炎剣の奮戦
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帝国に二剣あり。
この二剣とは、一人は帝国特別剣術指南役である、竜殺しのシンのことである。
二剣の内のもう一振りと称されるのは、皇帝より魔剣である竜の舌を賜った、帝国剣術指南役であるザンドロックのことである。
ザンドロックは個人武勇のみならず、優れた軍才を持ち合わせており、その実直な人柄から皇帝の信任も暑く、新たに創設された魔法騎士団の初代団長に抜擢され、近衛とは別の、皇帝のもう一つの腕として重用されていた。
しかし、長らく実戦から遠ざかっていたため、彼の実力を疑問視する者は多かった。
そのザンドロックの実力は、この撤退戦に於いて遺憾なく発揮され、広くその名と共に知れ渡ることとなる。
総司令官であったヴァルター・フォン・ハーゼより、皇帝の身を託されたザンドロックは、直ちに兵を纏め、タイロンの丘から即時撤退を開始した。
自身が鍛えに鍛え上げた精鋭である、魔法騎士たちに皇帝を守護させると、ザンドロックは撤退する部隊の最後尾へと移動し、逃げて来る味方を収容しつつ再編、さらには追いかけて来るラ・ロシュエル軍に、猛烈な反撃をして、その意気を挫いた。
魔剣である竜の舌に炎を纏わせ、追撃して来る敵を蹴散らし無事、皇帝をケンブデン城へと落ち延びさせることに成功する。
この時の奮戦ぶりから、ラ・ロシュエル軍にも炎剣ザンドロックの名は広く知れ渡った。
その後も総司令官代理として、股肱の臣である老ハーゼを失い、失意の内にある皇帝に代わり、全軍の指揮を執り続けた。
皇帝と共にケンブデン城に逃げ込めたのは、全軍の凡そ三分の一程度。
後の者は、討ち取られたか、今もなお逃走中かであった。
「損害が大きすぎる。このケンブデン城がいくらシンの肝いりとはいえ、どこまで持ちこたえる事が出来るか…………」
一見すると最早帝国に勝機は無いように思えるが、実はそうではない。
現在、このケンブデン城に向かって同盟国であるムベーベ、エックハルトの両国が援軍を派遣している。
これらの援軍と、生き残った兵力を合わせることが出来れば、まだいくらかはやりようがあると、ザンドロックは見ていた。
そのためには、数日中に戦列を整え攻めて来る、ラ・ロシュエル軍をこの城で防ぎ続けねばならない。
一方、ケンブデン城の一室で失意の海に沈んでいたガラント帝国皇帝、ヴィルヘルム七世はというと、撤退してきた将から、全軍崩壊の切っ掛けを作ったのが自分の義父であるルードシュタット侯爵であったことを聞き、怒気を発して剣を机に叩きつけていた。
「あの小狡いだけの豚めが!」
荒れ狂う皇帝を近侍の者たちが、何とか宥めようとするが、一度点いた激怒の炎は容易には鎮火しそうにはない。
「して、奴は今どこに居る?」
殺気だつ皇帝の問いに怯えながら、近侍の者がルードシュタット侯爵率いる部隊が、半日ほど前にこの城のそばを通り、そのまま北上していったことを伝えた。
「ふん、読めたわ。奴の目的は、敵の手によって余を始末させること。自らの手を汚さずにして、玉座を奪えるとでも思うたか、愚か者めが! この城に拠らず北上したとなると…………そうか! 奴め、帝都に急ぎ戻り、玉璽を奪うつもりだな」
皇帝の言葉に近臣たちからざわめきが起こった。
「なんと畏れ多いことを…………玉璽は皇帝陛下以外の者が、軽々しくお手を触れる事の出来るようなものでは御座らぬというに…………」
「ふん、奴の考えはこうだ……帝都に戻り玉璽を手に入れ、皇太子を擁立し、余に禅譲を迫る。そして自身は摂政として、幼い皇帝に成り代わり帝国を支配するつもりだろうが、それもこれも国があってのことではないか。乾坤一擲のこの大戦に負けてしまえば、全ては絵に描いた晩餐に過ぎぬ。後で新皇帝の名に於いて、兵力を糾合してラ・ロシュエルを討つつもりであろうが、そう上手くいくはずが無かろう。第一、帝国の兵力は、相次ぐ内乱や戦によって、すでに払底しておるわ」
玉座を狙う敵となった義父の思惑が知れた以上、このまま座視するわけにはいかない。
早急に対策を立てねばならないだろう。
皇帝は、総司令官代理であるザンドロックを呼べと命じた。
ーーー
「無理ですな。ルードシュタット侯爵の部隊を、今から追撃するのは」
皇帝はザンドロックに兵を再編し、反逆者であるルードシュタット侯爵を追うように命じたが、命じられたザンドロックはというと、その命令をにべもなく拒否した。
「なぜだ? このまま奴を放置しておけば、帝国は二つに割れてしまうのだぞ!」
「追撃は現実的に不可能なのです。陛下、冷静にお考えください。この城に落ち延びる事の出来た将兵は、朝からの戦闘、そして敵の追撃により、傷つき、疲れ果てております。そのような兵を再編し、追撃させたとしても、ルードシュタット侯爵の部隊には追いつけますまい。よしんば追い付けたとしても、疲弊した兵たちでは勝負にもなりませぬ。いくらルードシュタット侯爵の部隊が、弱兵であったとしてもです」
ぐうの音も出ない正論である。
皇帝自身、今は体中から発せられる怒りのせいで、一時的に疲労を忘れているが、確かに体中が鉛のような重さに包まれているのを感じてはいた。
「だが、だが、このままでは…………前面にラ・ロシュエル、後背にルードシュタットを抱える事になる。そうなれば下手をしたら、両者に挟み撃ちにされる可能性すら出て来るのだぞ。状況によっては、奴等が手を携えることすら考えられるのだ」
「とはいえ、今はどうすることも出来ませぬ。明日にもラ・ロシュエルがこの城に襲い掛かって来るかも知れない以上、これ以上兵力を減らすわけにはいきませぬ」
万事休す、である。
「…………シンは、シンはまだ戻らぬか?」
皇帝もザンドロックも、逃げ延びた兵から、シンが最後に敵軍の真っ只中に突撃したとの報を受けていたが、不思議と死んだとは思ってはいなかった。
あのシンならば、必ずや生き延びているはず。
敵に突撃したというのも、死中に活を求めたに違いない。
第一、あの化け物のような強さを誇る男が、そう簡単に死ぬはずがないではないかと。
「今だ戻りませぬが、必ずや近日中には姿を現しましょう」
皇帝はただ黙ってその言葉に頷いた。
自分も全くその通りだと思っていたからである。
ーーー
翌々日より、兵力を再編したラ・ロシュエル軍が、皇帝の立て籠もるケンブデン城を取り囲んだ。
だが、ケンブデン城はシン自ら再設計し、今となっては難攻不落の要塞と化していた。
まず、城の周りを幾重にも取り囲む堀や塹壕。
その堀や塹壕により、攻城兵器は容易に城に取り付くことが出来ない。
また、騎兵封じの逆茂木などに加え、歩兵封じにタイロンの丘で散々敵兵を苦しめた撒菱に加え、これまた幾重にも城を取り囲むように張り巡らされた、有刺鉄線。
ラ・ロシュエル軍が、有刺鉄線を見るのはこれが初めてである。
当然のように、このようなただの針金に何の意味があるのかと舐め、従来通りに城を攻めたてようとしてものの見事に失敗した。
歩兵たちの手足に、服にと有刺鉄線が絡み付き、身動きできなくなったところに、城から矢の雨が降り注ぐ。
なおもラ・ロシュエル軍は、兵力にものをいわせて強引に攻めたてようとするが、有刺鉄線と撒菱により進むことが出来ず、ただいたずらに損害を増やしただけであった。
また、塹壕の中に伏せ、上からシンがトンプ湿地帯で使ったカモフラージュネットを被った兵が、夜半に塹壕を出て夜襲を仕掛け、それによってもラ・ロシュエル軍は無視できぬ損害を受ける事となった。
主人公であるシンの出番は次から。
シンとサクラの、種族を越えた激しいスキンシップを、乞うご期待!




