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帝国の剣  作者: 0343
446/461

聖戦 其の九 戦場からの離脱

評価、感想、ブックマークありがとうございます!


仕事が忙しく、また人がバタバタと続けて辞めたこともあり、配置転換によって仕事を一から覚えなおさねばならず、自由な時間が取り辛くなってしまっています。

そのため、投稿間隔が週一となってしまうことをお詫び申し上げます。

 

 一見無謀とも思える中央突破からの左転進にて、戦場から離脱しつつあったシン率いる前衛軍生き残りの将兵らの前に、突如として敵が現れた。

 このような戦場の外れに、このような大兵力を配しているとは、流石のシンでも想定外である。


「クソ、なんでこんな所に!」


 シンは疲弊した身体に再び喝を入れつつ、再び先頭に立ち、敵を斬り伏せ突破を図る。


「将軍、こやつらは創生教の聖騎士団ですぞ!」


 シンたちにお前に立ち塞がったのは、ラ・ロシュエルの王であるロベール二世から邪魔者扱いを受けて、戦場の隅に配された五千の創生教の聖騎士団であった。

 戦場の隅に配され、功を立てる機会を失い、腐っていた聖騎士団の前に、傷つき疲れ果てたシンたちが現れた。

 敵の包囲を脱した直後の、気の緩みもあっただろう。

 隙だらけの獲物がのこのこと、目の前に現れたのだ。

 しかもその兵数は倍ほどもの開きがある。

 この絶好の機会を逃す手は無いとして、聖騎士団はシンたちに襲い掛かった。

 これがお互いに普通の状態であったならば、シン率いる前衛軍が数で劣っていたとしても、圧勝したであろう。そのぐらいに練度、士気の差はあった。

 だが開戦直後より、数時間も激戦を繰り広げたあげく敗走している最中の前衛軍では、堕落しきり弱兵となり果てた聖騎士団であっても、容易に打ち破る事は不可能であった。


「突破したら、小集団に別れて逃げよ! 敵に的を絞らせるな! 後ろを振り返らず、力の限り戦場から離脱せよ!」


 シンは最後尾につき、追い縋って来る敵を斬り伏せながら、兜のバイザーを上げ、大声で叫んだ。

 そこに隙が生まれた。

 シンとて人である以上、疲れもするし、油断も生まれる。

 その一瞬の隙を、二本の矢が捉えた。


「ぐっ、ぐふっ!」


 最後尾のシンを討たんとして放たれた矢は、十数本。

 その大多数が外れたが、避けきれぬと悟ったシンが上げた左手の平を貫通し、そのまま左目に突き刺さり、もう一本はその左手を上げた際に出来た、左脇の下の鎧に覆われていない脇の部分に突き刺さった。

 どちらも致命傷である。

 また、シンを背に乗せている龍馬のサクラも、左わき腹と、首筋にそれぞれ一本ずつ矢を受けている。

 これもまた、無視出来ぬ深手であった。

 シンは咽かえり、血を吐きつつも落馬せぬようにと、急速に力を失いつつある右手で、必死に手綱を握った。

 サクラもそれに応え、傷の痛みに怒りの咆哮を上げながらも、これまた必死に踏み堪え、シンの合図を待たずに走り、戦場を脱しようとする。


「将軍!」


「将軍、気を確かに!」


 左右から生き残りに騎士達が駆け寄り、ぐらつくシンの体を必死に支えながら並走する。


「あ、アロイスを…………アロイスを呼んでくれ…………指揮権を委譲する…………」


 自分の吐いた血の塊を見て、シンも弱気となった。

 そんなシンを叱るように、サクラが唸り声を上げるが、その声にも苦しさが入り混じっている。


 兵の知らせを受け、直ぐにアロイスがシンの元へと駆けつけて来た。

 アロイスはシンの姿を見るやいなや、見る見るうちに顔色を青ざめさせた。

 二ヶ所の傷は、今すぐにでも命を奪わんほどの深手である。

 特に脇の下の矢は拙い。

 抜けば直ぐに失血死することは明白である。

 だが、左目の方は、まず手に刺さったせいか、鏃は脳にまでは達しておらず、眼底で止まっていた。

 とはいえ、左目は完全に失明している。


「アロイス、すまんが指揮を頼む…………なぁに、そんなに心配するな…………こんな傷くらいで俺は死なん。後でエリーに、ちょちょいと治して貰うとするさ…………」


 とはいえ、応急手当は必要である。

 敵の追撃が途絶えたその間に、馬を止め、手当を行う。

 シンは未だ左手を射抜き、そのまま左目に突き刺さっている矢を引き抜かねばと、残っている力を振り絞ってその矢を引き抜いた。

 声にならない悲鳴が、草原に響き渡る。

 引き抜かれた鏃には、左の目玉がそのまま付いており、窪んだ眼窩との間に視神経と血の吊り橋を懸け、垂れた。

 直ぐにアロイスが兜を脱がし、左目を布できつく抑え縛る。

 白い布が見る見る内に赤黒く染まっていく。

 左脇の矢は、抜くことは出来ないので、ナイフで短く切り、そのままその上から布で縛り上げた。

 穴の開いた左手の平も同様に、布をきつく巻いて出血を抑えている。

 それらの傷と失血量から、シンの顔色は、死蝋のように青く黄色くをくりかえしており、意識も薄れがちとなっている。


「シン将軍、この兜と、背の剣をお借りしますぞ…………」


 アロイスは、そう言いながらシンの背負っている大剣である、死の旋風を引き抜き、シンの体を縄でサクラの身体に結わえた。

 それから、


「すまんが、卿らの命をくれ。将軍を落ち延びさせる時間を稼ぐ。将軍は帝国にとってまだまだ必要なお方である。ここで討たせるわけにはいかないのだ」


 振り返り、最後まで着いて来た騎士たちにそう告げると、騎士たちも皆頷いた。

 その数、アロイスを含めて二十三名。

 遠くから馬蹄の音が近付いて来る。

 敵は追撃をまだ諦めてはいなかったのだ。


「サクラよ、疲れているだろうがよく聞いてくれ。このまま真東へとしばらく走り続け、それから北へと、味方の元へと向かってくれ。良いな」


 シンの愛馬である龍馬のサクラは、人語をある程度理解しているふしがある。

 アロイスは、そのサクラの賢さに賭けた。

 アロイスを始め、騎士たちは馬を降りて、手早く鞍を外し、長年労苦を共にした相棒たちに別れを告げ、自由にしてやる。

 騎士たちに懐いている馬たちは、容易にその場を離れようとしないが、その尻を槍の柄で叩き、無理やりにでも追い払う。

 その逃げ散って行く馬たちに紛れさせて、シンを乗せたサクラを紛れさせた。

 サクラは苦しげに喘ぎながらも、アロイスに言われた通り、必死に東に向かって駈け出した。

 それを見届けたアロイスは、自らの兜と剣を捨て、シンから外した黒竜兜を被り、シンの愛剣の一つである死の旋風を構えた。


「ヤタガラスの旗を掲げぃ! これより、この場に限り、このアロイスが竜殺しのシンである。そう心得よ!」


 シンの旗である、三本足の黒い鴉。八咫烏の旗が上がり、風にたなびく。

 剣を構えたアロイスに向かって、騎士たちが一斉に剣を掲げ、応える。


「しかしまぁ、何と重い剣であろうか…………これほどの剣を、木の棒のように軽々と片手で振り回すとは、いやはや恐るべき御方よ」


 アロイスも一流の剣の使い手である。

 よって、重い大剣の死の旋風を全く使えないということはない。

 が、シンのような使い方は、無理だろう。

 果たして敵は、騙されてくれるだろうかとの心配が頭を過る。

 が、直ぐに頭を振って剣を構えなおした。

 既に敵は目視出来る距離にまで迫っている。

 これよりのちは、シン将軍として些かの迷いや怯えも無く振る舞わねばならない。


「円陣を組め! 良いか、我らは一時でも多くの時間を稼がねばならない。蛮勇、無駄死には許さん。ただただ敵を引き付け、一秒でも多く時間を稼ぐのだ」


 応、と騎士から声が上がる。

 二十三名の騎士たちは旗を中心に円陣を組んだ。

 追撃して来たのは、先程の創生教の聖騎士団であった。

 アロイスたちも激戦を繰り広げ、大なり小なり手傷を負っている。

 それを見て、聖騎士団は狩るのに手ごろな獲物であると近付いて来る。

 そして近付き、騎士たちの後ろにたなびく旗を見て、その獲物が意外な大物であることに気が付いた。

 シンの豪勇は、すでに聖騎士団の耳にまで届いていた。

 そのため、容易には打ち掛かれずに、遠巻きに取り囲むのみであった。

 思わぬ時間稼ぎが出来て、アロイスは心中ほくそ笑む。

 やがて時が経ち、追撃の兵が集まり、その数が二百を越えた辺りで、聖騎士団は攻撃を開始する。

 その聖騎士団の攻撃を、僅か二十三名という寡兵ながらも、数度弾き返すアロイスたち。

 だが、衆寡敵せず。攻撃を受ける度に数を減らし、遂には皆、討ち取られた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] だが、衆寡敵せず。攻撃を受ける度に数を減らし、遂には皆、討ち取られた。 泣けます…… なんてこった…… 足を引っ張るだけの味方が憎い。そりゃまあ最早味方ではありませんけど……
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