竜の瞳
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週末に更新といいながら、月曜になってしまいました。申し訳ない。
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シンはハルが言った通り、きっちり四時間後に目を覚ました。
透明な円筒状のカプセルの中は薬液に満たされているが、不思議と溺れることもなく、至って普通に呼吸が出来た。
やがて足元から、コポコポと音を立てながら薬液がカプセル内から排出されていく。
完全に抜けきった後、上下左右から温風が吹き出し、濡れた身体がたちまちの内に乾いていく。
プシュー、と空気の抜ける音とともに、カプセルの正面が開き、シンは素っ裸のまま、カプセルの外へと足を踏み出した。
「おはよう、気分はどうだい? どこかおかしな所はあるかい?」
シンの目の前に、突然ゆらりと現れた眼鏡を掛け、白衣を纏ったハルは、シンの頭頂から足先までを見て、満足そうにうんうんと一人頷いた。
「いや、気分はいい……疲労も完全に抜けている……だが、左目に違和感がある」
「ああ、そのことについては、君に謝らなくてはならない。先ずはここが何処かというところから、順に説明するとしよう」
どうもこのハルのAIは、一々身振り手振りがオーバーアクション気味である。
シンは話しながらせわしなくこめかみを抑えたり、両手を広げて見せたりするハルのテンションの高さに、ついていくことが出来ずにいた。
「で、ここはどこなんだ?」
「ここは、怪物の生産、配置をする施設の一つさ。といっても、今はもう施設は稼働していないけどね。なんせネットワークは寸断され、施設の運営するための物資等も送られてこないとあれば、こうなっても仕方がないよねぇ」
なるほど、とシンは頷いた。
よくよく周りを見てみると、いつ崩壊してもおかしくはないほどに、壁や床、天井などに大小の罅が入っており、所々には錆が浮き、埃が積もっている。
「まぁ、とはいっても、プログラム通りに完全に稼働停止となるまでは、出来る限り職務に精励してはいたんだけどね。そのおかげで、プレイヤーである君を見つけることが出来たんだけど…………」
「けど?」
「いいかい? よく聞いて納得して欲しいんだが、この施設はあくまでもあくまでも怪物の生産、配置に関する施設なんだ。プレイヤーを一時的に保護することは出来ても、満足なメンテナンス等は行えないのさ。君はここに瀕死の重傷を負って、担ぎ込まれた。傷を塞ぐことは出来ても、失った気管を再生する設備は今のここには無い。だが我々管理AIは、出来る限りプレイヤーの満足のいくように、サービスすることが義務付けられている。そのため、失われた左目をそのままにはせずに、代用品で補う事にした」
「代用品? いったいそれは?」
シンはギョッとした表情を浮かべつつ、恐々とした手つきで、左目に手を添えた。
「体格の近い怪物の目を、移植したのさ。もし、気に入らないのであれば、他の施設で取り替えて貰うといいよ」
そう言ってハルは、シンの目の前に指を差した。
すると空中に、全身を映せるほどの大きさの、一枚の鏡が現れた。
シンは左目に添えた手を下げ、鏡に映った自分の顔を見る。
右目は今まで通り青い瞳。
その下の頬には、かつての強敵である銀獅子との戦いで負った傷跡がある。
問題は反対側だ。左目は、金色に輝いている。
それだけならば、虹彩異色症という珍しい目と言えたかもしれない。
現にアレキサンダー大王は、左右の瞳の色が違う虹彩異色症だったという説もある。
だが、違うのは瞳の色だけではなかったのだ。
シンの左目は、俗に云うラプターズアイ、爬虫類のような目に変わってしまっていたのである。
「っ、これはいったいどういうことだ? いったい俺に何の瞳を移植した?」
鏡を見る限り、視界と眼球の動きは完全に一致している。
見え方も以前と何ら遜色は無い。が、どこかしら違和感を感じる。
その違和感の正体も、直ぐに気が付くことが出来た。
そう、左目は……左目だけは、魔力を送り込まずとも暗闇の中でも物がはっきりと見えるのである。
「竜人という怪物…………亜人の瞳を移植したのさ。それしかサイズが合うのが無くてねぇ。先程も言った通り、気に入らないのであれば、他で付け替えて貰うといいよ」
これ以上ここではどうすることも出来ないからね、と付け加えると、ハルは部屋の奥の扉を指差した。
「隣の部屋に、身に着けていた物を保管してあるからね。それにしても、簡易生命維持装置を持っていてくれて助かったよ。あれがなければ、再生にもっと時間が掛かっただろうしね」
「簡易生命維持装置? そんな物を持っていた覚えはないが…………」
「ほら、これだよこれ。残念だけど、これは一回こっきりの使い捨てでね。この施設には一つも無いので、諦めてくれたまえ」
そう言って指を鳴らしたハルが投影したスクリーンを見たシンは、ハッと息を飲んだ。
それは以前、皇太子誕生の折に聖剣をあげた際の返礼の品として、皇帝より授かった戦士の魂と呼ばれる紫水晶のペンダントであった。
「そうか…………これが、これが簡易生命維持装置だったのか…………これのおかげで助かったのか…………ふふ…………ありがとよ、エル…………そうだ、こんなところでのんびりとしちゃいられねぇ! 帝国は、帝国はどうなっている?」
「さぁね? 私はプレイヤー以外の者たちについては、一切興味ないからね。それにドローンにも限りがあるし、あまり広い範囲のことを把握してはいないのさ」
こうしちゃいられないと、シンは急いで隣室へと行き、保管されている衣服と装備を身に纏う。
「なぁ、兜と大剣が見当たらないんだが…………」
ハルは何も言わずに、指をひょいと上げて空中にスクリーンを展開した。
そこに映し出されたのは、黒竜兜を被ったアロイスの生首と、戦利品として見世物にされている死の旋風の姿があった。
兜を被ったアロイスの首を見た瞬間に、シンは何があったかを正確に理解した。
アロイスは自分の身代わりとして死んだのだと。
シンの全身の毛が逆立つ。
だが、涙は流さない。まだ、終わってはいないのだ。
悲しむのは、この戦が終わった後。それまでは、悲しみを怒りへと変え、戦わねばならない。
「サクラは? 龍馬が一頭いただろう? あいつが俺に断りも無く離れるはずがない。サクラは何処に居る?」
「ああ、それなんだけど、死んでたので」
「死んだ? サクラが死んだのか? おい、嘘だろ? 悪い冗談はやめろよ! あいつは、あいつはなぁ…………俺の…………俺の…………」
先程決意したばかりなのに、シンは不覚にも涙腺が緩みそうになる。
「ああ、死んでいたので仕方ないから処分した。ただし、魂は他の怪物へと移しかえておいたよ。これは、満足な治療を行えなかった、お詫びとでもいうべきかな? 私に着いてきたまえ」
そう言ってハルは歩き出した。
魂を移し替える? まさか! かつての自分と同じように、サクラも…………
シンは先を行くハルを急いで追いかけた。
歩くこと数分。
着いた先は広々としたドーム状の空間であった。
薄暗いその中で、二つの赤い光が浮かび上がっている。
シンの左目は暗闇の中でも、しっかりと物を見る事が出来る。
その左目が見たものは…………
「ドラゴン!」
思わずシンがそう叫んだその時、巨竜マラクと対峙した時と同じような耳鳴りが、シンを襲った。
「し~ん!」
頭の中に直接響いて来たのは、幼い少女の声。これはテレパスの魔法だと、シンは即座に気付いた。
ドスン、ドスンと床を踏み鳴らしながら、真っ黒なドラゴンがシン目掛けて突進して来る。
その黒竜は、シンの前に立つホログラフィのハルを突き抜け、真っ直ぐにシンへと体当たりをして来た。
「おわっ!」
シンは黒竜の体当たりを間一髪の横っ飛びで躱す。
黒竜はそのまま派手な音を立てながら壁に激突。
天上からパラパラと、細かいコンクリート片が落ちて来た。
「こらこら、あまり暴れないでくれたまえ。この施設はかなり老朽化しているからね。君に本気で暴れられると、このまま二人とも生き埋めになってしまうかもしれないよ」




