千佳、世界征服(妹)を考える
――ある日の教室。
このクラスの、この学園の……いや、この街のテッペンを取っていると言っても過言ではない少女、諸弓千佳。
彼女は机に肘を突き立てて、そのしなやかな顎を手のひらで支え、憂いを帯びたその瞳で窓に映る青空を眺めていた。
「はぁ……辛い」
溜め息と共に零れるのは、深刻な声色をした呟き。
心配そうな表情を浮かべた周囲はその言葉の真意を知るため口を閉ざし、部屋の中には遠く窓の外から聞こえる車道の雑音だけが薄く響いていた。
「……辛い。すっごく辛い」
誰かがゴクリと喉を鳴らす。それは緊張か、それとも焦がれている少女への心配が募った為か。
そして千佳は、ようやくその悩みの内容を吐き出した。
「辛い、メグちゃんと花ちゃんの写真が可愛すぎて、尊すぎて辛い」
その視線の先にある、机の上の写真たち。
彼女は今――萌えに身を震わせていた。
なんだそんなことか、と。いつものことか、と。
心配ごとがなくなったクラスメイトたちが表情を緩めたその時、その言葉は呟かれた。
「――あぁ、世界中の女の子が妹になればいいのになぁ」
今日この時、未来の教科書に見開きで掲載される、世界妹化計画が始まったのである。
「……ねぇ湖月ちゃん、流石に話の流れがいきなり過ぎるよ。これって誰が書いた台本なの?」
「愛ちゃんの力作やで」
「あ、愛ちゃん……」
クラブ活動の時間に演劇クラブへやってきた湖月ちゃんから渡された、とある台本。
演技の練習としてその台本を使ってみよう、となったものの、愛ちゃん作の台本は最初からぶっ飛んでいた。
どれくらいぶっ飛んでいたかと言うと、この数ページあとからは愛ちゃん自身が私の妹として滅茶苦茶甘やかされているのが百ページくらい続くのです。
何故そこまで頑張って書いたんだ愛ちゃん……。
因みに、元凶である愛ちゃんはほんのりと頬を染めて、教室の扉からチラッと顔を覗かせています。書いたのはいいものの、私に読まれて恥ずかしくなっているのでしょう。
「世界妹化計画って……意外とありだけど」
「ありなんかい」
愛ちゃんを甘やかすうんぬんはとりあえず置いておくとして、世界中の女の子たちが妹になるなんて夢のような光景じゃない?
ありあり、ありだよ!
「千佳ちゃんやったら実行できそうやけど……同い年も年上も妹にするん?」
「女の子ならなんでもござれ、だよ!」
「ママも?」
「……お、お母さんを妹にするのは流石に無理があるような。やっぱり年下の女の子に限定しようかな」
私がそう言うと、廊下から驚きのような、悲鳴のような声が聞こえます。
愛ちゃん……。
「ほんまに千佳ちゃんがやりたいんやったら、うちは協力を惜しまへんで~! ファンクラブも最近すごい人が入ったみたいやし」
「ちょっと待とうか? 何その、すごい人って」
「すごい人は、すごい人やで」
「やんごとない感じ?」
「やんごとない感じやで」
政界から来てたりとかしてそうで怖いな。
私のファンクラブ、もう手が付けられなくなってきているのでは……?
あ、今更か。この前従姉妹のヒルデちゃんから連絡が来て、『千佳ちゃんファンクラブ ドイツ支部』が出来たって嬉しそうに言っていたし。
「もう、ファンクラブについては何も知らない方がいいかも」
「それでええと思うで~」
ニヤニヤという言葉似合うような笑みを見せる湖月ちゃん。
これはあれだな。また何か企んでる顔だ。
「何かやる時は、事前に報告してね?」
「分かっとるで! ちゃーんと、やる前には報告するわ」
「……ならいいんだけど」
湖月ちゃんのことだから、どうせやる直前とかに報告したりするんだろうなぁ。莉里ちゃんもだけど、サプライズ好きな面があるし。
ま、湖月ちゃんも含めてみんなが楽しそうにしてるなら、私がサプライズされるくらいどうってことないか。
「千佳ちゃん。世界妹化計画の話なんやけど」
「一応言っておくと、冗談だから真に受けないでね?」
「それで、世界妹化計画やねんけど」
「おーい? 聞いてる?」
「とりあえずファンクラブの中で、妹になりたい人を募集してみよか」
「それを募集してどうするの?」
「抽選で一名様に、一日妹体験」
「私の負担がすごい!」
それからなんとか話し合いをして、世界妹化計画は白紙に戻しました。
元はと言えば愛ちゃんの原稿が悪いんだからね!
……とは流石に言えず、愛ちゃん渾身の台本は私の部屋に置いておくことにします。
もしかしたら、この計画が発揮される可能性があるからねっ。めいびー!




