコ談義で盛り上がっていると、井沢さんが

「大町くん、女子の先輩が大町くんに用があるっていらっしゃってますよ」

と俺を呼びに来た。


「おう、わかった」

と答えながら振り向くと、教室の出入口に立っているのは俺の彼女、遥香さん、もとい諏訪先輩だったので会釈してすたすた向かう。

 人前ではあくまで先輩と後輩なのだ。


「あれ、諏訪先輩じゃん!すげえな、大町」

 川上のはしゃぐ声が俺の耳にも届く。



 先輩のところへ行くと

「大町くん宛のものを預かって来たの。

 女バスとそれ以外の2年生からもあるよ。モテるね、この!」

となどと肘で突かれつつ話しながら廊下の窓側へ移動しする。


「これはバスケ部1年の・・・」

「これは2年C組の・・・」

と1人ずつ名前を告げながら俺に渡す。

全部で4つだ。


「あれ?遥香さんからのがない?」

と思ってちょっと残念に思っていると、それを見透かしたちょっと意地悪な笑みを浮かべながら、明らかにチョコレートのラッピングじゃない和風の菓子折を渡し、最後に赤とベージュのチェック柄のラッピングをした箱?を渡す。

 最後のがずっしりと重い。

「この2つは私から。

 和三盆。美味しいよ。

 あとは私の好きな本。読んだらちゃんと感想聞かせてよ。

 じゃあね」

と小さく手を振ると去っていった。



 俺は席に戻る。

 みんなからの視線が痛い。

 すかさず川上と上田が飛んでくる。


 川上は尋ねる。

「なあ、お前、諏訪先輩からチョコをもらったのか?すげえな」

「いや、もらってない」

 遥香さんから“チョコ”はもらってない。

 

 上田は尋ねる。

「じゃあ誰からチョコをもらったんだ?」

「そういうのを友達に言いふらすのはチョコをくれた女の子に失礼だろ。だから言わない」

 当然のマナーだ。あいつらも知っててわざと言ってくる。

 

 川上はさらに尋ねる。

「本命チョコもあったのか?」

「あったよ。『本命チョコです』と渡す時に念を押してった子もいた」

 居たんだよね、本当に申し訳ない。


 上田も続けて尋ねる。

「もしかして好きな子からチョコをもらえたりした?」

「いや、もらってない」

 そう、俺は好きな子から“チョコ”はもらってない。


 川上は訝しげに尋ねる。

「じゃあ、お前、こんなにチョコレートをもらったけど、肝心の好きな子からもらえてないんじゃあんまり嬉しくないわな。でもなんでお前そんなに嬉しそうなんだよ」

「そりゃ嬉しいさ」

 だって、初めてできた彼女からバレンタインデーに俺好みのプレゼントをもらったんだぜ。


 本当は大声で叫びたいくらいだ。


 でも、今はお互い部活もあるし、相手は女子バスケ部のキャプテンだから交際をおおっぴらにはできない。俺はにやけることくらいしかできないんだ。





 午後の授業も終わった。

 部活に行くために教室を出ようとすると、出入口付近の席の井沢さんが、

「大町くん」

と声をかけて来て、笑顔で親指を立てている。


 よくわからないが、俺も笑顔で親指を立てて応える。





 その日も部活でくたくたになって帰宅する。

 部屋に入ると、今日もらったバレンタインデーのチョコを机の上に並べる。机の上いっぱいに並べても遥香さんからもらった菓子折りと赤とベージュのラッピングのプレゼントを置くところがない。

 我ながらえらくたくさんもらったものだ。

 俺はチョコをあまり好きじゃないから、これだけ食べるのは苦労するぞ。やれやれ。

 

 

 そう思案に暮れていると、ドアをノックして姉貴が入って来た。


 俺の机の上を見て

「あんた、予想以上だったね」

「ああ、そうだよ。紙袋、助かった」

「でしょ?お姉さんに感謝しなさい」

「はいはい、ありがとうございます」

「『はい』は1回!

 で、あんたが手に持っているのは何?

 菓子折りと、ちょっと貸して、何、これ、やたら重い。

 あんた、随分重い子に好かれちゃったね。愛が重い、とか嘆いても助けてあげないわよ」

「おい、返せよ」

と取り返し、菓子折りと本はベッドの上に置いておく。


 姉貴に紙袋を返そうとするが、

「返さなくて良いわよ。

 だってホワイトデーにたくさんお返しを持って登校しなきゃダメでしょう」

「あっ、そうか。お返しがあるんだ。やっべ、小遣い足りるかな?」

「まあ、その辺は事情が事情だから私も一緒にお母さんに頼んであげる。

 あと、どーせ、あんたお返しのお菓子とか選べないでしょ?

 私が一緒に買い物について行ってあげるから、食べたチョコのブランドとか手作りだったかどうかとか、ちゃんと記録だけは残しておきなさい。

 それに合わせてお返しを選んであげるわ」

「そこまでしなくても良いだろ?義理チョコにはクッキーとかキャンディとか買って配れば良いんじゃないの?」

「そんなことしてみなさい、みんな傷つくわよ。それぞれの女の子にちゃんと見合ったお菓子をプレゼントしなさい。でなけれゃ来年からは0個になるよ」

「わかった。

 でも姉貴、大学入試があるだろ?」

「大丈夫よ。その頃には後期日程も終わってるから超〜暇な予定。

 だからわかったわね」

「はい」

 姉貴は大学入試の直前でストレスが溜まっているのだろう。

 でもまあ、お返し選びの心配がなくなったので、かなりホッとしている。


「それとね。

 ちょうど駅前商店街に行って来たから、あんたの好きなきんつばを買って来たの。

 日持ちしないから早く食べちゃってね」

と見慣れた包装紙の菓子折りを俺に渡すと、部屋を出て行った。


 俺の大好物の燕庵のきんつばだ!しかも10個入り。

 どれどれ、本日2月14日に作られたお菓子で、消費期限が明日!!


 台所にお茶を取りに行き、しばらくムシャムシャときんつばを食べながら、遥香さんのプレゼントを綺麗に開封した。

 まずは和三盆。デパートの地下で売っている老舗の商品だ。

 消費期限はまだまだだいぶ先だからゆっくり食べよう。


 もう1つのチェック柄の包装紙のプレゼントは本だった。近藤史恵の「サクリファイス」「エデン」「サヴァイヴ」の文庫本と最新作「スティグマータ」の単行本だった。

 4冊も本が入っているのだから道理で重いわけだ。

 タイトルだけ見ると何やら宗教関係の本みたいだが、本の装丁を見ると自転車のロードレースの話らしい。

 まだ読んでない本だから楽しみだ。

 遥香さん、こういう本が好きなのかな?




 それにしても、いくら大好物だからってきんつば10個は重すぎる。




(続く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ