閃光のカイル
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シンが連日宮殿に赴き会議に明け暮れていた頃、他のメンバーたちはどうしていたかというと、それぞれ思い思いに戦いの前の休息を楽しんでいた。
特にカイルとエリーの二人は、朝の訓練が終わると毎日のように連れ立って、デートを重ねていた。
だが今の帝都は、戦の前で何かと物騒である。自分の腕を大衆の前で見せつけ、自身の噂を高めてより高額で雇われようとする傭兵らが、刃傷沙汰を繰り広げるという狂気ともいえる日々が続いている。
そんな中で、帝国で一、二を争う冒険者であり、武名鳴り響く竜殺しのシンの弟子であるカイルの存在は、嫌でも目についてしまう。
血の気の多い腕自慢の傭兵たちも、竜を討伐したりルーアルトの剣聖であった銀獅子の首を挙げたシンに挑もうとする者はいない。
理由は簡単。皇帝の家臣であるシンに手を出せば、帝国からお尋ね者とされてしまうからである。
傭兵として金を稼ぎにわざわざ帝都まで上ってきたのに、お尋ね者となって帝都を追われてしまっては、ただの馬鹿者である。
そうなると、自然に竜殺しのシンの高弟、その筆頭ともいえる隻腕のカイルに注目が集まってしまう。
そしてその異名の元である隻腕、片手しかないというハンディキャップが、戦の前に己の武名を轟かせたいと願う傭兵を引き寄せる元となってしまったのである。
その日もカイルとエリーは、商業区の大通りを二人仲良く並んで様々な店の軒先を覗いて楽しんでいた。
「戦の前だからってのはわかるけど、普段小物や装飾品を扱っている店まで、店先に並んでいるのが、武器やそれに関する物ばかりになっちゃうのは、ちょっとねぇ…………」
前はこの店は可愛い指輪や腕輪、首飾りなどが多かったのに残念と、エリーは顔色を曇らせる。
カイルがそんなエリーの視線の先を見ると、確かに小物や装飾品が並んでいた棚に、長剣などの武器や、それらを納める鞘、ベルトや金具といった物たちに置き換わってしまっている。
「本当だ。それに値段が高いね。普段の倍以上はするんじゃない?」
師匠の言っていた戦争特需といったところだろうか、見れば武具だけでなく、ありとあらゆるものまで値段が跳ね上がっている。
「いくら戦争特需だからって、戦に関係ない物まで値上げするのはやりすぎよねぇ」
普段なら樽の中に出来損ないとして、無造作に放り込んでいる剣までもが、驚くほどの高値で取引されているのを見てエリーは溜息をつく。
「師匠が言っていた便乗値上げってやつだね。師匠の話では、これからさらにどんどんと値上げしていくだろうって……」
二人は顔を見合わせて溜息をつく。二人は冒険者を引退した後のために、せっせと貯金に勤しんでいる。
だが偶にはパーッと気晴らしに、少々の金を使うのもいいだろうと思っていたところに、この戦前の物価の上昇である。
そんなウインドウショッピングを続ける二人の前に、身形と柄の悪い集団が現れ道を塞いだ。
カイルとエリーは、目を合わせずにその集団を避けようとしたが、彼らは二人を逃すまいと取り囲む。
カイルの手がゆっくりと自然を装いつつ、刀の柄へと動いていく。
エリーもまた、腰に差した短剣の柄へと素早く手を伸ばした。
エリーだけは何としても守らなければと、カイルはおそらくはこの一団のリーダー格であろう男の前に、ずいと身体を前に出す。
「ちっ、女の前だからってガキが一丁前に恰好つけやがって、お前が隻腕のカイルだな?」
フンと鼻を鳴らしながら、リーダー格の男が一歩前に出る。
「そうだが、何か俺に用か? 用が無いならそこを通して貰えないだろうか」
カイルは話しつつ周囲に気を配る。囲まれている以上、いざとなれば何処かを切り崩して突破しなければならない。
一番手薄な所は何処だろうか? 左か右か? それとも後ろか?
「用はあるさ。俺とひとつ立ち会って欲しいのさ。なぁに、素直に立ち会ってくれれば命までは取らねぇさ。まぁ、事故や弾みで命を落とすかも知れねぇけどもな」
リーダー格の男がニヤリと黄色い歯を剥きだしにして笑うと、周囲を取り囲む者たちも一斉に笑いだした。
その笑い声に釣られるかのように、遠巻きにギャラリーたちが集まり様子を覗っている。
決闘の観戦は、いつの時代でも人々を瞬時に熱狂させる娯楽の一つではある。
それも血生臭く、物騒であればあるほど、ギャラリーたちの熱も上がってしまう。
「断る。貴様と立ちあう必要性が俺には無いんでね」
どうせ退いてはくれないだろうと思いつつも、カイルは決闘を拒んで見せる。
「そうはいかないぜ、小僧。もうお前に逃げ場は無い。もし仮にお前ひとり逃げたとしたら、後ろに居る女がどうなるかわかるよな?」
「クズが……」
「何とでも言ってくれて結構だぜ。さぁ、剣を抜け! 小僧!」
「どうしてもやらなければならないのか? 見たところ傭兵だろうが、稼ぎ時の前に死んでしまっては、いい笑いものだぞ」
シンはよく他人にこう言う。ウチのパーティで一番血の気が多いのは、そうは見えない優しい顔をしたカイルだと。
既にカイルは、何時でも得意の抜き打ちが出来るよう腰を少しだけ落としている。
それを見てエリーは少しだけカイルから離れた。
「竜殺しのシンの付録にしちゃ、威勢がいいじゃねぇか。それにしても竜殺しのシンも見る目が無いぜ。こんな片腕の小僧に剣を教えるなんてな……モノになるわきゃねぇのによ」
カイルの耳に男たちの交渉が響き渡る。だが、カイルの耳にその笑い声は届いていない。
敬愛する師を馬鹿にされたというその一点が、カイルの怒りに火を灯した。
端正な顔立ちのカイルの眉が、これでもかというほどに釣り上がる。
そして徐々に首筋から段々と、上に向かって赤みが差していくのを見たエリーは、鋭い声を飛ばす。
「殺しては駄目よ、カイル!」
それを聞いたカイルの耳がピクリと動く。
そしてカイルは、はーっと大きく深呼吸をして心を鎮めようと努めた。
「ちっとはやる気になったか? それじゃそろそろ始めるとしようか! 俺の名はジェイン、コーガサス傭兵団一の剣の使い手、人呼んで疾風剣のジェイン様よ!」
周囲のギャラリーに聞こえるように、傭兵たちのリーダー、ジェインは大声で堂々と名乗りを上げる。
それを聞いたギャラリーたちは、これから繰り広げられる惨劇に胸を躍らせ、わっと湧き上がる。
「小僧、運が無かったな。兄貴の早業、疾風剣に掛かれば貴様も、貴様の師匠である竜殺しのシンもイチコロよ」
「そうそう、何せ目にもとまらぬ早業だからな。まぁ、兄貴は御優しい方だから、腕の一本でも差し出せばそれで終わらせてくれるぜ、はっはっは」
周囲を取り囲んでいる男達がどっと笑う中、カイルは目の前の男の力を計り続けていた。
上背、筋肉の付き方、目方、そして得物。呼吸の仕方やちょっとした仕草など、ありとあらゆる情報を瞬時に掻き集め得た答えが、多少腕が立つ程度。
だが油断はしない。疾風剣なる技が、単なる虚仮脅しだとしてもである。
「では俺も名乗ろう。俺の名はカイル、竜殺しのシンの弟子で碧き焔の一員、隻腕のカイルだ! 来い、下郎!」
ここから先は問答無用。疾風剣のジェインが長剣を抜く。
その抜かれた長剣を見て、カイルはなるほどと納得する。
ジェインの持つ剣は、普通の長剣より薄く細い。重量を削る事で、斬撃の速度を上げているのが一目でわかる。
カイルは静かに腰を落とし、刀の柄に手を掛けると、以降彫像のように微動だにせず、ただ静かに、優しく呼吸を繰り返すのみ。
「馬鹿にしているのか小僧! 剣を抜け!」
そのカイルの構えをおちょくりと感じたジェインが激昂する。
だがそれでもカイルは、静かに身構えたまま微動だにしない。
「舐めやがって! ならば死ねぃ!」
雄叫びと共に振り下ろされるジェインの剣。
その剣がカイルの頭に届く前に、ジェインとその仲間、そして周囲を取り囲むギャラリーたちの目に、稲光のような閃光が網膜に突き刺さる。
いつカイルは刀を抜いたのだろうか? それを知る者はこの場には居ない。
ただ、カイルの手には抜き放たれた刀がしっかりと握られていた。
そして次の瞬間、ジェインの悲鳴が響き渡る。
「手、お、おおお、俺の手が、手がぁ~」
その悲鳴に我に返った皆がジェインの手を見ると、両手の手首から先が、すっぱりと切り落とされているではないか。その手首から夥しく流れ出す鮮血を見て、ギャラリーたちの間からも悲鳴が上がった。
そしてジェインの足元に目を移すと、長剣を握り締めたままの両手がゴロリと転がり、血の糸を地面に描きだしている。
膝を折り、顔から見る見る血の気を失っていくジェイン。
それを見て今度はエリーが、ジェインに歩み寄って行く。
すれ違いざま、カインはエリーにすまないと謝罪する。
エリーは、別にいいわよと言って、地面に転がるジェインの両手首を拾い上げた。
「これから治療してやるから、そのまま動くな。いい?」
最早ジェインは大量の失血で意識を失う寸前であり、まともに受け答えも出来ぬ有様である。
ジェインの仲間たちも、あまりのことに地面に足が縫い付けられたかのように、一歩たりとも動くことが出来ない。
エリーは先ず両腕を腰のポーチから取り出した革紐できつく縛り、出血を抑える。
そして次に右手首に切り落とされた右手を宛がうと、静かに治癒魔法を唱え始めた。
人々は驚嘆した。あっという間の出来事であった。エリーが、治癒魔法を唱え終えると、ジェインの右手は以前のように傷跡一つ無く、くっついたのである。
エリーは今度は左手を同じように治療すると、両手を縛っていた革紐を解く。
半ば失神状態でこの奇跡の技を間近で見せられたジェインは、口もきけずに放心し続けている。
「さぁ、行こう。カイル」
しゅっと刀を一振りしてから、カイルは頷くと刀を鞘へと納め、エリーと共にその場を後にする。
その間、誰も身動き一つ取れずにいる。カインの目に見えぬ一撃、そしてその後のエリーの奇跡とも言える御業を見てしまったのだ。
二人がその場を去ってからどれくらいの時が経っただろう。
ギャラリーたちがどっと歓声を上げた。
「流石は竜殺しのシンの高弟だけのことはある。いつ剣を抜いたのか、全く見えなかったぞ!」
「俺は見たぞ! と言っても、何かが光ったとしか……そう、まるで閃光のように光ったのを俺は見た!」
「正に目にも止まらぬ早業とはこのことだろう。閃光か、確かにその名に相応しき御業……」
カイルの目にも目にも止まらぬ剣技の噂は、その日の内に帝都中を駆け巡った。
そしてその噂は皇帝の耳へと伝わり、皇帝よりシンの耳へと入って来る。
「まぁカイルに勝てる奴なんて、そうはいないだろうから心配なんぞしちゃいないが、閃光のカイルねぇ…………アイツにはピッタリの二つ名かもな」
そう言ってシンは笑ったという。
そしてそのことが民衆たちの間に広まり、カイルの武名と閃光の二つ名が徐々に帝国中に広まり定着して行ったのである。
だが伝言ゲームよろしく、人々の口から口へと伝わる内に、閃光と雷光がごっちゃになり、カイルは以降、閃光のカイルとも雷光のカイルとも呼ばれるようになったのであった。




