表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国の剣  作者: 0343
443/461

聖戦 其の六 一騎打ち

更新遅くなり申し訳ありませんでした。

仕事が忙しくて…………何とかお盆は休むことが出来て、ほっとしております。

 

 シンの一騎打ちの申し出を、ラ・ロシュエル王国軍は受けた。

 ラ・ロシュエル王国軍の中から、槍を扱きながら騎士が一騎駈け出してくると、帝国、ラ・ロシュエル両軍の将兵たちから剣と盾を打ち鳴らし、喝采を上げた。


「某の名は、ヴァンスロー。わざわざ自ら首を差し出すとは殊勝な心掛けである。今日よりのちは、某が竜殺しの異名を名乗るとしようぞ」


 槍を頭上で風車のようにグルグルと回転させながら、ヴァンスローと名乗る騎士は、シンに対して挑発的な眼差しを向けた。


「もう墓穴は掘ってあるのか? 今の内に胴体に別れの言葉を言っておいたほうがいいぜ」


 シンも負けてはいない。

 ニッコリと笑顔を浮かべながら、挑発し返した。


「ぬかせ、下郎! 異国から流れて来た賤民風情が、少しばかり功を立てたからといって、調子に乗りおってからに! その良く動く舌を槍先にかけてやるわ!」


 ハイっ、とヴァンスローは掛け声と共に馬腹を蹴り、シンに向かって人馬一体となって駈け出した。

 シンも先程までの人を小馬鹿にした笑顔は何処へ行ったのか、口をへの字に噤み、眦を上げ、龍馬サクラの馬腹を軽く踵で蹴って迎え撃つ。

 ランスローの獲物は槍。対するシンの得物は、かつての強敵であったザギル・ゴジンが使用していた大剣、死の旋風。

 槍は大剣よりもリーチが長く、大剣は武器そのものの重量バランスが悪い上に重いため、一見するとシンが圧倒的に不利に思える。

 事実、ヴァンスローも、一騎打ちを見物していたラ・ロシュエル王国軍の将兵たちは、武器の差で既に勝負は決していると見ていた。

 逆に、帝国軍の将兵たちは、帝国の若き英雄であり、絶対的な強者であるシンの勝利を、微塵も疑ってはいなかった。

 先ずは儀礼的な意味合いの一合。

 交錯する瞬間、槍の穂先と剣先が触れ合い、ガツンという金属音と共に小さな火花が、パッと舞い散る。

 この一撃は両者とも本気では無い。

 両者ともそれを承知で、初撃の感触から互いの力量を測り合う。

 ヴァンスローは、槍という武器の優位差から見て、本気で突けば大剣が穂先を弾く前に、喉首を突くことが出来ると踏んでいた。

 対するシンは、かつて対戦した槍の名手であるラウレンツを思い出していた。


(あのラウレンツという男、腐っても帝国近衛騎士団副団長だけのことはあったな……あの二連突きを見た後だと、今の倍の速さで突かれても遅く感じてしまうな)


「次で決める! 覚悟せい!」


「御託はいい、さっさと掛かって来やがれ!」


 両軍の将兵が固唾を飲んで見守る中、気合いの雄叫びと共に、両者同時に馬を駆けさせる。

 シンが龍馬を走らせながら、ゆっくりとした動きで大剣を構えたのを見て、ヴァンスローは自分の勝利を確信した。

 互いにすれ違う瞬間、両軍の将兵が目にしたのは、喉もと目掛けて突き出された槍先を、身体を僅かに傾けつつ最小限の動きで躱しながら、目にも留まらぬ速さで、しかも右手一本だけで大剣を振るい、一撃でヴァンスローの首を刎ね飛ばしたシンの姿であった。


 帝国軍からは拍手喝采の嵐。

 それに比べ、ラ・ロシュエル王国軍からは、動揺のあまり旗が揺れ、列が乱れた。


 シンは大剣を二、三振って血を払うと、ラ・ロシュエル王国軍に向かって大声で、勝利宣言する。

 その勝利宣言が終わるか終らぬかという頃合いに、一騎の騎兵がラ・ロシュエル王国軍から猛然と駆けだして来た。


「我はカーマントー、ヴァンスロー卿の仇、覚悟!」


「おう、まだラ・ロシュエルにも勇者はいたか! お相手致す!」


 カーマントーと名乗る騎士の得物はまたしても槍。

 というよりも、騎兵の主武装である槍以外の得物を用いているシンの方が、珍しいのである。

 それもシンの得物は、馬上では取扱いに不便である両手剣。

 魔法で肉体を強化させ、巨大な大剣を片手で振り回すことが出来るシンだからこそ、数々の難敵を討ち果たすことが出来たといってよい。

 カーマントーは、ヴァンスローとシンの一騎打ちをその目で見ていたが、得物の有利不利を見て、ヴァンスローの敗北は油断によるものと見ていた。

 ならばと、カーマントーは儀礼的な一合目は軽くやり過ごし、二合目に全身全霊を賭けた一撃を以ってして、シンを屠るつもりであった。

 だがそれはあまりにも、シンという男を舐めすぎた行為であった。

 シンはその若さの割に、幾度も文字通りの死線を潜り抜けてきている。

 その濃密な実戦経験が、熟練者ベテランの技量を軽く凌駕し、もはや達人の域にまで達していたのである。

 一合目の手合せの際に、シンはカーマントーが突きこんで来た槍先の鈍さに気付き、即座に相手の考えを察した。


(次で仕掛けてくる気だな…………ならば!)


 シンはぼそりとサクラに指示を出すと、馬首を翻して再びカーマントー目掛けてサクラを走らせた。

 カーマントーもまた、槍をきつく握りなおすと、急所であり鎧兜の隙間でもある首筋に視線を固定し、勢いよく馬腹を蹴って駈け出した。

 シンは向かって来るカーマントーの視線が、己の首筋を貫くように注がれているのを見て確信する。

 そしていざ互いに交差するかどうかという、その一瞬に手綱を緩め馬足を緩めた。

 サクラもシンの言う事を良く聞き、その指示に応え、上手く歩幅を調整しながら急激に速度を緩めることに成功。

 結果、タイミングを大きくずらされたカーマントーの槍は、中途半端に突き出した形となり、体勢を大きく崩したその肩口に、シンの渾身の一撃が振り下ろさせる格好となった。

 断末魔の悲鳴を上げる間もなくカーマントーは落馬。

 落馬したカーマントーの身体が、ピクリともしないのを見て、両軍の将兵たちはカーマントーの敗北とその死を悟った。

 二度までもシンの豪勇を見せつけられた両軍の将兵たちは、しばしの間、呼吸も瞬きも忘れたかのように、その場にて彫像のように固まってしまう。

 シンは大剣を掲げ、再び己の勝利を高々と宣言する。

 それによって、帝国軍の将兵らは我を取り戻し、最高潮の興奮を以って歓声をあげ、シンの武勇を褒め称える。

 直ぐに伝令が皇帝の元へと赴き、シンが一騎打ちで敵軍の二将を討ち取ったことが伝えられた。


「まったく…………あやつときたら派手なことだな。このまま放っておけば、あやつが敵将の首を全て刈り取ってしまうのではないか?」


 報告を受けた皇帝は上機嫌。

 総指揮官たる老ハーゼも、数に於いて劣る分、帝国軍の士気が上がるのは重畳であるとして微笑む。


「シンが敵でなくてよかったと、全将兵が今思っていることでしょう。わたくしも騎士としての形式での勝負ならばいざ知らず、こと純然たる戦いに於いてはシンに大きく劣るでしょうな……」


 本陣に詰めている帝国軍剣術指南役であるザンドロックは、年若い友人であるシンの武勇に対し、もはや手放しで称賛する他はなかった。


「幸先はすこぶる良いと見るべきでしょう。敵がシンの武勇を恐れたとしたならば、積極的に前衛には攻めかけて来ないかも知れません。そうなれば、前衛の兵を左右の応援に送る事も出来るため、左右両翼の兵力差を、僅かながらも埋める事が出来るやもしれませぬ」


「うむ、そうだな。何にせよこの戦、帝国としては引き分けでも勝利に等しい。ここで支えきり、睨み合いの状況に持って行ければ、敵の方が兵力が多く、また遠征であるために補給線が伸び、糧食が尽きるのが早く、兵を退かざるを得ないだろう」


「シンの策、焦土作戦がそれに拍車を掛けますな……敵軍は略奪をしようにも、既に街や村はもぬけの殻。麦畑も既に刈り取って御座いますれば、秋になっても実りは無く、敵は飢えるばかりに御座いましょう」


「残念なのは、敵の補給部隊を叩くための兵力を、捻出することが出来なかったことだな」


「それは致し方なきことかと…………これ以上、決戦兵力の差がつけば、支える事すらもままならなくなります故…………さ、今は目前の敵にこそ、集中すべきでありましょう」


 うむ、そうだなと皇帝は士気高まり、歓声あふれる帝国軍前衛を丘の上から見下ろし、頷いた。



評価、ブックマークありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ