サクラの力
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帝国軍、先に大勝するも、次の戦いで惨敗の報が帝都に届くと、民衆たちは不安に駆られ、早くも帝都を脱しようとする者が現れた。
民衆が抱いた不安は、すぐさま恐怖へと変わり、帝都の四方の門へと民衆たちが殺到し、少なからずの死傷者が出る始末となった。
帝都に留守居役として残留している宰相のエドアルドは、民衆たちの不安を取り除くために、各門前や広場に帝国軍、皇帝ともに健在であるとの立札を立てたが、どうにも効果が芳しくない。
そこでエドアルドは、すかさず次の手を打った。
それは、シン率いる冒険者パーティ、碧き焔が白骨街道にて倒した巨大な魔物、地獄百足の頭骨を帝都中央広場に展示するというものであった。
現在、前線からもたらされた情報は少なく、シンの安否は不明であったが、幾多の困難をその実力と強運によって退けて来たシンであるため、必ずや健在であるとその点は心配してはいなかった。
かくして、帝都中央広場に地獄百足の頭骨が展示され、古の書物に伝わるこの巨大な魔物を、シンが討伐したと伝わると、民衆たちはあっという間に落ち着きを取り戻した。
「そうだ、我々にはシン将軍がいるではないか!」
「その通りだ! 将軍は先の戦でもルーアルトの銀獅子を討ち取り、帝国軍を見事勝利へと導いた。きっと今回も、大功を立て戦況を引っくり返すに違いない」
「なにせ竜を倒した戦士の中の戦士だからな! ラ・ロシュエルがいくら強くとも、将軍よりも強い者がいるはずもない」
竜を倒し、幾多の強敵を打ち倒して来た帝国の若き英雄シン。
シンの名を出すだけで、民衆たちは人が変わったように落ち着きを取り戻す様を見て、エドアルドは不安を覚えずにはいられなかった。
実力に裏付けされた強烈なカリスマ性、もし仮にシンが帝国の敵となったのならばどうなるのか?
民衆たちの多くは皇帝ではなく、シンを選ぶのではないだろうか?
さすれば帝国はたちまちの内に二分されてしまう。
勝てるか? あの男に?
いやそれ以前に、皇帝陛下があの男と戦う事が出来るのかどうか…………
陛下とシンの間に、強い友誼が結ばれていることは承知している。
シンも、当初より一貫して権力に興味が無い様を貫いてはいるが、本人の意志に関わらず担ぎ出されるという可能性もある。
自分でも些か考えすぎであるとは思わないではないが、帝国の宰相という立場上、あらゆる危険の芽は摘んでおかねばならないとエドアルドは考えていた。
ーーー
一人と一頭は夜の闇に紛れれうように、静かに身を伏せ一夜を明かしていた。
ケンブデン城はまだ遠いとはいっても、どこにラ・ロシュエル軍が潜んでいるかもしれないため、火を使う事は出来ない。
夏とはいえ、明け方はそれなりに冷え込む。
サクラはピタリと自分の身体に寄り添うようにして、穏やかな寝息を立てているシンを、そっと翼を広げて包み込み、夜風を遮る。
しばらくしてシンは目を覚ますと、今度はシンが立ち上がり刀を抜き、見張りについた。
サクラはそんなシンの真横に頭を置き、安心しきった様子で目を閉じた。
夜が白み始めると、二人は出発の準備をする。
といっても、サクラは特に何をするでも無い。大きな欠伸と羽を広げて二、三、羽ばたいただけである。
シンはそんなサクラを見ながら、まだ僅かに残っていた腰兵糧を全て胃に納めると、サクラの背によじ登った。
「このままのペースでいくと、今日の昼前にはケンブデン城に着くだろう。ケンブデン城は敵の包囲下にあると思われるので、近くまで行ったら用心のために高度を上げよう」
昨日、サクラは地面を這うように、地上すれすれを飛んだ。
これは、サクラがまだ飛行に慣れておらず、墜落の危険があったためと、もう一つは高度を上げると防寒の用意が無いシンが凍えてしまうためであった。
「だいじょうぶ? さむくない?」
サクラは昨日、自由に空を飛び回ることの出来る興奮に我を忘れ、力いっぱい上昇した際にはしゃぎながら後ろを振り返ると、シンが鼻を垂らしながらガチガチと全身を震わせている姿を思い出した。
「心配するな。雲の中や上まで飛ばれたら、流石に凍えちまうが、高度百メートル程度であれば短時間ならば問題無い。百メートルもあれば、地上からの弓矢の攻撃も殆ど当たらないだろう」
振り返り心配そうな目を向けるサクラに、シンは白い歯を見せて笑って見せた。
「ゆみやはいたいからきらい!」
そう言ってサクラは腹を前足で摩った。
そこは、龍馬であった頃に矢を受けた場所であった。
「まぁ、この硬さなら大抵の弓矢は弾いちまうんだろうが…………」
シンはそう言いながら、拳で軽くサクラの黒い鱗を叩いた。
鉄や鋼などの金属とはまた違った感じの硬さ…………それは、シンの着る鎧と同じ竜の鱗特有の硬さであった。
「まぁ、用心にこしたことはないわな。よし、行こうぜ」
地平線から太陽が顔を出し始めると同時に、二人は再び空へと舞い上がった。
それから三時間後。
「む、敵だ! サクラ、高度を上げろ、急げ!」
地平線の彼方に、キラキラと輝く水面のようなものを見たシンは、サクラの背を叩いた。
陽光を跳ね返す水面のように見えるのは、朝日を浴びた十数万のラ・ロシュエル軍の鎧兜や槍先である。
慌てて急上昇するサクラから振り落とされないよう、シンは必死にしがみつきながら、敵の様子を探ろうと試みる。
急上昇による強いGの掛かる中、薄っすらと開けた目に映ったのは、ラ・ロシュエル軍の陣営から立ち上る無数の煙。
「丁度朝飯時ってことか、いいタイミングだ。これならば、咄嗟に俺たちを撃つことは出来ないだろう」
どうしてかはわからない。羽を持つ生き物の本能だろうか? サクラは計測したかのように、ピタリと高度百メートルを維持していた。
高度百メートル程度ならば、地表から約0.6℃位しか下がらない。
サクラはちらりと後ろを振り返り、シンが風圧に耐え眼を細めていつつも、凍えてはいない事を確認してホッとする。
「このまま城へと向かってくれ」
「わかった」
サクラは悠々とラ・ロシュエル軍の上を飛んでいく。
豆粒のように小さく見える兵士たちが、こちらを指差し、立ち上がって武器や盾を構えるのが見える。
そんな中、シンとサクラの目に飛び込んできた物があった。
それは、ボロボロに切り裂かれ、所々黒く乾いた血に染まった一本の旗。
その旗印は、三本足の鴉。
それは紛れもなく、皇帝より戦の前に手渡されたシンの旗…………八咫烏の旗であった。
さらにその横には、槍先に一つの首が掲げられていた。
シンは目に魔力を送り、猛禽類のように視力を高める。
そしてその首が、自分の身代わりとなって散ったアロイスのものだと知ると、もう我慢が出来なかった。
「サクラ、急降下だ!」
シンの怒りが、直接肌を通してサクラへと流れ込む。
サクラは吼えた。
紅い瞳がより強く輝き始める。
「地上に着地したらブレスで牽制、援護を頼む!」
「わかった!」
サクラは急降下、高度三十メートルに達した所で大きく何度も羽ばたき、急激に速度を落としながら降下する。
シンは高さが七、八メートルとなったところでサクラノ背から飛び降りた。
普通ならば大怪我をしてもおかしくない高さだが、シンには身体強化の魔法がある。
全身を隈なく強化したシンは、やや不恰好ながらも着地に成功し、着地したと同時に天国丸を抜いた。
驚いたのはラ・ロシュエル軍である。
突然、空から真っ黒な竜が現れたかと思えば、自軍に向かって強烈なブレス攻撃を仕掛けて来たのだ。
サクラの口から放たれた紅蓮の炎は、瞬時にして密集していた数十名の兵を消し炭にし、その周囲に居た者も熱波に肌や目を焼かれ、息を吸い込んだ者は喉や肺を焼かれ、地獄の苦しみを味わいながら次々に命を落としていく。
一方のシンは、突然の空からの黒竜の強襲に、魂を抜かれたように驚きその場に佇む敵兵を、手当たり次第切り捨てていく。
サクラが再び吠え、大きく息を吸い込み、喉を膨らまし、二度目のブレス攻撃を仕掛けようとする様を見たラ・ロシュエル軍の将兵たちは、武器を放り捨て、叫び声を上げながら必死に逃げ惑った。
最前線の一軍のその恐慌は、すぐに左右に広がり、ラ・ロシュエル軍は引き潮のように、算を乱して後退する。
サクラは逃げる敵兵を追いかけようとするが、シンはサクラを呼び止めた。
「サクラ、追わなくていい…………」
敵が逃げ去った後には、打ち捨てられた武器の数々と、無残な死体、そして味方に置き去りにされ、悲痛な呻き声を上げる負傷兵たちの姿。
シンはサクラを見て戦慄した。サクラの竜としての力、これほどのものかと。
シンは我を取り戻すと、城に立て籠もる帝国軍の士気低下のために、晒しものとなっている自分の旗とアロイスの首、そして愛剣である巨剣、死の旋風を取り戻すと、再びサクラの背に乗り城の方へと飛び去った。




