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帝国の剣  作者: 0343
436/461

進発

ブックマークありがとうございます! 


休日出勤と引き換えに、台風だからと定時で上がれたけど嬉しくもなんともない。

いっそのこと、今日一日休みにしてくれりゃいいのに……


 

 シンが自軍に合流すると、すでにヨハン、フェリス、アロイスの三将が指揮官たちを集めていた。

 先のルーアルトとの戦以来、何かと縁のある三人に対するシンの信頼は厚い。


「お待ちしておりました、シン将軍」


 出迎えるヨハンは、シンの率いる皇帝直下の中央軍精鋭の副将という立場であり、五千の兵を任されている。

 フェリス、アロイスも同じく五千名を指揮、シン自らは残りの五千の兵を直接指揮する。

 シンは改めて指揮官たちと顔合わせ……と言っても、中央軍は度々シンによって軍事教練や訓練が行われており、その頃から主だった者たちの顔ぶれは変わっていない。


「間もなく陛下も御参陣なされる。陛下の到着次第、先手である我々は戦場となるカナルディア平原へと向かう事となる。平原に布陣し、我が国の境を犯して進軍してきたラ・ロシュエル王国軍を迎え撃つ。作戦は既にヨハンから聞かされているだろうが、何か質問はあるか?」


 今回の戦いに於いては、作戦と言うべき作戦は特には無い。

 ただ向かって来る敵を迎え撃つだけであり、強いて述べるのならばシンたち中央軍は、敵の正面を突き崩し、そのまま敵中枢を粉砕して指揮系統を破壊し、撤退へと追い込むだけである。


「質問は無いな? よろしい。それとここに来て、間諜からある情報が届けられた。やはり敵軍の第一陣は、占領した国々出身の兵で構成されており、それらの兵を統率するために、督戦隊を設けているらしい。そしてその督戦隊の指揮官は、かつての帝国近衛騎士団団長であったマッケンゼンだとのことだ」


 シンの口からマッケンゼンの名が出ると、指揮官たちに怒りと不快の入り混じった負のオーラが立ち上る。

 中には、陛下の御厚恩に背きおってなどとの声も上がっている。


「要するにこの敵の第一陣、おそらくは後ろでふんぞり返っているマッケンゼンを討ち破れば、勝敗が決するだろうと思われる。また、陛下より裏切り者の首を挙げた者には、十分な恩賞を与える旨が全軍に発せられている。機会を掴めよ。では、陛下が到着するまでこのまま待機。以上だ」


 指揮官たちを解散させた後、シンは麾下の三将を引き連れて、兵たちの様子を見に行く。

 シンは兵たちに気さくに話しかけ、軽口を叩き、あちこちで笑い声が巻き起こる。


「流石だな。兵たちの士気は高いし、決戦だというのに変に気負っていない」


「はっ、それもシン将軍の日頃のご指導の賜物で御座いましょう」


 面と向かって褒められたシンは、多少のくすぐったさを感じながらも、ヨハンの言葉に素直に頷いた。

 そうこうしている内に、伝令が走って来て皇帝の到着を伝えて来た。


「ご到着のご挨拶に向かわねばならん。ヨハン、直ぐに進発出来るように準備を頼む」


 一時的にヨハンに全軍の指揮を預けると、シンは再びバルガスタン城へと向かった。



 ーーー



「シン、聞いたか? 敵の大将はあのマッケンゼンとのことだ」


 バルガスタン城内の貴賓室で、シンは皇帝とオーク材の見事なテーブルを挟んで向かい合っていた。

 挨拶を済ませると、すぐに皇帝は人払いをし、シンとおそらくは最後の二人きりの話し合いを始めた。

 このバルガスタン城を出た後は、最前線である要塞化したケンブデン城があるのみである。


「エル、お前本当に最前線へ出て来るつもりか?」


「勿論。確かに余に軍才は無いが、前線に立っているだけで士気が高まるというのならば、そうするのみであろうよ」


「確かに本陣に皇帝旗が立っていれば、将兵たちの士気は上がるだろうが……危険だぞ?」


 皇帝を討ち取られれば、その時点で負けであり、詰みであるため、シンはせめてケンブデン城から指揮を執るべきではないかと進言するも、皇帝は頑として聞き入れない。


「数で劣っているのだ。ならばせめて士気だけでも圧倒せねば、勝ちを拾えまい」


 皇帝の言は、軍事的観点から見れば正しいと言わざるを得ない。

 皇帝直轄地から集められた精鋭たちと、それを率いて敵の真正面から切り込むシンに対しての、せめてもの援護、はなむけ、贖罪という意味合いが含まれていることをシンはしかとその身で感じ取っていた。


「だとしてもだ…………ああ、わかった、わかったよ。じゃあ、せめて危なくなったらすぐにケンブデン城へ撤退しろよ?」


「うむ、承知した。余も別に足を引っ張りたいわけではないのでな……まぁ全軍の指揮自体は爺に全て任せるので心配は要らぬぞ。余はただ決断するのみよ。ああ、余はうっかりしていた。先ずこのことをお主に伝えねばと思っていたのだが……」


 爺とは、総指揮官を任されている老ハーゼこと、ヴァルター・フォン・ハーゼのことである。

 皇帝の話によると、ラ・ロシュエル王国との戦が避けられなくなった時点で、ムベーベ国とエックハルト王国に使者を出していた。

 これに対しムベーベ国は直ちに援軍を送る事を約束し、エックハルト王国は表立っての支援は出来ぬものの、力信教徒による義勇軍という形での援軍の派兵を約束した。

 ムベーベ国としてはラ・ロシュエル王国に、送り出した勇者たちを殺され、辱められた屈辱を晴らすという大義名分の元の派兵である。

 一方、エックハルト王国としては、国内に多い力信教徒が、ラ・ロシュエル王国にある創生教総本山が布告した強制的な改宗に反発したとの理由を以って、力信教徒のみで構成された軍の派兵を決定していた。


「嬉しい知らせだが、決戦には間に合いそうにないな。間諜の知らせによると、想定よりも進軍が早い」


「うむ。疎開のせいだろうな。略奪に時間が取られない分、進軍の速度が上がったのだろう」


 二人は立ち上がってテーブルの上の地図を見下ろし、敵の進軍ルートと自軍の布陣を今一度確認する。


「さて、そろそろ出発しないとな。敵の進軍が早い分、こちらも急いでカナルディア平原にあるタイロンの丘を確保せねば」


 だだっ広く、大軍を展開するに適したカナルディア平原の丁度真ん中程にある、小さな小高い丘、それがタイロンの丘である。

 帝国軍は、この額の真ん中に出来たたん瘤のような丘に、本陣を構える予定であった。

 バルガスタン城からケンブデン城までは普通ならば三日の距離だが、なまじ兵数が多いので時間的な余裕を見て五日程と想定している。

 さらにケンブデン城からカナルディア平原までは徒歩で半日掛かるため、全軍の進軍速度を考慮し、ここも余裕を見て一日程と想定していた。

 シンは、皇帝の御前を辞すると早々に自軍へと戻り、間髪入れずに軍を進発させた。


「タイロンの丘は何が何でも確保したい。先ず我々が先行して丘を確保。中軍の到着と同時に、我々は丘を下り前面へと展開、布陣する」


「了解しました。先頭に急ぐよう伝えます」


 ヨハンが早速シンの命令を、先頭を行くフェリスの部隊へと伝令を飛ばして伝える。


「この速さならば、我々だけならば三日半もあればカナルディア平原へと到着できるかと思われます」


「うん。急いだ分、戦いの前に一息入れる時間が作れるだろう。ここまでの行軍の疲れを癒す時間は、絶対に必要だからな…………」


 それを聞いて頷きつつも、しかし、とヨハンは後を見やってから言葉を濁す。


「中軍の貴族の野郎ども、相も変わらずのんべんだらりとしやがって、陛下にせっつかれてやっとのろのろと動き出しやがった……この様子じゃ、時間ギリギリまで丘に来そうにねぇな……」


 シンが呆れたように薄く笑うと、ヨハンも大袈裟に肩を竦めて見せた。

 帝国軍が次々と進発する姿を、バルガスタン城の城壁に、特別に登らせて貰った碧き焔のメンバーたちが見送っている。


「師匠は大丈夫でしょうか?」


 地平へと続く長い道を、蟻のように小さく列を成して進んでいく軍を見送りながら、カイルは呟く。


「馬鹿ね、大丈夫に決まってるでしょう。前の時と同じく、シンさんがパパッと敵を倒しちゃうわよ、ねぇ?」


 エリーが周囲に同意を求めるも、どの顔も返答に困った表情を浮かべるのみであった。


「それはどうかの? 敵の数は多い上に、今回は正面からぶつかるわけじゃからの…………」


 ゾルターンの言葉尻に被せるように、ハンクも油断はならないと言った。


「シンは確かに強い。はっきり言って、帝国で……いや、大陸中で一番強いかも知れない。だが、それはあくまでも個人でのこと」


「そうだな、大戦の乱戦の最中に、剛の者が命を落とすなんて珍しいことじゃねぇ。だけど、あいつはそんな間抜けじゃねぇだろ。心配はいらねぇよ」


 ハーベイに皆は同意するも、これまでの冒険で培ってきた感のような何かが、盛んに警鐘を鳴らしているのを、無視する事が出来ずに、いつまでも道を流れていく兵たちを見送り続けるのであった。

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