聖戦 其の六 一騎打ち
更新遅くなり申し訳ありませんでした。
仕事が忙しくて…………何とかお盆は休むことが出来て、ほっとしております。
シンの一騎打ちの申し出を、ラ・ロシュエル王国軍は受けた。
ラ・ロシュエル王国軍の中から、槍を扱きながら騎士が一騎駈け出してくると、帝国、ラ・ロシュエル両軍の将兵たちから剣と盾を打ち鳴らし、喝采を上げた。
「某の名は、ヴァンスロー。わざわざ自ら首を差し出すとは殊勝な心掛けである。今日よりのちは、某が竜殺しの異名を名乗るとしようぞ」
槍を頭上で風車のようにグルグルと回転させながら、ヴァンスローと名乗る騎士は、シンに対して挑発的な眼差しを向けた。
「もう墓穴は掘ってあるのか? 今の内に胴体に別れの言葉を言っておいたほうがいいぜ」
シンも負けてはいない。
ニッコリと笑顔を浮かべながら、挑発し返した。
「ぬかせ、下郎! 異国から流れて来た賤民風情が、少しばかり功を立てたからといって、調子に乗りおってからに! その良く動く舌を槍先にかけてやるわ!」
ハイっ、とヴァンスローは掛け声と共に馬腹を蹴り、シンに向かって人馬一体となって駈け出した。
シンも先程までの人を小馬鹿にした笑顔は何処へ行ったのか、口をへの字に噤み、眦を上げ、龍馬サクラの馬腹を軽く踵で蹴って迎え撃つ。
ランスローの獲物は槍。対するシンの得物は、かつての強敵であったザギル・ゴジンが使用していた大剣、死の旋風。
槍は大剣よりもリーチが長く、大剣は武器そのものの重量バランスが悪い上に重いため、一見するとシンが圧倒的に不利に思える。
事実、ヴァンスローも、一騎打ちを見物していたラ・ロシュエル王国軍の将兵たちは、武器の差で既に勝負は決していると見ていた。
逆に、帝国軍の将兵たちは、帝国の若き英雄であり、絶対的な強者であるシンの勝利を、微塵も疑ってはいなかった。
先ずは儀礼的な意味合いの一合。
交錯する瞬間、槍の穂先と剣先が触れ合い、ガツンという金属音と共に小さな火花が、パッと舞い散る。
この一撃は両者とも本気では無い。
両者ともそれを承知で、初撃の感触から互いの力量を測り合う。
ヴァンスローは、槍という武器の優位差から見て、本気で突けば大剣が穂先を弾く前に、喉首を突くことが出来ると踏んでいた。
対するシンは、かつて対戦した槍の名手であるラウレンツを思い出していた。
(あのラウレンツという男、腐っても帝国近衛騎士団副団長だけのことはあったな……あの二連突きを見た後だと、今の倍の速さで突かれても遅く感じてしまうな)
「次で決める! 覚悟せい!」
「御託はいい、さっさと掛かって来やがれ!」
両軍の将兵が固唾を飲んで見守る中、気合いの雄叫びと共に、両者同時に馬を駆けさせる。
シンが龍馬を走らせながら、ゆっくりとした動きで大剣を構えたのを見て、ヴァンスローは自分の勝利を確信した。
互いにすれ違う瞬間、両軍の将兵が目にしたのは、喉もと目掛けて突き出された槍先を、身体を僅かに傾けつつ最小限の動きで躱しながら、目にも留まらぬ速さで、しかも右手一本だけで大剣を振るい、一撃でヴァンスローの首を刎ね飛ばしたシンの姿であった。
帝国軍からは拍手喝采の嵐。
それに比べ、ラ・ロシュエル王国軍からは、動揺のあまり旗が揺れ、列が乱れた。
シンは大剣を二、三振って血を払うと、ラ・ロシュエル王国軍に向かって大声で、勝利宣言する。
その勝利宣言が終わるか終らぬかという頃合いに、一騎の騎兵がラ・ロシュエル王国軍から猛然と駆けだして来た。
「我はカーマントー、ヴァンスロー卿の仇、覚悟!」
「おう、まだラ・ロシュエルにも勇者はいたか! お相手致す!」
カーマントーと名乗る騎士の得物はまたしても槍。
というよりも、騎兵の主武装である槍以外の得物を用いているシンの方が、珍しいのである。
それもシンの得物は、馬上では取扱いに不便である両手剣。
魔法で肉体を強化させ、巨大な大剣を片手で振り回すことが出来るシンだからこそ、数々の難敵を討ち果たすことが出来たといってよい。
カーマントーは、ヴァンスローとシンの一騎打ちをその目で見ていたが、得物の有利不利を見て、ヴァンスローの敗北は油断によるものと見ていた。
ならばと、カーマントーは儀礼的な一合目は軽くやり過ごし、二合目に全身全霊を賭けた一撃を以ってして、シンを屠るつもりであった。
だがそれはあまりにも、シンという男を舐めすぎた行為であった。
シンはその若さの割に、幾度も文字通りの死線を潜り抜けてきている。
その濃密な実戦経験が、熟練者の技量を軽く凌駕し、もはや達人の域にまで達していたのである。
一合目の手合せの際に、シンはカーマントーが突きこんで来た槍先の鈍さに気付き、即座に相手の考えを察した。
(次で仕掛けてくる気だな…………ならば!)
シンはぼそりとサクラに指示を出すと、馬首を翻して再びカーマントー目掛けてサクラを走らせた。
カーマントーもまた、槍をきつく握りなおすと、急所であり鎧兜の隙間でもある首筋に視線を固定し、勢いよく馬腹を蹴って駈け出した。
シンは向かって来るカーマントーの視線が、己の首筋を貫くように注がれているのを見て確信する。
そしていざ互いに交差するかどうかという、その一瞬に手綱を緩め馬足を緩めた。
サクラもシンの言う事を良く聞き、その指示に応え、上手く歩幅を調整しながら急激に速度を緩めることに成功。
結果、タイミングを大きくずらされたカーマントーの槍は、中途半端に突き出した形となり、体勢を大きく崩したその肩口に、シンの渾身の一撃が振り下ろさせる格好となった。
断末魔の悲鳴を上げる間もなくカーマントーは落馬。
落馬したカーマントーの身体が、ピクリともしないのを見て、両軍の将兵たちはカーマントーの敗北とその死を悟った。
二度までもシンの豪勇を見せつけられた両軍の将兵たちは、しばしの間、呼吸も瞬きも忘れたかのように、その場にて彫像のように固まってしまう。
シンは大剣を掲げ、再び己の勝利を高々と宣言する。
それによって、帝国軍の将兵らは我を取り戻し、最高潮の興奮を以って歓声をあげ、シンの武勇を褒め称える。
直ぐに伝令が皇帝の元へと赴き、シンが一騎打ちで敵軍の二将を討ち取ったことが伝えられた。
「まったく…………あやつときたら派手なことだな。このまま放っておけば、あやつが敵将の首を全て刈り取ってしまうのではないか?」
報告を受けた皇帝は上機嫌。
総指揮官たる老ハーゼも、数に於いて劣る分、帝国軍の士気が上がるのは重畳であるとして微笑む。
「シンが敵でなくてよかったと、全将兵が今思っていることでしょう。わたくしも騎士としての形式での勝負ならばいざ知らず、こと純然たる戦いに於いてはシンに大きく劣るでしょうな……」
本陣に詰めている帝国軍剣術指南役であるザンドロックは、年若い友人であるシンの武勇に対し、もはや手放しで称賛する他はなかった。
「幸先はすこぶる良いと見るべきでしょう。敵がシンの武勇を恐れたとしたならば、積極的に前衛には攻めかけて来ないかも知れません。そうなれば、前衛の兵を左右の応援に送る事も出来るため、左右両翼の兵力差を、僅かながらも埋める事が出来るやもしれませぬ」
「うむ、そうだな。何にせよこの戦、帝国としては引き分けでも勝利に等しい。ここで支えきり、睨み合いの状況に持って行ければ、敵の方が兵力が多く、また遠征であるために補給線が伸び、糧食が尽きるのが早く、兵を退かざるを得ないだろう」
「シンの策、焦土作戦がそれに拍車を掛けますな……敵軍は略奪をしようにも、既に街や村はもぬけの殻。麦畑も既に刈り取って御座いますれば、秋になっても実りは無く、敵は飢えるばかりに御座いましょう」
「残念なのは、敵の補給部隊を叩くための兵力を、捻出することが出来なかったことだな」
「それは致し方なきことかと…………これ以上、決戦兵力の差がつけば、支える事すらもままならなくなります故…………さ、今は目前の敵にこそ、集中すべきでありましょう」
うむ、そうだなと皇帝は士気高まり、歓声あふれる帝国軍前衛を丘の上から見下ろし、頷いた。
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