シン、乱心す
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更新を滞らせてしまい申し訳ありませんでした。これから物語は佳境を迎えますので、応援よろしくお願いします。
その後の帝国への帰還は順調であったと、パーティーメンバーの誰もが口をそろえて言うが、これには世間一般とシンたちとの間に大きな齟齬があった。
帝国への帰還の最中、シンたちは何度も賊に襲われていたのである。
遠目から見てもわかる、何か大きな荷物を積んでいる馬車といい、それを御するのが遠目からでも一目で美女とわかるエリーやロラであったり、それを護衛するのがこれまた趣の違う美しさを持つレオナやマーヤ、ジュリアにエルザと、目立つ女性ばかり。
賊から見れば、鴨が葱を背負って来て、さらにカセットコンロまで持参しているような状態であるため、これを見て襲い掛からない賊は皆無であった。
だが彼らにとって不幸なのは、その獲物である彼女たち自身が一騎当千の強者であったことと、その他の護衛の男たちも、これまた同じく今の時代を代表する強者だったこと。
悲しくも賊たちの浅はかな欲望は、これら強者たちによって軽々と打ち砕かれ、無残な屍となっていったのである。
「疎開が進んでいるせいで、街以外での補給は無理だな」
「それもそうだが、無人となった村々にこれほどまで多くの賊が潜んでいるとはな…………」
「戦後に大規模な掃討作戦を行う必要があるな。陛下に進言しておかねばならぬな」
地図とにらめっこをしながら、シンたちは帝都へ出来る限り速やかに帰還できるルートを探るが、補給地として機能しなくなった村々のせいで、すんなりと帰る事が出来ずにいた。
「それにしても鬱陶しい賊どもだな。倒しても素寒貧だし、何も得られるものがねぇし」
そうハーベイがごちるのを見て、シンは笑う。
「なにも持ってねえから人から物を奪おうとするんだろうが…………でも、まぁ鬱陶しいわな」
「だいたい、ウチのパーティの女たちがいけないんだ」
「まぁ、みんな顔だちは整っているし、何と言っても個性的で目立つからな。旅の間、ずっとフードを深く被っていてもらうしかないかな」
「いや、多分それでも賊は気付くと思うぞ。細かい仕草とかが、どうしても男と女では違うからな」
こればっかりは打つ手なしさと、ハンクが肩を竦める。
「ならば、これまで通り襲い掛かって来る賊は倒して進むのみ。そうだカイル、次に賊が現れたら新しい技や魔法でも試してみるか?」
「そうですね。慈悲をかける必要もないですし、倒した所で得られるものも無いのであれば、そう言った形で役に立って貰うのもいいかも知れません」
師弟の目に物騒な光が灯るのを見て、ハンクとハーベイは賊の哀れな末路を想像して、思わず背筋を震わせた。
こうしてシンたちは襲い掛かって来る賊のことごとくを粉砕し、帝都への帰還を果たした。
亜人地区から帝都までの間にシンたちに襲い掛かって来た賊の数は、実に十九にも及び、そのことごとくを撃破し、人数にして百人以上を血祭りに上げている。
この治安の急激な悪化は、予想される戦場地域から民を疎開させ、無人の村々という賊が潜みやすい環境が出来たこともあるが、戦の最中の混乱に乗じての賊働きを目論む者や、戦場での死体からの剥ぎ取りや、遺棄された物資を狙って方々から集まって来たものと思われる。
つまりこういった鼻の利く連中が集まって来たということは、確実に帝国の存亡を賭けた聖戦が始まるということだろう。
ーーー
帝都の門は今日も人で溢れかえっており、順番待ちの長い列が尾を引いている。
その順番待ちの長い列の横を、シンたちは騎兵に先導されてすいすいと進んで行く。
そしてそのまま順番を無視しての入城。だが、それに異を唱える者は皆無である。
むしろ、列に並ぶ者たちは自ら率先して、帝国の若き英雄に道を譲った。
「俺はこのまま宮殿へ行って、コイツを置いて来る。遅くなるかもしれんから、待っている必要はない。先に帰還祝いをやっていてくれ」
そう言ってシンは、自ら地獄百足の頭骨を載せた馬車の御者となり、騎兵たちに護られつつ宮殿へと向かう。
その馬車の後ろをただ一頭、空馬となった龍馬のサクラだけが追いかけて行く。
「サクラ、先に戻っていてもいいんだぞ?」
シンが振り向きながらそう言うと、サクラはブンブンと首を横に振る。
「あ、わかったぞ! おまえ、宮殿で出る飯が狙いだな? わかった、わかった、飛びきり美味い飯を出して貰えるようにお願いしよう」
それを聞いたサクラは、嬉しそうにグルグルと喉を鳴らしながら、シンが手綱を握る馬車と並走する。
宮殿へと着いたシンは、馬丁にサクラと馬車を預ける。
「馬車の荷は、陛下への献上品だ。大きくて邪魔くさいだろうが、使い道のある物なので、捨てないでくれよ」
そう言ってシンは馬車から飛び降りると、単身案内も着けずに宮殿へと乗り込んでいく。
帝国の若き英雄、皇帝陛下の命の恩人にして友人たるシンは、特例で皇族と近衛以外で唯一、宮殿での帯剣が認められている。
シンは旅装を解かずそのままの格好で、いつものように第二応接室へと向かって行く。
皇帝の第二のプライベートルームと化している第二応接室では、帰還の報を受けた皇帝が、シンが来るのを今か今かと待ち続けていた。
その第二応接室の扉が、バンと荒々しく開け放たれた。
「おお、シン! よくぞ無事で戻って来た!」
立ち上がり、諸手を挙げて無事の帰還を祝う皇帝、ヴィルヘルム七世の元に、シンは無言でずんずんと近付いて行く。
そして次の瞬間、
「この野郎!」
と、皇帝に問答無用でコブラツイストを仕掛けた。
ぐえぇと、蛙が潰れたような声を出して皇帝はもがく。
「おめぇ、俺に政略結婚のことなんて一言も言わなかったな? 一体どういう積りだこの野郎!」
「ま、待て! 悪かった! 許せ!」
シンと皇帝はじゃれ合っているだけだが、傍から見ればそうは見えない。
「シン殿! 陛下に手を掛けるとは、乱心なされたか!」
室内に居る近衛騎士たちが、腰の剣に手を掛ける。
それを見た皇帝が、慌てて自由に動く手を振りながらそれを制す。
「待て、お前たち! お前たちが束になって掛かってもシンには敵わぬ。シン、余が悪かった。何でもするから許してくれ」
ピタッと、近衛騎士たちの動きが止まる。事実、近衛騎士でシンに勝てる者はいない。
おそらくは皇帝の言う通り、三人、四人、束になって掛かっても勝てないだろう。
それを見てシンは、ようやく皇帝に掛けているコブラツイストを解く。
「随分と手荒いじゃないか」
技を解かれた皇帝は、片手で首を抑えながらハァハァと息をつく。
「当たり前だ! こっちは現地でぶっ殺されそうになったんだぞ!」
「いや、お主ならば勝てるだろうと思って……」
シンならば容易に勝てるだろうと見込んでいたのは事実である。
「馬鹿野郎、お前、あの義父とんでもねぇ化け物じゃねぇか! もう二度と御免だからな!」
シンはそのままどかりと、椅子に腰かける。
「ガンフーという男はそれほどまでか……お主をそこまで苦しめるとは思わなんだ」
シンの言葉を聞いて皇帝は素直に驚く。いや、皇帝だけでは無い。
居合わせた近衛騎士たちも顔を見合わせている。
「ありゃやべぇ。噂は本当だ。義父ならば、一人で敵陣を陥としかねない。それだけの強さはある」
「そうか。ところでエルザ嬢はどうであった? 話では相当な美人だとのことだが……」
シンはそれには答えず、皇帝自ら煎れたお茶を口に含んだ。
それについて文句の一つも出ないのを見た皇帝は、そうかそうかと嬉しそうに頷いた。
「随分と嬉しそうじゃねぇか」
「うむ。余は嬉しいぞ。これでやっとお主も妻帯し、その喜びと苦しみを知るのだからな。いっひっひっ。大体、いい歳をして独り身なお主が悪いのだ。お主ほどの甲斐性ならば、妻の十人や二十人いてもおかしくは無いというのに、一行にその気配を見せぬのだからな。要らぬおせっかいを掛けたくもなるというものよ」
それを聞いて公私共に完全に皇帝にしてやられたことを知り、シンは悔しそうに舌打ちすることしか出来なかった。
「だからと言って、黙っていることはねぇじゃねぇか」
「それについてはすまぬとしか言いようがない。全てを話すと、行ってはくれないと思ったのでな…………」
「亜人との連携を言い出したのは、他ならぬ俺だぜ。…………自分の言葉には責任を持つさ…………」
「重ね重ねすまぬ。詫びに、余に出来る事があれば何でもしよう」
ならばと、シンはもし自分が戦の折に斃れた際には、遺されたエルザに対して何不自由なく生活出来るように帝国が保証する事を要求した。
「それは勿論だ。必ずや約束しよう…………だが…………」
その先の言葉が皇帝の口からは出ては来ない。だが、シンには言われずともわかる。
皇帝はこう言いたかったのだ……シンが死ぬということは、帝国もまた無事ではないだろうと……




