畏怖、掌握、そして合流
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夜の闇から突如現れ、一瞬の内に火炎によって、ルードシュタット侯爵を亡き者とした恐るべき黒竜。
そしてその恐怖の象徴のような黒竜を従えるのは、帝国内外に於いて武名を欲しいままにしている、皇帝の懐刀であるシン。
黒竜サクラの発する威圧感により、足が地に縫い付けられたかのごとく、まったく動くことの出来ない将兵らは、たったの一人と一頭に容易く屈した。
これがもし、シン一人であれば、こうまでも上手くはいかなかっただろう。
黒竜は、かつて帝国を散々荒らしまわった恐怖の象徴である。
その話は伝説となり、帝国のどの家庭でも寝物語として、寝つきの悪い子供に対する脅しとして、語り継がれて来た。
その伝説の黒竜が、今目の前で、自分に対して牙を剥いているのだ。
戦意などは、その姿を見ただけで喪失。さらに悪いことに、軍を纏める帥である侯爵と、その下で実際にに将兵らに命を下す主なる貴族たちが、共に一瞬の内に焼け死ぬという事態に陥ってしまった。
誰の命令を聞けばよいのか? 戦うのか? いや、戦うのは無理。ならば、逃げるのか? 逃げるとして、この宵闇を自由に飛び回る黒竜から、いったいどうやって逃げればよいのか?
立ち竦み、怯える将兵らの耳に、シンの声が響き渡る。
「今一度言う! 卿ら全員、敵前逃亡罪の疑いを持たれている。これを晴らすには、皇帝陛下よりこの軍の指揮権を託された自分の指揮下に入り、侵略者であるラ・ロシュエル王国と戦うことである。この命に承服する者は武器を捨てて、跪け! 納得のいかない者は掛かって来るがいい! 俺と後ろに居る黒竜が相手になろう!」
ガシャンと、誰かが手に持っていた武器を捨てた。
それに続くように、あちこちから武器を捨てる音が鳴り響いた。
数分後、この場で立っているのはシンのみとなっていた。
「よろしい。百人長以上の指揮官は、前に出よ!」
該当する者たちが、サクラに怯えながら、恐る恐るシンの前へと出て、再び跪いた。
シンはその者たちの官、姓名、爵位を聞いた。
その中での最上位は準男爵であった。詳しく聞けば、侯爵と血縁ではなく、単に組下に配された小貴族であることがわかった。
「こ、侯爵閣下は今宵、だ、男爵位以上の方々と、か、会議を行っておりました…………」
ほう、とシンが後ろに居る、サクラのさらに後ろで燃え盛る炎を見て、眼を細めた。
サクラもまた、シンの真似をして振り返り、自身が吐いた炎を真紅の瞳で見つめた。
「図らずとも反逆者たちを、一網打尽にしたわけか。よろしい、結構、結構」
そう呟くシンの赤く光左目を見て、指揮官らは怯えに怯えた。
「侯爵の仇を討ちたいか?」
シンが問う。すると、指揮官らは震える身をさらに縮ませ、深く首を垂れた。
「め、滅相も御座いません! し、臣はこ、侯爵の私臣に非ず。帝国の、皇帝陛下の臣で御座いますれば、その陛下の代理人たる将軍の命に、服するものであります!」
「よろしい。他の者も相違ないか?」
「はっ、将軍の指揮下に加わらせて頂きます。何なりとお申し付け下さいませ」
シンは満足気に頷いて見せた。
「では、最初の命令を下す。各々、兵を纏め、騒ぎを収めよ。今よりこの軍は、この俺が掌握する。兵たちには逃げれば逃亡罪で死罪だと伝えよ!」
「はっ!」
命令を受けた指揮官たちは、鞭で弾かれたようにシンの前を後にした。
シンはここでも一部の兵が反発し、一悶着起きるだろうと予想していたが、その予想は外れた。
命令を受けた兵たち、指揮官らもだが、心より安堵していたのだ。
シンの命令を聞いていさえいれば、あの恐ろしい黒竜と戦うことも、襲われることもないのだと。
こうしてシンは、自身が思っていたよりもあっさりと全軍を掌握した。
取り敢えず、生き残りの貴族の最上位である準男爵二人を副官とし、シンは時間的におそらくもう近くまで来ているであろう、二国の派遣した援軍に合流を要請する使者を送った。
ーーー
エックハルト王国は表向きには帝国へ、援軍を派遣してはいない。
エックハルト王国を出た援軍は、全て力信教徒の義勇兵であり、エックハルト王国としてはそれらに直接的には関与していないというスタンスを取っていた。
が、その義勇兵を指揮するのは、歴としたエックハルト王国の貴族であった。
その義勇兵を纏める指揮官として選ばれたのは、熱心な力信教徒であり、その能力も問題無く、またシンとも既知であるということから、オルレンス伯爵が選ばれた。
オルレンスは、義勇兵五千を以って進発し、道中で続々と同様の義勇兵を加え、総勢一万二千の兵を従え東進し、帝国新北東領と内地との玄関口である、城塞都市カーンを越え、帝都へと赴き、帝都にて盛大なる歓待を受けてから一路、南進していた。
このエックハルト王国の援軍が、シンが出した使者を迎え、その案内をへて合流したのは、シンが軍を掌握してから三日後のことであった。
「お久しぶりです伯爵閣下」
オルレンス伯爵以下、義勇軍はシンの姿と、黒竜サクラの姿を見て大いに驚いた。
「シ、シン殿、その御姿はいったい…………あの、竜は? 何事が起こっているのですか?」
シンはオルレンスに、これまでの経緯を話した。
話を聞いたオルレンスは、驚きつつも素直な感想を述べた。
「これがシン殿以外の者が申したのならば、単なる世迷言と言えたのでしょうが…………」
現にシンの左目は、竜の瞳であり、人の手によるものではなく、正に神の奇跡ともいうべき確たる証拠でもあった。
オルレンスは現状を把握し、受け入れ、シンと共にこの平原に陣を敷き、もう一国の援軍を待つことにした。
ムベーベ国の援軍にシンの出した使者が辿り着いたのは、それからさらに二日後のことであった。
ムベーベ国が出した援軍は、ある程度まで西進すると、帝都へは寄らず、そのまま西南から最前線の城である、ケンブデン城を目指した。
使者の案内により、ムベーベ国の援軍が帝国、エックハルトの二国連合軍と合流したのは、三日後のことであった。
これにより、ガラント帝国、エックハルト王国、ムベーベ国の三カ国連合軍が結成されることとなる。
「おお、戦象部隊まで連れて来てくれたのか! それに狼騎兵までも!」
ムベーベ国が帝国へと派遣した援軍の総数は凡そ一万。
国力比からいっても、この兵力は破格の一言であった。
さらには、虎の子である戦象部隊と、軍の中核ともいえる狼騎兵までも送り出していることから、この援軍にムベーベ国が、並々ならぬ思いを抱いていることが、窺い知れる。
戦象、狼騎兵に続き、シンを驚かせ、かつ喜ばせる出来事があった。
それは、この援軍を率いているのが、かつての戦友であるギギだったのだ。
ギギは、ゴブリン族に繁栄の切っ掛けをもたらした者として、今やムベーベ国の英雄として持て囃される身であった。
そのギギが、帝国に一時居たことに加え、勇者として送り出された際に受けた屈辱と、無残にも殺された仲間の仇、また、シンと帝国に対する恩義と友情に応えるとして、将として選ばれたのであった。
シンは援軍の先頭にギギの姿を見つけると、喜びのあまり立場も忘れて駆け寄った。
それはギギも同じであった。ギギは、狼の背から飛び下り、シンへと駆け寄った。
が、ギギはシンの左目を見て驚いた。
「シン、シン! 目、目!」
目を大きく広げて、自分の左目を指差すギギを見て、シンは笑った。
「いやぁ、ちょっと……ギギと別れてから色々あってなぁ…………」
兎にも角にも、無事三カ国の兵力が合流し、反撃の狼煙を上げる時が来たのであった。




