帝国の大反撃
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更新遅れて申し訳ありません。
体調も少しずつではありますが、良くなっております。
ラ・ロシュエル王国軍は黒竜サクラの毎日の朝夕の襲撃により、ケンブデン城に対しての攻囲を、一時的に解かざるを得ない状況にまで陥っていた。
兎にも角にも先ずは邪魔な黒竜をどうにかすべきであるとして、黒竜討伐に全力をあげることにしたが、相手は自由に空を飛びまわるため、討ち取るのは容易では無い。
だが首脳部の作戦参謀と将の幾人かが、あることに気付いていた。
「あの黒竜の目的は明らか。我が軍を東西の二方向から襲い掛かり、我が軍の戦力と士気を削ぐつもりでありましょう」
「それだけではないぞ! 日に日にかの黒竜めは、我が軍の奥深くへと窺う姿勢を見せている。このまま放置しておけば、一気に本陣に襲い掛かって来るやも知れぬ」
「ここ数日、黒竜の行動を観察していたところ、あることに気が付いた。朝は東から、夕は西から襲い掛かって来るということだ。これは、朝は昇ってくる朝日を背に、夕は沈みゆく夕日を背にして、弓矢の狙いを付け辛くしているのだろう」
「では、朝は東に弓兵や攻城弩級を集中配置すればよい。幸いにも夜には寝ているのか、それとも夜目が効かぬのかはわからぬが、襲い掛かって来ないのだから、夜間の間に東に黒竜退治の陣を敷くべきだろう」
これは半分正しく、半分は間違いであった。
確かにシンとサクラは夕方の襲撃の後、安全な距離を取ってから朝が来るまで身体を休めていた。
が、時折夜の闇に乗じて遥か上空から、ラ・ロシュエル王国軍の偵察も行っていた。
それに、二人とも月明かりの無い夜であっても、昼間と同じように物を見る事が出来る。
現に、夜間の一撃強襲によって、逆臣であるルードシュタット侯爵の暗殺に成功している。
「それだけでは不十分。あの黒竜は陣の奥への侵入を試みているふしがある。ここは、いつものように、即座に弓矢で反撃するのではなく、陣の奥深くへとあえて誘い込み、一斉射撃にて屠るのが良いかと」
ロベール二世はこの意見を採用した。
彼は焦れていた。目の前にあるケンブデン城を抜けば、帝都までに然したる障害もない。そして、攻囲してからかなりの時間が経っているのに、帝国の援軍が現れないところを見ると、帝国の戦力は払底したに違いないと高を括っていた。
ならば、あの目障りな黒竜を倒しさえすれば、ケンブデン城の落城も時間の問題。この中央大陸の覇者となれるのだ。
「諸将に告げる。直ちに麾下の弓兵を東へと集めよ! 攻城弩級もだ。あの目障りな黒竜を射落とした者は、たとえ一兵卒であっても候にしてやろう」
おお、と本陣の陣幕内が揺れた。
諸将は弾かれたように本陣を後にし、黒竜の襲ってこない夜間の間に陣変えすべく、自軍へと戻って行った。
この様子を遥か上空から、寒さにより垂れて来る鼻水を啜りながらシンは見ていた。
「慌ただしいな。やっと俺たちを本気で討伐してくれる気になったらしい。しかし、ギリギリだったな…………明日は夜明けと共に援軍が西から攻める手筈の日。いや、本当にギリギリだが、最高のタイミングでもあるな…………よしサクラ、もういい。敵陣を大きく迂回して進路を西へ。俺たちも夜明けと共に、南西から援軍とタイミングを合わせて攻めるぞ」
シンがこの度立てた作戦は、至って単純なものであった。
まずは敵軍の頭の中を、黒竜でいっぱいにする。
そして自分たちの行動パターンを、あえて単純にして相手に気付かせた上で、その裏をかくというものであった。
後年、シンはこう語った。
「俺だって相手の立場だったら、竜をどうしようか悩んだろうし、その対策で頭が一杯だっただろうな。それぐらい竜の戦闘力は高いし、厄介だからな」
もしサクラがいなければ、援軍の接近もラ・ロシュエル王国軍は察知したかもしれない。
だが、悲しいことに彼らの注意は、空にのみ向けられていたのだった。
その晩、将兵らが慌ただしく陣変えをしている間、ロベール二世は天幕の中に設けられた寝台に座りながら、いつの間にかうつらうつらと転寝をしていた。
その転寝の合間に、帝国を降し、大陸に覇を唱え、諸国に号礼を掛ける自身の勇士を夢に見た。
その幸せな浅い眠りを妨げたのは、本陣へと駆けこんで来た伝令であった。
その伝令は、悲鳴にも似た声を上げながら、こう報告した。
「も、もも、申し上げます! 夜明けと共に西より、敵軍が襲来! その先頭には無数の竜の姿があり、またゴブリンたちの姿も見受けられたとの声もあがっております!」
天幕内はどよめきに包まれた。
一頭でもその対処に苦労しているというのに、無数の竜の姿があると聞いては、驚くなというのが無理である。
無論、この報告は誤りであり、単に竜に怯えた将兵らが、鼻を擡げた戦象の姿を見間違えたに過ぎない。
ロベール二世は寝台から跳ね起き、着替えもせずに天幕内に控える諸将らの前に姿を現した。
そうしている間にも、次々と伝令が天幕の中へと駆けこんで来る。
「申し上げます! ジュダル伯、戦死の模様に御座います!」
「申し上げます! ダーラー子爵より援軍を乞うとの要請であります!」
「お味方総崩れに御座います!」
「な、南西より黒竜が攻めて来ております!」
馬鹿な、とロベール二世以下、諸将から兵まで呆然自失となる。
「竜は、黒竜は…………東からではないのか?」
諸将の一人が、伝令に聞きなおすも、伝令は首を横に振った。
「いえ、南西で御座います…………ブロム男爵以下、懸命に反撃を試みてはおりますが…………」
その先は言わずともわかっている。
夜の内に、各陣から多数の弓兵を引き抜き、東へと配置したのだ。
残っている僅かな弓兵では、効果的な反撃は、全くを以って期待できない。
「なぜだ…………なぜだ!」
ロベール二世は顔を憤怒に染め、口角に泡を溜めながら吼えた。
そうしている間にも、西陣のから次々に伝令が駆けこんで来ては、将の戦死、味方の壊滅を告げていく。
「こ、こうなっては致し方ありませぬ。一度後退して、兵を再編し、再度決戦を行うしか…………」
諸将の中の一人が王の身を案じて、そう献策するも、ロベール二世はそれを一喝した。
「愚か者! ここで退けば、全軍は瓦解しようぞ! 何としても、何としても敵を押し戻せ! 本陣の全兵力を投入してでもだ!」
だが、諸将の顔色は暗いまま。
一度こう、大きく崩れた後に戦いながら体勢を立て直すのは、至難の技である。
それに伝令の言う、無数の竜の姿というのが、彼らを怖じ気させていた。
「ええい、急ぎ東から西へ援軍を送れ! 南と北からもだ!」
飛び道具の大半を東へと配置した、ラ・ロシュエル王国軍の編成は偏っている。
弓兵が居ないため、敵の接近を容易に許してしまったのが悔やまれる。
「し、城より敵が打って出て来ました!」
敵軍の動揺を察知したケンブデン城に籠る帝国軍は、固く閉ざされていた城門を開き、総司令官代理を務めるザンドロックを先頭にして、あらん限りの兵力を以って、ケンブデン城正面に展開するラ・ロシュエル王国軍へと襲い掛かった。
すでにこの時には、西側の陣は戦象部隊と、ゴブリンの駆る狼騎兵、エックハルト王国義勇軍と帝国中央軍の騎兵らにより細切れにされ、瓦解しており、その敗兵たちが北陣へと流れ込み、北陣の将兵も浮足立っていた。
そこへケンブデン城に籠っていた帝国軍の、死力を尽くした反撃である。
今までの長きにわたる包囲により、溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかのごとき帝国軍は暴れ回った。
結果、あっけないほど容易く北陣は崩壊。
西と北の二方向を食い破られたラ・ロシュエル王国軍に、最早勝ち目は無い。
なおも徹底抗戦を叫び続けるロベール二世を、諸将が強引に馬車へと押し込め、落ち延びさせる。
王が去りし戦場は、悲惨の一途であった。
逃げて来る敗兵に押される形で本陣と南は崩れ、それを見た東陣の諸将は、交戦を即座に断念して我先にと落ち延びて行った。
こうして、あっけないほどの逆転により聖戦は終わり、あと一歩のところでロベール二世の野望は潰えた。
だがこの大勝利を以ってしても、まだ戦争は終わらない。
ラ・ロシュエル王国の国王、ロベール二世は健在である。
このまま追い返しただけでは、敵が息を吹き返す可能性がある以上、ここで手を緩めるわけにはいかないのであった。




