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帝国の剣  作者: 0343
447/461

龍馬サクラ、死す

ブックマーク、評価、感想ありがとうございます! 

沢山の方々に読んでいただけて幸せであります。

モチベーションもアップし、創作意欲が湧きまくり!

今後とも、応援よろしくお願いします。

 

 サクラは朦朧とする意識の中、アロイスに言われた通り東へと向かった。

 腹と首筋に受けた二本の矢傷は深く、既に口から血反吐を繰り返し吐き出している。

 だが、サクラはそれでも歩みを止めない。

 身体を右に、左にとふらつかせつつも最後の力を振り絞り、東へと駆け続けた。

 自分も、そして背に背負うシンも、いえに戻り、十分な休息を得ればきっと元気になる。

 そしたらシンと二人で美味しい物を食べ、一緒にずっと一緒に遊び、一緒に寝るのだと。

 ああ、もうすぐ…………もうすぐいえに着く。

 サクラの目には、見慣れた帝都の街並みと、その帝都にあるシンの館の門扉が見えている。

 この時すでにサクラの両目は、その視力を失っていた。

 それどころか、聴覚、嗅覚までもがおかしい。

 サクラの耳には、妹分であるレオナの龍馬のシュヴァルツシャッテンが自分を呼ぶ鳴き声が聞こえ、鼻腔に飛び込んで来たのは、慣れ親しんだ厩舎に敷かれた藁の香りであった。

 それらを不思議に思えるような思考や感覚すら、最早今のサクラは有してはいない。

 ただ、それらの安心できるものたちの元へと、一歩、また一歩と足を踏み出して行く。

 しかし、それも直ぐに限界が訪れた。

 サクラは消えゆく意識の中、最後に一声、シンに甘えるように喉を鳴らした後、足を揃え立ったまま、ゆっくりと静かに息を引き取った。


 草原に直立し、佇むサクラの屍を、夏の夕陽が照らし長い影が出来る。

 その死したサクラの背に縛り付けられているシンもまた、最後の時が刻一刻と迫っていた。

 サクラが息を引き取ってから半刻ほどが経ち、いよいよシンの命も危ういと思われたその時、鎧の下に身に着けていたペンダントが、突如淡い光を放ち始めた。

 その紫色をした光はゆっくりと広がり、やがてシンの身体全体を優しく包み込んだ。

 そしてもう一つ、不思議な現象が起こった。

 既に命を失ったサクラの身体が突然、ビクン、ビクンと痙攣し始めたのだ。

 だが、サクラの目は白目を剥き、口からは舌が力を失いだらりと垂れている。

 どう見ても生き返ったというわけではない。

 もしこの場に誰か別の者が居て、よくよくサクラを観察していたのならば、あるものに気が付いたかもしれない。

 それはサクラの頭部に止まった、一匹の虫である。

 サクラの頭部に止まったスズメバチ程の大きさの虫は、せわしなく足を動かし頭頂部へと登ると、その臀部から鋭い針を刺した。

 そして、その虫の両目が赤く、青くと明滅を繰り返す度に、サクラの身体が激しく痙攣する。

 やがて最後に今までよりも一際大きな痙攣をした後、サクラは白目を剥き舌をだらしなく垂らしたまま、まるで生き返り、傷の影響も無かったかのようにくるりと機敏に馬首を南へと翻し、全力で駈け出した。




 ーーー



「ドローンによるコントロールは成功。回収地点までの予想到着時間は、約二十分」


 薄暗い部屋中に、幾つもの半透明なコンソールやモニターが浮かんでいる。

 それらを操り、見つめているのは、この星の管理運営を任されているAIのハルであった。

 しかしこのハル、今までにシンが会ったハルとはどこか違う。

 最初に会ったハルは、折り目正しくその姿から、正に管理者といった感じであり、二度目に会ったハルはその役柄上、神々しさをその身から醸し出していた。

 だが、今度のハルは前の二人とは何もかもが違う。

 当然だが、顔の造形やスタイルなどは、前者二人と寸分違わぬ造りである。

 だが、科学者のように白衣を纏い、髪は乱れに乱れボサボサ、おまけに火の付いていない煙草を咥えている。

 勿論、その白衣や煙草どころか、その身体も全て立体的なホログラフィである。


「さて、問題は、この施設の大半が朽ちていて、プレイヤーを満足にサポート出来ない事なのだが…………まぁ、どうにかなるっしょ」


 AIごとに疑似的な個性を持たせたと二番目のハルは言っていたが、どうやらこのハルは不真面目でズボラな性格のようであった。

 ズボラなハルが直立不動のまま微動だにせず、二十分の時が経過した。

 瀕死のシンを乗せた死せるサクラが、何かに誘導されるように、何も無い草原の真ん中で足を止める。

 すると、にわかにモーターの作動音が聞こえ始め、サクラの周囲三メートル程の地面がエレベーターのように沈下し始めた。


「よっし、回収完了! で、プレイヤーの状態は、っと…………う~ん、こりゃ参ったな。この施設プラントじゃ、失った目玉の再生は不可能だぞ。培養カプセルのあった部屋は八十七年と二ヶ月前に機能停止してるからねぇ…………さて、どうしましょ?」


 しばらくうんうんと唸ったり、突然頭を掻きむしったり、とこのハルはどこまでも人間臭い動作を取る。


「そうだ! 取り敢えず、他の怪物クリーチャーの目玉を移植して誤魔化しましょ。名案、名案! もしお気に召さないのであれば、他の施設で付け替えて貰うって事で。でも、クレーム来ちゃうかなぁ? う~ん、じゃあ何かサービスすれば、許してくれるかな? でも、サービスと言っても何がいいだろうか?」


 またしても頭をボリボリと掻き始めたハルの目に、シンを乗せたサクラの屍が映った。


「おお、あれよあれ! 壊れた乗り物を元通りに治してあげればきっと…………でも、龍馬ドラゴンホースの在庫、まだ残っていたかなぁ」


 モニターを新しく空中に追加し、この施設に保管されている怪物たちの在庫リストを表示する。

 その傍らで、予め起動させておいたマシンゴーレムが、シンの体を別の部屋へと抱えて行く。


「あちゃー、龍馬の在庫ゼロだわ。どうしましょ? えーと、プレイヤーの方は…………おお、死亡じゃなくて瀕死じゃない! これは処置が楽だわ。あら、簡易生命維持装置を持っていたのか……なるほどね。他の施設で貰ったのかな? まぁ、それはどうでもいいけど。で、龍馬の代わりになるものは~っと…………」


 ハルは次々にモニター上に表示されるリストのページをめくっていく。


「これはもう破棄したし、これも施設の崩壊に巻き込まれてロスト。う~ん、碌なのが残って無いなぁ……ヒューマノイドタイプは、竜人ドラゴニュートしか残って無いじゃんかよ! まぁ、サイズ的には合うだろうから、取り敢えずこれでいいか。後はサービス品を選ばなくては、と…………」


 モニター画面上では、目にも留まらぬ速さで次々とリストが更新されていく。

 二秒後、ハルはこれだ! と、指をパチンと鳴らしてニヤリと笑みを浮かべた。




 ーーー



 目が覚めたシンは、どこか懐かしさを覚える感覚が全身を包んでいることに気が付いた。

 目が覚めたと言っても、体を自由に動かすどころか、瞼を開ける事さえできない。

 ただ意識だけが、寝起きのように、薄らぼんやりと覚醒したというのが正しいだろう。


(俺は死んだのか?)


「いいや、君は死んでないよ」


 脳に直接響いて来る声は、何度も聞いた事のある女性の美しい声であった。

 シンは未だ靄の掛かったような、回転の鈍い頭をフル回転させて、その声の主を特定しようと試みる。


「まだ調整中だから。完全回復まで、後四時間程掛かるから、もう一眠りするといいよ」


 またしても頭に直接響く声。

 この声には絶対に聞き覚えがある。

 シンが直ぐにハルの声だと気が付かなかったのは、この施設の主であるハルの口調が、実にフランクであったためというのが大きい。

 今までに会った二人、いや二体のハルは、口調は穏やかでどこまでも丁寧であった。


(そういうのならば、今少し眠らせて貰おう)


「そうするといいよ。一眠り……四時間後に目覚めるように、タイマーをセットしておくからね」


 馴れ馴れしい口調だが、絶対の安心感を与える声に、シンの意識は再び夢の中へと埋もれていったのであった。

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