黒竜サクラ
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すごい台風です! どうか皆様もお気を付け下さいませ。
壁に打ち付けた頭を、ブンブンと振り、頭の上に積もったコンクリート片を振り払った黒竜は、赤く光る両目に再びシンの姿を捉えると、居ても立っても居られないかのように、尻尾を大きく振りながら、重く響き渡る足音を立ててシンへと近付いて来る。
シンは、再び突進された場合に備えて、僅かに腰を落とし、身構えた。
「サクラ、お前本当にサクラなのか?」
シンに自分の名前を呼ばれた黒竜サクラは、嬉しそうに眼を見開くと、勢いよくシンに向かって駈け出そうとする。
シンはそれを見て慌てて制止の声を上げる。
「待て、待て、サクラ! 動くな!」
シンの制止の声に反応したサクラは、龍馬であった時と同じく、その場でピタリと止まって見せた。
それを見てシンは、ゆっくりと自らサクラの方へと近付いて行く。
どんな盾も鎧も噛み砕くであろう鋭く大きな牙。一飲みで大人をも飲みこむであろう大きな口。そして暗中に爛々と輝く、恐ろしい竜の瞳。
だが、シンにはわかった。
これはサクラだと。
サクラはシンに見つめられると、何? といったように小首を傾げる癖があった。
今目の前に居る黒竜もまた、サクラが見せたあの癖と同じく、僅かに首を傾げている。
シンはサクラの前に立つと、すぅ、と右手を前に出した。
すると、サクラは龍馬であった頃と同じように、その差し出された右手に、自ら鼻面を押し付けて来たのであった。
この瞬間、確信から確定へと変わった。
サクラは龍馬から黒竜になったのだと。
「…………すまない…………俺に付き合わせてしまったばかりに、お前をこんな姿にさせちまって…………」
シンの右目から涙が一滴、床へと落ちた。
「しん、どうしたの? いたいの?」
頭の中に響いてきた幼い少女の声。
シンは何も言わずに、サクラの鼻面を両手で抱きしめた。
サクラはくすぐったそうに、両目をゆっくりと閉じる。
「しん、サクラね、からだがおおきくなったの」
「そうみたいだな」
「それにね、それにね、みて、おっきなおはねがついてるの」
「ああ、見えるよ。立派な羽が」
「またしんをのせてはしれるね」
「ああ、ああ………………」
シンは泣いた。
大切な相棒を、一番の仲間を、無謀な作戦に付き合わせて死なせてしまったのだ。
そして龍馬としての生き方を、自分のせいで失わせてしまったのだ。
シンは誓う。
これよりのち、この竜となってしまったサクラに対して、出来る限りのことをしてやらねばならないと。
それが、シンのサクラに対する贖罪となるのかはわからないが、シンは心に固く誓った。
「それにしても、テレパスの魔法といい、言葉といい、どうやって覚えたんだ?」
シンは抱きしめていた手をそっと解き、涙を袖で拭った。
サクラは紅く光る眼を細めつつ、名残惜しそうに喉を鳴らしながら答えた。よくわからないと。
「それについては説明しよう。プレイヤーである君も受けたことがあるだろう? 睡眠学習を。それをこのブラックドラゴンにも施した。なので、言葉は勿論、魔法も、飛行も難なく行えるはずだ。まぁ、何事も慣れは必要だがね」
なるほどとシンは納得した。
シンもこの身体となる時に、この世界の言語を睡眠学習により体得している。
そのおかげで、中央大陸標準語どころか、少数民族の言葉や、ゴブリン語も理解し、話すことが出来たのだ。
もっとも、睡眠学習によって脳にインプットされた中央大陸共通語は、古めかしいものであったため、例えるならば、現代の日本で、拙者、ござる、などと言っているような感じではあった。
だが、シンがついた嘘の設定の異国人であるということから、多少おかしくは思われはしても、普通に接して貰えたのであった。
現在は、完全にこの時代の言い回し等を体得してはいるが、時折その当時の事を、皇帝にからかわれたりもするのであった。
「言語を話せるということは、サクラの知能も上がっているのか?」
「それは勿論。ドラゴンの知能レベルは、そんじょそこらの人間よりも遥かに高いよ。そう設定してあるからね。ただし、今回はちょっと無理をしている。いきなりドラゴンホースから、ブラックドラゴンだからね。馴染んでいないし、発育も追いついていない。だが、その程度の問題ならば、時間が解決してくれるだろうから、心配無用さ」
「ということは、今後、サクラの知能はさらに成長するということか?」
「うん、その通り。初期インプットされていない魔法や言語も、教えれば覚えるだろうね。まぁ、黒竜は君のものだし、後は自分で好きなようにカスタマイズしてくれたまえ」
シンはサクラを物のように扱われていることに、カチンときたが、相手は所詮AIであり人ではない。
怒っても仕方が無いことなのだと、その怒りを抑えた。
「ところで、俺たちがここへ来てから、いったいどの位の時間が経っている?」
「七十二時間四十八分五十九秒経過」
秒単位まで答えるところが、いかにもコンピューターくさい。
「三日も経っているのか! こうしちゃいられない! もう、俺たちは自由に動いても問題無いんだな?」
「ああ、勿論だとも。我々には、ルールを逸脱していないプレイヤーを拘束することは出来ないからね。自由にしたまえ」
ハルは煙草を口に含み、紫煙をぷぅーと吐き出す。
その仕草は白衣姿と相まって、実に似合っているのだが、ハル本体は勿論の事、火の付いた煙草も、吐き出された煙さえも、全てホログラフィであった。
「そうか、色々と世話になったな。じゃあ、俺たちはもう行くぜ。サクラ、どうだ? 動けるか?」
シンの言葉に、サクラは大きく何度も縦に首を振った。
「よし、行くぞ!」
「おう~! でも、しん、どこに?」
黒竜であるサクラが首を傾げた。
その姿が龍馬であった頃と被り、シンの口元が綻ぶ。
「勿論、ケンブデン城だ。まずは落ち延びた味方と合流する。全てはそれからだ」
「わかった」
「では、地表に転送するとしようか。準備はいいかね?」
「ああ、やってくれ」
ハルが空中にコンソールを開き、白く細い指で滑らかにキーを叩いていく。
無論、これはプレイヤーに対しての視覚的な演出であり、このような演出無しで即座にテレポートさせることは出来る。
やがてハルがキーを叩き終わると、ドームの中心から光が溢れ、シンと黒竜となったサクラの巨体を包み込んだ。
眩しさに目を閉じ、再び瞼を開けた時には、もうドームの中では無く、薄い夕闇に包まれた草原にシンとサクラは立っていた。
「そうだ、サクラ…………本当に飛べるのか?」
シンは畳まれたサクラの漆黒の翼を見る。
「うん、とべるよ、すごい?」
「ああ、凄いな! じゃあ、早速飛んで見せてくれ」
「いいよ~、それ!」
羽を広げ、バサバサと音を立てて飛び上がったサクラは、直ぐにバランスを崩して墜落した。
「おい! 大丈夫か、サクラ!」
「あれ、おかしい、とべない」
不思議そうに首を傾げるサクラ。
その身体はさすがドラゴンともいうべきか、怪我どころか傷一つも、ついていない。
「自転車と似たようなもんかな…………よし、サクラ、飛べるように特訓だ!」
それから二時間が経った。
サクラは特訓中に数度墜落したが、今では自由に空を駆け廻ることが出来るようになっていた。
「まぁコツを掴んじまえば、すぐだよな。頭では理解していても、身体に覚えさせる必要があるからな」
次は騎乗である。
だが、ここでもまた問題が発生した。
シンがサクラの背に跨るが、鞍が無いので体をしっかりと固定出来ないのである。
「サクラ、ゆっくりと、そして出来るだけ低く飛んでくれ。でないと俺が、振り落とされてしまう」
「わかった。ゆっくり、ゆっくり~」
サクラの地を這うような低空飛行。
それはそれで怖いものがあった。
何せ、スピードが龍馬の時とは段違いなのである。
シンはサクラの身体にしがみ付くのと、呼吸するために、身体強化の魔法を必要とした。
「この速度ならば、ケンブデン城まであっという間だな…………待っててくれ、エル…………直ぐに行くからな…………」
三日月の月光の下、黒く大きな影が地表を縫うようにして、高速で飛んで行く。
シンは竜の瞳を、そしてサクラは巨大な黒竜の身体を得て、再び戦場へと舞い戻るのであった。




