事前会議
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さて、と前置きをしてから、皇帝は自分で煎れたお茶を口に含み、口中を湿らす。
それに倣いシンたちも、同様にお茶に口を付ける。
「三日後に本会議がある。現在、防衛などの任に就いていない国中の貴族たちが、この帝都に参集している。本会議は、それら全ての貴族たちを一堂に集めて行うのだが、その前にここにいる我らだけで、ある程度は情報の共有と敵侵攻に対する対策を講じておきたい」
シンはそれに同意する。会議というものは基本的に自由な発言が許されている場合、人数が多ければ多い程、まとまりに欠けるものである。
それに貴族というのは多少の差はあるものの、海千山千である。
中にはこのような国の危機に際しても、自己の利益を追求しようとする者も多く居るだろう。
そういった者たちが、自己の利益を得るために互いの足を引っ張り合い、それによって会議が思うように進まないということも考えられる。
「敵の規模はわかっているのか?」
これはまず、他の何よりも最初に知りたいところである。
「敵……ラ・ロシュエルは自軍を百万と称している。無論これは単なる誇張であり、虚仮脅しに過ぎん。細作がもたらした情報や、商人たちが動いている物資の量から推測したところ、多くてもその半分に満たないだろう」
「半分と見ても五十万かよ……」
シンはその膨大な数の敵に対して、呆れたように肩を竦める。
「五十万とは言っても、人夫などを入れた数じゃて。実際に戦うのはその半数の二十五万と見るべきじゃろう」
老ハーゼは百戦錬磨。実戦力二十五万とは、その長きにわたる戦の経験から弾き出した数字である。
「で、こっちは?」
「各地の防衛に兵力を割かねばなりませんので、十万と少しといったところでしょうか?」
宰相エドアルドは、他国がラ・ロシュエルに同調して動かなければ、もう少し兵を回せるだろうと言う。
「半分以下かよ。しかも、南部は開けているが為に、両軍がぶつかるのは必然的に平地となるはず。圧倒的に不利…………と言いたいところだが、やり方次第では、まぁどうにかなるかも知れない」
「ほぅ、それはどのようなやり方だ?」
皇帝はまるでシンを試すように、すぅと眼を細めながら問う。
「敵の第一陣は、おそらく占領した国から徴兵した奴等だろう」
「どうしてそう思うのじゃ?」
今度は老ハーゼが、興味深く目尻に皺を携えながら問う。
全くこの二人は……人を試そうとするところなどはそっくりだ。流石は傅と、皇帝はその薫陶を受けて育っただけはある、思いながらもシンは自分の考えを述べる。
「簡単な話さ。ラ・ロシュエルとしては、いくら決戦だからと言っても、自国の戦力を損耗したくは無いはず。決戦で勝ったとしても、自国の兵力を大きく損耗してしまっては、その後に困ることになる。だとすれば、先ずは使い捨てで占領国の兵を当てて、帝国軍の数を減らそうとするだろう」
「なるほど」
「それにだ、ラ・ロシュエルも大兵力を国から送り出す以上、空っぽになった国に占領国の兵を置いておくわけにはいかない。そんなことをすれば、反乱の絶好の機会を与えるようなものだからな。なので、必ずこの戦に占領国の兵を帯同させるはず」
「理に適っている。だが、どうして占領国の兵が先陣だと断言出来るのか?」
「そりゃ、そうすることで戦略と戦術と政治とが上手くかみ合うからさ」
政治と言う言葉に、宰相が強く反応を示す。
「戦略と戦術と政治ですか……是非、シン殿のお考えをお聞かせ願いたい」
「この占領国の兵は戦力ではあるが、それ以上に反乱の芽となる可能性を秘めており、邪魔な存在である。今後円滑に占領した国々を統治するには、彼らは居ない方が良い。ならば、この決戦に戦力として出来る限りの数を動員しよう。ここまでが戦略で、ここからが戦術。戦力として有効活用しつつ、同時に邪魔な存在でもある彼らをどう活用すべきかとなると、答えは一つしかない。戦場で彼ら全てを、すり潰すように使い捨ててしまえば良いのだと」
「流石ですね。陛下の仰られた通りです」
「うむ、余とエドアルドは政治的な面からその結論に至った。爺は軍事的に……シンはその双方からこの結論を導き出したというわけか。何れにしろ、この四人が導き出した結論は、一緒であるということだな。問題はその先……その使い捨ての兵にどう対処するかだが」
占領国の兵たちに手間取り、帝国軍が損耗すれば、次に襲い来るラ・ロシュエル本隊を弾き返せるかは怪しいと言わざるを得ない。
ただでさえ二倍以上の兵力差であり、数がものを言う平地での決戦である。
相手に対して馬鹿正直に付き合えば、それだけ負けに近付くことになる。
「占領国の兵たちの戦意は高くは無いだろう。そういった兵を統制するには、軍監や戦目付、あるいは督戦隊などが必要。それを叩けば、脆く崩れるはず……エル、俺に中央軍をくれ。俺が先陣を切って中央軍と共にそれらを叩き、敵先陣を瓦解させる」
帝国中央軍とは、近衛とは別の皇帝の直轄領の兵であり、シンが考案した軍制改革により装備は一新され、その運用も従来とは違い、大きく改められている部隊である。
「む、お主が最前線に出るというのか? いや、しかしだな、お主は余の傍らで全軍の統制を……」
「それは爺さんに任せる。前回の時は本当に急で、人事に口を差し挟まれることは無かったが、若年の俺が全軍の統帥権を握ったことを、良くは思わなかった者が多く居たはずだ。今回は戦端が開かれるまで、若干の間があるため、文句を言って来る者が必ず出るだろう。その点、爺さんならば戦歴、経歴、家柄ともに十分であり、異を唱える者は居ないはず。爺さんが統帥権を握って、睨みを利かせてくれた方が俺もやりやすい」
「理屈はわかるが、シン…………お主、儂が老い耄れだから後ろに控えていろなどとは、思ってはおるまいな?」
老ハーゼは眉間にしわを寄せながら、鋭い眼光をシンへと放つ。
だが、そのような剣呑な視線を受けても、シンはどこ吹く風である。
昔のシンならば、その眼光の鋭さに怯えたかも知れないが、今のシンは数々の苦難と危機を乗り越えて来ている。
なのでそのような形だけの脅しは、一切通用しないのである。
「それもある。まさか爺さんに先陣を切って、戦場を朝から晩まで駆け巡れとは言えねぇからな。そういう仕事は若手に譲ってくれなきゃ困るぜ。それよりも、俺は貴族ではないので、貴族同士の駆け引きや機微に疎いが為に、必ずや軋轢が生じてしまうだろう。その点、爺さんならば押しも押されぬ大貴族だし、大半の貴族たちは、爺さんの言う事なら聞くだろうと思ってな」
「ふん、ちと面白くは無いが、今回はお主に譲るとするわい。儂は後ろで、お主の働きぶりを見物させてもらうかの」
「そうしてくれ。敵の先陣は実はそう大した問題じゃない。戦意の低い敵なんて、少し揺さぶりを掛ければ脆いだろうからな。問題は、その次のラ・ロシュエル本隊だ」
「先陣を打ち破った時点で、今建造中の要塞に兵を退くというのは?」
宰相が提案するのは持久戦。それも南部の村々は疎開して無人であり、畑も今年は種を撒いておらず、食料の現地調達が困難である事を踏まえての提案である。
「敵はその隙を与えてはくれないだろう。何故なら、敵の狙いは捨て駒を当て、帝国軍の戦力の低下だけでなく、疲労の蓄積も目的としているのだろうから。それに、要塞はどこまで完成しているんだ?」
「現在の所、五割強といったところでしょうか。堀はまだ空堀のままで、引水出来てはおらず、城壁の高さも完成時の凡そ八割程との報告を受けております」
宰相の顔が渋面に染まる。いくら大国である帝国といえど、無限の資金があるわけではない。
さらに疎開とその疎開した民たちに掛かる費用が、計算した額を遥かに超えており、それらの理由によっても要塞の建造費用が圧迫を受けていた。
「未完成の要塞に籠るのは最後の手段だな。ルーアルトやソシエテがいつラ・ロシュエルに同調して襲い掛かって来るかわからない以上、出来れば野戦で、それも短期決戦で一気に片を付けたいところだ」
シンの言葉に三人も頷く。これから起こる戦いは、数的に劣りながらも時間を掛けられないという、帝国にとって極めて不利な条件が重なっている、厳しい戦いであった。
更新遅くなり申し訳ございませんでした。
飼っていたザリガニが死に、軽いペットロスに陥っておりました。




