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帝国の剣  作者: 0343
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八咫烏の御旗

評価、ブックマークありがとうございます!

更新遅くなりまして申し訳ありません。持病の喘息の発作が起きてしまいまして、咳が止まらなくて何もする気が起きず……季節の変わり目に体調を崩すと、大体こうなってしまいます。

治まり次第、投稿ペースを上げて行きますので、どうかご容赦くださいませ。

 

「さて、卿はこのあたりでよかろう。明日、また集まって本会議をどう進めるかを話し合おう。シン、お主に見せたい物がある。余に着いてまいれ」


 そう言って皇帝は会議を打ち切ると、宰相と老ハーゼの二人を部屋に残したまま、第二応接室を後にする。

 シンは二人に会釈をした後、言われた通りに黙って皇帝の後に続いた。

 皇帝が向かうは宮殿の宝物庫である。

 宝物庫の前には完全武装の守衛たちが立ち、さらに宝物庫を護る守衛たちの詰める詰所がある。

 皇帝が宝物庫に現れると、守衛たちはゆっくりと分厚く重い宝物庫の扉を開け、皇帝の手に火の灯ったランタンを手渡した。

 宝物庫内には防犯のために窓の類は一切無い。そのためか、若干の黴臭さと埃臭さが入り混じった匂いが、室内にこもっている。


「ここに入るのも久しぶりだな。で、俺に見せたい物って一体何だ?」


「そう急かすな。おい、あれを持って来て広げよ」


 皇帝に付き従う近侍の若者二人が、埃を立てぬようゆっくりとした動きで、皇帝が指差す織物のような物を手に取って戻って来てから、これまた床の埃が舞い上がらぬように、静かにこれまたゆっくりと広げて見せる。


「こ、これは!」


「どうだ? 見事な物だろう? これを帰って来たお主に見せたくてな」


 近侍たちが広げて見せたのは大きな旗。周囲を金糸を用いて豪華な装飾を施されてあり、赤い下地に中央には大きく三本足の鴉が描かれている。

 これはシンが平素、手紙などに封をする際に使用する印璽に用いている八咫烏と全く同じものである。

 この八咫烏の旗は、先の大戦でシンが手書きで描いたのが始まりで、それ以降は家門を持たぬシンの証しともいうべきシンボルとなっている。


「いや、しかしこれは少し大袈裟ではないか?」


 あまりにも見事な出来栄えにシンが驚きつつ言うと、皇帝は軽く笑いながら首を振る。


「いやいや、お主は次の戦いでも一軍を預かる将であるからにして、将となればこれくらいの威容は、士気を保つためにも必要であろう。ああ、礼ならば要らぬぞ。戦功をあげてくれればそれで良いからな」


 確かに皇帝の言には一理ある。次の戦いに於いて、シンは帝国の精鋭中の精鋭を指揮する予定である。

 しかも先陣とあれば、それに相応しき軍装を整えて味方の指揮を鼓舞し、敵を威圧せねばならないだろう。

 それに皇帝から直々に旗を贈られるという名誉を賜る事で、シンの将としての立場に箔を付けてやろうという思いも込められている。

 シンと皇帝の間柄は、水と魚、竜と雲。一々言葉で語らずとも、互いを思いやる心遣いは自然と感じとる事が出来る。

 シンはただただ、皇帝の自分に対する心遣いに感謝するばかりであった。


「…………わかった。必ずや勝利の報を届ける。期待して本陣で待っていてくれ。ありがとう」


「その旗の正式な授与は、本会議の場で行う。味方中にお主の旗だと、知らしめねばならぬからな。他にこの中にある物で何か役立つ物があれば、好きに持って行くが良い」


 この皇帝の言葉に、付き従う近侍の者たちは驚き、幾度も瞬きをする。


「と、言われてもなぁ…………何があるかわからねぇし、今のところは特に必要な物はねぇな」


「欲の無い奴だな……ほれ、これでも持って行け。お主の婚約祝いの品だ」


 そう言って、皇帝は手近にある親指の先ほどもあるルビーを手に取ると、無造作にシンへと放った。

 シンはその放り投げられたルビーを片手でキャッチすると、おう、ありがとなと、これまた無造作に懐へと仕舞い込む。


「ああ、いかぬ。これらも持って行くがよい」


 埃臭い宝物庫を出ようと、一歩足を踏み出したシンに、皇帝は次々と宝石を手渡していく。


「いや、こんなにはいらねぇよ」


「わかっておらぬな。やはりこちらの方は、余の方が上か。獅子族の姫、ええと……エルザ嬢だったか? その者一人に宝石をやれば、お主を好いておる他の女子たちの嫉妬を買ってしまうだろうが」


「あ、そうかな?」


 シンは色恋に疎い。疎いというよりも、今まで必死に生きぬくために、余計な事をあまり考えないようにしていたと言った方が正解だろうか。


「そうとも。女子の心は、複雑怪奇。その扱いも一筋縄ではいかぬものよ。その点、余はその手のことには経験豊富であり、お主よりはいささかの自信はあるのでな。今後も大いに頼ってくれてよいぞ」


 呵々と大笑する皇帝を見ながらシンは、それはあまり自慢できる類のものじゃ無いのではないかとの疑念を抱きつつも、口では大いに頼らせて貰うと言いながら頷いて見せた。




 ーーー



 夕暮れ前に宮殿を辞したシンは、何処にも寄り道をせずに真っ直ぐ帰宅した。

 背にシンを乗せているサクラも、宮殿内の厩舎でご馳走にありつけたのだろうか、すこぶる機嫌がよい。

 自宅に着くと先ずシンは自らの手でサクラの鞍を外し、厩舎のある裏庭へと解き放つ。

 自由になったサクラは、放し飼いにされている山羊たちに、ちょっかいをかけているシュヴァルツシャッテンの元へと、一目散に駆け寄って行った。


「ただいま」


 シンが玄関に足を踏み入れた瞬間、灰色の大きな塊が飛び掛かって来る。


「おわっ! うわっぷ」


 そのまま押し倒され、尻もちを着いたシンの顔を、生暖かい舌が何度も何度も舐めまわす。


「やめろ、アトロポス」


 シンも負けじと狼であるアトロポスの顔や体を烈しく撫でまわす。

 気持ちよさそうな顔をして、ごろんと腹を見せたアトロポスに、シンはさらなる追い討ちを掛ける。

 ゴブリンたちがガルムと呼ぶこの狼たちの成長は、実に目まぐるしいものがある。

 一月、二月でその身体はどんどんと大きくなり、生後一年程度でその大きさは大型犬を遥かに凌ぐものとなっていた。

 しかしながら、体は大きくなってもまだまだ遊び盛りの子供ということで、この家のボスであるシンに対しては絶対服従を誓いながらも、激しく甘え、じゃれついてくるのであった。


「しーん!」


 アトロポスの甘え声を聞いて気付いたのか、とてとてと幼い子供が満面の笑顔を浮かべながら、シンの元へと駆けて来る。


「ただいま、ローザ。おお、大きくなったなぁ」


 シンは駆け寄って来たローザを抱き上げると、その小さく柔らかい頬に何度も頬擦りをする。

 だが、頬擦りされたローザは、嬉しい半面、長旅で手入れの行き届いていない無精髭の感触に、口をへの字に曲げながら、やー、と手足をばたつかせていた。


「お帰りなさいませ、お館様」


 その後ろで執事のオイゲンが、恭しく頭を下げる。


「ただいま、オイゲン。留守中に変わったことは?」


「はっ、人を男女二名ずつ雇って増やしました。収支報告と、そのことも含めて後でお時間を頂きたく……」


「ああ、新しく雇った者たちの事は全て承知している。陛下より影の者を何名か、執事見習いや下働きとしてウチに仕えさせたと聞いている。ま、給金は俺が支払うんだけどな。もし、俺の留守中に荒事が起こった場合、そいつらに全てまかせてしまって構わん。というよりも、それが本来の目的だ。人手の件もそうだが、今まで少し屋敷の警備が手薄すぎたからな」


「はっ、承知致しました。食事の準備は既にしてありますが、このまま直ぐに食事になさいますか?」


「いや、夕食の時間まで待つ……と言いたいところだが、他の皆はどうしている?」


「皆様方、お館様の御帰りをお待ちしており、食事の方も一緒にとお待ちしておられます」


「何だ、俺を待っていなくてもいいのにな。よし、じゃあ少しばかり早いが夕食にするか」


「畏まりました。では、先ずはお荷物を御預かり致します」


 そう言ってオイゲンは、シンがその背から降ろした背嚢を片手でひょいと持ち上げる。

 背嚢には生活雑貨や着替え、保存食などがこれでもかとぎゅうぎゅう詰めにされており、決して軽いものではない。

 それを老人であるオイゲンが軽々と、しかも片手で持ち上げたことにシンは驚いた。

 そんなシンの驚きを知ってか知らずか、オイゲンは至って普通の足取りで、背嚢や他の荷物を抱えてシンの部屋へと運んで行くのであった。


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