表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝国の剣  作者: 0343
440/461

聖戦 其の三 先勝

 

 今回の戦に於いて、ラ・ロシュエル王国軍第一陣は、敢えて帝国軍の陣形に鏡を合わせたように、全く同じ陣形を以って戦いに臨んでいる。

 何故かといえば、その理由は至極簡単。

 ラ・ロシュエル王国の目的が勝利ではなく、真正面からぶつかりあって削り合い、敵味方共々消耗させるのが目的なのである。

 その対抗策の一つとして帝国軍としては、敵の第一陣を敢えて無視して、一気に敵の本隊である第二陣を突くことも検討されたが、これは第二陣の撃破に手こずると挟撃、もしくは包囲殲滅される恐れがあるために却下された。

 ではどうするかと考えられた結果、帝国軍前衛に最精鋭部隊を配し、敵の寄せ集め且つ戦意の低い敵前衛、中軍を真正面から突破し、後方に控える督戦隊を撃破して全軍の瓦解を誘うという、かなり強引な作戦が提案されたのである。

 現在のところは、ラ・ロシュエル王国側の思惑を覆し、帝国有利に進んでいるが……。


「よし、一時進撃停止! 陣形を組みなおせ!」


 見事に敵前衛を打ち砕いたシンは、麾下の将兵に深追いをさせずに一旦足を止めさせ、乱れた陣形を再び自分を先頭とする楔形に整えさせる。


「陛下の元へ伝令を送れ。我、敵前衛を撃破、これより敵中軍に突撃す、とな」


 本陣へ戦況報告のの伝令を送り、陣形の再編を完了するとシンは再び前衛軍の先頭に立ち、将兵を鼓舞しつつ進軍を再開した。


 一方その頃、ラ・ロシュエル王国の中軍では、必死の形相で逃げて来た前衛によって陣形がかき乱されていた。


「貴様ら、今すぐに取って返して戦わんか! 敵前逃亡は死罪だぞ!」


 ラ・ロシュエル王国軍の第一陣の兵は征服した地域出身の者たちだが、それを率いる将はラ・ロシュエル人である。

 ラ・ロシュエル人の将たちは、あっさりと崩れ、逃げ惑う前衛たちに憤慨しつつ、逃亡を阻止して再度兵たちを敵に当てようと試みるが、すでに前衛は指揮系統が崩壊、兵たちの士気は低いどころの騒ぎでは無く、今や狼から逃げ惑う羊の方が、まだマシであるといった有り様であった。


「取って返せだと? 冗談じゃない! 俺は見たんだ、黒い悪魔が口から燃え盛る炎を吐いて、仲間を黒焦げにするのを!」


 黒い悪魔とはおそらくはシンのことであろう。

 確かにシンは火炎放射の魔法を唱えたが、口から炎などは吐いてはいない。

 恐怖や混乱による見間違いと思われる。


「敵に化け物みたいに強い奴がいる。そいつは身の丈程もある剣を、片手で軽々振り回すばかりか、その剣を一振りするごとに一辺に二人、三人殺して来やがる!」


「鎧兜を着込んだ奴が、頭から股まで真っ二つにされるのを間近で見た! ありゃ人間じゃねぇ! 正真正銘の化け物だ! 早く逃げねぇとあの化け物に殺されちまうぞ!」


 元より士気は低いのだ。

 恐怖はたちまち伝染する。

 中軍の兵たちは、シン率いる帝国軍前衛部隊と戦う前から浮足立った。

 そこで何とか踏みとどまり、逃げ崩れなかったのは、後方に控えるマッケンゼン率いる督戦隊の存在が大きいが、戦う前からこのような状態では、既に結果は見えているとも言えよう。


「お前たち! 命令なく後退することは許さん! もし逃げれば、家族がどうなるかわかっているだろうな?」


「その黒い騎士を倒した者には褒美を弾んでやろう。大金を得る機会を与えてやるというのだ!」


 ラ・ロシュエル人の指揮官たちは、動揺広がる兵たちを脅し、宥めるが、その効果は薄い。

 ほどなくして、先頭を駆けるシンが、炎弾の魔法を乱射しつつ突撃して来ると、ラ・ロシュエル王国軍の中軍の先頭は脆くも崩れ、その開いた傷口へと突撃されると、それを弾き返すことも無くずるずるとただ後退をし始めるのみであった。




 ーーー



 伝令の到着により、シンが敵前衛を打ち破ったことを知った皇帝と老ハーゼは、ここが押しどきと見て一気に予備兵力を投入する事を決意した。

 本陣に付随しているヴァイツゼッカーとラングカイトにそれぞれ三千の兵を与え、戦場の大外から敵の左右両翼の側面に回り込んでの攻撃を命令した。


「それにしても、この戦はシン一人で勝っているようなものだな」


 丘の上から戦況を見守る皇帝の瞼の裏には直接その目で見ずとも、最前線で奮闘するシンの姿がはっきりと映っていた。


「実際そうでありましょう。ですが、次はこうは行きますまい。これはディナーでいうところの前菜に過ぎませぬ。次のメインディッシュをどう平らげるかで、帝国の運命が決まります」


 前衛を破った時点で、この戦の勝利は約束されたようなものである。

 総指揮を預かる老ハーゼは、すでに次の戦に思いを馳せていた。


「食前酒の間違えではないか? しかし確かに爺の言う通り、これは本戦を前にした、余興に過ぎぬか。が、何にせよ勝たねばならぬ。それも、出来得る限り将兵の損耗を防ぎつつだ」


「敵の不備を突いた、精鋭による中央突破。今のところは上手く行っておりますれば、損耗は抑えられるかと……」


「このまま推移するとして、どの程度か?」


「おそらくはですが、全軍の一割程度で済むのでは無いでしょうか。ただし、それは全軍のであり、当然ながらその損害の多くは、敵中に突撃した前衛軍に集中するでしょう」


「止むを得んな。減った分は本陣から補充するしかあるまい」


「はっ、その通りですが……本陣は出来うる限り厚くしておきたいところではあります」


「後、兵が三万、いや二万、いやせめて一万あればな…………今更言っても詮無き事ではあるが……」


 ソシエテ、ルーアルトの両国を牽制する兵を除いて、帝国は既に限界まで兵を徴兵している。

 その両国を牽制する兵力すら足りずに、力信教や星導教、帝国の創生教徒たちからなる義勇兵を充てている状況である。

 これ以上は、どうあろうと搾りカスすら出せない。


「ムベーベ、エックハルトの両国が派兵してくれています」


「だが、次の戦には到底間に合わないだろう? 徹底した焦土作戦により、南部に住む臣民の命は守られたが、略奪や抵抗に時間を取られなかった分、敵の進軍速度が上がり開戦が早まってしまった」


「確かに」


「思うようには行かないものだな」


 皇帝と老ハーゼが次の戦の行く末について案じている間にも、シン率いる前衛の猛進撃は続いていた。




 ーーー




「退くな、退くなーーーーーっ! 反撃、反撃せよ! これ以上敵を進ませるなーーーーーっ!」


 ラ・ロシュエル人の指揮官たちが、声を枯らして兵たちを鼓舞するも、崩れ始めた兵たちを統制することは不可能であった。

 先頭を行くシンの鬼神の如き戦いぶりに怖れを為した兵たちは、剣を捨て、槍を捨て、一人、また一人と敵に背を見せて逃げ出して行く。

 その逃げ惑う敵兵の背に、帝国軍は剣で斬り、槍を突き立て、馬蹄にかける。

 全軍の戦闘開始からおよそ一時間後、ラ・ロシュエル軍は中軍までもが潰走し始めていた。

 前衛が潰走し、さらにその後ろに控える全軍の中核ともいえる中軍までもが、潰走の憂き目にあうと、その左右を支える両翼にも多大なる影響と負担がのしかかって来る。

 さらに、老ハーゼが送り出した予備兵力が実に良いタイミングで、両翼側面を攻撃すると、左翼、右翼ともに士気は潰え、支えきれずに一気に崩れた。

 これがこの戦いの勝敗が完全に決着した瞬間である。

 後は帝国全軍で、敗走する敵軍を追うのみであった。

 ラ・ロシュエル軍のほぼ全軍が潰走状態になってしまうと、後方に控えていた督戦隊だけではどうすることも出来ない。

 最初の頃は、逃げて来る味方の兵たちに矢を浴びせ、取って返すように命令を下していたが、逃げ惑う兵たちにとっては、督戦隊の放つ矢や命令よりも、後背から迫りくる帝国軍の方が恐ろしい。

 兵たちは活路を開くために、立ち塞がる督戦隊に対して牙を剥いた。

 元より、ラ・ロシュエル人のみで構成された督戦隊の数はそれほど多くは無い。

 たちまちの内に、狂気にのまれ敗走する兵たちによって蹂躙され、戦場に無残な屍を晒すこととなる。

 督戦隊の指揮官であるマッケンゼンは、敗走する味方の兵を押しとどめようとして殺されたとも、いち早く戦場を脱して姿をくらませたとも言われているが、詳細は不明である。

 ただ、これよりのちにマッケンゼンの名が、どこからも聞こえてこなくなったので、おそらくは敗死したものと思われる。

 こうして聖戦の初戦は、帝国軍の圧勝という形で、その幕を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ