エリー、大いに畏れられる
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遅くなり申し訳ございません。先日の地震はどうでしたか? 皆さまご無事でしょうか?
梅雨の雨降りで二次災害も予想されておりますので、被災地の皆様方、くれぐれもご用心ください。
カイルが喧嘩や腕試しを仕掛けられ、腕や足を容赦なく切り飛ばしても、お尋ね者とならなかったのは、偏にエリーのお蔭と言っても良いだろう。
何せ、切り飛ばした腕や足を治癒魔法を用いて、その場でくっつけ治してしまうのだから、帝都を護る衛兵らもカイルの罪を鳴らしようがないのである。
カイルも調子に乗って、腕試しを仕掛けて来る者たちと立ちあうが、その度に毎回無駄に治癒魔法を使わされるエリーは面白くは無い。
「まったく、カイルってば調子に乗り過ぎよね。私がいないと、傷害や殺人で捕まっちゃうのにさ。そう思わない?」
そうエリーが話しかけているのは、かつて共に冒険をし、その時に親交を深めた聖女の二つ名を持つアマーリエであった。
だが、アマーリエに返事を返している余裕は無い。
その額にびっしりと珠のような汗を浮かべながら、眉間に皺を寄せ、治癒魔法を行使している最中である。
そんなアマーリエに対し、エリーは何事も無いかのように気楽なおしゃべりを続ける。
「それにさ、今の帝都はつまんないわよね。戦争特需だとかなんとかで、何から何まで値上がりしてるし、店先には武器ばっかりが並んでいるし、そうそう、あの商業区の表通りにある~」
「エリーさん! そんなに話しかけられたら集中できませんわ!」
遂に集中力をかき乱されたアマーリエが堪らず、治癒魔法の手を止めて叫んだ。
ここは帝都にある刑場。皇帝より直々に導師の号を与えられたエリーは、偶に帝国の依頼で帝国内の有力貴族の娘であり親友であるアマーリエ他、帝国に仕える治癒士たちに治癒魔法を教えていた。
そして今そのアマーリエの治療を受けていたのは、実刑が確定した罪人。
彼らは両手足を縄で縛られ、口には舌を噛み切らぬようボロ布が押し込められている。
治療の手を止めたことで傷が痛むのだろうか、罪人は鼻の穴を膨らませながら、苦悶の表情とくぐもった悲鳴を上げる。
「ほらほら、よそ見しない、手を休めない。アマーリエ、いい? この程度で集中力を切らせてどうするの? 戦いの場では、何かをしながら治癒魔法を使うなんて当たり前なのよ? 戦いの場でなくても、ちょっと話しかけられただけで、治癒魔法が疎かになってしまってはどうしようもないでしょうが。ほら、もう一度集中しなおして、治癒魔法を唱えて!」
アマーリエは、うう、と呻き一度肩を落とすが、エリーの叱咤の声に後押しされるようにして、再び
治癒魔法の詠唱を始める。
「衛兵さん、ところでこいつ何やったの?」
エリーは、少しだけ離れたところでこの場を監視している衛兵に聞く。
「この男は、商家に押し入り、棚主と店子に大怪我を負わせた強盗傷害犯で、本来なら鞭打ち二回の刑である」
それを聞いたエリーは、まるでゴミを見るような目つきで縛られ転がっている男を見つめる。
「なるほど。えーと、それで鞭打ち二回だと、何回ナイフで刺していいんだっけ?」
その物騒な物言いと、エリーの手の中にある小さなナイフの鈍い光を見て、衛兵はゾッと背筋を震わせながら答える。
「む、鞭打ち一回につき、ナイフによる刺突切開二回であるからにして、その男は後三回、そのナイフで切られることになる」
それを聞いた罪人は、縛られた手足を力いっぱいばたつかせながら、冗談じゃないと地面をのたうちまわる。
「ちょ、ちょっと、動かないで下さいまし!」
芋虫のような成りで必死に逃げようとする罪人の背中に、エリーのかかとがグイとめり込む。
たったそれだけで罪人は、ぐぇぇと呻き声を上げ、地面に縫い付けられたかのように動けなくなってしまう。
「ほら、アマーリエ、さっさと終わらしちゃいなさいよ。後もつかえているんだから」
一見して、可憐な美少女といった風貌のエリーだが、先程からの物騒な物言いと、えげつない行動といい、その場に居る者たちは掻きたくも無い汗を掻かずにはいられない。
どうにかアマーリエが苦労しつつ、罪人の太腿に作られた傷跡を治癒魔法で完治させると、エリーは何も言わずに治ったばかりの罪人の太腿にナイフを刺し、そのまま下に切り下げて裂傷を作り上げる。
「さぁ次! ぐずぐずしてると、この男が大量の出血で死ぬわよ。ほらほら、急いで!」
エリーに急かされた帝国に仕える治癒士は、言われるがままに罪人の傷を治癒魔法で塞いでいく。
「ねぇ、あなたは何処の出身? 帝都に来てどのくらい?」
アマーリエの時と同じく、エリーは術中の治癒士に盛んに話しかける。
治癒士は心をかき乱されないように、必死に傷口一点を見つめながら、治癒魔法をかけている。
「あっ、こっちにも新しい傷があるわ。こっちも治療しといてね」
そう言ってエリーは、罪人の反対側の太腿にナイフを刺す。
「ぐもぉ! ぐふぅ、ぶふふぅ」
罪人は叫びながら、涙を流して許しを乞う。
が、エリーの手は止まらない。
「犯罪なんか犯したあんたが悪いんだから、大人しく刑に服しなさい。それに、治癒魔法献体に自分から志願したんだから、今更文句言うな!」
そう、この罪人は鞭打ち刑と、治癒士の技量向上のための実験台とのどちらがいいかと聞かれ、自ら治癒魔法献体に志願したのである。
だがこれには些かの裏がある。鞭打ち刑は、一度あっても背中の肉は裂け、大の大人が泣き叫ぶほどの痛みを伴う肉刑。
さらにその怪我の治療費は、当然自分で支払うことになる。
だが、治癒魔法献体とやらに志願すれば、軽い肉刑を受けることになるが、治癒士が責任を以って完全に治療するというのだ。つまり金が掛からず、五体満足で解放されるのである。
これを聞いた罪人たちは、揃いもそろって治癒魔法献体に志願した。
だが、今刑に服している男も、それを見ている同じく治癒魔法献体に志願した罪人たちも、心の底から本気で後悔し始めていた。
「エリー様! だ、駄目です、私の実力では…………」
エリーに話しかけられながらも、治癒士は必死に治癒魔法を掛け続けていたが、遂に手に負えなくなり、救いを求めた。
「わかったわ。代わりましょう。みんなも見ていて、二つの傷口を急いで塞がねばならない時には、こういう手もあるのよ」
エリーはそれぞれの手を傷口に当てると、二ヶ所同時に治癒魔法で治療していく。
この高等なる技術を行使するに当たって、さすがのエリーの眉間にも薄く皺が寄り始める。
「こうやって、手に魔力を均等に配分して傷口に当てるのよ……そして急いで出血を止める。傷口の再生は簡単に出来ても、血の再生はすごく難しいの。なんでかはわからないけどね。だから失血死する前に、素早く傷を塞ぐのよ」
エリーが治癒魔法を唱え、傷口ごとに片手ずつを翳すと、二つの傷口が見る見るうちに同時に回復して行く。
それを見て一同は、身動きすら出来ずに息を飲んだ。
それも当然。たったの一か所の傷を、彼らは話しかけられただけで治すのにも苦労していたのだ。
にもかかわらずエリーは、自ら講義をしつつ二ヶ所同時に治療しているのである。
「か、神の手だ…………神の力だ」
誰かがそう呟いたのを聞いて、エリーは激しく首を振った。
「違う! 人の力よ! いい、この力は弛みない訓練と、数々の実戦で磨き上げた力。あなたたちだって、研鑽を積めば必ず出来るようになるわ」
エリーはそう力説する。
アマーリエを始め、確かにエリーの実戦的な講義を受け、めきめきとその実力を伸ばしてはいる。
だが、あの高みまで自分たちは到達することが出来るかというと、どうにも無理のように思えてしまう。
そんな雰囲気を察したエリーは、講義を受けている弟子たちを烈しく叱咤激励した。
「出来ないじゃなくてやるのよ! 自分がやらなきゃ、あいてが死ぬの! 後は場数。幸いにして、ここにいる方々が講義に付き合ってくれるそうだから、技量を上げる絶好の機会と思って、どんどんやっていきましょう」
それを聞いた罪人たちが、恐怖に怯え必死に許しを乞う。
「これでよしっと。太い動脈までブッ刺したから失血が凄いわね。このまま続けると死んじゃうから、この人はここまでにしときましょう」
両脚に深々とナイフを刺され、切り裂かれた後で治療された罪人の男は、今や多量の失血のせいで顔色を青ざめさせ、ぐったりとしつつもこの拷問にも等しい刑が終わった事を安堵した。
だが、エリーが放った次の一言で、罪人は再び地獄へと舞い戻る事になる。
「ええと、まだ三回しか刺してないから、後の一回は二、三日して体調が戻ってからやりましょうね」
そう言って無慈悲な微笑みを浮かべるエリー。それを見て、罪人だけでなく衛兵やアマーリエ、講義を受けている治癒士たちも、顔を引き攣らせながらドン引きする。
やがて刑に服し解放された罪人たちの口から、この治癒魔法献体とエリーの血も涙もない所業が伝えられ、エリーは拷問治癒魔導士などと犯罪者たちに呼ばれ、大いに畏れられる存在となったのであった。




