聖戦 其の二 粉砕
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「全軍突撃!」
サクラを駆けさせながらシンは再度大剣を振って、爆炎たちこもり、混乱する敵中に突撃を叫ぶ。
数十の炎弾の魔法が着弾した敵最前列には、爆炎によって穿たれた穴と、原形をとどめていない死体や、四散した手足などがそこかしらに散らばっている。
これを敵がその目で見れば、元々低かった戦意はたちまちの内に消え失せ、早々に決着が着いたのかも知れない。
だが、爆炎によって巻き上げられた大量の土煙によって、その惨状は覆い隠されてしまっていた。
突撃して来る騎兵の数減らしのために前に出した弓兵や魔導士たちが、一瞬の内に壊滅したことを悟ったラ・ロシュエル王国の指揮官たちは、あまりのことに判断が遅れ、一時的に指揮を放棄してしまう。
指揮官がどうしてよいかわからぬのに、兵たちがどうしてよいかわかるはずもない。
ただ怯え、動揺し続ける兵たちの前に、土煙の中から現れたのは、黒い死神であった。
シンは最初から全力で飛ばしていた。身体強化の魔法を使い、身のほどもある大剣を片手で軽々と振り回し、前を遮る敵兵を、手当たり次第に斬りまくった。
シンに僅かばかり遅れて敵中に突撃して来た騎兵たちも、それぞれ槍をしごきながら馬を駆けさせ、次々に敵兵を蹴散らしていく。
ガラント帝国皇帝直下の中央軍は、紛れもない精鋭部隊である。そんな彼らでさえも、心胆を寒からしめるシンの豪勇。
大剣を振り回すごとに、敵兵の悲鳴や断末魔が響き渡り、首や手足の無い死体が地に転がる。
下から大剣で掬い上げられた者などは、五メートルも六メートルもの高さまで舞い上がりつつ、地上に血と臓物の雨を降らせながら息絶えた。
槍の柄で大剣を受ければ柄ごと斬られ、盾で防げば盾ごと腕を粉砕されるという、手の付けられない暴れっぷりである。
シンは右手一本で大剣を振り、左手は手綱を掴んでいるため、敵兵は大剣から逃れるようにシンの左側へと逃げ集まる。
すでにシンは戦が始まってからは、全てが吹っ切れており、その精神は戦いによって研ぎ澄まされている。
今のシンの姿は、戦闘マシーンや殺戮の権化と言う言葉が相応しいかも知れない。
敵兵たちが右手の大剣を避け、左側へと逃れたのを見るや否や、咄嗟に手綱を離して左手を敵兵に向け、敵中を駆けながら、無詠唱で火炎放射の魔法を放った。
シンの左手から放たれた業火に飲まれた敵兵たちは、悲鳴を上げながら地を転がり、そのまま息絶える。
死体からぶすぶすと上がる黒煙と、人肉の焼ける匂いに敵のみならず、後に続く味方まで顔を顰め恐怖する。
「あ、あああ、悪魔め…………」
その惨劇を目の当たりにした敵の指揮官が、全身を震わせながら呟いたその一言を、シンの耳が鋭く捉えた。
「貴様がこの前衛の指揮官か。その命、貰い受ける! 行けっ、サクラっ!」
サクラはシンの声に応え、怯える指揮官の方へと一直線に駈け出した。
「ひぃいいい、誰か、誰でも良い、あの悪魔を討て! 討ち取れば褒美は思いのままぞ!」
指揮官は褒美を餌に兵たちを鼓舞するが、恐怖に怯えた兵たちの耳にその言葉は届かない。
いや、実際には届いていても完全に無視をしたのである。
あれは人の姿をした悪魔、死神。自分たちのようなただの人間が、どうこう出来る存在では無いと。
シンは逃げ惑う敵兵の背中に大剣を打ち下ろしながら、敵指揮官を目指す。
兵の統制も取れず、迫りくる死神が撒き散らす恐怖に耐え兼ね、遂に馬首を翻して逃走する。
指揮官の逃走。これは完全なる敗北である。
すでに指揮がどうこうというような状況ではないが、それでもなお、軍として形だけでも保てていたものが、指揮官の逃亡という最後のタガが外れたがために、その体すらも保てずに前衛全軍が瓦解した。
ーーー
「敵の前衛をシン将軍が破った由にて、直ちに兵を進めよとの陛下の御命令に御座いまする」
高所より戦場を見下ろし、戦況を見ていた皇帝から、中軍の総大将である皇帝の義理の父であるルードシュタット侯爵の元へ、伝令が走った。
命を受けた侯爵は、伝令を手で追い払い下がらせた後、側近として随行させているシェイルン子爵にどうすればよいかを問うた。
このシェイルンという男、元は伯爵位を授かっていたが、ゴブリンたちが治めるムベーベ国など手を組むに非ず、武力を以って制すべしと唱え、進軍ルート上でその障害となるであろう太古の森に住まう雷竜の退治を皇帝より勅命として受けたが、雷竜を退治するどころか兵を出すことも無く、勅命に背いたとして伯爵から子爵へ降格させられていた。
ルードシュタット侯爵派閥の、ノルトハイム伯爵も同様に伯爵から子爵へと降格させられている。
「敵が脆過ぎますな…………今ここで動くのは危険かと…………やはり例のご計画は敵、ラ・ロシュエル王国の本隊、第二陣との時に行うべきかと……」
ルードシュタット侯爵は、自分に軍才が無い事は認めているので、ここは素直にシェイルン子爵の言う通りにする。
「では、前進ということだな?」
「ええ、ただしごゆっくりとお進み下さいませ。我ら中軍が後押ししない分、前衛に負担が掛かりまする。今の内に少しでも前衛の数を減らしておいたほうが、ご計画の成功率が高まりましょう」
「うむ、うむ、そうだな。卿の意見が正しかろう。では、陛下の御命令通り、進むとするか。ゆっくりとな」
そうなさいませとシェイルン子爵がニヤリと口角を上げる。
それを見たルードシュタット侯爵もまた、不敵な笑みを浮かべていた。
ーーー
「中軍の動きが遅い! 余は確かに軍才は無いが、それでもあの中軍の動きが理に適っていない事はわかるぞ!」
タイロンの丘の頂上から戦場を見下ろす皇帝と、老ハーゼは、芋虫のようにもぞもぞ、ゆっくりと動き出した中軍に苛立っていた。
「やはり、義父上になど中軍を指揮させるのではなかった。それにしても、シェイルンとノルトハイムの両名は一体何をしているのか? 折角余が返り咲きのお膳立てをしてやったというのに、機会を棒に振る気か?」
中軍のルードシュタット侯爵の補佐として、子爵に降格されたシェイルン、ノルトハイムの両名を付けている。
この両名に対しては、先に鞭をくれてやったので、今度は飴を与えて手懐けようと目論んでいたいのであった。
ゆえに、この戦で僅かでも功を立てれば伯爵へと戻してやるつもりだったのだが……
「使えぬ! やはり中央貴族は駄目だな。腐っておるわ! それはそうとして、爺よ。いっその事、後ろに控えておる予備兵力を投入するか?」
皇帝が言う爺とは、皇帝に代わって総指揮を預かる老ハーゼのことである。
「それはなりませぬ。この予備兵力は、この戦いが終わった後に、消耗した各部隊の穴埋めとして充てることが決定しておりますれば、いたずらに動かして損耗させるのは如何かと」
「そうであったな。特に先手であるシンの部隊は、損耗も激しかろう。それにしても、シンは勿論の事、左翼、右翼も良くやっているではないか」
「はっ、陛下の叔父君であらせられるレーベンハルト伯爵は戦の経験豊富であり、実に頼もしき御仁。また、右翼のシュトルベルム伯爵は、堅実なその性格が用兵にそのまま表れておりますれば、先ず大丈夫かと」
「それに比べて義父上は……まだダラダラとしておるわ。よし今一度、使いを出すぞ。一刻も早く、シンを援護させるのだ」
出しても無駄であろうことは、老ハーゼはおろか、皇帝ですら気付いているのだが、それでも何もせずに黙って見ているだけというわけには行かない。
老ハーゼは直ぐに伝令を手配し、ルードシュタット侯爵の元へと走らせるのであった。




