聖戦 其の五 形式的な始まり
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平成最後の七月が終わってしまいますね。
まだまだ猛暑が続くそうなので、皆さまも健康には十分にご注意ください。
初戦を華々しい勝利で飾り、士気上がる帝国軍は、続いて攻めて来るであろうラ・ロシュエル王国軍を、今か今かと待ち構えていた。
第一陣との戦いの翌日の夜明けに、地平線を埋め尽くすほどの軍勢を視認。
その軍勢が近付くにつれ、地面が微かに揺れるような感覚と、最早轟音にも似た足音が次第に大きくなっていく。
シンは敵の接近を聞くと、最先頭へと自ら出て、直にその目で敵軍を観察する。
「これが漫画や映画、ゲームならば、俯瞰的な視点で確認できるんだがなぁ…………ああ、こんな時に観測気球として、魔道熱気球を使いたいよな。でもあれはまだ、敵に知られたくはないしなぁ……」
敵軍を見ながら独り言を呟くシンの元に、麾下の三将が現れた。
その一人であり、副将的な立ち位置のヨハンに、シンは敵はどう出るかを聞く。
「そうですなぁ……先日の戦いから、敵軍は中央を厚くするでしょうな。何せ、敵軍の方が数が多いのですから、中央を厚くしてもまだまだ余裕があるでしょう。それに、先日の敗残兵も予備兵力として帯同させているはずです。彼らの戦意は低いでしょうが、先日の戦でこちらが短時間で潰走させた結果、かなりの兵が生き残っているはずですから、これも厄介ですな」
「強引に中央突破して、指揮系統を破壊したのが裏目に出たか」
「いえ、それは間違いでは御座いません。長くダラダラと戦えば、確かに多くの兵を討ち取れたかもしれませんが、そうした場合には、こちらの損害も馬鹿に出来なくなりますから」
二人の会話に、後ろからフェリスとアロイスが加わった。
「そういえば創生教総本山から、聖騎士団が派遣されているという話もあります。数の程など詳しい事はわかりませんが、注意した方が良いでしょう」
アロイスはその性格通り、真面目に注意を喚起してくる。
対してフェリスは、敵の大軍勢を目にしても、いつものように軽口を叩いた。
「でも団長、じゃなかった、将軍には勝つ算段がおありなんでしょう? 今回も楽勝でしょう」
そのフェリスの軽口を受けても、シンの表情は強張ったままである。
「すまねぇなフェリス、今回ばかりは勝つ算段なんて思いつかねぇんだわ。だが、ここで、このカナルディア平原で食い止めないと、帝国南部が崩壊する危険性が大きい。だいたい、帝国の南部から帝都にかけて、平坦な土地が多く、守り難いったらありゃしない。ケンブデン城を強化したが、所詮は平城。囲まれやすいことに変わりは無い。ここと次のケンブデン城が、実質的な最終防衛ラインなんだ」
頼りのシンがまさかのノープランだと知った三将の顔色が、見る見るうちに青ざめていく。
そんな彼らを見たシンは、自分にも言い聞かせるようにして励ました。
「なぁに、敵はたかが二倍だぜ? 一人頭にして二人倒せばいいだけのことよ。それに粘っていれば、ムベーベ、エックハルトからの援軍も到着する。こちらが少しでも優位に立った時点で、効くかどうかはわからんが、一つだけ手を打つことが出来るしな」
「なんだ、あるんじゃないですか。とっておきのが」
フェリスはおどけて大袈裟に肩をすくませながら、微笑むが、シンはそんなフェリスの希望を打ち砕くかのように首を横に振った。
「その手だってどれだけ効くか……いや、まったく相手にされない可能性だってある。結局のところ、個々の奮闘に期待するしかないのさ」
「念のためにお聞きしますが、その一手とはいったいどのようなものなのでしょうか?」
「陳腐な手だよ。単に昨日の敗残兵、占領国からの寄せ集めの兵たちに、ラ・ロシュエルを裏切って帝国に味方すれば、国を復興させてやるぞってものさ」
「昨日の戦の前に、それを仕掛ける事は出来なかったんですか?」
「フェリス、それは無理だ。昨日の時点では、どう見ても全体的には、ラ・ロシュエル王国が圧倒的に有利。だからその手を講じるためには、これから始まる戦いで、せめて膠着状態、いや少しでもこちらが優位に立つ必要があるのさ。それに昨日の戦いは、帝国の強さを、彼らの肌身で知ってもらうという意味合いもあり、必要な戦いだったんだ」
そうこう話している内にも、視界一面に広がる敵が段々と近付いて来る。
その敵の足音に興奮したのか、帝国軍内の至る所から、興奮した馬の嘶きが聞こえ始める。
「さてと、そろそろこちらも準備するか。陣形は魚鱗。前の鱗が剥がれ次第、一つ後ろが前に出て対処。剥がれた鱗の者たちは、一度後ろに下がって再編成する。まぁ訓練通りにやれば大丈夫さ。それにもし仮に、ここで負けてとしても、もう既に毒は仕込んであるからな。この毒はキツイぜ? 気が付いた時には、もうどうしようもないだろうからな」
ヨハン、フェリス、アロイスの三人は互いの顔を見てニヤリと笑い合う。
そう、このシンが、今までの戦いでも数々の奇策を弄して来た男が、何も手を打っていないはずが無いのだ。
シンが居る限り、帝国が最終的には勝つと、今この場で三人は確信した。
ーーー
帝国軍は、シンの発案で守り重視の魚鱗の陣を以って戦いに臨む。
それに対し、数で勝るラ・ロシュエル王国軍は両翼を伸ばして、帝国軍を包み込もうと、鶴翼の陣を敷いた。
互いに矢が届かぬギリギリの距離まで近づくと、その場で停止した。
侵攻して来たラ・ロシュエル王国軍も、迎撃する帝国軍も、事ここに至ってはもう正面からぶつかる他は無い。
さらには、両軍とも最高権力者自らが戦場に立ち、雌雄を決する決戦である。
まずはその様な場合の古典的で、形式的なやりとりから始められた。
両軍から、国旗を掲げ騎乗した使者数名が中央へと進み、舌戦が繰り広げられた。
「創生教の教えに背く背教者たちに次ぐ、今すぐに改心して正道に戻らんとするならば、武器を捨てて投降せよ。さすれば慈悲深き、総大主教猊下と我らが国王陛下が、命を助ける事を約束しよう」
この舌戦の使者はラ・ロシュエル王国側は、ポールモンド伯爵というラ・ロシュエル王国きっての名門貴族であったが、帝国側の使者は、面白そうだからという理由と、その後に起こる軍を代表する猛者どうしの一騎打ちに出るため、シンが皇帝に頼み込んで志願していた。
「てやんでぇ、神の御威光を曲解し、嘘を語る不届き者どもめ。なんだかんだと理由を付ける当たりが、女々しいんだよ。男だったら四の五の言わずに、土地を奪いに来たって素直に言えよ。似非総大主教も、ロベール二世も金玉着いてんのかよ。そうだ、おい! お前らの玉無し国王に俺からプレゼントだ、ほら受け取りな!」
そう言ってシンが投げたのは、綺麗な意匠の施された一枚のスカートであった。
このシンの挑発に背後に控える帝国軍が、手を叩きながらドッと笑う。
胸元にそのスカートを叩きつけられたポールモンド伯爵は、怒りの余り直ぐには口を開くことが出来ず、顔を朱に染め、両肩をワナワナと震わせている。
「ぶ、無礼な! きっ、貴様、ゆ、許さんぞ! 名を、名を名乗れぃ!」
「俺の名はシン。お前とお前たちの王の首を刈る者だ。よく覚えておけ」
「そうか貴様が、貴様があの竜殺しのシンか! 平民風情がたまたま運よく武功を挙げたからといって、思い上がりおって!」
「おう、その平民風情の俺にお前ら怯えちゃいないだろうな? 俺に挑戦する度胸のあるラ・ロシュエルの貴族はいるのか? いるんだったら何人でもいいから、俺の前に出て来やがれ!」
形式的な舌戦の時間は、シンが背中の大剣を抜いた時点で終わりを告げた。
ここから先は、両軍の猛者が全軍を前にしての一騎打ちで、その武威を示す時間である。
帝国側が送り出すのは、当然ながらシンである。
実績、名声ともに、今の帝国にはシン以上の適任者はいない。
(さぁ、掛かって来やがれ! あれだけ挑発したんだ、おそらくは貴族が出てくるはず。貴族といえば、最低でも物頭。下級とはいえ、指揮官を一人でも減らせるに越したことはないかならな)




