報告会
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春の暖かな日差しが差し込む、ガラント帝国の帝都シャルロッテン・ヴァルデンベルク。
その中央にある宮殿の一室、皇帝ヴィルヘルム七世お気に入りの第二応接室には、皇帝がもっとも信頼する三人の家臣が集まっていた。
一人は幼少の頃から自分を支えてくれた傅である老ハーゼこと、ヴァルター・フォン・ハーゼ。
もう一人は、若き皇帝よりその異才を見出され、仕えてからは常に適切な助言をし支えて来た忠臣、帝国宰相エドアルド。
そして最後は、すでに中央大陸中にその名を響かせ、半ば生ける伝説とまでなってしまった帝国の若き英雄であるシン。
この面子は、皇帝が帝国内に溜まってしまった澱みを洗い流すために、帝国自体の構造改革を計画した際に集められた者たちでもある。
その最初の手は、これからの帝国を担うべく優秀な人材を育成する、学校を作るというもので、現在ではまだ帝都にある、帝国近衛騎士養成学校ただ一校のみであるが、此度起きる戦争が落ち着き次第、帝国魔導士養成学校が設立される予定となっている。
ちなみにヴァルター・フォン・ハーゼは、帝国近衛騎士養成学校の校長でもある。
一方の新設される帝国魔導士養成学校の方は、その校長に帝国一のシンの冒険者パーティのメンバーで、賢者として名高いゾルターンが就任することが既に決定している。
「そのような魔物がかの地に…………賢者殿のお話では、帝国所蔵の魔物辞典に記載されている伝説の魔物だというのですな。これは、他にもその地獄百足のような、危険な魔物がかの地には居る可能性がありますな。我々の方でも調べておきましょう」
エドアルドの言葉にシンは頷く。
「お願いする。地獄百足は魔法剣が使えねば、倒すことが難しい強敵だった。はっきり言って、もう二度と戦いたくない相手だ。もし見かけても、安易に手は出さない方がいいだろう」
「それほどまでか! しかし、そんな魔物を相手にした後、よくもまぁ、これまた伝説に出てくるような魔物であるリッチを倒すことが出来たのぅ」
老ハーゼは、白い長く伸ばした顎鬚を扱きながら感心する。
「相手が…………リッチが完全に油断というか、こっちを舐め腐ってやがったからな。もし仮に、地獄百足と共闘でもされてたら、こっちは全滅してたかも知れない」
「そんな化け物をいったいどうやって倒したのだ?」
好奇心に染まっている皇帝の目は、亜人地区に潜んでいた脅威に関する報告というよりも、シンの武功話を聞きたくてしょうがないといった風である。
「御伴の一匹も連れずに、のこのこと杖をついて歩いて来やがったから、適当にこっちも挑発してリッチに魔法を撃たせたんだ。単純な奴で助かったぜ。魔法ってのは、撃った直後に僅かな隙が生まれるからな、そこを強襲、一撃の元に葬ったって次第さ」
それを聞いた三人は、流石にポカンとした表情を浮かべている。
「いやいや、お主ちょっと待て…………リッチというのは、お伽話に出てくるような強大な魔物なはず、それを一撃とは…………」
「ああ、それはこいつのお蔭さ」
そう言ってシンは腰の天国丸をポンと叩い見せた。
「神から授かりし剣か…………なるほど」
「といっても、コイツの真価に気付いたのはつい最近でね。どうやら、俺の精神に感応するみたいなんだ」
「どういうことじゃ?」
「普通に振ったら、言い方はおかしいがただの名剣なんだが、俺が念を……コイツを絶対に叩き斬るといったような、そういった思いというか何というか……まぁ、兎に角そう念じながら斬ると、驚くべき切れ味を発揮するんだわ」
「ほぅ、そのような効果を持つ魔法武器は初めて聞くわい」
そう言いながら老ハーゼは、シンの腰にある天国丸をしげしげと見つめる。
「そんなもんだから、俺はリッチを斬る時に、コイツを真っ二つにぶった切ると、強く念じたんだ。そしたらリッチ張っていた目に見えぬ障壁のようなものごと、真っ二つに切り裂くことが出来たのさ」
「目に見えぬ障壁とな?」
「ああ、言い忘れていたな。リッチは、取り敢えず俺たちが遭遇したリッチは、攻撃を弾く目に見えない障壁のようなものを張っているというか、その身に纏っているというか……カイルの放った魔法剣、裂空斬を弾きやがったからな。いくらカイルが地獄百足との戦いで魔力を消耗していたとはいえ、あの裂空斬ならば、木を切り倒し、岩に深い亀裂を作る事が出来たはずだ。それを、いとも簡単に何事も無かったかのように弾きやがったからな。正直それを見て、俺は焦ったよ」
シンはお道化るように肩を竦めた。
「おいおい、それではお主以外では、そのリッチを倒すことは出来ないと言う事ではないか? もし、ラ・ロシュエルに侵攻した際に出会ってしまった場合にはどうすればよいか?」
ラ・ロシュエル及び亜人地区に、軍を進めた場合のことも想定しなければならない。
その時に、第二第三の地獄百足やリッチといった強敵が現れた場合の対処法も、考えておく必要がある。
「まぁ、迂闊に手を出すなって感じだな。それに一つわかっていることがある。地獄百足もリッチも、遥か昔から存在しているのに、出会った白骨街道から一歩も出た素振りが無いということだ」
「詰まりは、地獄百足やリッチが居る地点に近付かなければ、被害は出ないということですか?」
宰相の問いに、シンは迷いながら首を横に振った。
「確証は無い。何せ、地獄百足もリッチも、共に一度きりしか遭遇していないからな。チッ、リッチの方はおしゃべりな奴だったから、おだてて色々とその辺を聞きだせばよかったぜ。失敗したな」
「無理も無かろうよ。強敵との連戦、そんな余裕は無かろうて」
「あいわかった。もし仮にそのような魔物に遭遇した際には、手を出さずに即時撤退を義務付けることにする。さらにもし仮にだが、その地獄百足や、リッチが、己の縄張りの外にまで出て来た場合には、シン、お主にお願いする事になるが……」
「正直もうあいつらとは戦いたくねぇな。地獄百足は兎も角として、リッチの方はその性格に助けられた部分が大きい。もしも俺が出会ったリッチが、賢く冷静な奴だったら、勝てたかどうかはわからない。だが、そうなったときは俺がやるしかないだろうな」
強敵との戦いは文字通り精神をごっそりと削られる。その削られた精神力を取り戻すには、それ相当の月日が必要である。
残念ながら、今のシンには再びリッチのような強敵と、会いまみえるだけの気力に欠けている。
少しだけ、ほんの少しでいいから、日常の平穏さを味わいたいという思いの方が強いのである。
「では、魔物の対策は一応はこれまでとして、近々攻め込んで来るであろうラ・ロシュエルに対しての話に移行する」
ここで宰相エドアルドが、ラ・ロシュエルに放っている密偵からもたらされた情報を話す。
本格的な議論を前にして、シンが軽く手を挙げて発言の許可を求める。
それを見て皇帝は即座に頷いた。
「本格的な話の前に一ついいか? 帝国南部では点在する村々からの疎開が進んでいるようだが、どうもその無人となった村々に、賊共が居座り始めているらしいんだ。俺たちが帝都に帰還する際に、南部を通ったところ、賊がわらわらと現れてな。南部を通り抜けるまでに、俺たちだけで百人以上切り捨てた。これを放置して、ラ・ロシュエルに逆侵攻するのは拙いだろ。賊どもに補給線を脅かされ、補給物資を奪われることがないように、逆侵攻前に大々的に南部の大掃除をすることを提案したい」
シンの話にこれまた三人は驚く。
賊を百人以上、碧き焔のメンバーはシンを含めて十二人。お客さんであるエルザを加えても十三人。
単純に計算しても、一人頭、賊を七、八人斬っていることになる。
南部走破に掛かった日数を考えても、はっきり言ってこれは異常極まりない数字である。
「ある程度は予想してはおりましたが、これは少し考えねばならない事態のようですね」
宰相エドアルドは、そう言いながら眉間にしわを寄せた。




