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帝国の剣  作者: 0343
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聖戦 其の七 不可解な中軍

感想、評価、ブックマークありがとうございます! 励みになります、本当にありがとうございます!


 

 一騎打ちにて、相次いで二将を討ち取られたという報告を受けたロベール二世は、これ以上の士気の低下を危ぶみ、これより先、敵の挑発を受けての一騎打ちを禁じた。

 さらに続けて、全軍に攻撃開始の命を下した。

 ラ・ロシュエル王国軍から、次々と攻撃の開始を告げる喇叭が吹かれると、全軍の前に出て敵を挑発し続けていたシンも、これまでと諦めて馬首を返し、自陣へと戻った。

 待ち受ける帝国軍はその場を動かず、攻め手であるラ・ロシュエル王国軍の方が弓兵を先頭に立てて前進を開始する。

 両軍の戦闘は形式的な矢合わせから始まる。

 最初から制止状態で矢を番えている帝国軍に対し、歩を進めて、距離を詰めなければならないラ・ロシュエル王国軍は不利であった。

 だがその不利を、ラ・ロシュエル王国軍は数で補う。

 天空を緩やかに弧を描くようにして降り注いでくる矢の雨。

 両軍の将兵は盾をかざし、頭を押さえて地に蹲り、あるいはオロオロと逃げ惑い、上から降り注ぐ死の雨から必死に逃れようとする中、シンは大剣を風車のように振り回し、自身とサクラの身に降り注いでくる矢を切り払う。

 矢合わせが終わると、今度は魔導士たちによる攻撃魔法の打ち合いとなる。

 弓兵が下がり、魔導士が前列に出て来るこの僅かな時間を利用して、シンは兵たちに事前に用意させていた土嚢を使い、即席の壁を構築する。

 その壁に隠れながら、帝国軍所属の魔導士たちは、攻撃魔法の詠唱に集中する。

 土嚢で作られた即席の壁は、決して頑丈とはいえないが、脆い壁とはいえ、あるのと無いのでは大違いである。

 現に敵の攻撃魔法により、土嚢が吹き飛ばされてしまうものの、後ろに隠れていた魔導士たちは無傷、あるいは軽傷で済んだ者も多かった。

 この魔法の撃ちあいには、シンも再び前に出て参加した。

 一騎打ちにおいて、二将を赤子の手をひねるが如く討ち取ったばかりでなく、帝国のどの魔導士よりも強力な攻撃魔法を、恐るべき詠唱速度をもって撃ちこんで来る様に、ラ・ロシュエル王国全軍が恐れを抱かずにはいられなかった。

 攻撃魔法の撃ちあいが終わる頃には、攻撃魔法の合間を潜り抜けて来た両軍の兵たちが肉薄しており、咆哮を上げながらの槍剣の応酬が始まった。


「こちらの兵数は倍以上である! つまり、二人で一人を倒せば勝てるのだ!」


 ラ・ロシュエル王国の指揮官が叫ぶと、シンも負けじと味方を鼓舞する。


「落ち着いて戦え! 厳しい訓練を受けた我らであれば、一人で二人、三人討ち取れるはずである!」


 一騎打ちと魔法攻撃が効いているのか、敵はシンが前に出るとその分だけ後ろへと退いて行く。

 戦闘開始から一時間ほどが経ったが、敵の攻勢は鈍く、積極的に前に出ては来ず、兎に角帝国軍前衛とはまともに戦わず、左右両翼を撃破することを目的としたような動きを見せていた。

 前衛が本格的な激突から逃れている分、左右の両翼に負担が増していた。

 ここでシンは、ヨハンとフェリスを呼び、ある決断を下した。


「ヨハン、フェリス、お前たちは麾下の兵を用いて両翼の援護に向かえ。二人が抜けた穴埋めは、後ろに控える中軍に埋めて貰う」


「はっ、了解致しました。では、私は左翼を、フェリスを右翼の援護に向かわせます」


「頼むぞ!」


 ヨハンとフェリスは直ちに兵を再編し、両翼の援護に向かう。

 シンは中軍の指揮官であるルードシュタット侯爵に、援軍の要請をした。

 だが、半時過ぎても中軍に動きは無い。

 シンは再び伝令を出したが、それでもなお中軍に動きは見られない。

 中軍に援軍を要請していたのは、シンだけでは無い。

 左翼を預かるレーベンハルト伯爵も、右翼を預かるシュトルベルム伯爵も同様に、中軍に援軍を要請していたのだが、中軍は全く動く気配が無い。

 タイロンの丘の上から全軍を見ていた老ハーゼも、中軍に対して散々前へ出て前衛、左右両翼を援護するようにとの命令を発しているのだが、中軍は動かない。


義父ちち……ルードシュタット侯は何をしている! このままでは戦線を維持出来ず、敗北あるのみではないか! そのようなこともわからぬほどの、戦下手だとでもいうつもりか!」


 皇帝は激怒した。

 再三による命令に対して、何の動きも見せない中軍に、その指揮官であるルードシュタット侯爵を、口汚く罵った。


「陛下、この上は私自ら中軍へと赴き、命令に服させましょう」


 業を煮やしていたのは皇帝だけではない。

 総指揮官たる老ハーゼもまた、命令に従わぬ中軍に怒りを感じていた。


「へ、陛下! 中軍が、中軍が動き出しましたぞ!」


 近侍の報告に対して、皇帝は、遅い、遅すぎると吠えた。


「ん? どうした? 何をしている? 中軍は、ルードシュタット侯は、なぜ下がる? 伝令を! 急ぎ伝令を!」


「これは…………いったいどういうつもりか! このままでは、全軍が崩壊する! 誰か、儂の馬を!」


 中軍は動いた。

 動いたのだが、その方向が違った。

 誰も望まぬ方向へ、後ろに控える本陣を避けてさらに後方へと移動し始めた。

 本陣から次々に伝令の騎兵が丘を降って行き、ルードシュタット侯爵の元に辿り着くが、それでもなお中軍の後退は止まらない。


「まさか…………まさか、まさか! なんという愚か者か! 義父は…………余を見捨てた? いや、違う…………な、そうか! その手を汚さずに余を弑する腹積もりか! おのれ、おのれ、おのれ、許さん、

 許さん、許さんぞ!」


 皇帝は髪を掻きむしり、身悶えながら吼えた。

 以前は叔父に、今度は義父にと、二度も身内に裏切られた皇帝は、最早正気ではいられない。

 ひとしきりルードシュタット侯爵を罵った後、皇帝は急にプツリと糸の切れた操り人形のように四肢の力が抜け、その場にペタリと座り込み、虚ろな瞳で宙を見つめるのみとなった。


 一方、麾下に与えられた二万五千の将兵の内、一万を左右の援護に割いてしまったシンは、かつてない苦境に陥っていた。


「中軍はまだ動かぬのか? 流石にこのままではもたないぞ!」


「将軍! 中軍が、中軍が…………そ、総崩れに御座います!」


「な、なに? もしや左右のどちらかが破られてしまったのか!」


 シンは戦の最初から今まで、常に最前線に立ち剣を振るい、魔法を撃ち続けていたため、左右両翼と中軍、本陣のいま現在の状況を把握しきれていなかった。


「…………負けだ…………」


 誰にも聞こえないように、シンは小さな声で敗北を口にした。


「将軍!」


「将軍、如何なさいましょう?」


「御下知を!」


 最早シンが口にするまでも無く、将兵らはこの戦の敗北を悟っていた。

 シンは大剣を地面に突き刺すと、両手でパンっと両頬を叩いて気合いを入れ直し、思考を切り替えた。


「後が崩れてしまっては仕方が無い。我々はこのまま戦いつつ後ろに下がる。いいか、決して背を見せて逃げてはならない。この状況で武器を捨て、背を見せて逃げれば、万に一つも生き残れんぞ! 戦いつつ退き、陛下と味方が退却する時間を稼ぎつつ、我らも退却する!」


 程なくして、左右両翼の援護に回っていたヨハンとフェリスが、左右両翼総崩れとなり再び前衛へと合流した。

 両将ともに手傷を負い、麾下の将兵の凡そ半数を失っていた。

 ここでシンは、アロイスに一時指揮を預け、前衛軍の兵力の再編成を行う。


「ヨハン、フェリス、お前たちはこのまま負傷兵と共に下がれ。そして陛下にこう伝えてくれ…………」


 シンは信頼するヨハンとフェリスの二人に、皇帝への伝言を託した。


「将軍は、将軍は如何なさる御つもりですか?」


「俺は出来る限り支え、時間を稼ぐ。安心しろ、俺もこんなところで死ぬ気はない。必ずや生きて帰るつもりだ。ケンブデン城でまた会おう!」


 ヨハンとフェリスは負傷兵たちを率いて後方へと退いた。

 だが既に左右両翼を打ち破った敵が、本陣目掛けて進軍しているのを、この時の二人は知る由も無かった。

次の更新は、出来れば土日のどちらかにと思っております。

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